◆第十六話 ジローニの特訓
ダンジョン島の拠点の家。ディアが出て行ってから半年の月日が経っていた。ジローニが庭先で薪割りをしていたところ、遠くから接近してくる魔物の気配に気づいた。
「あれは、魔物か……?」
それは家に向かって走ってきていた。よく見ると、その背中には人が乗っているように見える。
「まさか、ディア……?」
薄紫の大きな豹に乗ったディアだった。家に着くと、ディアは豹から飛び降りた。
「ただいまジローニ」
「ついに帰ってきたか、おかえりディア。その豹は一体……?」
「これはハルだ」
ディアがそう言うと、大きな豹はググッと縮まり人型に変形する。その姿は以前とは違い、深紫色のサラサラとした髪の毛があり、肌は薄い紫色。目と鼻はないが、無かったはずの口ができていた。メイド服は相変わらずだ。
「ただいま戻りマシタ!」
「お、おう。おかえり。ずいぶん変わったな、ハル……」
ディアたちは二つのダンジョンを踏破して拠点の家に戻ってきたのだ。
「───え、レベル600倒したのかよ……」
「ああ、正攻法とは言えなかったけどな」
ジローニはお茶を飲みながら、テーブルの向かいに座るディアの話を聞いていた。
「ハルもそうだけど、お前もずいぶん変わったな」
「そうか?」
ディアは銀色の毛皮でできた外套を着て、腰には禍々しい瘴気を醸し出す細剣を吊っていた。そしてなりより、
(強い……)
あのミノタウロスのような、強者を前にしたときの雰囲気をジローニは感じ取っていた。
「それは魔剣か? ただならぬ瘴気を感じるが……」
「そうだ。龍のダンジョンでボスを倒したときにドロップした」
「へえ、魔剣とはすごいな。しかしまあ、二人ともたいしたもんだよ」
「ハルはブレスも吐けるようになったぞ」
「なに? ハル、あとで見せてくれよ!」
「はい、わかりマシタ!」
「しかし、よくそんな強敵を倒せたな。龍のダンジョンなんて最低でもレベル300だったんだろ?」
「ゴーレムのダンジョンで【収納】した大岩を落としたり、口の中で取り出して頭を破裂させたりして、正攻法で勝てたのは少なかったな」
「うわあ……」
ゴオオォォォ!!
「うおっ! すごいな! 翼も見せてくれよ!」
二人が外で騒がしくしている間、ディアは椅子に座ってジローニの淹れたお茶を飲みながら外を眺めていた。その日は久しぶりに風呂に入り、ゆっくり眠った。
翌朝、ディアはハルと木刀で稽古をしているときに思った。こうやって手合わせをしていると、ハルも強くなっているように思える。ディアはなんの気無しにハルを【鑑定】してみた。それは癖のようなものだった。
〈オリハルコンゴーレム レベル400〉
「え?」
以前、ハルはレベルが無かった。魔道具の扱いだったのだ。
「ハル、【収納】してみていいか?」
「はい、ドウゾ」
───できなかった。つまりハルは魔物か生き物かは別として、もう道具ではないことを示していた。
「ハル、何か変わったことはあるか?」
「さあ? 自分ではわかりマセン」
魔石をたくさん吸って【変形】を覚えたからだろうか。
「まあいいか、ハル。これからはもう【収納】できなくなった」
黒龍を倒した作戦は、ハルを【収納】に入れておいたから成功した。もうあの作戦は使えないということだ。ディアはそんなことを言いながらも、悪い気はしなかった。
「ジローニ、最後のダンジョンにはついて来てほしい。ダンジョンをクリアしたときに、いきなり元の場所に飛ばされる可能性がある」
「確かにそうだな。さすがに一人で置いていかれたら今度こそ孤独死する自信がある」
「もしそうなったら、またユニを探して必ず迎えに来る。まだギルバレにいるかわからないが」
「待ちきれるかなあ……」
何日かの休息のあと、ディアはジローニと最後のダンジョン攻略について話した。ジローニも戦闘力こそ落ちても経験のある冒険者だ。足を引っ張らないくらいにはついていける自信があるが、出発する前に体を慣らしておきたいとのことだ。
ディアが〈魔剣黒凪〉を手にしたことで、ジローニの愛剣は彼の手に戻っていた。その大剣を片手で振れるようにならないといけない。愛剣を腰に下げたジローニは、ディアたちと共に草原のダンジョンに向かった。いつもは罠や投石が中心の狩りだが、ヤギやイノシシの魔物と直接対峙する。
「っ……、やっぱ勘が鈍っているな」
久しぶりに大剣を握ったはずだが、意外にも振ることはできていた。右腕だけで生活していたので、筋力は落ちていなかったようだ。しかし、左手がない状態になってからほとんど戦ってきていない。以前は大剣を両手で振り、それ一本で攻撃と防御をこなしていたのだ。だから今、ジローニには片手での戦闘を身につける必要があった。
「これじゃまだ不安だな。ディア、すまないが一から鍛え直す時間をくれ」
それからは、ジローニの訓練にハルを同行させた。戦闘には参加せずに見ているだけにとどめさせているが、ジローニを絶対に死なせるなと命令してある。そんなある日、特訓から帰ってきたジローニをディアが呼び止めた。
「ジローニ、左腕を見せてくれ」
ジローニの左上腕部分はまだ残っている。そこに、草原のダンジョンで手に入れた革製品を改造して盾を取りつけた物を固定した。
「どうだ、キツいか?」
「これは……?」
「黄竜のドロップ品の盾だ。軽いし、龍のブレスも防いでくれる」
ジローニは腕に装着した盾を動かしてみる。
「おおっ、軽い!」
ベルトを工夫しているので、腕を振り回しても外れそうな気配はない。
「試してみよう」
ディアは木刀を二本取り出し、外に出て打ち合った。
「おお! コレはいい。左右のバランスが取れて安心感が段違いだ!」
「今度は盾のない方を中心に攻めるぞ」
カン! カン! 打ち合いが続いた。
「ディア、ありがとうな。俺はしばらく盾と剣の戦い方を特訓する」
その日からジローニの戦闘力は飛躍的に上がっていき、およそ一年が経った───
「ディアーっ戻ったぞ! コレ見てくれよ!」
ハルと一緒に戻ってきたジローニが、【収納】から酒の壺を取り出した。
「草原のダンジョンを踏破したんだ!」
「あの六本脚のボスを倒したのか? すごいじゃないか」
草原のダンジョンのボスは毛皮をまとった巨大な象だ。ディアは【集中】を使って仕留めたが、あれとまともに戦って倒したのなら相当なものだ。
「マスター、ジローニさんは本当に強くなりマシタヨ」
聞くと一人で倒したらしい。片腕しかないのに、そこまで強くなったのか。喜ばしい、という感情を持たないディアでも素直に感心した。
「じゃあ次は廃墟のダンジョンに行ってみるか?」
「あれは俺には相性が悪い。人間を斬っている気分になるからな」
ジローニは酒を一口飲んで言った。
「だから俺の特訓もここまでだ。ディア、待たせたな」
〈人間 レベル55〉