◆第二十話 最後の死闘 1
「ついに戻ってきたな」
ディアたちは古城のダンジョン、その入り口の前まで来ていた。
「前回、俺は役立たずだった。次は戦える敵だといいけどな」
「そんなことはない。ジローニは限界までハーピーを討ちとっていた。その分が無ければ、俺もグリフォンとやる前に倒れていたと思う」
「そう言ってくれれば俺も嬉しい。だが、今日はやってやるさ」
元々ジローニは迷惑をかけない程度についていくつもりだったが、やはり冒険者としての血が騒ぐのか、その目には強い意志が込められていた。
三人が四階層へと転移すると、そこは石畳が敷かれた広くて長い廊下が続いており、遠くの方に大きな扉が見える。その扉が開いて、ガシャッガシャッと金属鎧が足並みを揃えながら歩いてきた。
〈リビングメイル レベル50〉
「ハル、長斧の実践稽古だ」
「かしこまりまシタ!」
「よし、ディア。暴れようか」
「わかった」
ディアはグリフォンのブーツで空中を駆け上がり、リビングメイルの背後に降り立った───
「ハァ……ハァ、ディア。大丈夫か?」
戦いを終えて、片膝をついたジローニが声をかけた。
「大丈夫だ。みんなで戦えたのが大きかったな」
リビングメイルは全部で三百体ほどの大群だったが、なんとか三人で倒し切った。最後の一体を倒したときに、ディアとジローニが吸収した力は今までで最も強く感じたものだった。
「魔物が持っていた剣がたくさん落ちているな。ディア、これも拾っておこう」
「わかった」
三人で落ちている剣を集めて【収納】していく。すると、奥の扉の中から大きな白金の金属鎧を身に纏った魔物が出てきた。
「ディア……あいつの弱点どこかな?」
〈デュラハン レベル600〉
その魔物は首から上が無く、下は全て金属鎧を纏っている。首が無くても三メートルくらいあるだろうか。見る限り鎧に隙間が全くない。
これまで龍のように硬い鱗を持つ魔物とも戦ってきたが、目や口など攻められる場所はあった。だから口の中に岩を出現させて倒したりもできたし、それらの頑丈な魔物はたいがい動きが遅かった。スピードを犠牲にして防御力をあげる、そんな魔物ばかりだったのだが───
「これは、速い……」
ディアの身長よりも大きな大剣をブンッと振り回している。
「ディア、こいつは俺が止める。悪魔の魔人には吹っ飛ばされてしまったが、あのときは片手で盾を持ったのが悪かった。剣は持たずに両手で盾を持ってやつの攻撃を凌ぎ切ってみせる。だから、盾が割れないうちにお前とハルでやつを仕留めてほしい」
ジローニは覚悟を決めた目をしていた。攻撃手段を放棄して防御だけに徹すると言うのだ。
「わかった」
ディアはその目に応えた。盾が割れたらやられるしかない。それまでに自分たちが倒してくれると信じて耐えるつもりだ。
「うおおおおおお!」
ジローニが駆けだしていき、デュラハンが振った大剣を黄竜の盾で受けとめた。金属音が鳴り響き、ジローニの足の先まで衝撃が走る。
「まだだ! 来い!」
ジローニが叫ぶ。ディアとハル、二人が左右からジローニを追い越してデュラハンの背後に素早く移動する。
ガキン! ガキン! とハルが巨大な背中をハルバードで叩きつける。デュラハンが背後を振り返ろうとすると───
「こっちだァァ!」
ジローニの挑発にデュラハンは気を取られる。ハルはここぞとばかりにハルバードを叩きつけた。鎧が少しずつへこんできたようだ。
ディアはじっと時を待つ。あのハルバードはディアが持つことができない。ハルの手から離れると消えてしまうのだ。
(ハルに任せるしかない……)
*
「来いよ首無し! そんなもんか!」
ジローニは膝がガクガクと震えていることをわかっていた。しかし気迫が衰えることはない。
十一年だ。ジローニが片腕を失くしたまま、この島に飛ばされてきてそれほどの時が過ぎていった。最低限の食料品や生活用具を手に入れることさえ片手では苦労した。だが、ジローニを最も苦しめたのは衣食住ではない。
───孤独だった。
誰とも触れ合えず、誰とも話さない。そんな日々を十一年過ごした。苦しかった。人生を諦めて、死のうと思えばいつでもできた。だが、自分の言った教えがジローニを踏み止まらせた。
『なあ、アーク。冒険者にとって一番大事なことは何かわかるか?』
『今度はなんだよ、急に。そうだな、強さかな? いや、稼ぎか?』
『死なないことだ』
弟子にそう言ったからには、自分の教えを守らないわけにいかない。ただ、それだけがジローニの自我を支えていた。
その弟子が自分の仇をとるために、あの牛頭に挑んでそれを成し遂げたと聞いた。そして孫弟子が突然、この誰もいない島に現れた。
『ジローニ、俺はダンジョンを全て踏破してあんたをアークに会わせたい。いいか?』
アーク。たいして頭は良くないが、人の話に素直に耳を傾けられて、正義感の強いやつだった。
(お前を弟子にして良かったよ……)
なんの巡り合わせか、ただ生きているだけの人生に希望が灯った。やけに無愛想な子どもだが、人一倍優しい心を持ったやつだ。その孫弟子が七つのうち六つのダンジョンを踏破してくれた。だから、
(ここでくたばるわけには……)
「いかないんだよ! こっちだ! 来い!!!」
体力の限界を超えてなお、デュラハンの攻撃をその身に受けようとしたそのとき、ジローニの脳裏に声が響く。
『スキル【挑発】を獲得しました』
ジローニの鬼気迫る【挑発】が開花する。デュラハンはジローニから気を背けることができなくなった。
全く振り向かなくなったデュラハンに対して、ハルの攻撃はとどまることがなくなる。やがて、ついに鎧に小さな穴があいた。
「───よくやった」
駆けだしたディアの魔剣がその穴に突き刺さると、デュラハンのくぐもった叫び声がボス部屋に響き渡った。
「ジローニ、大丈夫か?」
ディアたちが駆けよると、尻を地につけたジローニはガクガク震えながら笑った。
「は、はは。歳をとると膝が言うことをきかないな。帰ったら毎日ウォーキングでもするか」
満足そうに、ジローニはそう強がった。
*