◆第五話 東部戦争の開戦
七カ国同時の声明発表と駐屯地への襲撃。最初に決着がついたのはブリントン王国だった。ジラール王国駐留兵千人に対して、ブリントン王国軍とセント共和国軍合わせて六千人が駐屯地を囲んだのだ。いずれ本国が助けに来ると思った駐屯地の指揮官は戦わずに降伏した。千人の捕虜を魔導トラックでセント共和国に運び、六千人はそのまま東の国境へ向かった。
次に決着がついたのはユナイド王国。千人の駐留兵に対し、エンパイア王国軍とユナイド王国軍合わせてこちらも六千人。
当然この人数差では勝てないと駐留兵は白旗をあげるのだが、エンパイア軍が簡単に降伏を認めなかった。
「このくらいの人数でビビんなよ!」
「戦おうぜ! 命をかけてよ!」
すでに死兵となる覚悟を決めていたエンパイア軍が無傷で終わることを渋ったため、解決が少し遅くなったのだ。なんとか降伏を受け入れて捕虜をセント共和国に運ぶ。
「次は国境だ! 俺たちの死に場所はそこにある!」
エンパイア王国軍もまた国境へと向かっていった。
*
「もう二カ国落ちたそうだ」
「はやっ、まだ僕たち戦ってもいないのにね」
ジローニとトギーがそう話しているうちに駐屯地を囲み終わった。デリス王国兵の指揮官が駐屯地に向かって勧告をする。
「相手は二千人だ。油断するなよトギー」
「はは、油断なんてしないよ。もう二度と、ね!」
勧告が終わった瞬間、トギーが魔導二輪車で走りだす。
「トギーさんに続け!」
「ヒャッハァー!!」
トギーを先頭に魔導騎兵隊が突っ込んでいく。
「な、なんだあれは……」
その後ろ姿を見て冷や汗を流すデリス王国軍兵士。
「ほら、お前たちの戦争だぞ。あれに続け!」
「は、はい!」
デリス王国の兵士たちも駐屯地に突撃していく。
二千人のジラール王国軍は油断していた。千人ちょっとで襲撃などと。当然、勧告など相手にしていなかった。
「撃てー!!」
襲撃兵の後方から鉛の弾が飛んでくる。弛緩した空気のジラール兵は次々とやられていった。
「おーい、捕虜も取れよ!」
ジローニの注意が聞こえているのかはわからなかったが、しばらくするとトギーが一人の男を引きずってきた。魔導二輪車で。
「将軍、こいつが指揮官みたいだよ」
───ジラール王国の死者は二百人。千八百人が捕虜となりデリス王国駐屯地の戦いは幕を閉じた。
「捕虜を運んだら国境に行くぞ!」
「はい!」
それと同時にハグミとテンテンの向かったアルビア王国も決着がついたと連絡があった。
残りはアスピ族たちの向かったチェルシー王国。プールイ共和国軍の向かったコップ王国。エルフィンの向かったサン王国だ。
「さて、あいつらうまくやっているかな」
ジローニはそう呟き空を見上げた。
*
「族長、カチコミの支度ができました!」
黒塗りの高級魔導車で一族の者から報告を受けるのはアスピ族の族長ワイズ。
「わしらは連合の中でも新参だ。戦えるところを見せつけないとならん。いわしてこい!」
「はい!」
黒いスーツにサングラスの幹部たちが魔導短銃を手にかけ出す。
「兄上、アスピ族ってあんな感じだったか?」
「さあ、俺たちにはまだ進んだ文化というものがわかっていないからな」
背丈ほどある長斧を手に、ナルハ族の戦士ナウカナは妹のツバサに答えた。イクスの森の騒乱の後、アスピ族と交流を始めたナルハ族は徐々に生活水準を上げていった。ポーションを売った金で鉄や布を手に入れていったのだ。鉄の加工ができるようになり、剣や弓矢を持つようになった。それによってダンジョン攻略も進み、経験値とポーションを更に手に入れる。ナルハ族の集落はそのようにして急成長をしているところだった。
「まあ、この戦いで役に立って使徒様や姉弟子様に恩返しせねばな」
「はい、兄上!」
この兄妹は幼くして父親をダンジョンで亡くしていた。その仇の魔物を仕留めてきたのが使徒とされているディアである。兄のナウカナの持つ長斧はその仇の主天使が持っていた武器だった。現在、このナウカナがイクスの森アスピ族とナルハ族の中で最強の戦士である。次にアスピ族の族長ワイズ、戦士長のブレイズと続いていく───
「な、なんだこいつは!」
「ひ、退け!」
森の戦士はダンジョンで鍛えているだけあって強かったが、ナウカナの人間離れした強さは多くの目を引いた。
(使徒様、あれから俺も少しは成長したんですよ!)
ここにはいないが、かつて手も足も出なかったディアに胸の中でそう報告する。
ナウカナを先頭にしてイクスの戦士は前進していく。ジラール王国兵千人に対して、チェルシー王国兵千人と森の戦士三百人の戦いは一方的だった。最後はナウカナが指揮官を捕えて戦いは終わった。
*
サン王国に駐留するジラール王国兵は二千人。そこに襲撃をかけるのはサン王国兵千人とエルフィン率いるギルアバレーク軍千人の合計二千人。人数は互角だった。
サン王国の高官が勧告してすぐに、ギルアバレーク軍は駐屯地に襲いかかった。
「ヒャッハァー!」
いつもの必勝パターンだ。魔導騎兵隊が先陣を切り、魔法部隊の援護のもと歩兵が突撃する。
「今度こそ死なせてくれよぉ〜!」
小柄な兵士が一際目立って敵を斬り裂いていく。敵の攻撃を軽いステップでかわし、華麗に剣を振り続ける。まるで命を削るかのように。
「なんでトシオは実戦だとあんなに強いんだよ」
「あいつ、命がかかっていると生き生きするよな」
「あ、あれが、《狂犬トシオ》……」
サン王国軍の脳裏にトシオは強烈な印象を残した。
そして両軍入り乱れる中、静かに歩いていく男がいた。男の前に立つ敵は力を失ったように動きが鈍り、そして仕留められていく。その男はまるで散歩でもしているかのように敵軍の奥に歩いていった。
「あ、あれが《魔眼のエルフィン》……」
その場だけ気温が低くなったかのような冷たい空気が流れる。しばらくするとエルフィンは縛り上げられた指揮官を引きずりながら戻ってきた。
「指揮官は捕らえた! 降伏するなら武器を置け!」
そこで戦いは終わった。ジラール王国軍の死者は七百人。千三百人が捕虜となった。
「これであとひとつか……」
そう呟くエルフィンは返り血を拭った。
*
残るコップ王国の兵士は約二千人。そこにプールイ共和国の兵士千人が加わり連合軍は三千人で駐屯地を囲っていた。相手のジラール王国軍駐屯兵は約千人。
プールイ共和国軍を率いるのはニールという騎士だ。かつてアークがプールイ領の騎士だった頃の同僚で、復興したプールイ領でいち早く兵士団をまとめていた男である。
プールイ領は共和国になってから急激に発展し過ぎて、訓練やダンジョン攻略が他の同盟国よりは遅れているという問題があった。訓練したくても街がどんどん発展してしまって仕事が途切れないのだ。
そんなわけでプールイ共和国軍は練度において少しだけ不安を残していた。そして初めて組むコップ王国軍。数は三千人対千人で勝っていたが、戦いは長引いていた───
「くそっ、あとはここだけなのに!」
ニールは歯痒くなる。旧セント王国の支配から抜け出せたのはアークたち同盟国のおかげだ。その後にも識者や専門家が派遣されて街は変わっていった。
あの鬱々とした時代からは考えられないほどの変わりようだ。経済的にだけでなく豊かになった。民の心がだ。
「俺たちだって訓練してきたんだ。ここで恩を返さなければ!」
アークやジローニのような男がいれば士気も違うだろう。ニールは優秀な騎士ではあったが、圧倒的な戦闘力やカリスマ性をもつ男たちと比べれば指揮官としての適性は落ちる。本人はそう思って歯を食いしばるも、戦場は完全に拮抗している。
そのとき、空に黒く燃える羽を広げた女が飛行してきた。それは黒いドレスを着た美女であった。
「ここが苦戦しているかや?」
黒い美女は手に持つ杖をジラール王国軍に向ける。
───ゴオオォォ!
と、紅蓮の龍かと思うような炎が螺旋状にジラール王国軍を襲った。
「う、うわああ!!」
「た、助けてくれ!」
逃げ惑うジラール王国軍。
「妾はギルアバレーク王国軍、航空部隊長のセラである。降伏しないのなら残りも焼き尽くしてやろうぞよ!」
黒い美女はギルアバレーク軍の援軍だった。たった一人でなんて戦闘力だ。
「ふふ、アーク。お前ほんとにすごい奴だよ」
ニールはかつての同僚を思い出し笑みを浮かべた。
*
───襲撃前。
「妾は何をすればいいかや?」
「セラは上空から各地の状況を見て援護に入ってもらいたい。苦戦していると判断したら攻撃参加してくれ」
「わかったぞよ」
ジローニはセラの配置を固定せずに自己判断で動くように指示していた。
せっかく飛べるのだ。苦戦しているところに行ってもらうのがいいだろう。
〈堕天使 レベル999〉
「ふふ、ディアの奴。こんなのをテイムしてくるとはな」
「なんぞや?」
「ディアはいい女を引っ掛けてくるのが上手いってことさ」
「ご主人様はそんなナンパな男ではないぞよ?」
「ははは、そうだな。その通りだ」
「なんなのかや」
堕天使セラ。間違いなく秘密兵器だ。