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ギルアバレーク戦記  作者: 森野悠
最終章
95/112

◆第九話 アイナの回想 2

 アイはレベル換算すると5000の能力を持っている。だが、それは知力と魔力が突出していて戦闘力はレベルの割に低い。さっきは魔法の能力でなんとかメアとやり合うことができた。

 しかし、このシオンはまずい。魔法を撃つ前に吹っ飛ばされてしまった。自分でなければ体は壊れていただろう。

 このままでは奴らの眷属にされてしまう。この世界の一部である自分にそんなことができるのかどうかは不明だが、もしそうなったら一生ルナに会えないだろう。単純な速度と力。それがケタ違いなのだ。

「でもやるしかないですね……」

 元々戦闘タイプではないのだが、アイは覚悟を決めた。

「行くぞ」

 そう言ってまたシオンが消えた。目で追うことさえできないとは。

「【障壁】っ!」

 バチンッ! と音がして、障壁が赤く染まる。シオンが飛ばした血液だ。

(あの血液は危険ですね……!)

 あれが攻撃なら、何らかの意味を持つ。おそらく、噛みつきなどをしなくてもあの血液で眷属にできる能力ではないか。

「くっ、【ヒール】」

 アイは先ほどのダメージから自身を回復させる。【ヒール】があって良かった。だが、完全に回復できたわけではない。

「ほう、なかなかしぶといな」

 そう言ったシオンにアイの魔法が襲いかかる。シオンは拳をブンっと振り、炎の魔法を散らした。

「いい魔法だな。さすが魔女だ」

 ダメだ。全然通用しない。

「そろそろ終わらすか」

 そう言ってシオンはまた姿を消した。見えない。

 アイは剣を握りしめて構えた。もう、どこから攻撃が来るのかわからない。思わず目をつむってしまった。

 だがいつまでも攻撃は来なかった。ふと目を開けると、目の前には赤い髪の大柄な女の背中。その先には、シオンが口から血を流しながら顔を腫らせて倒れていた。

「大丈夫か、アイ」

 その女が振り向きざまに言った。

「ヤスコ……」

 そこには人化した神獣、古龍のヤスコが立っていた。


  *


「ヤスコ……、どうしてここに」

「我が連れてきた」

 突然現れたヤスコに尋ねると、背後からフェンリルのユニが答えた。

「ユニ……」

「わかったであろう。もう帰るぞ」

「うおおおお!!」

 ユニがそう言ったと同時にシオンが立ち上がる。

「おのれえぇ!」

 シオンの目は赤くなり、背中から羽が広がって体格が大きくなった。人相も牙が伸びて魔物らしく変わっている。コウモリの魔人のようだ。さっきのあれでまだ力を抑えていたのか。

「ほう、姿が変わるのか」

 腕を組んだヤスコはシオンを眺めながら呟いた。

「この女ぁ! 不意打ちでいい気になるなあっ!」

 シオンは目に見えぬ速さでヤスコに襲いかかり、鋭い爪をヤスコの目に突き刺して頬を切り裂いた。

「気が済んだか」

 片目に爪を突き刺されたままのヤスコは瞬きもせず微動だにしていなかった。

「な、なんだと……?」

 そのままヤスコはシオンの顔面に拳を振り落とし、衝撃で腰を曲げたシオンの顎に膝蹴りを突き上げた。

「お、おい! シオン!」

 ナーヴが駆け寄るとシオンは白目を剥いて気を失っていた。鼻や牙が曲がっている。

「アイ、行くぞ」

 片目を潰されて血を流したままのヤスコが踵を返して歩いていく。残ったメア、ナーヴ、ナウの三人はアイたちを追うことはできなかった───


  *


 アイはノア・アイランドに転移して、拠点の家で回復に努めていた。

「ヤスコ、助かりました」

「気にするな」

「でも、その目は……」

「私は視覚で物事を認識していない。こんなのは爪の先を切ったくらいのものだ」

 片目を覆うように包帯を巻きながらヤスコはアイに素っ気なく答えた。

「ユニ、どうしてヤスコを連れてきたのですか?」

「汝が四天王と争えば負けると思ったからだ」

「最初に言って下さいよ……」

「言っても聞かぬであろう」

「だったらユニがあの四天王たちを仕留めてくれても良かったんじゃないですか?」

 シオンは強かったが、神獣ほどではなかった。

「アイよ、我ら神獣は人間の争いには介入しない。おそらくそう作られているのだろう」

「確かにそんな位置付けだった気もしますね」

「それにだ。あの四天王たちは捻くれておるが、奴らなりにルナを思って行動しておる。だから我らには直接殺す気にはならんのだ」

「……」

 ヤスコを見ると肯定の表情に見える。


『あんたはルナ様を置いて逃げた! 今更ノコノコ出てきて偉そうにするんじゃないわよ!』

『今までどこに居た。ルナ様を放っておいて』


「……確かにそんな感じでしたね」

「ルナはナギ様を生き返らせることができると思って眠っている。だから奴らもその言いつけを守っているだけだ。ナギ様が何を望んでいようともな」

「そうですね。ルナが起きるまでは何を言っても聞かないでしょう。でも魔女狩りの方はどうなりますかね。もう私が姿を現したんですけど」

「やめないだろうな。人間たちの様子は見たか?」

「魔女認定委員会の様子は見ましたよ。腐っていましたね」

「そうか。我らにしてみればそれも人間らしいとしか思えないがな」

「ああ、私が見てもそう思いますよ」

 魔女認定委員会。ルナの言いつけから始まったこの組織は人間だけで運営されていた。

 しかし百年経っても二百年経っても本物の魔女は現れない。全人類のためという当初の志は鳴りをひそめ、私欲を満たす目的へと変わっていった。

 四天王にしてみればルナの言いつけ通りにしているだけであり、その者たちが私腹を肥やしていようと全く興味がなかった。そもそも金になんの魅力も感じないのだ。ルナの言いつけ通り、怪しい人間を殺す。それで良かった。

 四天王の眷属となった宰相のエピックも人間らしい感情は無くなっている。よって、内容がどうであれちゃんと魔女を探して魔女狩りを行うことこそが大事だった。

 そんな環境であれば魔女認定委員会が増長するのは当然のことだ。一言「魔女に認定」と言えばどんな勢力も殲滅できる。そんな彼らの影響力は大陸中に広がっていくこととなった。

「ルナが起きるまであと五百年くらいありますね。それまでどうすればいいのか……」

「アイにはアイのやれることをやればいいだろう」

 そこでヤスコが口を開いた。

「私は五百年人間を知るための旅をしている。そんな私にもまだ人間のことを全て理解はできていない。だが、あの冒険者を陥れるやり方や魔女狩りが良くないことだとは思う」

「だったらヤスコがアイエンドを叩き潰せばいいじゃないですか。ブレスで一発でしょう」

「それではダメだ。奴らには奴らの正義がある。やるなら人間がやるんだ」

「あんなのに勝てる人間なんていませんよ」

 アイは四天王を思い出す。一番弱いナウのレベルだって1000もあるのだ。勝てる人間がいるわけがない。しかもその上に三人もいる。特にシオン、あれは神獣以外には絶対に倒せない。

「それはわからんぞ。アイ、人間を侮るな」

「どういうことですか」

「そもそも神であるナギ様を殺したのだって人間だ。それに固定レベルの我らと違って人間は成長する。個人で勝てなくても大勢が一つになれば人間は最強だ」

「そんなもんですかね」

「ああ、人間をまとめ上げる英雄みたいな奴が現れたらそうなるかもしれん」

「そんな人間いますかね……」


  *


 その後、アイは老婆へと姿を変えて各国を旅した。魔力の高い人に隠蔽の魔道具を渡したり魔法の指導などをしたりしてしてまわるのだ。少しでも魔女狩りに遭わないために。

 そんなことを続けながら、時にはヤスコと一緒にダンジョンへ潜った。二人とも印がつけられないので面倒だったが、罠みたいなダンジョンがあったら注意を促すためだった。

 そして四百年以上経った頃にノーグという腕利きの若者が生意気なことを言ってアイに突っかかってきた。だが、それをヤスコがデコピンで叩きのめしたらついてくるようになったのだ。

 ちょうどいいのでノーグにはダンジョンで印をつけさせたり使い走りをしてもらったりして、三人でパーティを組むことになった。ヤスコやアイが人間に迷惑をかけることがあれば、いつもノーグが相手に謝りにいくのが決まりだ。

 そしてヤスコは傭兵団を作ったり、ノーグは年老いてきて引退するとどこかのギルドマスターになったりしていた。

(あれから五百年が経とうとしていますけど、ヤスコのいう英雄は結局現れませんでしたね)

 ウォンカーの淹れた紅茶を飲みながら、アイは思いふける。


 その頃、ギルバレでは一人の男が荒くれ者たちを一つにまとめてあげようとしていた。




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