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ギルアバレーク戦記  作者: 森野悠
第三章
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◆第十三話 創世初期


「ユニ……、いる?」

〈古城のダンジョン〉五階層のボス部屋に入れなかったアイが精根尽きてフェンリルのユニを呼ぶと、銀色の狼が姿を現した。

「攻略は終わったのか?」

「ダメでした……。マスターのダンジョンは本当に奥深い」

「そうか、じゃあ拠点の家に飛ぶか?」

「月のダンジョンに連れていって下さい。そろそろルナが目を覚ましている頃です」

「わかった」

 ユニはアイを連れて転移しようとする。だが、

「ユニ、どうしましたか?」

「できなかった」

「どういうことですか?」

「月のダンジョンへの転移はできなくなっている───」


 月への転移。いつもナギの持つ〈設定画面〉の位置変更で簡単に移動できた。だが、そのナギが死んでしまった。アイに転移能力はない。

 しかし、フェンリルのユニには転移能力を備えつけてある。どこにいても呼びだすことだってできる。アイは今まで転移で困ったことなど一度も無かった。アイはナギとの会話を思い出す。

『魂力をどこに集めるんですか?』

『月にダンジョンを作ったんだ。もし誰かに攻略に来られちゃったらやばいからね!』

 ナギはルナのいるダンジョンへの侵入者を警戒していた。万が一、自分たち以外の転移を許したらルナが危険だと。

(それで、月のダンジョンは転移をさせないダンジョンにしたのか)

「ルナがもうすぐ産まれるんですよ……。あの月に、たった一人で!」

「ミノタウロスもいるだろう」

「そんなことわかってますよ!」

 ナギは死んでしまった。だから一人でルナを育てようと思った。ナギとアイ、二人の娘。アイにそっくりな五歳くらいの女の子。

 自分たちを親とする意識もインストールしてある。お腹を痛めたわけではないが、ナギの【ダンジョンメイカー】やアイの魔法も与えた。間違いなく二人の娘なのだ。

「ユニ、なんとかならないんですか?」

「アイにわからないことが我にわかるわけがなかろう」

 幼い我が子が、あの宇宙にたった一人で生まれてくる。父も死んだ。母も行けない。そんな所で、これから一人で生きていかなければならないのか? 一生、そこで。 

 ───我が子を! マスターとの子を!

「な、なんて、酷いことを……」

 アイは胸の中がグシャグシャになった。こんなことなら作らなきゃ良かった。ルナは人間なのだ。こんな酷い仕打ちを受けるために産まれてきたんじゃない。

「う、うう……。ルナ、ごめんなさい」

 アイは涙を流して顔を歪めた。

「こんなお母さんで、ごめんなさい……!」

 もう、耐えきれない。

「う、うう、あああああああ!!!」

 泣き崩れたアイはその場に倒れ───

 そのまま機能を停止した。感情の限界を超えたAIの生命維持機能が働いたのだ。このままではこの個体は壊れてしまうと判断して。


  *


 古龍のヤスコはナギに言われた通りイクスの森の奥地へ向かった。いくつか人間の集落があり、その中に鳥居が見える。ナギの言っていた天使のダンジョンとはあれのことだろう。ヤスコはナギの言葉を思い出す。

『イクスの森に天使のダンジョンがあるんだけどさ、下層の難易度を高く作り過ぎちゃったんだよね。低レベルの人が入るとすぐ死んじゃうから注意しといてくれると助かるな』

 つまり、愚かな人間が偉大なるナギ様の作られたダンジョンで無闇に死ぬなと。しかし、ナギ様は人間にダンジョンで冒険させるために作ったのだ。

「ふむ、人間どもに注意しておくか」

 ヤスコは森の上空へと飛んだ。

『聞け、人間どもよ! 我は偉大なる神、ナギ様によって生を受けた神獣である!』

 人間たちは一斉に空を見上げた。

『ナギ様によって作られたダンジョンは、選ばれた者のみが入ることを許される神聖なる場所である!』

 人間たちは恐れ慄いた。山のように巨大な真紅の龍。ひとたび機嫌を損ねればこの森くらいは容易く消滅させそうだ。

『しかし、鍛え上げられた選ばれし戦士が挑めば神の恵を得ることになろう! 人間どもよ! 生死をかけて挑むが良い!』

 ヤスコはそう言って森の奥へと飛んでいった。人間たちはその言葉を神の言い伝えとして代々受け継いでいくことになる。

 そして神の名前は軽々しく口にしてはいけない。神の名前、《ナギ様》の名は部族の族長のみが子孫に言い伝えていくこととなる。


 神獣の古龍が人間に注意喚起したことにより、ダンジョン〈神の恵〉の存在は人間に知られることになった。

 今日も人間たちは鳥居へ向かう。そこにいるのは見慣れぬ服を着た赤い髪の女。

「お前はダメだ。お前は一階層だけなら行ってもいい」

 鳥居をくぐる人間を選別しているのだ。最初に現れたときは反抗する人間もいたが、そういう人間は指一つで吹っ飛ばされた。選ばれた人間は神の水を持って帰ってくる。怪我や病気に効くのだ。その赤い髪の女は神獣様の遣いなのだろうと思われた。

 ある日、一人の男が恐る恐る神獣の遣いに聞いた。鳥居を潜る資格をどのような基準で判断しているのかと。

「一階層は最低25の強さがいる。二階層は40ってところだろう」

「そ、その数字はどうやって判るのですか?」

「見えないのか? 目を凝らせば見える。普通、男がちゃんと訓練すれば25位には届く。あとはダンジョンの中で鍛えれば40くらいには上がっていくだろう」

 男は目を凝らしても見えなかった。そこで神獣の遣いに25の強さの男を教えてもらい、他をそれ以上・それ以下と意識して目を鍛えた。するとある日、うっすらと数字が見えるようなった。

「で、できた!【神の眼】を身につけたぞ!」

 数値の見える眼を持った男の元に人間たちは集まるようになり、その男は一族を構えることになった。男の名前はナルハといった。


  *


 ヤスコはイクスの森を根城にして〈天使のダンジョン〉で門番のようなことをしていた。ナギの言いつけに従い、ダンジョンに入る者を選別しているのだ。最初に確認のために踏破してみたが最終階層のボスはレベル2560の熾天使だった。一発で殴り殺したが、確かに普通の人間には厳しい難易度だ。上の階層でしばらく修行しないとならないだろう。


 そのような日々を過ごしていたある日、ヤスコは異変を感じた。

「ナギ様?」

 神獣のヤスコは主人であるナギとの繋がりを感じることができる。しかしナギがダンジョンに潜っていればそれは感じ取ることができない。

 突然ナギとの繋がりを感じ取れなくなったヤスコはいつもと違うと思った。ナギとの繋がりがゆっくりと薄れていくのを感じたのだ。そして繋がりは切れた。

「ナギ様に何かあったのか?」

 ヤスコは悪い予感を抑えながらイクスの森で過ごした。ナギに頼まれたのだ。ここを離れるわけにはいかない。だが、その後しばらく経ってもナギとの繋がりが感じられない。どこかのダンジョンに篭っているのかとも考えられたが、不安になったヤスコはユニに呼びかけた。

「ユニ、聞こえるか?」

 そこに、ヒュンッと銀色の狼が現れた。同じ神獣のフェンリル。ユニの分体だ。

「ユニ、ナギ様との繋がりが感じられなくなってしばらく経つ。何か知っているか?」

 ユニは少しだけ間を置いた。

「ナギ様は亡くなられた」

「なんだと?」

「アイが生き返らそうとしたがダメだった。アイは機能停止して動かなくなっている」

 ヤスコは信じられなかった。我が神であるナギが死ぬなどと。今は人間の体なのだからいつかは死ぬ。それはわかっている。しかし、それはまだ先のはずだ。

「ど、どうして?」

 かろうじて口に出す。

「人間に殺された。アイエンド王国でクーデターがあって、我が呼ばれたときには既にお亡くなりになられるときだった」

「人間だと……? ナギ様に作っていただいた分際で?」

 たかが人間が神であるナギに牙を向いた。ナギに作ってもらった存在がだ。

 許せん。許せるものか。

「お、おのれ……。人間共め! 皆殺しにしてやるぞ!!」

 ヤスコは本来の姿になった。山のような巨躯の古龍が現れる。真紅の鱗がまさに怒りを体現しているかのように。

 グアオオォォ!!!

 ヤスコは森の集落に向けてブレスを吐く。人間など全て殺す。全てを焼き尽くしてやると。

 しかしブレスは森を避け、山脈の方へと放たれた。そびえ立つ山々は中腹あたりから山頂まで消滅して真っ平になった。

「ユニ、止めるな!」

 ヤスコの巨躯に身を寄せてブレスの方角をずらしたのは、同じく巨大な狼だった。ユニの本体である。

「ヤスコ、ナギ様との繋がりを感じてみよ」

「繋がりは無くなった! お前が言ったのだろう! ナギ様は亡くなったと!」

 古龍は目を濡らしていた。

「ヤスコよ、落ち着いてナギ様との繋がりを感じ取るのだ」

 ユニは真剣な眼差しでヤスコに言った。ヤスコはそう言われてナギとの繋がりを探し始める。いつもは意識せずとも繋がりを感じ取れていた。だがもっと深く、もっと広く我が主人との繋がりを探す。ナギを思い出し、縋るように。すると、一筋の繋がりを感じ取った。

「こ、これは?」

「感じ取れたか」

 森の集落の方からうっすらとナギとの繋がりを感じる。もっとよく探してみると、森全体からナギとの繋がりを感じるようになった。

「ユニ、森からナギ様との繋がりを感じる」

「もっと広げてみよ」

 言われた通り意識を広げる。

 すると、森の動物、小さな虫までもナギとの繋がりが感じられる。さらには森の外、遠くから無数の繋がりを感じ取れた。

「こ、これは?」

「この世界の全ての生き物にナギ様の魂が宿っているのだ。我らとアイ、そして魔物以外の全ての生命に」

「この世界、全て……」

「そうだ、汝が殺そうとした人間もナギ様の魂が宿っている」

「そ、そんな……」

「ナギ様はお亡くなりになられてもその魂はこの世界の輪廻に還られた。ナギ様の愛したこの世界はナギ様そのものなのだ」

 ヤスコは何も言えなくなった。ナギを殺した人間は憎い。でもその人間もナギの魂を宿しているのだ。

「ヤスコよ。人間というのは我らには理解できない生き物だ。弱くて簡単に死ぬ。しかし神を殺すこともできる」

「ユニ、この世界の人間はナギ様の魂を元にして作られているのに何故ナギ様を裏切ったのだ?」

「それがナギ様の望んだことだからではないのか?」

「どういうことだ?」

「汝はこの世界から生まれたから前の世界のことは知らないだろう。しかし我は汝より早く作られたため、前の世界のことも知っている」

 ユニは最初に作られた神獣だった。百年ほどナギたちと共に人間の街に居たこともある。

「前の世界の人間は年も取らず死にもしない存在であった。そしてたいした感情も持ち合わせていなかった。ナギ様はその人間たちを作り物のようだと仰っていた」

 ヤスコは黙ってユニの話を聞いていた。

「この世界を作るときにナギ様はご自身の魂をあらゆる生命に分け与えられた。そして今の人間ができたときにはこれこそが〈人間〉だと喜んでおられた」

「……」

「アイが言っていたのだが、この世界の人間はナギ様たちを恐れたらしい。だがこうも言っていた。それが普通の人間なのだと」

「じゃあ、こうなることもナギ様が望んでいたとでも言うのか……」

「それは我には解らん。だが、我はナギ様がお亡くなりになる瞬間を見た」

『あ、アイ……、やめ、ろ』

「あのとき、ナギ様はアイに報復を止めるように言っておられた。そしてナギ様は死を受け入れて安らかな表情をされていたかのようだった」

 同じ神獣同士。その言葉に偽りがないことはヤスコにもわかってしまう。

「私にはどうしていいかわからない。ユニは〈人間〉のことを理解できているのだな」

「我は汝より先に作られただけだ。それにナギ様が言っておられた。汝、古龍は我より知能を高くしてあるそうだ。人間と暮らすことも可能だと」

「私が、人間と?」

「そうだ。ナギ様は嬉しそうにそう仰っていた」

「ナギ様……」

「ヤスコよ、汝は我よりも〈人間〉を理解することができるであろう。それがナギ様が汝に望んだことなのかもしれんな」

「ナギ様の望んだこと……」

 ヤスコはもう一度外に意識を向けた。そして確かに世界中からナギとの繋がりを感じ取ることができた。

「ユニ、人化ができるのは私だけだな?」

「そうだ」

「きっと何か意味があるのだろう。アイが機能停止している今、その答えを知ることはできない。しかし私はナギ様が私に望んだことがそこにあると思う」

「そうであろうな」

「私はナギ様の言われたように、人間の中で生活してみる。そして〈人間〉とは何なのか。それを探してみようと思う」

「うむ、それがよかろう」

「ユニはどうする?」

「ナギ様にはダンジョン攻略者の選別を頼まれておる。いつかノア・アイランドを冒険者に攻略してもらいたいそうだ」

「そうか、ではこのイクスの森も気にかけてやってもらえるか? 散々選別をしたからもう大丈夫だと思うが」

「引き受けよう」

 ナギの死を知って動揺したヤスコであったが、この世界からナギとの繋がりを確かめると落ち着きを取り戻した。

 そして神獣ヤスコは〈人間〉をよく知るために、人化して旅にでることになった。




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