◆第十話 十騎士たち 2
「───あなた何回気を失えば気が済むんですか」
ハグミはまたも医務室で目を覚ました。隣にはハルが付き添っている。
「あなたたちにはわからないわよ……」
(か弱い生き物の気持ちなんて)
ここギルアバレークの様子を見る限り、ヤスコの正体を知っているとは思えない。そもそも信じないだろう。視える自分以外には。
「うーん、あれ、ハグミ?」
隣のベッドでテンテンが目を覚ました。全身に大怪我を負っている。
「さっきはハグミが急に気絶するからびっくりしたよ。あれ何かされたの?」
「いえ、何もされていないわ。何もね」
テンテンはふーん、と納得いかなそうだった。
「それよりテンテンちゃんはなんで大怪我しているのよ」
「なんか訓練に参加しないかってことでボクだけここの兵士と手合わせしたんだよね。それは余裕だったんだけど、その後に赤髪の女に挑んだら何故かここで寝てた」
そりゃそうだろう。よく生きていたなと思う。
「随分と手加減してもらったのね」
「え、あの女そんなに強いの?」
「詳しくは話せないけど、多分世界で一番強いわ」
「ははは、そんなわけないじゃん。ハグミも大袈裟だな」
(大袈裟ではないのよ……)
ハグミは反論しなかった。言っても仕方のないことだ。
「そろそろトギーさんたちが帰ってくるそうですよ。兵士の皆さんと一緒に会いますか?」
ドアが開いてハルが顔をだした。
「いえ、まずはあたしたちだけで会わせてもらえるかしら」
「わかりました。では応接室に行きましょう」
ハグミとテンテンは応接室へと案内された。そこでソファに腰掛け、しばらく待っていると部屋のドアが開いた。
「ああ、やっぱりテンテンとハグミか。来ちゃったんだね」
鎧姿のトギーが現れる。
「トギー、何してたの! 無事なの?」
見た感じトギーは元気そうだった。
「五体満足かと言われるとまた意味が違ってきちゃうんだけどね。でも元気でやっているよ」
「トギーさん、何かあれば呼んで下さい。私は外にいますので」
「ハルさん、ありがとう。じゃあちょっと三人で話をするよ。気が進まないけど」
ハルが出ていって、部屋にはアイエンド十騎士の三人だけになった。盗聴くらいはされていると思うが。
「トギー、どういうこと? 裏切ったの?」
まずテンテンがトギーに詰め寄る。
「結果から言うとそうだね。僕はこのギルアバレークに寝返った。だからもうアイエンド十騎士じゃないよ。今は将軍補佐官をやっているのさ」
「な、なんで!」
「トギーちゃん、これまで何があったか教えてくれるかしら?」
ハグミの要望に応え、トギーはこれまでのことを語った。単独で潜入したら捕まって魔改造されたこと。訓練に付き合わされた後にジローニと戦って敗れたこと。解放されたが、自分の意思でここに残っていること。今は遠征にも同行して働いていることなど。
「───そ、それじゃボクたちも改造されちゃうのかな?」
トギーの腕を見てテンテンが恐る恐る言った。
「どうかな、ここまで何もされていないところを見ると大丈夫じゃないかな?」
「そんなの信用できるの?」
「うーん、なんて言うかここのやり方ってフェアなんだよね。実際、僕はここに捕まって魔改造されて捕虜となったんだけどさ。解放されるときにもう充分対価は払ったからどこへでも行けって言うんだよ」
「殺されなかったの?」
「正確に言うと一回殺されたんだけどね、ははは。それにね、僕はアイエンドの情報を何も聞かれなかった。仲間を売ると帰りにくいだろうって言われてね。だから君たちのことも何も喋っていない」
「トギーを仲間に引き込むためにわざとそんなことしているんじゃないの?」
「あー、それはないかな。僕がここに残るから面倒みてくれって言ったとき、結構イヤな顔されたからね、はは……」
トギーの話を真剣に聞く二人。その目を見ても、洗脳のようなことをされているとは思えなかった。
「それにね、僕は元々アイエンドには思うところがあったんだ」
「なに? なんか不満があったの?」
「あの魔女狩りさ。魔女認定したら容赦なく家族や友達も殺すでしょ? あんな必要あるのかなってずっと思っていたんだ」
「だって魔女は危険で悪い存在だから根こそぎ駆逐しないといけないっていうから……」
「本当にそうかな? 魔法が使えたり何か目立った功績を残したりした人をひたすら殺してまわっているだけじゃないかな。よしんば魔女が本物で悪い存在だったとしても子どもや友達まで殺す?」
「そう言われればそんな気もするけどさ……」
「だからテンテンがアイエンドを信じて行動するのは別に僕は反対しないさ。悩むのは僕の勝手だからね。戦場で会ったら殺し合おうよ。僕も前より強くなっているから簡単には負けないよ」
「ええっ、ボクそんなの嫌だあ」
テンテンは泣きそうな顔をしていた。ハグミは二人の会話を黙って聞いていたが、意を決したように口を開いた。
「二人ともちょっといいかしら。話したいことがあるわ。信じられるか分からないことなんだけど……」
ハグミはヤスコから聞いたことを話した。レベルと魂力のこと。アイエンドは魂力を集めるために序列五位の十騎士を殺している疑いがあること。ヤスコの正体は伏せて、他の話せる所を話した。
これはトギーも初耳だったので黙って考え込んだ。そしてテンテンが疑問を口にする。
「ねえ、じゃあ十騎士ってなんなの? ボクたちはただレベルを上げてから食べるための家畜ってこと?」
「そうなるわね、本当の話なら」
「ハグミはそんな話信じるの?」
「あたしは信じるわ。あたしの場合は嫌でも信じるしかないんだけどね」
黙っていたトギーがハグミに尋ねる。
「ねえ、ハグミ。ヤスコ団長は君たちのレベルを見たんだよね?」
「そうよ」
「わかった、ちょっと待ってて。ハルさーん、将軍をここに呼べるかな?」
ドアが開いてハルが顔を出す。
「わかりません。聞いてきますね」
ハルが出ていって、しばらくするとドアが開いた。
「お、そいつらが十騎士か。やっぱり強そうだな」
現れたのはハグミ好みの渋い男性だった。
「将軍ごめんね、上司を呼びつけるのは気が引けるんだけどさ」
「昔の仲間といるんだろ? 気にするなよ。なんならお前も一緒に帰っていいぞ」
「僕の扱いひどくないかな? それより将軍、この二人いくつ?」
「男が284で女の子が228だな」
「わかった、ありがとう」
「もういいのか? じゃあゆっくりしてろ」
将軍は出ていった。
「トギー、今のなに?」
テンテンはキョトンとしている。だが、ハグミには意味がわかった。
「トギーちゃん、やっぱりレベルは存在するわね。団長さんに言われたのと同じ数値だわ」
「僕も多少、人の強さはわかるんだ。でもあのヤスコ団長は底がしれない。普通の人間にも見えるし、とんでもない化け物にも見える。そしてあの団長が下手な嘘をついて僕たちを騙そうとするとは絶対に思えない。そんなことをする必要のない存在だと思うんだ」
トギーは意外と本質が見えているなとハグミは思った。その通りだ。あれが下手な小細工なんてするわけがない。
「だから僕はそのアイエンドの話は本当だと思うな。抜けてよかったよ」
*
ハグミとテンテンは、しばらく訓練に付き合えばアイエンドの兵士も一緒に解放すると約束された。
「テンテンさん、なんて速いんだ」
「追わずに予測しろ!」
「ボクについてこれるかなー?」
テンテンはどちらかと言うとスピード重視の戦い方で、ギルアバレークの兵士は翻弄され続けた。
「フン!」
「うおっ、ハグミさんなんて力だ!」
「見ろよあの、筋肉!」
ハグミは逆にスピードよりパワータイプで、兵士が何人いても跳ね返す力を持っていた。
ひたすら強さを求めるギルアバレークの兵士は、二人を尊敬しては挑み続けた。いずれは殺し合うと分かっていても。
「なあ、テンテンさんめちゃくちゃ可愛いのにすげえ強えな」
「当たり前よ、アイエンドでもテンテンさんの指導は人気あるんだぜ。お前らツイてるよ」
アイエンドから来た十人の兵士も何故かギルアバレークの兵士と打ち解けていた。戦場で会ったら全力でやろうぜと語り合いながら。
「ハグミさん、お疲れっした!」
「お・つ・か・れ〜」
「テンテンさん、ありがとうございました!」
「お疲れ! また明日ねー」
数日も経つと、二人はすっかりギルアバレークに打ち解けていた。
「おい、今日は外で飯を食うんだけどお前らもどうだ?」
「え、俺たち捕虜なんだけどいいのか?」
「何言ってんだよ。もうすぐ捕虜じゃなくなるだろ。だからその前の送別会代わりだよ」
十人のアイエンド兵士たちもすっかり団員と気が通じ合っていた。何しろ、訓練は命懸けなのだ。お互いに闘い、ときには共に戦う。ダンジョンでは庇い、庇われて獲物を狩る。得た素材を手に共に喜び合う。そんな日々が続けば、それは不思議なことではなかった。
「ねえハグミ、あいつらここの兵士たちと飲みに行っちゃったよ。なんか全然警戒されてないんじゃないの」
「ふっ、もしあの子たちが住民に危害を加えようとしたら空からメイドが飛んでくるわよ」
宿舎の一室でハグミとテンテンが話していたら、
「やあ、ここにいたのか」
そこにトギーがやってきた。
「君たちの解放日が決まったよ。三日後だ。真面目に訓練していたから早かったね」
「そう」
「そっかぁ……」
「あれ、どうしたの二人とも。嬉しくないのかい?」
ハグミとテンテンはヤスコから聞いた話を気にしていた。アイエンド王国は十騎士のレベルを上げてから殺している。もちろん知って良かったが、知りたくなかった。そんな気持ちだった。思い返せば心当たりがある。序列五位の騎士はダンジョンの訓練で死にやすい。偶然かと思っていたが言われてみれば当てはまる。
それにハグミはずっと気になっていることがあった。十年ほど前、アイエンド王都内で魔女狩りの際に二人の十騎士が殺された。
モーリス伯爵という貴族の家に襲撃した者たち全員が死体で発見されたのだ。相打ちだったらしいが、子どもとメイドが行方不明とのことだった。新人十騎士のハグミは、現場を確認してから序列三位のナーヴに報告した。すると、
「チッ、どうせ死ぬならダンジョンで死ねばいいものをよ」
報告を受けたナーヴは確かにそう言った。
そのときハグミは魔女狩りで十騎士が死ぬのは体面的に良くないからなのだと思った。死ぬなら外で死ぬなよと。
だがその言葉をなんとなく違和感があって覚えていたのだ。今ならその意味が解る。
───どうせ死ぬなら魂力をよこせよと。
序列四位以上、四天王は化け物だ。そして、おそらくアイエンドの魂力を集めている奴らとグルだ。ただレベルの高い奴を殺すなら一位や二位を殺せばいい。きっとすごい数値だろう。しかし、死ぬのはいつも五位。十騎士なんて持ち上げておいて、十位から五位まではただの家畜だ。
奴らには四天王さえいれば良かったのだ。ちょうどいい。このままアイエンドに戻るのはやめよう。だけどこのままでいいのか。あの四天王から逃げるだけで本当にいいのか。
「どうしたのハグミ?」
考え込むハグミの顔をテンテンが覗き込む。そしてハグミは真剣な目でトギーを見た。
「ねえ、トギーちゃん。相談があるのよ───」
*
ハグミの決心を聞いたテンテンは、自分も残ると言いだした。こっちは気にせず帰っていいんだよと言うトギーに怒りをぶつけながら。
「───そういうことだから、あなたたちだけで帰りなさい。あたしたちはここに残るわ」
翌日、ハグミたちは連れてきた兵士に説明した。簡単に捕えられた自分たちはアイエンド王国に帰っても仲間に会わせる顔がない。ここでやり直すと。
「ハグミさん、俺も残りますよ!」
「俺も!」
「テンテンさんがいるのに帰るわけないじゃないですか!」
「俺だってテンテンさんと一緒に残りますよ!」
意外と人望があったのか、兵士十人もギルアバレークに残ることになった。
昨日、ギルアバレークの団員たちに娼館を奢ってもらった兵士たちは、すっかりギルアバレークを気に入っていた。
*
「そうか、わかった」
訓練所の団長室。ハグミからギルアバレークに残る意思を聞いたヤスコはそっけなく答えた。
「団長さん、一つ確認したいわ。あなたならアイエンド王国なんて一瞬で滅ぼせるわよね。なんでこんな所で兵士を鍛えているの?」
「私にしてみればアイエンドの人間もここの人間も同じ人間だ。争いに直接介入はしない。ここの教官をやっているのは昔の仲間に頼まれたからだ」
「昔の仲間?」
「そうだ。世話になったし迷惑もかけたから協力している」
そんな人間がいるのか。ギルアバレーク、本当に侮れない。
「あと、一つだけ。トギーちゃんを捕らえたら改造したのよね? なんであたしたちは改造されなかったの?」
「ああ、女の身体を改造したら良くないだろう。その程度の人間の考え方は理解している」
「あ、あたしは男よ」
「何を言っている? お前は女だろう」
「ど、どこからどう見ても男じゃないの!」
スキンヘッドで青い髭あと。毛深い筋肉質の身体。誰がどう見ても男だ。
「私は人間の外見で区別することが苦手だ。お前の魂は女だろ。だから女だと思っていたが違うのか?」
ハグミは唖然とする。これまで生きてきて女だと言われたことなど一度もない。
「な、何よもう……。そうね、違わないわ。あたしは女よ」
ハグミは泣いていた。
*
「ヒューガー、紹介する。ハグミ将軍補佐官とテンテン将軍補佐官だ。主に戦地での勤務となる」
「またかよ」
ギルアバレーク王国、騎士団長のヒューガーは思わず声を出した。トギーに続いてまたアイエンド十騎士が寝返ってきたのだ。
「あたしはハグミ。将軍程じゃないけどなかなかいい男じゃない。よろしくね、ヒューガーちゃん」
「ボクはテンテン。よろしく、騎士団長!」
ヒューガーはアークにコソッと耳打ちする。
「おい、アーク。大丈夫なのか? トギーと違って命令を聞く改造をしているわけじゃないんだろ?」
「ジローニとヤスコが大丈夫だっつってんだから多分大丈夫だろ」
「うっ、ヤスコ団長までが……。なら心配ないか」
「お前ほんとヤスコにビビってんな」
「アーク、お前も一度体験入隊するといい。王であってもたまには鍛えた方がいいぞ」