◆第七話 東部戦争の終結 2
イクスの森にある〈天使のダンジョン〉は、各階層に雲が広がっている。その下はどうなっているのか誰にも分からなかったが、ついに判明することになった。大陸の東にあるジラール王国。その王都周辺の上空と繋がっていた。
「熾天使様、千年ほど前に赤い髪の女が潜ってきたのを覚えていますか?」
「忘れるわけないぞよ!」
ジラール王国王城。その応接室にディアたちはいた。ギルアバレーク軍はディア、ハル、ジローニ、セラ。ジラール王国側は国王リン・ジラール。
そのうち、セラとリン・ジラールは〈天使のダンジョン〉の元階層ボスである。
千年ほど前、二人のいるダンジョンに赤い髪の大女がやってきて次々に攻略していった。正しくは「攻略」なんてものではなく、「暴君」が襲来しただけである。ドロップ品を手にするでもなく、ただただ下層に向かってボスを品定めするだけだった。
四階層の力天使ヴァーチャーは振り下ろした巨大なハンマーを片手で止められて動揺した。
「これで力天使とはな。お前は鍛え直してこい」
大女はそう言うと、力天使ヴァーチャーの首を指先で千切りとばした。
続く五階層では主天使ドミニオンの持つ長い斧を折り曲げたあげく、丸めてドミニオンに投げつけた。
「なんだ、見た目のわりに脆いやつだな」
その声は、爆散して消えたドミニオンには届かなかった。
続く六階層。座天使ソロネは一目でわかった。この赤髪の女はただの人間ではない。魔物である自分は死ねばまたここでリポップする。それは頭ではわかっているのだが、やはり死ぬのは怖い。そんな生存本能が赤髪に背を向けた瞬間、背中に激痛が走る。
「ぎゃあああ、な、なにを……」
振り向くと、二対の羽を手にした赤髪がいた。
(は、羽を千切られた……!)
腰を抜かしたソロネは地面から足を踏み外し、雲の中に落下した。羽を失くしたソロネはそのまま落ちていき、森に激突する。
「痛ったあ……」
さすがは階層ボスの魔物か。ソロネは一命をとりとめた。
「ふう、生きていて良かった。いや、良かったのかな?」
どうにか立ち上がると、自分の変化に気づいた。元は白かった髪と服が黒くなっているのだ。服などは形も変わっている。
(これは……堕天使になっている……!)
種族が変化していたのだ。
ソロネは戦闘力もないわけではないが、幻惑系の魔法が得意な天使だった。幻の足場を見せてダンジョン攻略者を落とす罠を得意としていたのだが、まさか自分が落とされるとは。
「これからどうしよう……」
歩いていると、人間の男が寄ってきた。
「おい、こんなところに女がいるぞ!」
「へへ、ちょっと若いがいいだろう」
そんなことを言いながらソロネに襲いかかる。
「なに、こいつら?」
魔法を使うまでもなく男たちを一蹴する。軽く追い払った程度だが、男たちは瀕死の重傷を負った。
「よわ」
その後も何度か同じことがあり、その度にソロネは人間を叩きのめしていった。すると、ソロネに貢ぎ物を持ってくる者や住居を提供する者などが現れて、だんだんと一つの集落のようになっていった。
それがジラール王国の始まりである。国の運営を人間に任せていたらどんどん大きくなっていき、千年が経った現在では大陸で二番目の大国となっていたのだ。
*
「ふーん、ナギ様の好きそうな設定ぞよ」
応接室で話を聞いていたセラは、あの神らしいなと思った。
「熾天使様もあの大きな女にやられたのですか? 見たところ翼はありますけれども」
「いや、妾はあの女には殺された。これはご主人様にテイムしてもらって堕天使となったからぞよ」
「熾天使様でも殺されたんですか……」
「瞬殺だったぞよ」
元天使の二人は千年前を思いだして暗い顔になる。リン・ジラールは適当に代を変更して現在は二十四世と名乗っているとのことだ。
「───それで先日、隕石が落ちてきたのです。それも二発」
「それは災難だったぞよ」
ハルが一点を見つめながらダラダラと冷や汗をかいている。ディアは涼しい顔だ。
「人間の貴族たちが属国に賠償させるとかなんとか言っていましたね」
「それで戦争になったんだが……」
ジローニはため息をつく。
「そんなのはただの天災ではないかや。誰も悪くないぞよ」
セラが正論を口にすると、さすがにディアも心苦しくなってきた。
「じゃあこれをやる。壊れた街の復興に使え」
ディアは【収納】から財宝の入った宝箱を取り出す。かつてノア・アイランドで手に入れたものだ。
「え、いいのですか!」
「ああ、まだあるはずだから獲ってきてやる。その代わりお前らは連合に協力しろ。文句があるなら消滅させる」
「ソロネよ。ご主人様の愛剣は魔剣黒凪であるぞよ……」
*
後日、ジラール王国はイリア・ドクソンとの会合を重ねてフリード連合に加入することになった。その際、何人かの貴族は粛清されている。
ジラール王国側の死者は約八万人。捕虜たちはまだギルアバレークにて強制訓練中である。フリード連合側の死者は約一万人。もっとも多かったのはエンパイア軍の四千人であった。ギルアバレーク軍も五十六名が亡くなっており、死者のいない同盟国はなかった。
「みんな、俺につかまってくれ」
隕石によって壊滅的な被害を被ったジラール王国に宝箱を一つ渡したディアだったが、当然それだけで足りるわけではない。
そこで、数人を連れてノア・アイランドの〈古城のダンジョン〉で宝箱を乱獲しようと思ったのだ。前回は三百匹のコボルト、ボスのケルベロスをディア、ジローニ、ハルの三人で倒した。あのとき魔剣黒凪を使っていたが、ケルベロスは三人で一つずつ頭を落として勝利した。魔剣黒凪だけで殺したわけではないので、また湧いているのではないかと考えたのだ。
もしケルベロスが出てこなくてもレベル上げになるし、二階層のデーモンは粉塵爆発で死んだのでいるはずだ。ドロップはハルが〈悪魔のハルバード〉を手にした魔石だったが、あれを売っても金になるだろう。そう思ってジローニに提案した。
メンバーはディア、イクスの森のナウカナ、ワイズ。プールイ共和国のニール。セント共和国のダンク。エンパイア王国のアラント。各国の代表を連れていくので、ジローニは残ることになった。空を飛べるハルも復興の手伝いのために置いていく。【収納】には魔導トラックも入っているので、拠点の家からそう日数はかからずに移動できるだろう。
*
「さあ、ダンク。死んでも大丈夫だ、次へ行くぞ」
「はいい……」
アラントに急かされ、セント共和国の代表ダンクは情けない返事をした。彼は元々ほとんど戦闘力がなかったのだが、訓練が必要だと言われアラントに引っ張ってこられた。現在、〈古城のダンジョン〉一階層を十回目の周回中である。
一回目にレベル20のコボルトに殺されたダンクは、ディアの持つエリクサーによってすぐに蘇生された。それから死んではいないが、何度も死にそうにはなっている。
ナウカナ、ワイズ、アラントが次々とコボルトを倒していき、それにニールが続く。彼は強くなりたい一心でここに参加したのだ。ボスのケルベロスにも一撃入れるなど、ずいぶん戦えるようになってきた。
彼らの戦いを後ろで見ているだけのディアは、緊急時のみ参戦する予定だ。今のところナウカナなどの強者もいるので心配ないが、怖いのはナギの〈裏設定〉だ。何度も宝箱を手に入れており、いつかあのバトルフィールドが展開されるのではないかと緊張していた。
(それにしても……)
この階層が生きていてよかった。前回魔剣黒凪を使ったせいか、コボルトは二百匹ほどしか湧かなくなった。そしてボスのケルベロスはレベルが300だったのが216になっていた。もし、一人で殺していれば消滅していただろう。
「ディア、倒したぞ! もう一周いくか?」
そう言ったアラントはレベル180ほどになっている。最高はナウカナの220だ。元々が8しかなかったダンクに至っては八倍の64まで上がっていた。もう並の兵士より数値は上だ。
彼らは元気そうにしていたが、限界が近いことはディアにもわかる。時間の感覚がなくなっているが、おそらく二日ほどは経っていた。体力回復薬によって動けているが、気持ちが高揚しているだけだろう。
「いや、そろそろ帰ろう」
一同はダンジョンの外へ出る。欲張って裏設定が出てきたら何があるかわからない。宝箱を十個手にすればもう充分である。
ダンジョンの外は尖った山々に赤黒い空の広がる不気味な場所だ。拠点の家からはかなり離れているので、そう頻繁に来られるわけではない。今回は魔導トラックを運転してもらったので移動時間が短縮できただけだ。
(せっかくだから、あれを獲ってくるか)
「みんな、ここで少し休んでいてくれ。俺は一人で二階層に行ってくる」
「使徒様、私もお供します」
「いや、ここは外にも魔物がいる。ナウカナもみんなといてくれ」
「わかりました」
ナウカナが同行すると申しでたが、二階層のボスはレベル400のデーモンだ。悪いが、庇いながらやりたくはなかった。「すぐ戻る」と、そう言って二階層へと転移した。
二階層はレベル30のガーゴイルから始まる。大群というほど多くはないが、三十匹ほどの集団だ。前回は三人で連携して倒した。
ディアはアダマンタイト棍を取りだす。ハルとの稽古では使用しているが、実戦で使うのは初めてだ。鉄よりもだいぶ重たいので、感覚を掴んでおきたかった。〈夢幻白流棒術〉の構えをとったディアに、ガーゴイルが襲いかかる───
数分で全てのガーゴイルは消えた。長いアダマンタイト棍の両端を使うと、四方どの方角から攻撃されても対応できる。剣よりも集団相手に向いている武器だと言えた。
(これはいいな。重さもちょうどいい)
ディアが満足していると、正面の玉座に魔物が現れた。身長は三メートルほど、山羊の頭部を持つ魔人が金属製の長い斧をヒュンッと一振りする。前回は偶然倒してしまった相手だ。
「お前一人かね? 仲間がいるなら待っていてやってもいいが……」
「いや、俺一人だ。やろうか」
ディアは夢幻白流棒術の構えで、アダマンタイト棍を逆手に握った───
*
約五日間でジラール王国に帰ってきた一行は、復興支援として八個の宝箱をリン・ジラールに渡した。残りの二個はフリード連合側で、死者の数などに応じて分配される。
「ディアさん、ありがとうございます! これで被災地の復興も捗ります!」
そう感謝するリン・ジラールに、ハルは複雑な気持ちだった。
ジラール王国が七カ国と共に連合入りすることになったので、大陸の中部から東部までのほとんどが同盟国となった。さらに東に行くと山脈や砂漠を超えてまた別の国があるのだが、そこまで行くとアイエンド王国の影響も薄れており無理に連合入りをすすめる理由もなくなっている。フリード連合は各国で復興支援の人員を残し、首脳部はそれぞれ帰国した。こうしてフリード連合対ジラール王国の東部戦争は幕を閉じた。
その頃、イクスの森ではダンジョンに潜った使徒様たちが戻ってこないと大騒ぎになっていた。




