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ギルアバレーク戦記  作者: 推元理生
第一章
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◆第四話 失くしたもの 1

 ディアがソロでダンジョンに潜るようになってから半年。難関とされる十階層に到達した。そこは常に夜であり、雑木林が広がっていてフクロウやオオカミの魔物がいる場所だった。月明かり程度の明るさしかなかったが、五感を駆使したディアにとってはそれほど苦にすることもなくボス部屋の扉を見つけた。このダンジョンは各階層で魔物を倒しながらある程度進んでいくと、必ず扉が見つかる。それが階層ボスの部屋であり、ボスを倒せば次の階層への階段が現れるのだ。

 ディアはふと、この一年のことを思い出す。

 ギルバレという街に辿り着き、仕事を探していたらアークという男が荷物持ちで雇ってくれることになった。最初は受付の職員に冒険者登録を断られたが、ディアにとっては働けるならなんでもよかった。

 粗雑に見えたその男は意外と面倒見が良く、冒険者の基本を教えてくれた。あまり親切にされても困るなと思ったが、ディアはその男の弟子となった。そこから師匠の教えを守り、ここまでは順調に冒険者を続けることができていた。


「───もう十階層にいるのか。ボス部屋には行ってみたか?」

「まだ行っていない。扉を見つけただけだ」

 ディアは酒場のいつもの席で、師匠のアークに報告した。アークは一年で十階層に辿り着いたのは記録的な早さだと言っていた。

「十階層のボスはよ、めちゃくちゃ強えけど冒険者を殺さねえんだよ。じっくり何回でも挑めるぜ。心が折れなきゃな」

「わかった。でも金が必要になったから倒してくる」

「まあ、お前もC級になったことだし倒せるかもな。でも無理すんなよ」

 そう言ってアークは樽のジョッキに口をつけた。


 次の日もディアはダンジョンに向かった。途中、何人かの冒険者と挨拶をかわす。最近ではアークの弟子として冒険者内でも知られるようになってきているのだ。

(ここもそろそろか……)

 ───C級冒険者のディア。本名はクラウディア・モーリス。元伯爵家の令嬢であり、現在はアイエンド王国の魔女狩りから逃亡中である。

 ディアは五歳の誕生日の夜から、メイドのサキと共に逃亡の旅を続けていた。行く先々では長く滞在することなく移動して、ときには森で狩りをしながら過ごすこともあった。女二人の旅では厄介ごとも多く、いつからかディアは少年のような立ち振る舞いとなっていた。

 そんなディアたちにとって、ギルバレは都合のいい場所であった。貴族や兵士がいなくてわけありの流れ者が多いからだ。こんなに長くひとつの場所に滞在したのは初めてだった。

 しかし逃亡者の自分が、世話になったアークや宿の人に迷惑はかけられない。そろそろ出ていく頃だろうとディアは考えていた。そんな思いを巡らせながら歩いていくと、いつのまにかダンジョンに着いていた。


 ディアは十階層へ転移する。そしてまっすぐボス部屋へ向かい、扉の前に立つ。すると、

『この部屋は一人しか入れません』

 そんな声が頭の中に聞こえた。以前、アークが五階層からは一人で進む必要があると言っていたことを思いだす。

(そうか、このためだったんだな)

 きっとソロで戦えるようになるために一人で潜らせたのだと考えた。

(さすが、アークの教えには無駄がない)

 師匠の顔を思い浮かべたディアは、ドアを開けて中に入っていく。

 ボス部屋はどの階層も広い洞窟となっている。現れたボスは大きな美しい銀色の狼だった。四本足の状態でディアよりも背が高い。この階層に辿りついた冒険者は少なくないが、このボスは過去十年間倒されていない。強過ぎて挑む冒険者もいなくなっているそうだ。普通の冒険者なら初見で倒せるような相手ではなかった。

 しかしディアは、あの襲撃があった夜からひとつの能力を身に付けていた。【集中】すると時間が遅くなる感覚がするのだ。ほんの一瞬を、ディアは五秒ほどに感じることができる。動きの止まった景色の中で、ディアだけはゆっくりと動くことができるのだ。その能力のおかげで、あのとき二人の騎士を倒すことができた。だがそれは一日に多くても二回しか使えない。一回でも長く使った日は酷い筋肉痛や頭痛に悩まされるので、ここぞというときに使うようにしていた。それが今だ。

 いつものようにディアは【集中】する────


 静まった世界の中で狼のボスと目が合った。すると向こうもゆっくりとだが、こちらに走ってきているのがわかる。ディアはこの状態で動いて見える相手は初めてだった。

(速い……!)

 ディアはなんとか狼の爪をかわしたが、頬を少し抉られた。ゆっくりと空中を漂う赤い血と青い髪の毛。

「くっ……!」

 それらを横目に、牙を見せて開いた口の中へなんとか短剣を突っ込んだ。その瞬間も狼とディアは目を合わせていた。

(この狼、この状態で俺を見ている……)


 ───そこで【集中】が切れ、世界が動き出す。

 ディアは汗を吹き出しながら片膝をついた。無理に動いたからか、割れるように頭が痛い。やがて狼が息絶えると、ディアの体に何かが吸収される感覚がした。理由はよくわからないが、魔物を倒すと何かが体の中に入ってくるのだ。それは階層ボスなど、強い魔物を倒したときほど顕著に感じられた。それを繰り返すたびに、自分が強化されている気がするのだ。その感覚が今までで一番大きかったのが、この狼だった。

 ディアは息を整えながら仕留めたばかりの狼を見ると、そこに死体はなく毛皮しか残っていなかった。

(不思議な相手だったな……)

 今まで戦ってきた中で、最も速い魔物だった。そして、あの目。ただの魔物ではなかった。

(アークはこれを倒したのか。俺の師匠はやはりすごい冒険者だった……)

 この強さで十階層。アークの仲間がやられた十一階層のボスなどは、どれほどの強さなのかディアには想像もつかなかった。

(この素材を売れば目標額に届くはず。そうしたら冒険者稼業はやめよう。まだもう少し、死ぬわけにはいかない)

 やがて十一階層に降りる階段が現れたが、ディアは印を付けずにそのまま引き返した。


 冒険者ギルドに戻ると、受付のミルナがディアに気づいて笑顔を向けてきた。

「お帰りなさい、ディア。あら、珍しく頬に傷があるわね。今日は何階層を潜ったの?」

「十階層だ。買取りを頼む」

 ディアは無造作に素材をカウンターに置いた。

「えっ、これってまさか十階層のボスの毛皮……?」

 ミルナが発した言葉に、ギルド内にいた冒険者たちのどよめきが起こる。

「ああ、それより買取りを急いでくれ」

「本当なのね……。じゃあ査定するから向こうのカウンターに来てくれるかしら」

 買取りカウンターに移動したディアは査定を待っていた。そこに師匠のアークが顔を出した。

「よう、ディア。あの十階層のボスを一回で倒したんだな。やっぱりお前、ただもんじゃねえよ」

「今までで一番強かった。ひとつ違っていればやられていたと思う」

 そんな会話をする二人に、査定の終わったミルナが声をかけてきた。

「ディア、お待たせ。全部で金貨十五枚と大銀貨七枚よ、いいかしら」

「わかった。それと預けていた分の金も一緒に持っていくからおろしてくれるか」

 ずっしりと金貨の詰まった袋がカウンターの上に置かれた。

「お、けっこう貯め込んでいたなディア。お前最近ずいぶん稼いでいるだろ。ペース早過ぎるんじゃねえか?」

「金が必要だったんだ」

 そう言ってディアは、袋を受け取ると踵を返して出口へと向かっていった。


 ギルドで金貨の詰まった袋を受け取ったディアは、街の中心部にある商店街に向かっていった。ギルバレはダンジョンの街なので、武器屋など冒険者向けの店が多い。その中のひとつ、薬屋にディアが入っていくとカウンターの奥に座っていた老女が顔を上げた。

「いらっしゃい、坊や。代金は用意できたかい?」

「持ってきた。できているか?」

 薬屋の女主人、ハナエは奥の棚からひとつの薬瓶を取りだした。

「できているよ。材料の仕入れだけでも目が飛び出るほど高かったんだ。あんたが来なかったらどうしようかと思ったよ」

「約束は守る。数えてくれ」

 ディアは金貨三十枚をカウンターの上に置いた。

「うん、確かに三十枚あるね。じゃあこれ、約束のポーションだよ。だけどほんとにいいのかい? これは怪我には良く効くけど、病気には必ず効くとは限らない。それどころかあんたが言っていたのは治らない病気だよ?」

「効かなくてもハナエを責めるようなことはしない」

「そうかい、ならいいさ。いいかい、強い薬だから少しずつ飲ませるんだよ。一度にやり過ぎると悪いものにも効いてしまうからね」

「わかった」


 ハナエの薬屋をあとにしたディアは宿屋へと向かった。商店街を抜けて、自然が残る丘の上にある素朴な宿屋だ。そこの主人、ジューンがディアに気づいた。

「ディア、やっと帰ってきたか! ミサキの容態が急変したんだ!」

「ディア、早く! ミサキお姉ちゃんが……」

 ジューンの一人娘、モモが出てきてディアの手を引く。ディアたちが宿屋の一室に入ると、ベッドの上に痩せ細った女性が横たわっていた。

「ミサキ、ただいま。薬を買ってきた」

 ミサキと呼ばれた女性は、意識がはっきりしていないのが見てわかる。

「ディア、早くミサキお姉ちゃんに飲ませてあげて」

 ディアは、先ほど手に入れたポーションをミサキの口元に垂らす。すると、虚ろだったミサキの目に僅かに力が入る。

「ディア、さま……」

 掠れた声でミサキは喋った。

「ミサキ、無理に話さなくていい。少しずつ飲むんだ」

 ディアは一滴ずつ薬を与える。

「モモ、二人にしてやろう。ディア、なんかあったら呼んでくれ」

 ジューンは、モモを連れて部屋をあとにした。


  *


 ジューンは結婚を機に冒険者を引退して、夫婦で宿屋を始めた。一人娘にも恵まれ、それほど繁盛はせずとも常連客も増えてきて穏やかな日々を送っていたのだが、三年前に妻を病気で失くしてしまっていた。そのときジューンはさんざん手を尽くしたが、治すことのできない血液の病気だったのだ。

 まるで抜け殻のように気力を失ったジューンだが、それでも残された一人娘を見てなんとか気を取り直す。そうして続けた宿屋にディアとミサキがやってきたのが一年前のことだった。

 一目で「わけあり」だと思った。姉と弟とのことだったが、年齢も十歳ほどは離れているし、まれに姉のミサキはディアに対して弟というよりは主人に対するような態度をとることがあった。それに、愛想の良い姉と比べて弟の方は気味が悪いほど無表情だった。だが、長期滞在の宿代を前払いで貰えるなら何も問題はない。ジューンは二人を歓迎した。

 弟のディアはさっそく荷物持ちの仕事を見つけてきたという。ここギルバレではダンジョンに関係する仕事くらいしかないので、姉のミサキはなかなか仕事が見つからなかった。そんなある日───


 珍しく食堂の方が満席になるほど忙しかった。

「おーい、エールまだか!」

「この鶏肉と豆の焼いたやつうまいな! もう一皿くれ!」

「おーい、スープが一人分足りないぞ!」

 配膳をしていたモモは慌てふためいた。まだ字が完全には書けないこともあって、注文がよくわからなくなってしまったのだ。ジューンも次々と料理の注文が襲い掛かり焦りが芽生えてきた。そんなとき、

「はーい、エールのお客様〜! そちらのお客様、少々お待ち下さいね!」

 颯爽と宿客のミサキがやってきてひとつずつ注文を捌いていった。

「おお? 可愛い姉ちゃんじゃねえか! こっちもエールだ!」

「はーい、銅貨三枚でーす!」

 ───その日、なんとか混雑を凌ぎ切ったジューンはミサキに礼を言った。

「いいんですよ。私も暇だったんで楽しかったです!」

「ミサキお姉ちゃんすごい! ねえ、お父さん、ミサキお姉ちゃんうちで働いてもらおうよ!」

「なあ、ミサキさえ良ければ、その、うちで働いてくれないか? 宿代を無しにして銀貨五枚くらいしか払えないんだが……」


 その日からミサキは住み込みで働くことになった。それをジューンに聞いたディアは、

「じゃあ宿代はこれから一人分でいいんだな?」

 そう言ってジューンを驚かせた。

「何言ってんだ。どうせ同じ部屋なんだから二人分の宿代を無しでいい」

「そうか。じゃあ、何か手伝えることがあれば言ってくれ。力仕事ならできるはずだ」

 普通、姉が住み込みなら自分の宿代だけを払うなんて思わないだろうに。子どもなのにしっかりしているんだなと感心したのだ。気味の悪い子どもだと思っていたが、ジューンはディアに好感を持つようになった。

 それからの日々はジューン親子にとって久しぶりに訪れた明るいものだった。ミサキは明るくて気が利くし、金の計算も早かった。そんなミサキが客にも人気が出てくるようになって、食堂は繁盛していった。ディアもよく魔物の肉を持ってくるようになり、ジューンの宿屋は活気を取り戻していった。

 二人が宿に来て一年ほど経ったある日、ミサキが突然体調を崩した。食事も満足に摂れなくなって日に日に痩せていったのだ。ジューンはこの状態に見覚えがあった。かつての妻と同じ症状だったのだ。

 ミサキを医者に診せると乳房のなかに悪いものができる病気とのことだった。


「───この病気は治すことができません。特に若い方は進行が早くて手がつけられないのです」

「先生、なんとかならないのか。せっかく、モモが明るくなってきたのに……、またこれじゃあ……!」

 ジューンは失くした妻にミサキを重ねて絶望感に苛まれていた。

「最高品質のポーションでもあれば、少しは病気の進行を遅らせられるかもしれませんが……」

「───その最高品質のポーションというのはいくらするんだ?」

 それまで表情を変えずにいたディアが医者に尋ねた。

「金貨五十枚とも百枚とも言われていますが、手に入るかどうかもわかりません。本当に存在するかどうかも定かではないのです」

「わかった。金は用意する。どこに行けば買える可能性がある?」

「王都の薬師ギルドなら作れるかもしれませんが、私は詳しくありません。薬師のハナエさんなら何かわかるかも……」


  *


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