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ギルアバレーク戦記  作者: 森野悠
第三章
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◆第五話 産業革命


 セント王国が崩壊してから数ヶ月が経った。王国はセント共和国となり、ややあってプールイ領もプールイ共和国となった。

 アークはアイナの提案を元に、プールイ領を支援していた。

 世話になったレオン・プールイ伯爵。もう亡くなっているが娘のレオナがいる。今度こそ、この土地を守ってみせると、アークは今は亡きかつての主に誓った。

 共和国となったプールイでは国の代表を決める選挙が行われた。まずは各地の村や町で代表者を選び、その代表者から更に代表者を選ぶ。

 プールイ共和国の代表者はモイセスという男になった。立候補をしたわけではないが、かつてプールイ伯爵に仕えていた使用人で多少他の者より学があるだろうということで選ばれたのだ。

 そんな政治の素人が集まり国を運営することになる。当初は三年間の税を免除との話だったが、ビス王国から独立してしまったので免除どころか自分たちで税を使っていかなければならない。

 そこで、かつて使節団としてマユカと共にギルアバレークに来てそのまま残ってくれた面々が、プールイ共和国を手助けに来てくれた。アークがそのように手配したのだ。

 アークやノーグから国の指針を聞いていた元使節団の者たちはプールイ共和国を交易の街として発展させることを目指した。

 まずはギルアバレークとの間に固い土を固めた高速道路を作った。ギルアバレークの兵士団が帰国するときに開拓してくれた道だ。それを舗装したのだ。

 かつて魔導トラックで一週間かかった草原の道のりだったが、これなら片道一日で着くことができる。途中には休憩するためのサービスエリアも設置してある。反対の東側もセント共和国まで森を切り拓いた高速道路が続く。セント共和国の手付かずの土地を首都まで繋げたのだ。そのまままっすぐ進んでいくと、ビス王国王都まで高速道路が続いていた。

 つまり、ギルアバレーク王国からプールイ共和国、そこからセント共和国、ビス王国王都へとバイパスが続くことになったのだ。

 そこでアークの支援により、プールイ交通という会社ができた。各国を魔導バスが走って人の移動が自由になるのだ。最長でも銀貨五枚程で移動できる。

 更にはプールイ物流という会社もできた。魔導トラックが各国に荷物を運ぶのだ。これは商人にとってとんでもないことだった。商人の最大の悩みは移動費である。その中には護衛を雇う費用も入っている。それが無くなり、ギルアバレークからビス王国まで自由に商売ができる。

 ただし必ずプールイ共和国を経由するのだが、何も迷うことはない。商人たちは先を争ってプールイ共和国に移転したり支店を置いたりした。

 当然、宿屋や食堂、娯楽などの需要が高まる。プールイ共和国は急ピッチで建設を行った。元は三千人しかいない土地であったが、セント共和国からの出稼ぎがやってくるので労働力には事欠かない。休む暇なく開発は行われた。

 そして、今度はセント共和国にて大プロジェクトが始まることになった。ギルアバレーク魔導車工業という会社の工場がセント共和国に建設されたのだ。その会社はプールイ共和国から獲れる鉄と魔石、更にはビス王国からゴーレムの素材を輸入する。ゴーレム素材はイクスの森から獲れる物だ。

 ビス王国はイクスの森を訓練で使わせてもらうようになり、アスピ族と合同訓練を行なっている。そこで手に入ったゴーレム素材を売っているのだ。

 ギルアバレーク魔導車工業がそれらの素材を各部署によって加工したり組み立てたりしてできあがるのが、自家用魔導車である。安いもので金貨十枚、高級なものは百枚程の販売価格である。

 一人が全ての工程を作業するのではなく、各部署でやることは女性や老人でもできる単純な作業だった。ギルアバレーク魔導部の職員が幹部となり、作業員を指導していく。真面目な者は正社員登用することよって福利厚生も充実するのだ。

 これには周辺国を含めて、我も我もと従業員が集まった。そしてこの魔導車がとにかく売れた。移動用の自家用魔導車や作業用の軽魔導トラックなどはいくら生産しても追いつかない程に。ただし、買えるのは同盟国の者だけである。同盟国以外へ転売も禁止されていた。やがて急速に四カ国からなる強力な経済圏ができあがっていった───


「───ふーん、すごいわね」

「それでなんでお前がここにずっといるんだよ!」

 プールイ王室唯一の王族、レオナはギルアバレークの王城にてくつろいでいた。

 レオナはプールイ共和国の発展にはほとんど関わっておらず、月に一度くらい魔導車で行ってニコニコと手を振っているだけである。

「あたしがいたって役に立たないわよ。モイセスたちが頑張っているわ」

 アークは頭を抱えた。


  *


「ドライアドいるか?」

「はい! ただいま!」

 ジューンの宿の裏にある丘。この一帯はディアが所有している土地である。そこに、ジューンの妻とサキの墓を守るようにそびえ立つのは巨大な世界樹。ディアが世界樹の実を備えたらそのまま育ってしまったのだ。その根元でディアが声をかけると、すぐにドライアドが降りてきた。


 ───数日前。ジローニたちより遅れてプールイ共和国から帰国したディアはこの世界樹に登ってみた。

「うえぇ! あなたまた来たの?」

 ノア・アイランドの世界樹では、自身のスキル【魅了】が通じないと悟ったドライアドはすぐに降参した。過去にアイにやられた経験から、魅了が通じなかったらすぐ降参するようにしたのだ。ここ、ギルアバレークの世界樹にいるドライアドはその分体なので記憶を共有している。

「頼みがあるんだが」

「なに? あんたの言うことなんか別に、あれ?」

 ドライアドはディアの腰に吊ってある〈魔剣黒凪〉に目を奪われた。あれは魔物をリポップさせない〈レベル喰い〉だ。あれで斬られたら、

(マジで死ぬじゃん……)

「なんだ?」

「いえ! なんでもありません! 頼みとはどのようなことでしょうか?」

 ドライアドは態度を急変させた。


  *


「この人間はハナエという。来たら世界樹の素材を分けてやってくれ」

「ハナエ様ですね、かしこまりました!」

 ディアは自分以外の人間にも世界樹の素材を獲れるようにしたのだ。

「魅了かけるなよ」

「絶対にそんなことはしません! ハナエ様、私はディア様の忠実な僕でございます!」

 ディアに連れてこられたハナエはポカンとした顔でドライアドを見ていた。

「坊や、このドライアドさんは木の精霊の女王だよ? それをまあ……」

「ただの魔物だろ?」

「そんなこと言うんじゃないよ。ドライアドさんには名前はあるのかい?」

 ドライアドはドキドキしていた。いつ気まぐれで斬られるのかと。

「いえ、私は個体名を持っていません!」

「坊や、何か名前を付けておやりよ。いちいちドライアドさんなんて呼んでいたら、あたしたちを人間さんって呼ぶようなものだよ」

(また名付けか)

 感情を失くしあらゆるプレッシャーにも動じないディアだったが、この名付けだけは苦手としていた。一度名付けたら変えられない上に、名付けた者のセンスが問われる。ハルには元の個体名をもじって付けたが、もしかしたら「レム」の方が良かったのではないかと思うこともあった。このドライアドは仲間とは言いがたいが、どうせならセンスの良い名前を付けたい。

「じゃあ、アドで」

「うーん、まあいいか。アドでどうだいドラアドさんは?」

「はい! 最高に素敵な名前です。これ以上ないディア様のネーミングセンスに私は脱帽しました!」

 そう言われてディアは悪い気がしなかった。自分も成長しているのだなと。誰が聞いてもわざとらしいお世辞だということに気づかなかったのだ。


  *


「しまった。ライアの方が良かったかな」

 宿に帰ってからそう思ったが訂正はしなかった。ディアは帰ってからもいい名付けはなかったか考えていたのだ。

「ディア、帰ってきたの?」

 モモの声。ディアは部屋のドアを開けて顔を出す。

「ああ、ハナエを世界樹に連れていったところだ。モモ、ドライアドはアドっていう名前になった」

「あのお姉さんドライアドって名前の人じゃなかったんだ」

「それは種族名だな。個体名がアドだ」

「ふーん、わかった! 次からそう呼ぶね」

 モモやジューンはすでに紹介済みである。

 彼らも行けば世界樹の果実や蜂蜜を取ってきてもらえるのだ。その際、食堂のメニューに加えたらどうだと提案したが、

「自分たちがたまに食べる分をもらえるだけで充分だ。ありがとうよ」

 ジューンは決して乱獲しないようにモモにも言い聞かせた。

「うん、そうだね。わかった!」

 モモはたまにドライアドの眷属であるピクシーと遊ぶようになった。ピクシーは敵を精神操作する魔物であったが、もちろんモモにそんなことはしない。ノア・アイランドでは愛らしい笑顔で近づいたというのにディアに問答無用で斬られたのだ。しかも今は〈魔剣黒凪〉を手にしている。世界樹の面々にとってディアの連れてきた人間はVIP待遇となっていた。

 その後、世界樹の下で老婆や少女が白い服を着た美女とお茶を飲んでいる姿がときどき見られた。




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