◆第三話 師弟
ディアを連れてガルフの武器屋を訪ねた三日後、アークは再び店に足を運んでいた。
「なかなか似合うじゃねえか」
「そうか?」
武器屋の主人ガルフの仕立てはディアにピッタリで、ベルトで多少のサイズも調整できる。子どもはすぐに大きくなるから長く使えるだろうとのことだ。それに素材もいい。ディアが予算を奮発して金貨一枚としたら、丈夫な短剣と貴重品である魔牛の革鎧を買うことができたのだ。
(魔牛の皮なんてまだ残っていたんだな……)
「じゃあ今日は二階層に行ってみるか。シカの魔物が多い階層だ」
「わかった」
アークはダンジョンへ歩いていく道中に、ディアのことを少し尋ねてみる。弟子にしたのだから少しくらいは聞いておくべきかと思ったのだ。
「なあディア。お前、宿はどうしてんだ?」
「商店街の奥にある宿に住んでいる」
「ああ、ジューンの宿だな」
「そうだ」
その宿は街からは少し外れるが評判の悪くない宿だった。
「ギルバレに来る前はどこにいたんだ?」
「言わなきゃならないのか?」
「そんなことねえけどよ、親とかいるのか?」
「親はもう死んだ」
「そ、そうか、すまねえな。まあ詳しくは聞かねえけどよ……」
(まあ、ここらじゃ親のいるガキの方が少ねえくらいだからな……)
アークはそんな会話をして、少しだけディアのことを知った。どこの出身なのかもよくわからないが、あまり突っ込んだことを聞くのは気が進まなかったのだ。
「着いたな。オレに触ってくれ」
「わかった」
ダンジョンの入り口にある水晶玉に手を乗せる。ディアがアークに触れるとブンッと景色が変わった。そこは草原のなかに木々が生い茂った階層だ。
「ここは二階層だ。一階層の階層ボスを倒すとここに繋がる階段が現れるんだけどよ」
ダンジョンでは各階層にボス部屋がある。岩肌や洞窟の壁面など、場所は様々だが木製の大きな扉があるのだ。それを開けて中に入ると、また別の部屋となる。そこにいるボスを倒せば下に降りる階段が現れて、降りていくとまた水晶玉のある次の階層のスタート地点となるのだ。
「ここではシカの魔物が出てくる。ツノが高く売れるから折らないように気をつけてな」
「わかった」
魔物のツノは動物のそれと比べて硬度が高い。しかし、アークはディアの怪力を目の当たりにしていたので念のために注意しておいた。
「じゃあオレが後ろについているから、まずは好きに動いてやってみろ」
「わかった」
そう言ってディアは、まるで目的地があるように歩いていく。その先には早速シカの魔物がいた。
(さて、どうやって仕留めるのか……)
危なかったら助けに入ろうと思いながら、アークはディアの動きを見ていた。ディアはスタスタと歩いていたかと思ったら、いきなりヒュッと消えた。いや、移動したのだ。瞬間的に。
(なんだ、今の速度は……!)
シカの首が落とされていた。アークにははっきりと見えなかったが、おそらく一刀で両断したのだ。魔物に限らず生き物の肉体はそう簡単に斬れるものではないというのに。
「お前、すげえな……」
「肉も持って帰っていいか?」
「おお、いいけどあんまり高く売れねえぞ」
「宿に持って帰るんだ」
ディアはシカの脚をリュックに詰め、頭部はそのまま持っていくようだ。
「まだ狩っていいか?」
「ああ、いいぞ」
そのあともディアは次々とシカの魔物を仕留めていった。シカの魔物はウサギ同様、探すのに苦労する魔物だ。それをまるで居場所がわかっているかのように移動していた。
(なんてガキだ……)
ディアは怪力なだけでなく、瞬間的な移動ができる。それに視覚や聴力が人間離れしていた。おそらく嗅覚もだ。アークだってくすぶってはいたが、ベテランの冒険者なのだ。その自分が全く察知できていない魔物をあたり前のように見つけ出すディアの姿を見て、アークは背筋が寒くなり、それと同時にどこか見惚れていた。
「このくらいでいい」
結局ディアはパンパンに膨らんだリュックを背負い、手には五頭のシカの首を持って帰ることになった───
「チッ、あのおっさんまた虐待かよ」
「あのガキ可哀想になあ……」
当然、冒険者ギルドでは白い目で見られることになる。
「はいアークさん、金貨一枚と大銀貨五枚です」
「おお、ありがとよ。ミルナ、その目はやめてくれよ……」
大量の荷物を持ったディアを見て、受付嬢のミルナはまたしても氷の視線を送っていた。
*
しばらく二人はダンジョンに通う日々が続いた。その中でアークは、かつてジローニに教わったようにギルバレのルールや冒険者の心得などをディアに教えていく。
ギルバレは荒くれの集まる無法地帯であるが、意外なことにディアが他の冒険者に絡まれたり乱暴なことをされたりはしなかった。
「おい、なんだこのガキは!」
「ギルバレはガキに冒険者やらせてんのか?」
───よそ者を除いては。
他の地域の荒くれ者は、相手を外見で判断すると暴言で脅かそうとする。だが、騙し合いに慣れているギルバレの冒険者はそのようなことをしない。常に生命がかかっているからだ。その辺にいる子どもが毒とナイフを持っていることも珍しくない。たとえ女子供でもどんな危険が待っているかわかったものではないし、むしろもし女が一人で歩いていたらそれは間違いなく罠だ。それがギルバレの冒険者には常識だった。
「おい、無視すんじゃねえよ!」
「こっち向けコラ!」
そう威嚇されても、ディアが感情を出すことは一切なかった。笑うこともなければ恐れることもない。そして怒ることもなかった。そんなディアに絡んだよそ者は、バカにされていると勘違いしてより激昂することになる。
「おい、ガキ! やっちまうぞ!」
そのよそ者は剣に手をかけた。
「アーク、剣を抜いたら殺していいか?」
涼しい顔で酒場を振り返るディア。
「ああ、やっていいぞ」
いつもの席で様子を眺めていたアークは、エールを飲みながら弟子の問いかけにそう返事した。
「こ、このガキ! やれるもんならやってみ───」
よそ者が剣を抜いた瞬間、脅しの言葉を言い終わらないうちにその首が落ちた。ギルドの床が赤く染まっていく。
「あーあ、誰か台車持ってこいよ」
「おい、アーク。あーあじゃねえよ、掃除が大変じゃねえか」
「まだ一人生きているだろ。そいつにやらせろよ」
「アークさん、あなたも手伝いなさい!」
「おい、叱られちまったじゃねえか。そいつの死体はダンジョンへ持っていくと勝手に吸収してくれるから便利でいいぞ」
アークが親切でそう言うも、一人残されたよそ者はその場に立ち尽くして動けずにいた。
*
半年ほど経ち、ディアは五階層を踏破した。アークはいつものようにギルドの酒場で報酬を手渡し、そこでディアに告げた。
「ディア、ここら辺で荷物持ちは卒業だ。六階層からはお前一人で潜るんだ」
「弟子は終わりか?」
「いや、師弟関係ってのはずっと続く。いつまでたってもオレはお前の師匠だ」
「わかった」
「お前ほんとあっさりしているよな。ちったあ寂しくねえのかよ」
「ここからは俺一人でもやれると判断したんだろう?」
「まあそうだけどよ。ここからはソロで潜る必要があるんだよ。お前なら大丈夫だろうけど油断すんなよ」
「アークは何階層まで潜ったことがあるんだ?」
「十一階層だ」
「そんなに深いところまで行ったのか。すごいじゃないか」
「……その頃は仲間がいたんだよ」
「もう、その仲間はいないのか?」
「お前ほんと空気読まないよな。普通聞きづれえだろ、死んだよ……。十一階層のボスにやられた」
「そうか」
「お前ほんと……、まあいいや。お前は今日からE級冒険者だ。ギルドマスターに推薦しといたからよ。あとで冒険者カードを貰ってこいよ」
「わかった。ありがとう」
「これからは直接買取りしてもらえるからよ。頑張って稼げよな」
「わかった」
「それとよ、お前みてえなガキが稼げるようになると、またバカが絡んでくるだろ? お前はどうせなんとも思わねえから無視するよな。すると相手はムキになって引けなくなっちまう」
「そうだな」
「そこで剣を抜かれたら、殺さなきゃならなくなるだろ? だからよ、まずその前にぶん殴っちまうんだよ。それで相手が引けばよし、それでダメならやっちまえばいいんだよ」
「殴っても死んでしまうぞ?」
「そこは手加減するんだよ! いちいち殺していたらキリがねえ。いくらお前が強くてもよ、殺されたやつの仲間や家族が恨みを持っていれば何があるかわからねえじゃねえか」
「なら、それも殺せばいいじゃないか」
「物騒なガキだな! 殺さずに済むんだったらその方がいいんだって。とにかくお前は手加減を勉強しろ。危なっかしいったらありゃしねえ───」
その日からディアは、浅い層の魔物を相手に手加減の練習を始めたようだった。