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ギルアバレーク戦記  作者: 推元理生
第三章
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◆第四話 アイナの仮説


「お呼びでしょうか、アイナ様」

「ハル、急に呼び出してすまないね。あんたもそこにお座り」

 呼び出されたハルはディアの隣に腰掛けた。その姿はただの可愛らしいメイドである。

(ずいぶんと人間っぽいとは思っていたけど……)

 アイナはこのメイドがオリハルコンゴーレムなのはわかっていた。気配もそうだし、【鑑定】してもそうなのだ。美少女好きなナギのことだから、こういうデザインなのだろうと思っていた。

「ちょっといいかい」

 アイナはハルの手をとって黙り込んだ。元々持っていたスキル、【解析】を使う。

(このゴーレム、生命エネルギーがある……!)

「ディア、もう一度確認するよ。ハルは最初【収納】に入れることができたんだね?」

「そうだ。それで黒龍を騙して討ち取った」

「なかなか頭を使うね。ナギ様が好きそうなやり方だよ」

「そうか」

「それで、そのあとはどう変わっていったんだい?」

「龍のダンジョンを踏破して一度拠点に戻った。その頃にふとハルを【鑑定】したらレベルがあったんだ」

〈オリハルコンゴーレム レベル423〉

「最初はレベルが無かったんだね?」

「そうだ」

 アイナは思う。このオリハルコンゴーレムは魔物ではないはずだ。ナギが報酬のために作った【魔道具】なのである。主人の生命エネルギーを認識して従う、言わば機械のような存在だ。


『アイ! オリハルコンを作ったよ。丈夫で変形もできるファンタジー素材なんだよ!』

『そんな物は実在しないですよね』

『だからいいんだって! この世界ならなんでも作れるんだから。やっぱり夢があるなあ』


 そんな会話を思い出す。

「黒騎士のバトルフィールドでは追い出されたんだね?」

「そうだ。だが何日も続けて戦っていた後、いよいよやられそうになったときにハルのブレスで助かった。それからハルの見た目と話し方が変わった」

「ハルはそのときのことを覚えているかい?」

「はい、マスターが黒騎士と戦っていて、なんとか手助けしたいとずっと思っていました。それでマスターがやられそうになったときに、急にフィールドの中に入れたんです」

「見た目はどう変わったんだい?」

「髪が生えて、目や口ができて、皮膚が肌色なったな」

「ほ、他にハルのことで何か思い浮かぶことはないかい?」

「レベルが上がってきている。あと料理がうまくて、食堂の給仕の仕事が向いているらしい」

 そんなわけがあるか。戦闘用ゴーレムなのだ。だが、アイナは納得させられる。

(なぜならこのハルには魂がある)

 この子は生命体になっている。しかも、レベルが上がっていると言うじゃないか。それはもう、魔物でもない。魂の理論上の話で言えば〈人間〉だ。

「ハルや、最初にマスター登録をしたときのことは覚えているかい?」

「はい。マスターの生命エネルギーを認識したと思います」

「何か変わったことはなかったかい?」

「そう言われると、マスター登録のアナウンスと違う声が聞こえた気がします」

「それはどんな声だい?」

「女の人の声で『ディア様』って聞こえました」


  *


 再びディアとアイはソファで向き合っていた。ハルは庁舎や作業員たちの手伝いに戻ったのだ。

「ディアや、あんたの本名は……」

「クラウディア・モーリスだ」

「お嬢様らしい良い名前だね」

 ゴーレムは本名で認識するから〈ディア様〉なのはおかしい。そんな愛称で呼ぶなんてことはありえないのだ。

「ディアや、あんたをディア様って呼ぶ女の人に心当たりはあるかい?」

「サキだな」

「それは?」

「魔女狩りのときから俺を守ってくれた元メイドだ」

「少しそのサキのことを聞かせてくれるかい?」


  *


「───なるほどねえ、それは泣ける話だね」

 サキとの思い出を話し終えると、アイナは深く息を吐いた。

「ジローニも泣いていたが、もう俺に悲しみは解らない。それにこうしていつも一緒にいられる」

 ディアは左手の指輪を見せた。武器職人のガルフに、サキの骨を加工して指輪にしてもらった物だ。

「ディア、その指輪をちょっと良く見せてごらん」

 ディアは左手を出してアイによく見せた。その手を取り、アイはずっと指輪を見つめている。

「そうか。いや、そんなことが……」

「どうかしたか?」

「ディアや、最初ハルにマスター登録をするときに左手で触ったかい?」

「覚えていないな、多分そうだと思うが」

 アイはあごに手をやり、また考え込んでしまった。部屋の中はしばらく無音が続き、長い思考を終えたアイは顔を上げた。

「ディアや。魂のことはね、まだナギ様の世界でもわからないことが多いんだ。いや、本質はほとんどわかっていないと言ってもいい」

「神でもわからないことがあるんだな」

「神と言っても向こうじゃ普通の人間だよ。向こうには向こうの神様がいて、魂はその神様が作ったんだよ」

「そういえばナギも一般人だと言っていたな」

「そうだよ、ただの人間が神様の真似事を始めたってわけさ。本物の神様が作った物をこの世界に持ち込んだんだよ。恐れ多いことだね」

 アイナは一息ついてディアの目を見た。

「その上であたしの考えを言うよ。仮説だけどね。おそらくその指輪にはサキの魂のようなものが宿っていたと思うんだ」

「ただの骨にか?」

「仮説だって言ったろう? 本当の神様が作った魂のことなんてまだ誰にもわからないんだ」

 ディアはもちろん理解はしていないが、そういうこともあるのかと思った。

「それであのハルを起動させるとき、マスター登録するためにあんたは左手でハルに触れた。あのゴーレムは生命エネルギーを認識するんだ。つまり魂を登録するのさ」

「難しいな」

「ああ、あたしにも難しいからね。それで、そのときに指輪に宿っていたサキの魂なのか何かわからないけど、ハルに宿ったんじゃないかと思うんだ」

「そうか、わかった」

「ずいぶんとあっさり納得するんだね」

「俺にはその理由を考えてもわからない。ただハルはサキにそっくりだし、それで合っていると思う」

「普通、魂には記憶は宿らないものなんだけどね。どういう原理かわからないけど、そう考えるとハルの変化にも納得がいくんじゃないかと思うのさ」

「じゃあハルはサキの生まれ変わりってことだな」

「生まれ変わりかい。うまいこと言うね」

「サキは死んだんだ。死んだ者は生き返らない。だからハルはハルだ。俺にはそれでいい」

 なぜかアイナは愕然とした表情で動かなくなった。

「うん。そうだね。あんたって子は全く……」


「ディア、お婆様となんの話していたのよ」

 廊下に出ると、レオナが立っていた。

「魔法の話と、この剣の話、あとハルの話だ」

「ふーん、ずいぶんと長かったわね!」

「ああ、色々参考になった」

「あんた、私の方が姉弟子なんだからね! 忘れないようにしなさいよ!」

「ん? 当然だ。わかっている」

「そ、それならいいのよ。ちゃんと修行するのよ!」

「? わかった」

 その日、アイナはまたフラッといなくなった。用事ができたと言い残して───


  *


 同時刻、アイエンド王国第六騎士団の兵舎にて。

「ねえ、トギーまだ帰ってこないの?」

「はっ、なにも連絡はございません」

 小柄なツインテールの少女、アイエンド十騎士序列八位のテンテンはさすがにおかしいと感じ始めていた。もとはワクワナとキャノンが、エンパイアのクーデターの援軍として参加した際に兵士と共に帰ってこなくなったのが事の始まりだ。

 ワクワナを慕っていたトギーは一人で様子を見てくると言って出ていったのだが、トギーは元々一人でフラッと出掛けることも多かった。

 アイエンド王国は大陸の西端から大きくなっていった国だ。国の東側にはいくつかの属国があり、さらに大きな森林や平野を越えた先にエンパイア王国がある。

 ちょっと様子を見に行くには遠いのだが、トギーはそんな土地を巡る旅のようなものを好んでいたのでどうせ帰りは遅いだろうと思っていた。

 だが、あれから一年近く経つのに誰も帰ってこない。特に何も気にしていなそうなアイエンド上層部もどうかと思う。他の十騎士がどうなろうと別にどうでもいいが、テンテンはトギーがいないと話す相手がいなくて困っていた。エンパイアにやられているとは思えないが、何か帰って来られない理由があるのか、帰りたくない何かがあるのか。

「これでまたボク一人が様子を見に行って帰ってこなくなったら笑っちゃうよね。嫌だけど誰かに相談するかな」

 アイエンド十騎士はそれぞれが高い戦闘力を持っているため、まとまって行動することはほとんどない。各地に散らばっているのだ。テンテンは王都の王城へと向かってみた。


「あっ宰相ちゃん! 今近くにいる十騎士って誰?」

「これはテンテンさん、お久しぶりです。今近くにいるのはハグミさんですね。属国へ遠征に行っておられます」

 アイエンド十騎士序列六位、ハグミ。筋肉質の大柄な男だが心は女性の人物だ。

「あとはナウ様が王城にいらっしゃいますね」

 アイエンド王国宰相のエピックは、序列四位以上の騎士を様付けして呼ぶ。ナウは序列四位の騎士だ。

「ナウかー。あいつ会話通じないからハグミのとこに行くかな。ありがとね、宰相ちゃん!」

 城を出たテンテンは近くの国にいるというハグミのもとへ行くことにした。




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