◆第八話 魔女認定
ギルアバレーク王国には多くの店が立ち並ぶが、ギルバレの文化として店名をつける風習がない。ジューンの宿、ハナエの薬屋、ガルフの武器屋、リサのバー、といったふうに店主の名前がそのまま店名になっている。しかし、街も発展して他国から来る者が増えてくるとそれはおかしいということになってきて、店名をつける店も増えてきた。
*
「あいつの死に様は良かったなあ」
「十人くらい道連れにしていたよな!」
「次は俺も死んでやるぜ!」
ギルアバレークへと向かう車中ではエンパイア王国軍とギルアバレーク軍の兵士たちが談笑していた。仲間の死を悲しむ者はいない。みな笑っていた。
イリア・ドクソンのまとめた条約内容に戦後の賠償は含まれていなかった。その代わりイクスの森とギルアバレークに連合の共同訓練場を建設するのでその無償協力。更にはギルアバレークとエンパイア王国に防衛基地を建設するので、そこにそれぞれ三万人の駐留兵を置く。そして有事にはすぐに行動することなどが盛り込まれた。つまりジラール王国としては同盟と言ってもほぼ一方的に協力する側となる。それが戦後の賠償の代わりとなるのだ。そしてフリード連合は東側の憂いを断つことにより、いよいよ西側への対抗意識を高めることになっていく。
「ディアさーん、おかえりなさい! ポーションはありますかぁ!」
ディアたちギルアバレーク軍が帰ってくると、街の入り口にミドリが待ち構えていた。
「ああ、これでいいか」
〈天使のダンジョン〉から手に入れた上級魔力ポーションを渡す。飲むと魔力が回復するものだが、ミドリの作るゴーレムの材料にもなるそうだ。
「わっ、十本も! こんなにいっぱいどうしよう!」
ミドリは黙っていれば知的な美女なのだが、興奮すると魔眼が回転したり頭から湯気を出したりするので、すでに人間とは認識されなくなってきていた。
「あ、そうだ。これもついでにやる」
ディアが取り出したのは銀色の大きな魔石だった。〈古城のダンジョン〉二階層で手に入れたデーモンの魔石だ。
「えっ、これは……」
「結構強い魔人からドロップした魔石だ。以前、ハルがそこから魔力を吸って武器を出現できるようになった」
「ディアさん、あなた……」
ミドリが魔石を手にする。
「す、すごい! こんなに固くて大きい! アハン、おっきいよう! こんなの初めて!」
「ミドリさん、あなたわざとやっていません?」
ディアたちがジューンの宿に帰ると食堂の前に行列ができていた。
「なんですかね、あれ?」
「さあ?」
宿に着くと食堂は満席だった。厨房にはジューンとエプロンをしたウォンカーが無心で調理をしている。
「レオナ様ー、エールもう一杯!」
「はい、銅貨五枚です!」
笑顔で対応するレオナ。
「メグちゃん! こっちもエール!」
「今忙しいんだから待っていろ! 銅貨十枚だ!」
メグは接客とは言えないような態度で対応していた。何故か値段も高い。
「お客様、お時間ですのでご退席お願いしまーす!」
レオナに笑顔でそう言われた客が外へ出て、新しい客が入ってくる。
「いらっしゃいませー!」
「マスター、レオナさんが輝いていますよ」
「さすがアイナの弟子だな」
「それ関係ありますかね?」
*
「あー、疲れたわ!」
フリルのついたエプロンを投げ捨て、ドカッと椅子に座り肩のあたりを揉むレオナ。
「レオナさん、仕事中と全然態度が違いますね」
営業終了後、レオナの変貌に呆れるハル。
「何言ってんのよ、お客さんには笑顔で接客するのが常識でしょ! あんた普段何やっていたのよ」
「え、あ、すいません」
レオナはプールイ共和国の王女としてギルアバレークでも民衆に人気があった。以前からパレードではニコニコと手を振っていたのだ。
そんなレオナが食堂で接客すると聞いて市民たちがジューンの食堂に群がったというわけだ。
「使徒さま、思ったより大変でした。給仕の仕事も奥が深いですね」
「あんたは自由にやっていたじゃない!」
メグはにこやかな接客には向いていなかったが、どういうわけか一部の客を中心に人気があった。
「ハルお姉ちゃん、二人ともすごく頑張っていたよ。お客さんが多すぎて私は行列の整理ばっかりしていたの」
「そうなんだ。モモちゃんも頑張ったね」
「えへへ」
「二人ともご苦労だった。明日からはハルがいるからもう城に帰っていいぞ」
「待ちなさいよ! せっかくこの寂れた食堂も人気が出てきたところじゃないの。このまま続けるわ!」
そこにジューンが思わず口を出す。
「いや、レオナの気持ちはありがたいがこれ以上お客が押し寄せたらこっちが対応しきれないんだが」
「あんた、そんなんだからいつまで経っても小さな宿屋の主人なのよ。もしあんたが病気や怪我でもしたらモモはどうすんの! 今のうちに店舗拡大して料理人や従業員を増やすのよ!」
「うっ、それはそうだが……」
「いい? 商店街には新しい店がどんどんできているのよ! 今はいいけどそのうちお客さんは流れていくわ。その前に対策するのよ!」
何故か経営にまで口出しをするようになったレオナに誰も何も言えなくなってきた。
「ディア! 土地が余っているんだからもっと客席を増やしなさい! 材料あるんでしょ!」
「わかった」
その日からディアはイクスの森で引っこ抜いてきた木材を加工し続けることになる。ノコギリの扱いもずいぶんと慣れた。什器はノア・アイランドのゴーレムのダンジョンから調達してきた椅子やテーブルがある。そして何故かレオナとメグもジューンの宿に住み始めた。
ディアに店舗設計の才能は皆無なので、レオナがマユカに頼んで専門家を派遣してもらった。そしてできあがったのが客席百名ほどのレストランバーである。従業員も募集して三名のウエイトレスと二名の料理人を雇った。
「売りとなるメニューが必要よ!」
レオナの意見で、ここでしか頼めない世界樹のカクテルを出すことになった。酒や果実水に世界樹の実や世界樹の蜂蜜を二、三滴垂らすだけなのだが、それでも一杯銀貨一枚もする。
しかし、それに注文が殺到した。味だけでなく飲めば体力が回復して老いた身体も若返ると評判だ。しかも持ち帰りはできない。世界中、ここでしか飲むことができないのだ。
いつの間にか妖精女王のドライアドまで手伝うことになり、店の周りにはピクシーが飛び回る。
ジューンの宿は、【妖精亭】と呼ばれるようになった。
*
「ディアさん、見てください!」
ミドリがジューンの宿、妖精亭にやってきた。隣にゴーレムを連れて。
「ミドリさん、そのゴーレムは……」
思わずハルが尋ねる。ディアとハルはそのゴーレムに見覚えがあった。色こそ灰色だが〈古城のダンジョン〉のダンジョンボス、黒騎士と姿形がそっくりだったのだ。
「はい、ワタシとディアさんの子ども、アッシュ君です!」
「いやミドリさん、そうじゃなくてこのゴーレムどうしたんですか?」
「ディアさんにいただいた素材で作りました! カッコいいでしょう」
〈ミスリルゴーレム レベル325〉
「ミドリ、このゴーレムは俺の知っているゴーレムと姿形が同じだ。どこで知ったんだ?」
「え? 知りませんよ。カッコいい子を作ろうと思ったらこのフォルムが頭に浮かんだのです!」
あの黒騎士はナギが作ったものだ。ミドリは知らないと言うが、こうも似るものだろうか。ふと、ディアはミドリを【鑑定】する。
〈人間 レベル25〉
「ハル、ミドリはレベル25だ」
「ええっ! まさか……」
戦闘員ではないミドリを【鑑定】することなどなかったので気づかなかったが、レベル25といえば新兵より高い。
ナギやアイナの話だと、レベルは体力や魔力、防御力、知能、素早さ、運などの合計値だというが……。
「ミドリ、今まで魔物を倒したことはあるか?」
「え、魔物ですか? 死んでいるゴーレムの解体くらいですかね。あとはありませんよ」
おそらく知能だ。それが人並み外れて高いのだろう。それでおそらく魂力という魂の質も高くなっているのではないかと、ディアは推測した。
「ミドリ、お前はナギの魂を色濃く受け継いでいるようだ」
「神様のですか? 褒めすぎですよ!」
「褒めているのではなくておそらく事実なんだがな。まあいい、このゴーレムは喋れるのか?」
「アッシュ君です! はい、まだカタコトですけどね。アッシュ君、挨拶しましょう」
「コンニチワ」
ゴーレムのアッシュ君が喋った。
「本当にカタコトですね。昔の私よりも」
「ハルさんは神様が作ったからですよ!」
「ミドリ、そのアッシュ君は戦えるのか?」
「もちろんです! ディアさん、試合してみます?」
ディアはアッシュ君と模擬戦を行うことにした。
「ミドリの言うことは聞くんだな? もう始めてくれ。本気で来させていい」
「わかりました! アッシュ君、戦闘開始!」
するとブゥンっと音がして、アッシュ君の手に薙刀が現れた。ディアはアダマンタイト棍を手に、夢幻白流棒術の構えをとった。
ヒュンッとディアの足元をすり抜ける薙刀。ディアは一瞬で避けた。
「速いな」
アッシュ君の薙刀は縦に横にと回転し、まるで生きているかのようにディアを襲う。ディアは棍を使ってアッシュ君の攻撃を受け続け、
「【集中】」
静かな世界の中でアッシュ君の背後を取りに動く。するとアッシュ君は動くディアに顔を向けた。しかし、背後を取ったディアはアッシュ君の薙刀を指先で掴む───
「ミドリ、ここまでだ」
「アッシュ君、戦闘終了!」
「リョウカイデス」
【集中】の世界で対応しようとしていた。こんな強いゴーレムを人間の手で作れるのか。
「ミドリ、すごいな。相当強いぞ」
「ほんとですか? 嬉しいです! やっぱりワタシとディアさんの子どもですから」
「それは違いますよ、ミドリさん」
アッシュ君はまだ改良できるとのことだった。今は研究所で訓練や実験をしているそうだ。
「───そういえばこないだ話した航空部隊の応募が結構来ているみたいですよ」
「へえ、落ちたら死ぬのにか」
「落下傘を開発したのです! 上空で飛行不可能になったらゆっくり落下するんですよ。敵が矢を撃ってきたらいい的になっちゃいますけどね!」
*
「整列ぞよ!」
「はい!」
新設された航空部隊は三十人程の新人たちをセラが指導していた。隊員は金属の羽を背中に、腰と脚には噴射機を付けている。一回の魔力補充で、連続で一時間ほど飛べるように改良されたのだ。訓練所には魔力スタンドが設置され、いちいち魔石を使わなくて済むようになった。
隊員とセラとは根本的に飛行方法は違うのだが、空中での連携などを訓練していた。その訓練の様子を遠目で眺める将軍ジローニと補佐官のトギー。
「将軍も一緒に練習しなくていいんですか?」
「いや、上空があれほど怖いとは思わなかった」
空を飛べたら便利だと思ったジローニは、セラに持ち上げて飛行してもらったのだ。だが二十メートルも浮上すると、とても耐えきれるものではなかった。
「将軍も怖いものがあるんだね。そういえば合同訓練所がもうすぐできるって」
「もうできるのか、早いな」
「ジラール王国の王様もこっちに来て働いているらしいよ」
「ああ、あの堕天使か」
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「ヤスコ団長! 本日の作業終了いたしました!」
「ご苦労」
ヤスコに挨拶したのはジラール王国の国王、リン・ジラール。千年前に地上に降りた堕天使であり、同じく堕天使であるセラに連れてこられたのだ。元々政治なんて人間に任せっぱなしだったので問題はない。
セラに呼ばれたそのときは、まさか千年前に自分を地に堕とした張本人がいるとは思っていなかったのだ。
東部戦争に敗戦したジラール王国はフリード連合に加入し、合同訓練所や連合基地の建設に従事している。それらが完成しようとしていた。ジラール王国を吸収したフリード連合は着々と戦力を増やして、来たるアイエンド王国との戦いに備えていた。
その矢先、斥候部からアイエンド王国の情報が飛び込んできた。ギルアバレーク王国国王のアークは会議室でノーグと話し合う。
「アーク、ついにアイエンドが動き出したわい」
「来たか。斥候部はなんだって?」
「マユカ様とミドリが魔女認定されたそうじゃ」




