◆第十話 トギー
アイエンド王国の郊外、第六騎士団訓練所の宿舎。
「ふーん、それじゃワクワナさんは間違いなく城の中に入っていったんだね?」
「ハッ、ワクワナ様は王子を連れていきました」
アイエンド十騎士の一人、序列九位のトギーは一人で帰ってきた兵士から話を聞いていた。一見してキザっぽい金髪の優男だ。
この兵士は城に全軍突入する際に、ワクワナに呼び止められ馬を預かった。ところが陣で待っていても誰も帰ってこない。するとエンパイア王城前に強力な援軍が到着して乱戦になった。一人で敵中に行くわけにもいかずアイエンドに帰ってきたのだ。
「他に誰も帰ってこないし、どうなってんのかな?」
「トギー、なんか分かった?」
そこへ同じく十騎士の序列八位、テンテンがやってきた。ツインテールの背が低い女だ。
「ああテンテン、ワクワナさんは間違いなく城に入っていったって」
「じゃあまだ城にいるんじゃない? キャノンもいるしそのうち帰ってくるよ!」
「そうかなあ、ちょっと僕だけで見に行ってみようかな」
*
大陸西部のアイエンド王国から、大森林を挟んだ大陸中央部にエンパイア王国は位置する。一人でエンパイア王国に向かったトギーは、二週間ほどで王都に到着した。革鎧を着て背中に剣を背負っている。旅の剣士といった風貌だ。
「王都は普通に活動しているなあ」
数ヶ月前には内乱をしていた筈だ。それが、すっかり落ち着いている。さらに王都を探索してみると、合同慰霊碑を見つけた。
「護国の誇り高き戦士がここに眠る、か。戦いはあったんだな。じゃあワクワナさんたちはどこへ行ったんだ?」
トギーは酒場に立ち寄る。
「兄さん、旅の途中ですかい?」
そこに地味な顔の男が話しかけてきた。昼間から酒を飲んでいる。口が軽そうだ。
「はい、そうなんですよ。エンパイアは初めてですがいい街ですね」
トギーは笑顔で対応し、自然と同席した。
「あの慰霊碑、何かあったんですか? 戦争があったなんて聞いたことがないですけど」
世間話のように聞いてみた。
「あー、兄さん。あれは内乱があったんでさあ。ブタ野郎の貴族がアイエンド王国に国を売ろうとしたってわけでさあ」
たしか、ドクソンとかいう貴族がクーデターを起こしたはずだ。だからワクワナさんとキャノンが援軍を引き連れていったのだ。知りたいのはその後。
「……へえ、そんなことが。でもアイエンドって強いんですよね? よく無事でしたね」
「それがさ、兄さん。ギルバレの《魔人殺し》はご存知ですかい?」
魔人殺し、どの魔人を殺したのかは知らないが聞いたことはある。いつだか、キャノンが楽しそうに話していた。
「さあ、聞いたことはないですけどその《魔人殺し》がどうしたのですか?」
「その英雄がですね、アイエンドの援軍を追っ払ったんでさあ」
(は? どういうこと?)
「え、じゃあアイエンドに勝ったのですか?」
「いやいや、さすがに《魔人殺し》でも天下のアイエンド王国の兵士に勝つまではいきませんでした。中にそりゃもう強い騎士が二人いましてね。英雄もこれは不利だってんでギルバレに引いたんでさ」
なるほど、ワクワナさんたちはその逃げた《魔人殺し》を追いかけてギルバレに行ったんだな。
「でも、足止めしただけでもすごいですよね。その《魔人殺し》さん。じゃあアイエンドの兵士たちはギルバレに追いかけていったのですか?」
「そういうことでさあ。ギルバレには冒険者の荒くれ共がおりやすからね。そっちで決着つけるってことなんでしょう」
(なるほど。ギルバレにはダンジョンがある。先にそっちを落とす算段か)
「そうなんですね。面白い話をありがとうございます。ここは僕がご馳走しますよ」
「え、そうかい? 悪いな兄さん、へへへ」
「いえいえ、では僕はこれで」
(ギルバレか……。野蛮な未開の地だって聞くけど、せっかくだから行ってみるか)
戦況を聞いたトギーは、そのままギルバレへと向かうことにした。
*
「アークさん、十騎士の序列九位トギーがそっちに向かいやした。革鎧で旅剣士の風貌。金髪の優男でやす」
『わかった。よくやったライアン。引き続きそっちを頼む』
「了解でやす」
ライアンは通信の魔道具を切った。ディアが持ってきた魔道具をミドリが量産したのだ。
「こんなに離れていても会話できるとは。恐るべしはミドリ部長でやすね」
そう独りごちたライアンは、トギーに奢ってもらった酒を飲み干した。
*
エンパイア王国から一週間の移動を経て、トギーは旧ギルバレ、ギルアバレーク王国の入国検問所に並んでいた。
「もう中にいるのかなあ」
トギーはギルバレが建国したことをまだ知らない。そこは高い外壁が延々と続いていて、中を見ることができなかった。
(ギルバレって出入り自由だと思っていたんだけどな)
この外壁を見ると、聞いていた印象とずいぶん違うようだ。もしかして、もうワクワナさんが中で統治しているのかなと、そんなことを考えていたら検問の順番が来た。
「剣の修行でダンジョンに潜りたくて来ました」
「わかりました。ではあちらの通路からお入り下さい」
そんな理由であっさり通れた。言われた通路を歩いていき、中へ向かうと広い行き止まりの場所に出た。
「撃てーっ!!」
タン!タン!タン!タン!
乾いた破裂音と同時に、トギーの全身に鉛の弾が撃ち込まれる。
「え、なに……? 罠?」
あまりの不意打ちにトギーは戸惑った。全身が焼けるように痛い。
まさか十騎士の自分が痛手を負うなんて考えてもいなかった。完全に警戒を怠っていた。
「生存を確認! かかれ!」
十人程の兵士が突っ込んでくる。
「バレていたってこと? 舐めないでほしいな!」
トギーは兵士たちを振り払い投げ飛ばした。
「第二班かかれ!」
続いて別の十人が襲いかかってくる。トギーは剣を抜いた。
「前衛!」
盾を持った兵士が剣を受ける。中々の抵抗力だ。だが、所詮普通の人間。トギーは兵士を吹っ飛ばす。そこに剣を持った兵士が襲いかかる。
トギーは素手で兵士の剣を掴んだ。すると、兵士の腕が取れた。
「ファイア!」
炎の弾が顔面を直撃した。
(まずい。これは効いた。なんなんだよこれ)
致命傷まではいかないが、トギーは視界を失う。
「かかれ!」
(しまった。片足を斬られた。この僕の体を斬れる剣があるのか)
「確保ーっ!!」
次々に襲いかかる兵士たちに捕えられた。トギーは自分の力で千切れないロープに驚愕した。鉄の鎖でもちぎれる自分が拘束されるとは。
「あれで死なないのか。十騎士ってのはバケモンの集まりだな」
そこへ頬に傷のある男が近づいてくる。男の片方の眼は赤い光を放っていた。
その光景を最後にトギーは意識を失った。
*
トギーは目を覚ますとベッドに仰向けに寝かされていた。
「あ、目を覚ましましたね!」
「ここは……?」
眼から赤い光を放つ男を見てから意識を失ったようだ。トギーを上から覗き込むのは黒髪で眼鏡の女。
「大丈夫そうですね。起き上がって下さい」
そう言われると、意識せずに体が勝手に動いた。自分の体を見ると、両手両足が白金の金属に変わっていた。
「ぼ、僕に何をした?!」
「改造しちゃいました。てへ」
(何を言っている?)
「その手足は貴重なミスリルを使っていますので動きも良くなっているはずですよ!」
「何を勝手に!」
トギーは激昂するが、
「───静かに」
その言葉で動けなくなった。
「うんうん、人体制御もイイ感じですね!」
トギーはかつてない恐怖を感じた。何も自由が効かない。
「それでは、うるさくしない程度に喋っていいですよ」
女がそう許可すると、ようやく話せるようになった。
「これは、どういうことだ? 何故僕は君の言うことを聞かなきゃならない?」
「それはですね、あなたの脳神経にワタシが直接命令しているからです!」
女は両目をぐるぐると回しながら、笑顔で答えた。
「のうしんけい?」
「わからなくていいです! とにかくあなたは、ワタシの命令に逆らえなくなりました。でも四肢と背骨はグレードアップしたので、以前より強くなってますよ!」
(体の中まで改造されたのか)
「何故、殺さないんだ」
「だって貴重な敵の体で、なおかつ強いとなると利用価値が高いじゃないですか! あなた十騎士の下っ端ですよね? 今なら上位の騎士にも勝てますよ!」
(ああ、そうか)
これが魔女か、やっぱり魔女狩りは正解だ───
*
「次、六班!」
「はい!」
捕らわれて改造されたトギーは、一日中ギルアバレーク兵士団の訓練に付き合わされていた。貴重な十騎士だ。このような強い個体に連携で勝利する術を身につけるためである。トギーには本気で戦うようにと命令されていた。
(確かに前より強くなっている……)
力も強く、動きも前より俊敏になっていた。
相手の兵士団は、盾を持つ団員は盾の使い方を、槍の団員は槍の使い方を。それぞれの役割を磨き続けて連携を高めている。
「やめ! トギーは食事を摂って休憩!」
「はい!」
返事もするように命令されている。食事も食欲があろうとなかろうと言われた通りに食べる。死ぬことも許されていない。
(こんなことになっていたとは……)
ワクワナとキャノンはすでに殺されていた。《魔人殺し》の弟子に。一瞬だったそうだ。
その《魔人殺し》はアイエンド兵五百人を殺し尽くしたらしい。
(何が《魔人殺し》だ)
───お前が《悪魔》そのものじゃないか、アーク・フリード・ギルアバレーク。