◆第二十話 最後の死闘 2
四階層の戦いを終えたディアたちは古城の外で野営をしていた。
「これがデュラハンのドロップ品か」
《強化ミスリルの鎧》
白金の金属鎧だった。ジローニに着せてみると、まるで伝説の将軍かといった佇まいだった。しかも軽くて動きやすいと言う。
「次の階層に行く前に、この鎧を着た動きに慣れておかなければな」
「ジローニならすぐに慣れるだろう。その盾を使った動きだってすぐに身につけたんだ」
「ああ、これな。しかし盾が割れなくて良かったよ。すごいシロモンだな、これ」
「ジローニ、それあげるよ。今後も使ってくれ」
「え? いいのか?」
「ああ、使ってほしい」
「それならまあ貰っとくけどさ。ありがとうな、ディア」
この盾はジローニを守った。それによってディアたちも助かった。この先、帰還したらジローニとは別れる。その後もジローニのことを守ってほしい。ディアはそう思うようになった。
「ジローニが持っていた方が盾も喜ぶだろう」
「へえ、お前もそういうふうに考えられるんだな。ゴロツキは容赦なく殺すくせに」
「剣を抜かれたときしか殺さない。あ、そういえば盗賊を皆殺しにしたことがあったな」
「おい、それ何歳の頃だよ」
「八歳か九歳のときだ。でもやらなければやられていた。多分人さらいの盗賊だった」
「なんて子どもだよ。そういやディアって今何歳だ?」
「数えていない。ギルバレについたのが十歳くらいだったはずだ。十二歳くらいかと聞かれたんでそうだと答えた」
「十歳が十二歳か。大きく見えたんだな」
「五歳までは貴族だったから、良いものを食べさせて貰っていたんだと思う」
「いい親だったんだな」
「お父様もお母様も優しい人だった」
「ヤバい、またお前のそういう話になってしまった。歳を取ると涙もろくなるって本当だったんだな。じゃあ、お前はギルバレに何年いたんだ?」
「だいたい一年だな」
「じゃあこの島で二年半くらいだから、お前は十三歳か十四歳くらいだな。もうすぐ成人だろう」
「そうなのか?」
「お前が十五歳になったら成人の儀をやろう。酒を飲むんだよ」
「酒に興味はないぞ」
「俺があるんだよ。ここを出たらお前と一緒に酒を飲むんだ。約束だぞ」
「……わかった」
ディアたちはジローニの回復のため三日間の休息を取り、次の五階層へ向かった。
*
五階層に飛んだディアたちの前には短い通路があり、目の前には見慣れた扉があった。
「いきなりボス部屋か。まあ、あの大群よりはいいな。こっちは三人。連携して倒そうぜ」
ここが七つのダンジョン、最後の五階層目である。今まで通りならこれが最後の階層となるはずだ。扉を開けると、頭の中に声が聞こえた。
『バトルフィールドを展開します』
その声と同時に、部屋の全てを青い光の膜のようなものが広がって包み込んだ。
「なんだ?」辺りを見回すジローニ。
『フィールド内の従魔は強制退出します。バトル終了後に解除されます』
ハルが瞬間的に部屋の外に追いだされた。再び入ろうとするが、青い光の膜がそれを遮る。
「お、おい! ハル!」
「魔物は一緒に戦えないようだな。ハルには待っていてもらうしかない」
ハルが不安そうにこちらを見ている。
『フィールド内での武器使用は木刀のみとなります。木刀を用意して下さい。繰り返します。木刀を用意して下さい。木刀以外の武器は使用すると消滅します。防具は武器とみなしません』
(大岩は使えないのか……)
ディアは木刀を二本取り出し、一本をジローニに与えた。
『【収納】【ヒール】はフィールド内で使用できません。十秒以内に用意して下さい』
数秒のあいだ理解が追いつかなかったが、ディアは反射的に【収納】からエリクサーと体力回復薬を取りだした。再び【収納】から取りだそうとするが使えない、時間切れだ。全てのエリクサーを出しておくべきだった。取りだせたのは小さな壺がひとつだけだ。
『お待たせしました。それではラストダンジョンバトルを始めます。勝利条件は相手の生命の停止のみとなります。勝利判定されるまでフィールドは解除されません。では、スタート』
「敵を殺さなきゃ出られないってことだな。今更だ」
「ジローニ、来た」
ゴゴゴッと正面の扉が開き、そこから出てきたのは全身が黒い金属鎧の魔物だった。特に巨大というわけでもない。その手には黒い木刀が握られていた。
〈黒騎士 レベル800〉
(800……。今までで最高のレベルだ)
ディアが警戒していると、黒騎士の姿が突然消え、同時にジローニが壁に吹き飛ばされていた。呼吸をしておらずピクリとも動かない。
───失神ではない。死んだのだ。
見えなかったが何をされたのかは分かる。ただの突きだ。ディアは【集中】して、一瞬でジローニの口にエリクサーを突っ込んだ。その間、黒騎士は元の位置から動いていない。そして、黒騎士がまた消えた。
(【集中】!)
静かな世界の中で、目の前の黒騎士が上段に構えていた。ディアは咄嗟に避けた───
はずだったが、振り下ろしたように見えた剣は、突きを放っていた。ディアの肩に激痛が走る。
(この世界の中でも速さで負けるのか……)
ディアは【集中】した世界でも普通に走れる程に成長した。しかし、黒騎士はこの世界の中でもディアより速い。そして、剣の扱いが違い過ぎた。
振り上げたと思ったら横なぎに斬られる。突きを見切ったはずなのに突き刺さる。挙句、斬られたと思ったら黒騎士は一歩も動いていなかった。幻視だ。ディアは何もやり返せず、ただ致命傷を避けるのが精一杯だった。
木刀が手から離れ、地に倒れたディア。このままやられるかと思ったが、
「木刀を持て」
黒騎士の追撃はなく、そんな声が聞こえた。膝をついたディアが、木刀を手にして立ち上がる。
「構えよ」
(これは、稽古……?)
黒騎士の突きが来る。遠いと思ったら肩を突かれた。距離感がおかしい。まるで槍の間合いだ。
「構えよ」
(来る。見るだけではダメだ。剣先の気配を感じなければ)
黒騎士の剣先が、今度はディアの頬を掠めた。ディアの木刀が僅かに突きを逸らしたのだ。そうでなければ顔面を貫いていただろう。
「なぞらえよ。来い」
ディアが突きを出すも、片手で防がれる。
「今一度来い」
(強過ぎる……)
「先の先」「後の先」「縮地」「幻視」
ディアはずっと命懸けの稽古をやらされていた。エリクサーも回復薬もなくなった。顔も体も満身創痍だ。ディアは無意識に戦いながら、思考の海に潜っていた。
(あれから寝ずに五日位は経っている)
ジローニ……。
あのまま動かない。やっぱり死んでしまったのだろうか。
エリクサーが効かなかったのか。
この気持ちは、何なのだろうか……。
「───それまで。死合おうぞ」
黒騎士は静かな殺気を漂わせて構え直した。
(来た。ここで死ぬか。ジローニが死んでしまったのならもう意味はない。元々アークにジローニを会わせるのが目的だったんだ)
ディアは目を閉じて木刀をそっと降ろし、体の力を抜いた。スキル【無心】が発動する。
「参る」
黒騎士が音速で振り下ろした剣を、目を閉じたままのディアはそっと木刀の剣先で突いた。見切ってはいない。無心の体が勝手に行動していたのだ。黒騎士の持つ木刀の刃先と、ディアの持つ木刀の先端が重なりあって動きが止まる。
ディアは目を閉じたまま、黒騎士の胴に蹴りを振り抜く。黒騎士がかわした。体勢を傾けた黒騎士に、ディアは縮地で間合いを詰め、木刀の剣先を胸にトンッと当てた。致命傷を与えられるような間合いではない。
しかし地面から足、足から腰へと大地の力を巡らせた。勁を放つ。ここで散々くらった、黒騎士の技だ。胸に触れているままの剣先が黒騎士を吹っ飛ばした。会心の一撃だった。黒騎士は壁に叩きつけられ───
そして起き上がった。そのまま歩み寄ってくる。
(体が、動かない……)
「見事」
黒騎士は木刀を上段に構えた。ディアには解った。これで終わらせるつもりなのだ。
(サキ……)
───木刀が振り下ろされるそのとき、
ゴオオオオオ!!!
紅蓮の放射線が黒騎士に直撃した。黒騎士の動きが止まる。その隙を見逃さなかったディアは、反射的に最後の力を振り絞る。技も何もない、力任せに振った木刀が黒騎士の首をへし折った───
『ダンジョンクリアおめでとうございます。報酬は【夢幻黒流剣術】です』
ディアに苦しくなるほどの何かが吸い込まれていった。
「マスター!」
あのブレスを吐いたのはハルだった。
「ハル、助かった。なんで入ってこられたんだ?」
「わからないです! でもずっとマスターのことを心配していたら頭の中で声がして……」
「どんな声だ?」
「えーと、女の人の声で《ディア様》って。そのあと、急にフィールド内に入れたんです」
口調が滑らかに変わっている。そして何よりも……。
「ハル、その姿はどうした?」
「え、なんか変わってます?」
オリハルコンゴーレムのハル、その姿は髪の色が違うだけで、亡くなったメイドのサキにそっくりだった。
「う、うう……」
ジローニが目を覚ました。
「ディア……、やったのか」
「ジローニ、生きていたのか。あのエリクサーが効いたのかな」
「いや、俺は一瞬で死んだからよくわからないが……」
「良かったな」
「ああ、だけどお前……、なんで泣いているんだ?」
ディアの両目からはおよそ九年ぶりの涙が流れていた────