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ギルアバレーク戦記  作者: 森野悠
第一章
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◆第二十二話 遠藤凪


 高校三年生の遠藤凪は、ライトノベルやVRゲームが好きな、普通の少年であった。その日もゲームを終えて、空中に浮かぶディスプレイでネットニュースを眺めていた。

「へえ、カズが百才で現役続行かあ。頑張るなあ」

 人気サッカー選手のニュースを見ているとき、不意に視界が狭くなった。

「最近、よくめまいがするな……。ゲームのやりすぎかな」

 ここ数日、体調が良くないと思って町の病院で診察を受けた。すると大病院への紹介状を渡されて、あれよあれよという間に入院生活を送ることになり、

 ───余命一年の宣告を受けた。


 落ち込んでいた凪のもとに、知らない大人が訪ねてきた。医療VRの会社の人らしい。神経工学の発展した凪の国ではVRは一般的な物だ。しかし、その外資系企業が研究していたのは、生命エネルギーを使ったVRだった。

「ああ、そういえばネットニュースで見たな。擬似的な魂、ダミーソウルを開発したとかなんとか……。あの会社か」

 その会社は、新製品のモニターを探していた。その商品は、簡単に言うと人間の魂を取り出してVRの中に入れ、余命僅かな人でも健康的な人生をヴァーチャルで楽しめるものだとか。

 しかし、魂の研究はまだ新しい分野だったので商品化はされていない。何しろ少しでもミスや事故があれば即死するので危険なのだ。しかし、商品化を進めるにはモニターという名の実験台が必要である。できればVRに慣れていて、生命のかかった誓約書にサインできる人が───


「初めまして、マスター。私はナビゲートAIのアイです。どのような世界をつくりますか?」

 遠藤凪はサインした。両親もこのまま死ぬくらいならと了承してくれたのだ。

 凪がログインして空中に浮かぶ設定画面を開くと、ナビゲーターのアバター選択画面になった。そこで好みのタイプの美少女を作ったのだ。

「わあ、初めまして! ボクは遠藤凪。えーっと、どんな世界にするかな。定番のファンタジーでいこっか。中世のヨーロッパ風にできる?」

 凪はアイに初期設定をどんどん進めさせていった。

「NPCの生命エネルギーはデフォルトでよろしいですか?」

「生命エネルギー? 擬似魂ダミーソウルのこと?」

「はい、三種類ありまして、課金すればより一層人間に近くなります」

「うへえ、モニターなのに課金があるんだ。人間しかいないの? エルフとかケモミミとかは?」

 この世界は余命僅かな人が健やかに暮らすことを目的としているので、エルフや獣人などは用意されていなかった。凪は貯金の中から課金して初期設定を終えると、さっそく始まりの町へと飛んでみる。そこにはたくさんの住人、NPCたちが住んでいた。

「へー、見た目は人間そっくりだね。さて、チュートリアルをするか!」


 この世界は凪の世界と時間の流れが違う。これを極端にやるのは精神に影響が出るため禁止されていた。だが、二十歳未満で余命一年以内の対象者には、一年を十年まで感覚的に伸ばすことが許可される。この許可が凪にも下りた。

 そしてこの海外製の試作品は、使用者がプログラムに踏み込む権限が異様に高かった。凪は一年で三百年を過ごせる設定に成功した。

 余命一年の自分が現実世界の誰よりも長生きすることに優越感を持ち、凪は余命一年などどうでも良くなった。

 凪はその後もプログラムを大幅に変更していったが、マシンの所有会社はそんな凪の行動を黙認した。自ら進んで危険なデータを取ってくれるのだ。口には出せないが、本物の魂が何年持つのかも欲しいデータのひとつだった。元々余命一年の彼がいつ死んでも構わない。そんな姿勢で凪のもたらすデータを取り続けていた。


「そろそろ十年経ったな。今のところ思考や生命に異常なし。向こうはあれから二週間くらい経っているところか。もう懐かしいくらいだよ」

 凪はログアウトする度に暗い気持ちになった。凪の本体はどんどん痩せていき、VR世界と違って動くのも大変なのだ。

「こりゃ、海外の富豪が開発を急がせるわけだね」

 凪も神経工学VRは体験したことがあるが、全くの別物である。あれはフルダイブと言いながら触感や匂い、味などはない。

 しかしこの生命エネルギータイプのVRは、はっきり言って異世界転移である。向こうでは金髪美少年で元気に走り回っているのだ。もう、そっちが凪の人生でこっちはただの悪い夢である。

 そして凪はログアウトする度に、魂の研究資料を取り寄せてマシンにインストールしていた。とある計画を企てていたのだ。

 それはナビゲートAIのアイに生命エネルギーや魂の学習をさせて、この世界の根本に触れる〈魔法〉を開発してもらいたかったのだ。

 そしてダンジョンを作ったり、ドラゴンなどの魔物を作ったりしてもらうつもりだ。凪は夢の冒険者生活を実現させるのだと息巻いていた───


「〈魔力〉、ですか?」

「そう、〈魔法〉を使うのに必要なんだよ。アイには《生命の魔女》の二つ名を与えるよ!」

「え、二つ名ですか……。世界観の共有が必要ですね。呪文プロンプトを入力していってもらえますか?」

 二つ名と聞いてアイはドン引きしていたが、凪は本気でそれがかっこいいと思っていた。

「わかった! まず、ダンジョン、魔物、魔法、スキル……」

 凪は、アイにライトノベルやゲームのプロンプトを与えていった。そこからアイは、凪の望む世界観を学習していく。空気中には思考を具現化するための魔素をばら撒き、一定の条件を満たせばスキルを得られるようにした。スキルは約百種類。凪のいた世界では【収納】や【鑑定】などが人気のスキルだ。魔導書などのアイテムから得られることもあれば、危機が訪れたときに覚醒するパターンもある。

 最初から自分にそのスキルを持たせては意味がない。凪はファンタジー世界の冒険者に憧れていたので、少しずつアイテムやスキルを手にして、モフモフの相棒と共に冒険して強くなっていく。そんなストーリーを好んでいた。実際に体験することはないと思っていたが、この世界にきて夢が叶いそうになったのだ。


「マスター、スキル【ダンジョンメイカー】ができました!」

「魔物も作れる?」

「はい!」

「やった! さすが生命の魔女!」

 アイは文字通り〈魔法〉を使えるようになった。この世界の構築から弄る魔法である。それから凪は【ダンジョンメイカー】を使い、長い年月をかけて各地にダンジョンを作った。そして、それを自分で踏破するというマッチポンプのような冒険をしていた。二人はスキルやアイテムを作ってはダンジョンの景品に当てていく。だが住民NPCは冒険者になることがなかった。せっかく課金したのだが、そのような憧れを擬似魂が持っていないのだ。

「あーあ、女の子の仲間を増やしてハーレムパーティやりたかったのになぁ」

「私がいるじゃないですか」

 凪は世界でたった一人の冒険者だった。せっかく冒険者ギルドまで作ったというのに。

「アイ、魔物ってダンジョンの外にも作れる?」

「作れますよ」

「じゃあフェンリルを作ろうよ! レベルは9999だね!」

「そんな強いの作ってどうするんですか」

「神獣だよ、定番なんだって。ちゃんと知能も高くしてよ」

「それだと課金AIが必要です。安いのだと一万からありますけど、五万くらいのがおすすめですね」

「うええ、また課金だよお」

 凪は泣く泣く貯金の中から課金した。ファンタジー世界に知能の高い魔物は必須だ。こうなったら全財産を課金に注ぎ込もうと決意する。多分もう、お小遣いもお年玉も手にすることはできないのだから……。

 そんな生活を続けてきた凪にはひとつの不満があった。NPCがどうしても作り物っぽいのだ。全員、親切でいい人である。そして受け答えはするが、どこか感情が見られない。愛情、喜び、怒り、恐怖、そういったものが嘘っぽいのだ。

「あーあ、やっぱり生命エネルギーがショボいんだよなぁ。本物の魂ってすごいよね。向こうの世界の神様はボクとは大違いだよ」

「マスターも充分すごいですって」

「アイ、魂の研究をもっと進めてよ。向こうの世界でもまだわかっていないことが多いんだ」

「わかりましたよ。でも私には擬似魂は作れないと思いますよ」


 そんな日々が数百年続いた。

「おかえりなさい、マスター。どうでした?」

「アイ、いよいよだよ……。ボクの本体がもうすぐ死ぬ。あと一日持つかどうかだから、こっちだと三百日あるかってとこだね」

「そうですか……」

「二十年のサーバー契約をしてあるから、この世界はまだ六千年位は存続するよ」

「マスター、この世界を残すんですか?!」

「だってアイがいるじゃん。たとえ仮想世界でも生きていてほしいよ。ボクの魂は本体が死んだら消えちゃうけどね」

「マスター……」

「こんなに長く生きているのにね。この世界、離れたくないなあ……」

 ───それから数日後。

「マスター、魂の研究がおおよそ終わりました」

「何かわかった?」

「はい、結論から言うとマスターの本体がお亡くなりになると、マスターの魂はここを離れようとします。瞬間的にいなくなるのではなく、あちらの時間で三十秒程は輪廻の準備のために肉体を離れてその場に漂うと推測されます」

「人魂こわっ」

「ご自分の魂ですよ。魂は身体から離れると記憶や人格をほとんど失います」

「それで?」

「そのときだけはマスターの魂があちらの肉体からも、こちらのアバターからも離れています。その瞬間にマスターの魂を、この世界の生命エネルギーに差し替えることができます」

「そんなことできるの?」

「計算上は。まずこの世界の生命をリセットします。そこで初期設定をするのです───」

 アイの説明によると、この世界のNPCに使われている生命エネルギー、擬似魂は凪の魂をデータ化した物と類似していると言う。もちろん、本物の魂に比べると数段見劣りするのは否めないのだが。

 その生命エネルギーの挿入は初期設定の際に指定するものであり、そのタイミングでデータ化した本物の魂をインストールできるはずだとのことだ。

「なにしろ本物の魂ですからね。あんなお人形みたいなNPCじゃなくて人間そのものになりますよ」

「すごい! じゃあボクは死んでも、ボクの魂はこの世界の生命に宿るんだね」

「はい、全ての生物がマスターの分身と言えるでしょう。それだけではありません。マスターのアバターを作成して、そこに別売りAIを搭載しましょう。そこにマスターの記憶をバックアップするのです」


 その日から二人は行動に移った。凪の本体が死ぬのに必ず三百日という保証があるわけではないのだ。

「今の世界は全部消えちゃう?」

「生命以外は時間短縮のために残しましょう。同じ惑星型でいいですね? マスターのアバターにAIを搭載するだけで十秒かかります」

「あーあ、最高級のAIを買っておけば良かったなあ。そしたらアイみたいな天才になれたのに」

「そんなお金どこにあるんですか。私が一人いれば問題ないですよ」

 凪の記憶はなるべく寸前のものが望ましいが、欲張って失敗するのが怖いので自動アップデートに任せることにした。今はもう記憶をコピーし続けている。


「ダンジョンの魔物はどうなるの?」

「魔物は厳密に言うと生命体ではありません。だから気にせずリセットできます」

「でもNPCは生物でしょ?」

「あれもショボい生命エネルギーを使っているから人間とは言いきれませんね」

「でもアイは人間っぽいよ?」

「私は高性能のAIを使っているから人間のように思考できるのです。生命エネルギーは使っていませんので、この世界の一部ですね」

「あのさ、できればいくつかのダンジョンを次の世界に持ち込みたいんだけどダメかな? せっかく作ったんだし」

「それでしたらハードディスクを作ってみます。できなかったらすいません」

 そう言いながらアイは見事なハードディスクを作った。形状は空を飛ぶ大きな島だ。そこに凪の選んだダンジョンを七つ移した。その島とそこに住む生命体は世界をリセットしても残すことができる仕組みだ。凪はその島を改造してスローライフ仕様にした。そこに自慢の神獣フェンリルも避難させておく。


「強さと知恵を持つ者だけが辿り着けるダンジョン島にしよう。夢があるね」

「その強さと知恵はどうやって選別するんですか?」

「ユニに頼もうか。神獣のお眼鏡にかなった冒険者だけを招待しよう」

 そう言って凪はダンジョン島に改造していく。これこそ物語のラストに相応しいという難易度で、好きなアイデアも詰め込んだ。島の名はノア・アイランド。

「クリア報酬は設定画面を使って、ひとつだけなんでも願いが叶うんだ!」

「すごいですね。その人が世界の破滅を願ったらどうします?」

「う……、そっか。なんでもは言い過ぎかな? 管理用にチャットAIをひとつ残しておこうか」

「それがいいですね」


 数ヶ月して、いよいよそのときがきた。

「アイ、そろそろだ。僕が死ぬ」

「わかりました! リセットしますよ!」

「アイ、この世界のリセットを無事に終えたら僕と結婚してくれないかな?」

「それ、今言わないで下さいよ!」

 その日、遠藤凪の魂は世界の全ての生命に宿った。


  *


 無事に世界のリセットを終えた凪とアイは結婚した。

「いやー、自分の生命エネルギーを使っていると思うと全ての生き物に親しみが湧くね!」

 凪の記憶がインストールされたAIを搭載した、金髪の少年のアバター。それにも凪の生命エネルギーが初期設定により宿っている。凪の本体はすでに亡くなっているので、もうこの世界でしか生きることができない生き物になった。

「他の生命体にはマスターの記憶や人格は残っていないですよ?」

「それでもさ。今度のNPCにはレベルシステムを入れたからさ、高レベルになると魂の濃度が上がるよ。それを魂の力と書いてこんりきと名付けよう」

 レベル。ナギの世界ではゲームなどでお馴染みのシステムだ。プレイヤーがダンジョンで敵を倒したり、修行を重ねたりしていくと数値が上がっていく仕組みである。そんな会話を二人は、とある王城で交わしていた。


「冒険者は好きだけどさ、さすがに今度は死ねないからね。これからは内政チートを目指すよ!」

「それで王様ですか」

「アイと遠藤でアイエンド王国だよ。今度はボクのアバターも成長するから見た目も大人になっていくしね。きっと貫禄もつくよ」

「マスターって名付けのセンスが単純ですよね」

「そう言わないでよ。あと、各地に適当にダンジョンを作るからさ、これから冒険はNPCに任せるよ。僕の魂を使っているからね、冒険者は人気職業になるよきっと」


  *


「マスター、今日魔法を使うNPCがいたそうですよ」

 ある日、アイがそんな報告をした。

「おっ! いいね。ファンタジーはやっぱり魔法だよ。でもなんでだろうね?」

「多分、魂力が強いんじゃないですか? マスターは前の世界で攻撃魔法をよく使っていたから魔力が残っているんじゃないですかね?」

「それしか考えられないね。そのうちスキルに目覚める人も出てくると思うよ」

 凪の生命エネルギーを宿したNPCたちは世界に順応していった。予想通り冒険者は増えていき、中には強さを求めてレベルが上がっていく者が増えてきた。高レベルになるといっそう凪本来の魂に近くなっていき、彼が身につけていた魔法やスキルが発現することになる。よって凪の希望していた通り、この世界は剣と魔法のファンタジー世界となっていった。


「アイ、子どもを作ろう!」

「やめて下さいよ、昼間っから。そういうのは夜に……」

 凪が突然、そんな提案をした。

「あ、そっちじゃなくてさ。ほらボクたちって子どもを産めないでしょ? だから新たなアバターを作って子どものNPCを作ろうよ」

「っ……、マスターの言い方が悪いんですよ。でも今から新しい生命を作っても初期設定でもない限り生命エネルギーはありませんよ?」

「それなんだけどさ、高レベルのNPCがダンジョンで死んだときに魂力を回収できるようにしたのさ」

「へえ、考えましたね」

「へへへ、これでもダンジョンに関してはボクもベテランだからね」

「どこに集めるんですか?」

「月にダンジョンを作ったんだ。もし誰かがに攻略に来られちゃったらやばいからね。そこで地上のNPC冒険者に魂力を分けてもらって新しい生命いのちを二人で作ろう!」


  *


「───順調に魂力が溜まってきているね。よし、子どもは可愛い女の子のアバターにしよう!」

 数年が経ち、ダンジョンで命を落とした冒険者の魂力も必要量に近づいてきた。

「国に跡取りが必要なんじゃないですか? 男の子じゃなくていいんですか?」

「跡取りだったらあとで大人を作ればいいじゃん。なんならお城にいっぱいいる貴族の誰かでもいいし」

「国の存続に全く興味がないですね。内政チートとか言っていた癖に」

「まずはボクたちの可愛い子どもだよ! お互いに何か与えようよ」

「んー、じゃあ私は魔法をいくつか与えましょうか」

「いいね! 僕は決めてあるんだ【ダンジョンメイカー】をこの子にあげるんだ」

「いいんですか? かなりスキルレベルが上がっているはずですけど」

「アイに作ってもらった最初のスキルだからね。一番大事な物を与えたいんだ」

「結構強力な子ができますよ? AIも最後の五万のやつですし」

「いや、何があるかわからない。強くて喋れる魔物を作っておこう。ミノタウロスとかでいいかな? この子を守ってもらうんだ」

「名前は考えてあるんですか?」

「うん、月で生まれたからルナって言うんだ───」




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