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ギルアバレーク戦記  作者: 森野悠
第三章
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◆第十六話 ルナ 1



「牛さん、ご飯まだ? ルナお腹すいた」

「はい! ただいまできましたぞ」

 ここは〈月のダンジョン〉。ミノタウロスの作ったオムライスをルナは美味しそうに食べていた。

「今日もお父様とお母様こないのかな」

「以前は毎日来られていたのですがな。何かあったのでしょうか───」


 地上のダンジョンで冒険者から集めた魂力によって生命を得たルナは〈初期設定〉を使わずに作られた初めての人間だった。

 だからルナは赤ん坊で誕生したわけではない。五歳くらいを想定して作られている。読み書きや計算もできるし、ナギとアイを両親として認識している。

 そしてナギの親バカは度を越していた。まずレベルは5000。しかも魔力と知力に偏っている。

 その上で幼さも備えている。そんな完璧な子どもを作り上げた。

 また、ルナはこの世界の仕組みを既に知っていた。説明すると長くなるし、理解できないかもしれないのでそのようにナギが作ったのだ。

 ナギがルナに与えた【ダンジョンメイカー】は、かなり使い込まれていたスキルだった。何しろ三百年も使い続けてきたのだ。その使い方もルナにインストールしてある。よってルナは生まれてすぐにそのスキルを使うことができた。

【ダンジョンメイカー】には多数のダンジョンプログラムがすでに作って用意されていた。あとは好きな場所に設置するだけで完成する。

 子ども部屋のダンジョン。公園のダンジョン。動物園のダンジョン。遊園地のダンジョン。キッチン、バス、トイレのついたログハウスに、果物や野菜、家畜などが用意されている自然の豊かなアウトドアのダンジョン。お洒落な部屋に、冷蔵庫を開けるとジュースにケーキ、プリンなどが入っているスイートルームのダンジョン。

 ナギが親バカ過ぎてアイが聞いたら呆れるようなものばかりだった。だからアイには【ダンジョンメイカー】の中身は言っていない。

 他にも、以前にナギが作ってボツにしたダンジョンプログラムも入っていた。難易度の高すぎるもの、逆にチートすぎるもの。変に凝りすぎて攻略まで何百年もかかるもの。とにかくダンジョンが大好きだったナギは多くのダンジョンを製作して、そのプログラムを残したままだった───


 窓から見える幾千の星。そして青い惑星。あそこに両親がいる。ルナはそのことを知識として知っていた。

「ねえ、牛さん。お父様とお母様に会いに行こうよ」

「ルナ様はこの月にしかダンジョンを作っておりませんので転移はできないのではないですか?」

 そう、地上へ転移する座標を持ち合わせていなかった。

「そうなんだけどね、お父様が用意してくれたダンジョンを使って行けるかもしれない」

 ルナが可能性を示したダンジョンプログラム。それは〈宇宙船のダンジョン〉だった。


  *


 ナギとアイをクーデターによって排除したアイエンド王国では、突如現れた巨大な狼に破壊された王城を職人や兵士たちが修復していた。

 人々は、やはりあれは生かしておいてはいけない危険な存在だと再認識させられた。エンドウ・ナギ。かの神は人間の手によって討たれたが、肝心の生命の魔女アイを逃してしまった。かつて気まぐれで全ての生命を奪ったとされる化け物だ。人々はアイの復讐を恐れていた。

「なあに、神であるナギを討ったのだ。女一人で何ができる」

「アイは常にナギの力を使っていた。ナギさえいなければ大丈夫だ」

 貴族たちはそんな強がりで焦る気持ちをごまかしていた。そんなある日、アイエンド王国の上空に金属製の巨大な物体が現れた。

「ま、魔女の復讐か!」 

「神の怒りだ、助けてくれ!」

 国民たちは蜘蛛の子を散らしたように慌てふためいた。その巨大な物体は王城の上に停止して一筋の光を地上に照らす。その光を伝って、二本足で大きな牛の頭を持つ生き物と、小さな黒髪の少女が降りてきた。


  *


「アイ! 子どもができて落ち着いたら三人で旅行に行こうよ!」

「転移でどこへでも行けるじゃないですか」

 ナギは生前、アイに近い将来の夢を語っていた。

「それじゃ意味ないんだって! 色々とのんびりまわってご当地グルメとか景色とかを楽しむんだよ」

「この世界にそんないい場所ありましたかね?」

「ふふーん、今度びっくりするような所に連れていくからさ。楽しみにしててよ!」

「そうですか? わかりました、楽しみにしていますね」

 ナギは【ダンジョンメイカー】を使ってアイを宇宙旅行に連れていくつもりだった。もちろんサプライズしたいのでアイには内緒だ。そんなダンジョンプログラムをナギは用意していたのだ。


  *


「ルナ様、ここがナギ様たちのおられるアイエンド王国の王城ですな」

「お城が壊れているね。何かあったのかな?」

 ナギとアイの娘、ルナは宇宙船のダンジョンを使って両親に会いに青い惑星へとやってきた。反重力エスカレーターの光を伝って、世話係兼護衛のミノタウロスが先行して地上に降りていく。

「お、降りて来たぞ! 化け物だ!」

「騎士団はどこだ! 軍隊を呼べ!」

 逃げ惑う民衆たち。

「牛さん、あれがお父様の作った人間かな」

「そのようですな。ルナ様が降臨したというのに礼儀のなっていない連中です」

 地上に降りて歩きだす二人。

「撃てー!」

 そこに矢が襲ってきた。ミノタウロスが飛んできた矢を掴む。

「こやつら、まさか我らを攻撃してきた?」

 まだ理解していない二人。ナギが作った人間がなぜ自分たちを攻撃するのか。

「撃て! 撃てー!」

 更に無数の矢が飛んでくる。

「障壁」

 ルナは氷の壁でそれを防いだ。

「牛さん、なんか様子が変だよ」

「ふむ、いきなりわけがわからないですな。しかしルナ様に対してこの無礼。少し懲らしめますか」

 ───ブモオオォォオ!!!!

 ミノタウロスは人間たちに【威嚇】を飛ばした。すると騎士団や軍隊を含め、四方の人間が動きを止めて泣き出した。どうやら事切れた者もいるようだ。

 その中でも少しは動ける男がいた。どうやら騎士団長のようだ。

「あの人間に聞いてみようか」

「そうですな」

 二人は騎士団長に近づく。

「お、おのれ! 魔女の手先どもめ!」

「魔女?」

 ルナはキョトンとした。

「生命の魔女、アイの手先だろう! 我らはお前たちに屈することはない!」

「アイは私のお母様だよ?」

「なに、魔女の娘だと?」

「ルナ様、こいつに事情を話させましょう」


 騎士団長の男は知っていることを答えさせられた。ナギたちが世界の生命を全て消した事実を知ったこと。人間たちは家族や愛する者を守るために反乱を起こしたこと。

 そして国王のナギを殺したこと。妻のアイには逃げられたこと。ルナはそれを静かに聞いていた。

「お、おのれ! 人間どもめ!」

 ミノタウロスは怒りに震えた。自身や敬愛するルナを作った万物の創生者ナギ。その神を恐れ多くも人間ごときが殺したという。

「ゆ、許せん! 許せんぞ!!」

 ミノタウロスは人間たちを皆殺しにしようと手に持つ斧を振り上げた。手始めにまず目の前の男から。

 ───そのとき、ルナのうめき声がした。

「うっ、うあ! うあああ!」

「ルナ様?」

 ミノタウロスは斧を振り上げた手を止める。両手で頭部を押さえて苦しそうなルナ。

「ぐっ、ああ!!!」

 突然ルナの周囲に溢れ出る魔力。ルナは頭を押さえ膝をつく。

「ル、ルナ様!」

 ミノタウロスがルナに寄り添う。周囲に魔力の風が吹き荒れてくる。白く、冷たい風が巨大な螺旋を描いた。

「があああああ!!!」

 そしてあたり一面を凍らせた。王城も、兵士も、民衆も、目に見える範囲全て。

 ミノタウロスは驚愕した。なんて魔力だ。敬愛するルナの魔力が多いのは聞いていたがここまでだとは。

「な、なんだこれは……」

 騎士団長の男は凍っていなかった。ルナたちの近くにいたため、あの白い暴風の範囲から逃れたのだ。

 うずくまっていたルナが立ち上がる。その顔には普段の子どもらしい表情が失われていた。

「ミノタウロス、まだお父様たちに会えなくなったとは限りません」

 今まで「牛さん」と呼んでいたミノタウロスに、ルナは大人のような口ぶりで話した。

「お母様は襲撃から脱出したのですからどこかにいるはず。この世界の隅々まで探しましょう」

 まるで急に大人へと成長したかのようだった。

「お父様はなんとしても蘇生させるのです。私ならできます」

 冷たい表情でそう言ったルナの髪は真っ白になっていた。


  *


「王都で何かあったのか?」

「あの空に浮いているのはなんだ?」

 アイエンド王国の国民たちは王城付近が全て凍ってしまったことを知らなかった。彼ら一般の民衆はクーデターのことさえ良くわかっていなかったのだ。だが、王城の上空に浮かぶ金属製の物体。それを見ると王都で何かが起きているのだろうとは想像できた。

 それからしばらくして王都に新しい城が突然現れて、地方の領主は王城に呼び出されることとなった。



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