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ギルアバレーク戦記  作者: 森野悠
第三章
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◆第十二話 王の器



 ギルアバレーク王国総合庁舎の応接室で、アークはノーグに署名式の報告をしていた。

「───ほう、ではあのドクソンの娘じゃろうかのう」

「親戚かもしれねえけどな。しかし、ドクソンの家名を持った奴を寄越したんだ。エンパイアはもう一枚岩となっているだろうな」

「あの若き王子は王の器であったな」

 エンパイア王国のリオン。初めて会ったときはまだ子どもらしさを残していたが、今ではすでに王としての貫禄が漂いはじめている。

「リオンにはしてやられたぜ。イリアの名前を見てびっくりしちまったよ。あの兄妹は人を驚かせるのに快感を感じるんじゃねえかな。心当たりもあるしな」

「あら、あなた。そんなふうに思っていらしたのですか?」

「マユカ様、やっぱりコイツは女の敵。今からでもチョン切った方がいいでしょう」

 突然ドアが開いて婚約者のマユカと護衛のメイド、マルチダが入ってきた。

「うおっ、聞いていたのか?」

「偶然ですわ」

「たまたま近くに来たら陰口とは。これは常に言っていると見ていいでしょう」

「言ってねーよ! それでどうしたんだよ?」

「はい、元十騎士の方たちにお話を伺って参りましたわ」

 アイエンド王国十騎士、大陸最強と言われている十人である。その序列九位トギーに続いて、今回八位テンテン、六位ハグミが揃ってギルアバレークに寝返ることになった。

 署名式から帰ってきたら十騎士を捕らえてあると聞いてアークは耳を疑ったが、ハルが捕まえたと聞いて納得した。今回はたまたまディアがハルを置いていってくれたのが幸運だったのだ。

「何か聞けたのか?」

「はい。でも彼らには国の全容はわかりませんでしたので部分的ではありますけれども」

 彼らの話をまとめるとアイエンド王国の情報はかなりの部分で秘匿されていた。

 まず、王は誰にも姿を見せたことがない。宰相のエピックが王の言葉を伝える係だ。

 ならエピックが王の代理として権力を握っているかと言うとそうでもない。エピックは十騎士の序列四位以上を様付けして敬っている。その四人は四天王と呼ばれているそうだ。

 四天王の一位と二位はほとんど目にすることがない。一位はシオンという男。二位はメアという女。それしかわからない。

 三位はナーヴという男で、実質十騎士のトップとして君臨し、他の十騎士に司令を出すのがこの男だ。四位はナウという女で、姿は見せるがほとんど喋らないそうだ。

 五位はショージという男で、トギーたちは三人ともこの男を嫌っていた。性格に難があるとのことだ。そこから下は全てギルアバレークに寝返ったか、殺された。新しい十騎士が任命されたという情報は今のところない。

 そして他に魔女認定委員会という組織がある。

「そこに目をつけられると魔女狩りが襲ってくるというわけだ」

「そうですわ。宰相のエピックとは別の権力と見ていいでしょう」

「兵力はどうなっているんだ?」

「全貌はわからないそうですわ。強さは一軍から三軍まであって、数はおそらく属国まで合わせて百万くらいではないかと言われていますわ」

「とんでもねえな。いくらこっちが個人で強くても、そこまで多けりゃ無敵だろ」

「そうですわね。でも全てをこちらに向けることはできないはずですわ。周辺の他国はこちらだけではありませんし、海の向こうにはブリテン王国もありますし」

 ブリテン王国。アイエンド王国は大陸の西の端から勢力を伸ばしてきたが、そのさらに西には大きな島国があった。海軍に力を入れており、常に大陸側を睨み続けている。

「それにしてもまだこっちから攻めるわけにはいかねえよな。今もし向こうからきたら守り続けるしかねえ」

「そうですわね。あと、ハグミさんが気になることを言っていましたわ」

「ハグミ? なんだって?」

「おそらくアイエンド王国は国土を広げることにあまり興味がないのではないかって言っていましたわ」

「なんだそれ、どういうことだ?」

「ハグミさんが言うにはアイエンド王国はダンジョンを持つ国、もしくはダンジョンそのものにしか興味がないのではないかと。ただ、根拠はないそうですわ」

 それはアークにとって重要な考察だった。以前、エンパイアのクーデターにアイエンド王国が介入してきたときは、まだギルバレはエンパイア王国の一部だった。

 そしてアイエンド王国の軍を壊滅させた後、すぐに攻め込まれるのではないかと警戒していたが今のところ動きがない。個人でトギーが一人でやってきただけだ。その後にハグミたちが少数でやってきた。

 トギーはワクワナたちが気になったので一人で様子を見にきただけだと言い、ハグミとテンテンもトギーが帰ってこないから偵察だけするつもりだったと言う。

 ハグミの意見を参考にするなら、アイエンドはエンパイアにはもう興味がないのではないか。それなら復興中のエンパイアにとっては朗報だ。

「これはテンテンさんが言っていたのですが、宰相のエピックは消えた兵士や十騎士を、どこかで暴れているんじゃないですかね、と言ってあまり気にしていなかったそうですわ」

「確かにおかしいな」

「そうですわ。そう聞くとアイエンド王国は普通に覇道を進んでいるとは思えませんの」

「まだまだ情報不足だな。だが、すぐに攻めてこないのは助かる。今のうちにこっちの勢力を増やすんだ。ディアたちもアスピ族の協力を取りつけたって連絡が入ったところだ」

「まあ、さすがディアさんですわ」

「いや、それがよ。なんだかレオナが大活躍だったらしいんだよ」

「え、レオナさんが?」


  *


「あたしも行くわ!」

 ディアたちはイクスの森で騒乱を収め、無事にアスピ族と同盟を結ぶことになった。イクスの森は国ではないが、少数とはいえ強力な戦士が揃っている。協力関係になれば大いに戦力となるだろう。

 また、アスピ族の街はまだ発展途上である。向こうにとってもメリットはあるのだ。ディアたちはその後プールイ共和国に戻り、そこから王女であるレオナを置いてギルアバレークに向かおうとしたのだが、そこでいつもの拒絶が始まった。

「あたしイクスの森で役に立ったじゃない!」

「いや、そうだがレオナはプールイ共和国の王女だろ? いつも私たちといないでちゃんと王室にいた方がいいんじゃないのか?」

「あんただって族長の娘じゃない! シラっとついてきてないでアスピ族の街で仕事しなさいよ!」

 メグとレオナが言い合いになる。

「わ、私は使徒様に仕えるように父上に命じられているのだ。離れるわけにはいかん」

「あんなマフィアのボスに何を言われても説得力ないわよ!」

 結局レオナもギルアバレーク王国についてくることになった。

 レオナは他のメンバーと比べても圧倒的に弁が立つ。いつの間にか主導権を握り、言うことを聞かなければいけないような空気に持っていくのだ。そんなレオナに誰も逆らえない。ある意味王の器と言えた。


  *


「ディアさーん、おかえりなさーい!」

 背中から大きな金属の羽を生やしたミドリが空の上から声をかけてきた。足の裏から何か炎のようなものを噴射している。

「ご、ご主人様、あれは人間かえ?」

「あれは人間の女でミドリという」

 セラの疑問は当然だった。ディアは平然と答える。

「ミドリ、ついに空を飛ぶようになったわね……」

 レオナがそう呟いた直後、ミドリは墜落した。

「いてて、やはりまだ飛行時間に問題がありますね」

 ディアたちが駆け寄ると、顔に土を付け、ひび割れた眼鏡をかけたミドリが立ち上がった。

「使徒様、あの高さから落ちて普通にしていますよ!」

「下が土で良かったな」

「普通それでも良くないわよ!」


 ───ディアたちはギルアバレークに帰ってきた。イクスの森でナルハ族との騒乱をまとめ、アスピ族と同盟を結んできたのだ。


  *


「なんだあれ、服が燃えている? いや翼なのか?」

「すげえ美人だな、飛んでいるけど」

 ディアたちは報告のためにアークのいる総合庁舎に来ていた。黒く燃える翼をもつセラがいることで多少ざわめきが起きたが、ディアの姿を見ると「ああ、ハルさんの仲間かな」と、民衆は勝手に納得していた。

 だが、バタッと音がするので見てみると大きな男の騎士が気絶していた。将軍補佐官のトギーとツインテールの小さい女が引きずっていく。


「よお、帰ったな。お疲れさん」

 応接室に行くとアークが待っていた。隣には婚約者で国王補佐のマユカ、護衛メイドのマルチダがいる。

「帰ってきたわ!」

「聞いたぜ。レオナが大活躍だったらしいじゃねえか」

「そうよ! あたしがアスピ族とナルハ族を取り持ったわ。これも王女の仕事のうちね」

 実際には使徒様の姉弟子という立場を利用して一方的に捲し立てただけなのだが、誰も文句が言えないので結果的にうまくいったのだ。

「そうか、ありがとうよレオナ。メグもお疲れさんな」

「私は使徒様の偉業を見守っただけだ。父上は元々協力する気であった」

「そうか、助かるぜ。ところでその姉ちゃんは誰なんだ?」

 一同はセラに注目する。

「妾はご主人様にテイムされた堕天使のセラであるぞよ。ご主人様は熾天使であった妾を愛の力で地上にと堕としたのぞよ」

「あんた言っている内容も言葉使いもおかしいわね!」

 レオナがビシッと指差した。


「アーク、これがアスピ族の族長ワイズ様の署名です」

 ウォンカーが書簡を取りだす。

「うん、間違いねえな。魔導通信機も渡してきたんだよな、ウォンカーさん」

「ええ。五台渡してきました」

「了解だ。これでまたひとつ同盟が強化されたな。後で挨拶しとくわ」

「イクスの森とは交流した方がいいわよ! ナルハ族のダンジョンはポーションのとれるダンジョンだったわ!」

「マジかよ。ゴーレムのダンジョンといい、イクスの森は貴重な物資が出てくるんだな」

「それで成金趣味に走った族長もいるけどね!」

「レオナ、もうやめてくれ……」


  *


 ディアは一通りの報告が終わり、セラを連れてジューンの宿へ向かった。

 先に墓の様子を見に行くと、世界樹の根元でドライアドのアドと薬師のハナエがテーブルセットに座ってお茶を飲んでいた。

「あ、ディア様! お帰りなさい」

「おや坊や、お邪魔しているよ」

 アドとハナエがディアに気づいた。

「いや、勝手に入っていていい。ゆっくりしてくれ」

 アドがディアの紅茶を用意する。世界樹の蜂蜜入りだ。そこで、セラとアドの目が合う。

「む」

「むむ」

 二人は同じ神、ナギに作られた魔物だとわかった。

「あら、天使のダンジョンのボスさんじゃないですか」

「お主は世界樹の妖精女王か」

「熾天使様とあろう方がどうしたんですか?」

「お主こそ妖精の女王たるドライアドではないかや。何故にこんな所でお茶など淹れておるぞや?」

 二人は揃ってディアの腰に吊ってある魔剣黒凪を見る。

「ほほほ、私はディア様の強さに感服致しまして忠実な僕として仕えているのです」

「ふふふ、奇遇よな。妾もご主人様に愛の力でテイムされたのぞよ」

「ほほほ」

「ふふふ」

「おや、そちらの美人さんも連れてきたのかい。坊やも隅に置けないね」

「イクスの森という所の天使のダンジョンからつれてきた。そうだ、ハナエに渡す物がある」

 ディアは各種ポーションを取りだした。

「こっちから低級・中級・上級・最上級のポーションだ。あとはこっちが魔力ポーション」

「え、坊や。今なんて?」

「魔力ポーションだ。低級と上級がある」

「ちょっと待っておくれよ。魔力のポーションなんて伝承の中でしか聞いたことがないよ」

「まだ実際に試したわけじゃないからどんな効果があるかわからない。ハナエなら何かの役に立てるだろうと思って持ってきた。いらなかったら瓶だけ使えばいい」

「いらないわけがないじゃないか。こんな貴重な物を」

「俺の魔法の師匠が言っていたんだが、ハナエの書いた本のことを話したらその薬師は天才だって言っていた」

「え、なんだって?」

「あの最高品質のポーションはエリクサーっていうんだが、いくつかの毒草がそれぞれの毒を打ち消そうとした効果をバランスよく調合するものだそうだ。それを見つけだしたハナエは天才だそうだ」

「ぼ、坊やの魔法の師匠は何者なんだい?」

「この世界を作った神の妻だった女だ」

「え! ディア様、あのアイと知り合いなんですか?」

「アドも知っているのか?」

「昔、火の魔法で殺されました。やめてって言っているのに」

「そうか、アイは世界樹のダンジョンを踏破しているからな」

 突然、昔のトラウマを思い出させられたアドは青い顔をしていた。

「坊や、あんたとんでもない師匠を持っているね」

「そうだな。だが、アイは気のいい婆さんだ」

「坊や、女はいくつになっても女なんだよ」

「それはそうだろう。歳をとると男になる女なんていない」

「ディア様、精霊の私でもそれはちょっとどうかと思います」




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