◆第十一話 属国吸収作戦 1
───四天王の中で最弱。その言葉はナギの世界では誰でも知っているワードだった。なのでナギは単純に四天王のレベルに差をつけて1000から倍増していった。
「ただの最弱じゃつまんないな。えーと知能を上げてと……」
身体能力は一番弱い。しかし眷属のレベルや治癒能力は一番高くした。
「直属の眷属は800くらいにするか。その下は400っと」
つまり、のちにナウの直属の眷属となるエピックはレベル800の混血吸血鬼となり、そのエピックがさらに眷属にした兵士たちは全員レベル400の屍鬼となった。
「優しさも付け足すか。あ、そうするとパラメーターのどこかを減らさないとならないのか。じゃあ会話能力にするかな。無口で優しい吸血鬼、そういう癒しキャラがいた方がいいな。よしこれでいこう」
そうして吸血鬼の少女、ナウはプログラムされていった。
*
「ディア、こいつがナウだ」
ギルアバレーク王国の国王が連れてきた《魔人殺しの弟子》は銀色の外套を着て腰に禍々しい魔剣を吊っていた。レベルが視えない。あの赤い髪の女やアークも視えなかった。だが、わかる。ナーヴやメアに匹敵する強さと、色濃く香るナギの匂い。そして何故かルナ様とも同じ匂いがする。特にこの無表情で澄んだ瞳が。
「何か用か」
『ナギ様と会ったのは本当?』
「ああ、生きているナギ本人じゃなくてナギの記憶を元に会話する〈ちゃっとえーあい〉とかいうやつだ」
ナギ様の記憶? そんな物が残っていたのか!
『それはどこで?』
「とあるダンジョンだ。フェンリルというデカい狼に連れていかれた」
フェンリル。あのときアイと一緒に現れた狼だ。
『どうすればフェンリルに会える?』
「さあ、俺は知らない。勝手に攫われたんだ」
フェンリルと連絡は取れないのか。
『アイは? どこにいるか知っている?』
「アイはたまにフラッと現れてまたどっかに消えていくな」
……! アイと繋がりがあるのか。
『連絡は取れないの?』
「ああ、向こうから勝手に会いにくる」
『じゃあ、アイに会ったら伝えて。ルナ様は会いたがっている。もうすぐ目覚めるはずだって』
「ナギとアイの娘だな? わかった、アイに会ったら伝えておこう」
(あの弟子はルナ様にアイを会わせる鍵になるはずだ。もしかしたらナギ様も……)
だがその前にシオンやメア。それに多くの眷属たちの阻害を排除しなければならない。このギルアバレーク、そしてフリード連合といったか。あのアイエンド王国に勝てるだろうか。
「やるしかない……」
ナウの独り言を聞く者はいなかった。
*
「───ってわけでよ、ナウは他の三人と考え方が違うらしいんだよ」
総合庁舎の会議室。アークはナウから聞いた話をノーグに報告していた。
「ふむ、四人それぞれがルナを敬愛しているがその形は様々ということじゃの」
「ナウがオレたちをハメている感じじゃなかったな」
「うーむ、そうなると少し作戦変更じゃ。アークよ、次の出征にナウも連れていくんじゃ」
「え、大丈夫かよ。ジローニたちより強いんだぞ」
「今度はディアにもついてきてもらうんじゃ。お前さんの最強の弟子をな」
ノーグはアイエンド王国の属国を連合に吸収することを計画していた。相手の戦力を削るだけでなく、それがこちらの戦力になれば傾いた天秤は一気につり合う。
属国は全部で六カ国。それが今回ギルアバレークに攻めてきたことによって、今は国内にそれほど兵が残っていないはずだ。それを叩き潰して吸収するのが最初の計画だったが、ナウの尋問によりアイエンドの上層部が吸血鬼だと判明した。よって極力戦わずに属国を吸収する作戦に切り替えたのだ。
しかし、それを各属国が信じるか。その一点がノーグにとって一抹の不安であった。
四天王のナウ。そのビッグネームを連れていくことによって作戦の成功率は大幅に上がるはずだ。危険ではあるが、ここはディアの協力を得てでも連れていく価値がある。ノーグの頭脳はそのような答えを弾きだした。
*
フリード連合内に緊急で魔道通信の連絡が飛び交った。対アイエンド王国の属国吸収作戦が始まるからだ。
アイエンド王国の東側、つまりエンパイア王国方面に六つの属国がある。そこから十万人を派兵した直後の今なら、属国内の戦力は手薄であるはずだ。だが、時間が経てばアイエンド王国内より兵が派遣されてくるだろうとの予測がたてられた。その前にアイエンドの属国を吸収できれば一気に戦力差は縮まる。時間との勝負だ。連合各国は慌ただしく動き出した。
「そんなわけでよ、ナウも連れていきてえからディアにもついてきて欲しいんだよ」
「わかった」
ジューンの宿、改め妖精亭に自ら足を運んだアーク。オープンカフェのスペースでディアにそう依頼をするとすぐに了承を得られた。
「あたしも行くわ!」
「使徒様、私もです!」
そこに給仕の仕事をしていたレオナとメグがやってきた。
「それなんだけどよ、レオナたちには別の仕事を頼みてえんだ───」
今回は総力戦である。およそ二十万の戦力を相手から削り、それを自軍の戦力にする最重要作戦だ。ギルアバレーク内の兵士はほぼ出征するので、国内を守るのはヒューガーたち騎士団とわずかな兵士のみとなる。
「マユカと一緒にいてやってくれねえかな。魔女認定されちまったからどっから狙われるかわかんねえからよ」
マユカとミドリが先日魔女認定されたばかりである。もちろん、魔女認定委員会の言いがかりなのは承知の上だ。
「むー、仕方ないわね! 友達だからあたしが護衛してあげるわ! 友達だから!」
「そういうことでしたら私もマユカ殿につきましょう。マルチダ殿がいれば大丈夫だとは思いますが」
二人はマユカの護衛を引き受けた。
「ミドリの方はどうなのよ」
「そっちはさっきハルに頼んだから大丈夫だ」
「ハル殿がいれば安心ですね」
作戦実行の遠征中、マユカにはレオナ、ウォンカー、メグが護衛として付くことになった。ミドリにはハルの他にアッシュ君もいる。これで背後の憂いは絶たれた。
広大な土地を使って建設した合同訓練場には、今回攻めてきたアイエンド属国の捕虜たちが勢揃いしていた。アークは七万人の捕虜たちにここまでに判明している事実を告げた。
序列四位のナウが吸血鬼であり、アイエンド上層部も同じ魔物であること。
魔女狩りは魔女認定委員会の私欲によって牛耳られていること。
これから自分たちの国を連合に吸収しにいくこと。その後、アイエンド王国との決戦を控えていること───
驚愕の事実であったが、ナウが肯定したことにより真実だと信じた者が大半だった。
「どっちが勝つかはわからねえ。ただ、アイエンドに牙を向ける気概のある奴は説得に協力してくれ」
アークはそう言ったが、後日ほとんどの兵が同行を志願した。結局、全員を連れてはいけないので抽選で連れていくことになった。
*
数日のうちに同盟各国からの兵がギルアバレークに集まってきた。できたばかりの基地や訓練場にいたジラール王国軍も、リン・ジラールの指示により作戦に参加することになる。
地理的に一番近いエンパイア王国は五万人もの兵を出した。もちろん、国内の戦力は手薄になる。それを三万人のビス王国軍が防衛に協力する。自国の兵を出して、防衛を他国に委ねる。普通はできないことをリオン・エンパイアは即断した。それを受けて国王ジーラ・ビスと将軍アラントも気持ちに応えることになる。
加えてギルアバレーク王国にも一万人のビス王国軍が防衛戦を張った。四万人の兵を他国の防衛のために差しだしたのだ。そして属国吸収作戦の実行日が訪れた。
本陣となる部隊には総司令官のギルアバレーク王国国王、アーク・フリード・ギルアバレーク。補佐にA級冒険者のディア。元十騎士のナウ。そこに千人の連合軍がつく。
属国のうち、ケール王国を担当するのは副司令官、将軍のジローニ。
ギルアバレーク軍千五百人。ケール王国捕虜千五百人。フリード連合軍一万人。合計一万三千人。
ミレール王国を担当するのは将軍補佐官トギー。同じく一万三千人。
マリス王国にはハグミ。
ハノール王国にはテンテン。
ガルト王国にはエルフィン。それぞれ同じく一万三千人。
エルン王国にはエンパイア軍が五万人。捕虜の兵が約千人。補佐官にエンパイア王国外務担当イリア・ドクソン。
遊軍としてギルアバレーク軍の航空部隊。隊長セラ、他三十人の兵士。そこに臨時で飛行用具を身につけたリン・ジラールも加わる。
捕虜も合わせて、合計およそ十一万七千人の大軍だ。属国六カ国に残っている兵はおよそ十万人。戦うことになっても数は互角である。
「壮観だな」
アークは約六千台の魔導トラックが並ぶ景色を見渡した。一台あたり二十人が乗れる軍用トラックであり、セント王国のギルアバレーク自動車工業が二十四時間体制で用意したものだ。
『いいか! この作戦が成功すればようやくアイエンドと戦う資格を手に入れられる! あの手が届かなかった大国にだ!』
魔導スピーカーでアークが全軍に号令を出す。
「おお!!」
『行くぞ! 全軍前進!』
「おおお!!」
約六千台の魔道トラックが西へ向かって走っていった。
*