第4話 旅の序章
話し合いが長引いているようだ。
召喚されてから、かなりの時間が経過していた。
待機中にできることなど限られている。僕は時間を持て余していた。
待つことに限界を迎えそうになったとき、ノックの音と扉の開く音がした。
「失礼する」
威圧感の強い騎士が入ってき来た。
筋肉や古傷の付き方から歴戦の勇士というのがわかる。
「私は王国騎士団団長を務めている、ダイ・ピュレル・オデウスである」
なんと騎士団長様であった。
僕は慌てて姿勢を正した。無作法があっては殺されるかもしれない。
慎重に言動しなくては。
「失礼致しました。改めまして、マルクスと申します。よろしくお願い致します」
深々と一礼をする。
顔を上げると驚いたことに、強面の団長様が口をあんぐりと開けていた。
「あの……なにか……?」
何か不敬なことをやらかしてしまったかと心配になり思わず聞いてしまった。
正直、拍子抜けしてしまいそうだ。
「いや何、先程も思ったのだが――君の年齢でそこまで礼節をわきまえている者を初めて見たもので……ついな」
団長様がきょとんとした顔で頬を搔いている姿を見て、見た目に反して案外優しいおじ様なのかもしれないと思った。少し肩の力が抜けた。
「まあともかく、本題に入ろう。楽にしてくれ」
ソファに腰を下ろし騎士団長の話に耳を傾けた。
話し合いの結果、今回の件を口外しないことを絶対条件に手切れ金が渡されることになったそうだ。いわゆる口止め料というやつだろう。国の滞在許可も下りたようだ。
だが――あまりにも都合が良すぎるのではないか。
得体の知れない人間をそうやすやすと放置しておくだろうか。
う~ん……今ここで考えても仕方ない。気にしないでおこう。
それよりも女神様の依頼を成し遂げるために、すぐに行動し始めることの方が大切だ。
それからしばらく細かいやり取りを行った。必要書類にサインとか色々。
自分に関する詳細な情報を聞かれたが、出身地も親も何も覚えていないという設定でなんとか乗り切った。
そしてすべての説明が終了した。
僕が退室するために腰を上げようとしたそのとき、団長様が再び話し始めた。
「君はまだ幼い――そこで1つ提案がある。私の子にならないか? 国王陛下には私から進言しよう」
団長様は真剣な眼差しでこちらを見つめている。
冗談で言っているわけではないようだ。
確かにまだ5歳の子――しかもあまり記憶が無い状態の子供だ。1人放っておくことは普通なら危険すぎる。最悪の場合、命を落とすこともあるかもしれない。
だが、女神様の依頼を遂行するためには1人でいる方が色々と都合が良い。
それにまだ会ったばかりの人を信じるなんて……ましてや家族になるなんて僕にはできない。
「お誘い頂き有難く存じます。しかしながら団長様やご家族様にご迷惑をお掛けしてしまいます。そしてこれは国王陛下が判断なされたことです。これ以上お手を煩わせるわけにはいきません。大変恐縮ではございますが、お気持ちだけ頂戴させて頂きます」
いくら信じることができないと言えど、断ることは心苦しかった。そして申し訳なさでいっぱいだった。
人生の挫折を経験してから初めて僕に手を差し伸べてくださった方。その団長様の優しい手を自ら払いのけてしまったのだ。
「そうか……君の選択を尊重するよ。だが困ったときはいつでも頼ると良い。それからそんなに堅苦しくしないで良い。私のことはダイさんとでも呼んでおくれ」
威厳のある騎士であると忘れてしまうほどの優しく慈愛に満ちた笑顔で微笑みかけてくれた。
僕はこの顔を一生忘れない。忘れてはならない。そう深く心に刻み込んだ。
ダイ様は城門の前まで送ってくださった。
門兵がダイ様に敬礼をする。僕を横目に見ながら怪訝そうにしている。
「ほれ、これが手切れ金だ。全部で金貨50枚ある」
巾着にずっしり金貨が詰まっているためか、かなり重い。
(あれ? これいくらだ……?)
「申し訳ございません。金貨はどのくらいの価値があるものなのでしょうか?」
ダイ様の口が再び開く。
僕の発言は予期していないものだったのだろう。
「がはは!(笑) そりゃまだ5歳だからな! わからなくて当然だ!(笑)」
なんだか恥ずかしい……顔が熱くなっていくのを感じた。
僕は思わず顔をそむける。
「すまん、すまん。そうだな――パン1つ銅貨2枚といったところだな。銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨1枚だ。さすがに難しかったか?」
うん、なるほど。銅貨1枚は日本円で100円ってところかな。
これなら問題なさそうだ。
「ご丁寧にありがとうございます。問題なさそうです」
僕は深くお辞儀した。
この出逢いはとても大きいものである。出逢えたことに最大の感謝を。
(今のでわかるのか……)
「おう! 頑張れよ。何度も言うようだが、いつでも頼ってくれ。それとこれは餞別だ」
そう言うと僕にマントをかけてくれた。
フード付きの黒いマントで、全身を包み隠せる程の大きさだった。
「これは認識阻害が付与されているマントだ。マルクス、君の姿は少し目立つ。外を出歩くときはこれを着ていくと良い」
「ありがとうございます! この御恩は一生忘れません!」
ダイ様は最後の最後まで僕の身の安全を心配してくださった。
本当に感謝しかない。いつかお礼ができると良いな。
僕は城を出た。
そしてここから、僕の旅が始まった。
異世界の城下町、漫画やアニメの世界で見ていた景色。
人々が行きかい賑わっている。
屋台の美味しそうな串焼きの香りが食欲をそそる。
久しぶりに気分が高揚した。
しかし、金貨50枚か――日本円で50万円。
5歳に持たせる金額じゃない。とりあえず異空間収納にしまっておこう。
まあ、そもそも5歳児を1人で城から出さないよな、普通。
口止め料を受け取ったが――5歳児が金で言うことを聞くとは思わないよね。
う~ん……ダイ様のことは信用したい。だが、念のため色々と気を付けないと。
それから容姿のことだ。狙われやすいとは?
そんなに目立つのかな……早く自分の姿を確認したい。
とにかくまずは寝食をする場所を確保しなくては。
それからしばらく城下町を散策し、今後の計画も同時に練った。
冒険者ギルド、防具屋、武器屋等々、行きたいところを見繕うことができた。
最終的に宿屋を見つけられたのは日が落ちそうになってからだった。
美味しそうなご飯の匂いに釣られて入った宿。風の噂で聞いた、ラーナという店主が営んでいる良心的な値段かつご飯が美味しいで評判の『さくら亭』。
ラーナさんはとても優しいみんなのおかん的な人だった。
5歳児1人で来たのにも関わらず快く泊まらせてくれた。
食堂の様子も穏やかだった。どのお客さんも幸せそうだ。
「とりあえず3泊でお願い致します。あと食堂の利用もしたいのですが……」
なんだかお店の利用客から視線が……悪意は感じられないのでスルーすることにした。
そりゃ子供1人でいたら、まあ気になりますよね。
「あいよ! そしたら銀貨6枚だね」
安っ。いやありがたいけど。
「お願い致します」
金貨一枚を出した。
少し周りがざわついたが気にしない。
「はいよ! お釣り銀貨4枚ね。食堂は別途でもらうけど大丈夫かい?」
「はい。問題ありません。よろしくお願い致します」
「そんなに堅くならなくて良いよ(笑)。私の名前はラーナだ。気軽にラーナと呼んでくれ」
あまりの僕の堅さに、優しく声をかけてくれた。
おかげで緊張の糸がほぐれた気がした。
「ありがとうございます! 僕はマルクスと申します。よろしくお願い致します、ラーナさん」
素敵な店主と雰囲気の良いお店。
僕を邪険にする人はここにはいない。
『さくら亭』に出逢えて良かったと心から思った。
お読み頂きありがとうございます。