◆プロローグ
とある貴族の屋敷で、親子が食卓を挟んで会話していた。
「───お父様、どうしてこんなに麦を食べないといけないのですか?」
「ガイーユ、貴族は裕福に見せなければ足元を見られる。痩せている貴族と太った貴族、どっちがお金を持っていそうだ?」
「太ったほうです。お父様」
「そうだ。だから他の貴族や商人が集まる。あそこの領地は裕福なんだと、そう思わせないとならないのだ」
「でもそれならもっとお肉を食べたいです」
「すまんなガイーユ、我が家の実情は結構厳しいんだ」
少年は父から貴族の生きざまを教わって育った。その誇りは代々親から子へと受け継がれていったものだ。
「ガイーユ、痩せ我慢は貴族の特権なんだ。実際に苦しくても見栄を張る。それが貴族だ」
「どうしてそんなことをするんですか? 苦しいなら苦しいって言えばいいじゃないですか」
「公爵である私が苦しい顔をすれば派閥が乱れる。派閥が乱れれば王家や民を支えることができなくなる。それだけじゃない、そんな苦しい領地は儲からないと思って商人が離れる。すると物を売ったり買ったりできなくなるだろ。そうすると民の生活が苦しくなるのだ」
「なぜ民の生活を守らなければならないのですか?」
「我々貴族は民からの税で暮らしている。我が家は王家から年金も貰っているが、それも元を辿れば民からの税なのだ。つまり、国とは土地ではなく人間、民のことをいうのだ。国を守るのが貴族、だから民を守るのが本物の貴族だ」
「偽物の貴族なんているのですか?」
「民の命を守れないのが偽りの貴族だ。ガイーユ、絶対に勝てない相手に戦争を仕掛けられたら貴族ならどうするといいと思う?」
「貴族なら民を守るため、たとえどんなに強い相手でも勇敢に戦うべきでしょう」
「じゃあ、勇敢に戦ったとしよう。でも勝てない相手だから負けて殺されてしまった。その人は英雄と言われるかもしれないけど、残された民も蹂躙されるだけだ」
「じゅうりん?」
「民が殺されるということだ。勝てない相手に、自分のプライドのために無謀に戦う。それは物語の中ならいいけど、実際には貴族でもなんでもない。ただの考え無しだ」
「では、そういう相手が攻めてきたらどうすればいいんですか?」
「まず、そうならないために普段から仲良くしてもらう。それでもダメならお金や物を渡して機嫌を取る。それでもダメなら相手の靴を舐めてどんなに馬鹿にされても民の命乞いをする」
「馬鹿にされてもですか?」
「ああ、でもそれで民が助かるならそれこそが貴族の誇りだ。陰口を叩かれても耐える心、それが民の命を救うことになるなら父さんは誰に何と言われようと我慢できるのさ───」