閑話① 処遇
マルクスが別室で待機している中、王侯貴族たちによる話し合いが行われていた。
集められたのは伯爵位以上の代表の貴族たち。
召喚の儀によって現れた少年の処遇を決めなければならない。
彼らの姿勢は実に様々だ。
楽観的に考える者、深刻に考え込む者、周りの様子を伺う者。
それぞれの派閥によって、空気感が異なっている。
「あの子はまだ5歳だ。分別が付くはずがない。放っておいても大丈夫だろ……」
反国王派閥である公爵家の人間が第一声を上げる。すると、それに続き同じ派閥と思われる貴族たちがその意見に同意を示し出した。
反国王派としてはなんとしても国王の支持率を低下させたい。彼らは5歳の少年の処遇を利用して、国王に責任を問う算段なのである。
もはやマルクスに対する関心よりも、現国王にどう反旗を翻すのかを重視している。
だが一方で、現国王派閥の筆頭である宰相を始めとした貴族たちは、国王の名に傷がつかないようにするための対応を見出すべく、深刻に考え込んでいた。
そんな中、国王だけが我関せずといったところだ。頬杖をつき、気だるそうにしている。
話し合いに参加する気ははなからないようだ。
「しかし……あの若さであの礼儀作法。言葉もしかっりしている。それにあの姿は……」
「確かに、5歳にしてあの美しさ。貴族……である可能性は?」
「まさか! 他国の貴族を召喚したと言うのか!」
現国王派の貴族たちの表情は曇っていく一方である。
最悪の想定を考えたうえで、自分たちがどう言動するのが正解なのか、常に見極めなければならない。
国王の政権にダイレクトに影響が出る可能性があるためだ。
「だがそれにしてはステータスが平凡すぎる」
「確か魔法適性も無かったはず」
「ステータスには家名だって無かっただろ。他の国の者だとしても平民だ。気にすることはない」
先程まで静観していたどこの派閥にも属さない中立な立場である貴族たちも、少しずつ各々の意見を主張し始めた。
彼らは政治の行く末などに興味がない。ただ自分の守るべき者たちが安心して過ごせることを第一に考える。
そんな彼らには、組織を構成しなくとも戦えるだけの十分な能力が備わっていた。
議論は平行線のまま、時間だけが過ぎていく。
だんだんと国王の表情が険しくなっていった。なかなかまとまらない話し合いに痺れを切らしたようだ。
だが一向に話し合いに参加する姿勢は見られない。
他力本願な性格なのだろうか。
その様子が貴族たちの目に映る。彼らは恐怖のあまり静まり返ってしまった。
国王の機嫌を損ねてしまっては、自分の立場も危うくなってしまう。
すると突然、何かを閃いたかのように宰相が国王に耳打ちする。
宰相の話を聞いた国王は頷き、ニヤリと笑う。
「いかが致しますか陛下」
宰相が声を張り、陛下への注目を集める。
進行役としての立場を自然と確立した。仕事のできる人間なのだろう。
結局、宰相に何かを吹き込まれた国王がマルクスの処遇を決定した。
「今回の件、口外しないことを条件に、国への滞在許可を出す!」
「5歳の少年を1人、外に放つのですか!?」
国王の隣で話し合いを傍聴していた騎士団長が、突然言い放った。信じられないと言わんばかりの表情をしている。
突然の介入と騎士団長の様子に多くの者が驚いた。
普段の話し合いにおいて、彼が介入してくることは滅多にない。
だからこそ、彼はこの件について何か思うところがあったのだと一目でわかった。
「……無礼だぞ! 陛下に盾突く気か!」
数秒間の静寂が生まれたが、すぐに現国王派の貴族たちが騎士団長に食って掛かる。
「しかし! まだ――」
何かを言いかけたとき、国王が割って入ってきた。
「余の決定に、何か不服でもあるのか。ダイ」
ゆっくりとした口調。冷たい視線。
逆らってはいけない空気感。
騎士団長といえど、相手は一国の王。
「っ……失礼致しました、陛下」
勇ましい騎士団長様でも、絶対的な権力には敵わない。
持ち場に戻り、話し合いの場から離脱した。
その表情は少し、悲しげに見えた。
再び重い空気になってしまった中、あまり発言をしていなかった中立の立場であるフレイザー公爵が口を開いた。
「しかしながら陛下、騎士団長殿の言う通り、一文無しの子供を野放しにするのは、同時に召喚された勇者たちに示しがつかない。ひいては信頼を失ってしまうかもしれません」
国王はハッとした様子で少し考え込んだ。
大きい溜息をつく。
「ふむ。なるほど……それは困るな。口止め料を用意しよう。あやつはまだ5歳だ。金貨50枚もあれば充分だろ」
(子供に金貨50枚だと……!?)
(ざわざわ……)
王の寛大な処置に驚きを隠せない貴族たち。
金貨50枚という大金を5歳の子供に与えるなど、普通ならばありえない対応である。
「静まれ! これは王の決定である。反対の者はいないな」
宰相がその場をまとめ上げる。
どう考えても反対できるような状況ではなかった。
「はっ」
貴族たちは了承する他、選択肢はなかった。
そして、マルクスの処遇に関する話し合いが終わった。
実に長い時間を費やした。
勇者たちが召喚された日の夜。
静まり返った城の応接間。
暗い部屋の中に、ろうそくが1つだけが灯る。
「彼らに依頼を致しました、陛下」
応接間には国王と宰相だけ。神妙な顔つきで椅子に腰かけている。
冷たい夜風が部屋の中を吹き抜ける。
「ふっ、よくやった。それでその者たちはどこに……?」
国王は落ち着いた様子で、宰相の話に耳を傾ける。
すると開いている窓から1つの影が近づいてきた。
黒装束の男が静かに部屋に入ってくる。
「この度は我々にご依頼くださり誠にありがとうございます、国王陛下。至極光栄に存じます」
男が国王の前に跪き、不敵な笑みを浮かべている。
厳重に警備体制がひかれていた城内に、堂々と忍び込んできたようだ。
「ほう。お主が……」
国王もまた不敵な笑みを浮かべた。
ふんぞり返り、長い髭に手をやる。
「コレが依頼内容だ。できるな? もちろん他言無用だ。口外した場合は……言わなくてもわかるだろう」
宰相は用意した資料を男に渡す。実に準備が良い。
資料には依頼内容と報酬、契約内容が記載されていた。
「かしこまりました。依頼お受け致します。我々がすぐに依頼を達成してみせましょう」
そう言うと、男は書類にサインをした。
その様子は自信に満ち溢れている。
そして颯爽と窓から飛び降り姿を消したのだった。
時を同じくして、フレイザー公爵邸でも動きがあった。
「これを頼む、キール」
フレイザー公爵家当主、バルドル・アス・フレイザーは執事長に1通の手紙を渡した。
「かしこまりました、旦那様」
公爵は窓を開け、星空を眺めた。
どこか不安げな表情をしている。
彼は今回の件を、深刻な問題として捉えているようだった。
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