◆第十五話 龍のダンジョン 1
翌朝、ディアはハルにまたがって山頂を目指した。ハルが豹型に変形できるようになって、格段に移動速度が上がる。
「疲れていないか?」
「がうう!」
元気な声なので、大丈夫デス! と言っているのだろう。途中で休憩をはさみながら、日が暮れる前に目的地に着いた。
岩肌の目立つ山々の中に、不釣り合いな鳥居が建っている。
グギャア、ギギイと、鳴き声が聞こえる。見上げると大型の翼竜が飛んでいた。
〈ワイバーン レベル100〉
ダンジョンの外なのに魔物がいる。この島そのものがダンジョンだという可能性もなくはないが、それでもこんな自然の中にレベル100の魔物がいるとは。ディアは次も手強そうだと予感させられた。
鳥居をくぐるとギルバレと似た洞窟型のダンジョンだった。ただし、サイズが違う。壁に備えてある灯りが四方の岩肌を照らしており、天井まで十メートルほどありそうだった。
しばらく進むと洞窟は徐々に広がっていき、だだっ広い空間へと続いていた。そこにいたのは巨大な亀のような魔物だった。二十メートルほどだろうか。全身が黄金色であり、甲羅は鈍く光っている。ほとんど動いていないようだが、首がわずかに動き、ディアたちにギロリと視線を向けた。
〈黄竜 レベル300〉
「最初からこれか」
これまでのダンジョンと違って様子見の魔物がいない。いきなりレベル300だ。甲羅から見える手足も硬そうな鱗に包まれており、眼球くらいしか攻撃が通じそうにない。
「動きは遅そうだが……」
手足に大剣を叩きつけてみたところで、とてもダメージを与えられるとは思えなかった。亀のように引っ込めることもできるかもしれない。攻めあぐねていると、黄竜の背中にある空気孔のような穴から岩が吹っ飛んできた。咄嗟にかわすと、そのまま洞窟の壁を破壊していた。
「すごい威力だな。動きは遅いが硬い上に岩の攻撃か」
ディアは飛んでくる岩に注意を払いながら、黄竜に近づき眼球を狙った。しかし、黄竜は瞼を閉じてガキンッと大剣が音を立てる。
「瞼まで硬いのか」
反射神経も悪くなさそうだ。
「どうするか……」
ディアはしばらく考えてから、ハルに声をかけた。
「ハル、一瞬だけあれの口を開けられるか? 僅かな隙間でいい」
「やってミマス」
「行くぞ」
薄紫の豹が飛びだし、飛んでくる岩を華麗にかわしていく。その背後にディアがついていった。
「【収納】」
飛んでくる岩を避けずに手のひらから次々と吸い込んだ。人の頭くらいの大きさだ。このくらいなら反応できる。
ハルは黄竜に近づくと跳び上がり、空中で人型に変形すると両手を口に捩じ込んだ。そのまま片足を黄竜の顎にかけて、巨大な上顎を肩で担いだような姿勢になる。
「【集中】」
───止まった景色の中を駆けだしていく。黄竜の顎がゆっくりと閉じようとしていた。のんびりしていたらハルが潰されてしまうだろう。ディアはその開いた口の中に手を突っ込んで、【収納】から大岩を取り出した───
世界の時間が戻る。それと同時に、黄竜は口の中に突然現れた大岩によって頭部が破裂した。ディアの中に何かが吸収されていく。
「うまくいったな」
巨体を支える四本の足が大きな音を立てて崩れ、やがて全身が消えると転移水晶が現れた。
「やっぱり、いきなり階層ボスだったのか」
そこにはドロップ品が落ちていた。黄金色の大楯だ。しゃがめばディアがすっぽり隠れそうな大きさである。【鑑定】してみると〈黄竜の盾〉とでた。手に持ってみる。
「意外と軽いな。龍の鱗でできているのか?」
正攻法ではなかったが、ディアはレベル300の黄竜を無傷で倒したことになる。だが、【集中】を一回使った。このまま次の階層に行くこともできたが、ディアは外に出て一晩野営する選択をした。
次の日。ハルの毛皮に寄り添ったディアが目を覚ますと、早速二階層へと転移した。途端に、ムワッとした熱気が襲ってくる。ダンジョン内だというのに、何故か山頂である。次の階層、そこは火山の火口だった。
「寒暖が極端だな」
火口の中には赤く燃える液体。マグマの湖だ。落ちたらひとたまりもないだろう。そこから長い龍が現れた。
〈赤龍 レベル350〉
手足は見当たらない。赤いマグマの中から覗く上半身は燃える液体を身にまとわりつけて、顔面を覆う髭からしたたり落としている。ゆっくりとこちらを向いた赤龍が、大きな口を開けた。
ゴオオォォォ!!
いきなり炎のブレスだ。咄嗟に黄竜の盾を取り出した。身を屈めてやり過ごす。
「これも防いでくれるのか。すごい盾だな」
辺りの熱気は凄まじいが、ステルスベアの外套が体を冷やしてくれている。
(この外套、温度調節の機能が付いているのか?)
外ではずいぶん暖かいと思っていたが、この階層では外套のなかは冷えている。
(これはいいものを手に入れた)
「ハル。大丈夫か?」
「ハイ、平気デス」
ハルは炎のブレスが効かないらしい。布にしか見えないメイド服も焦げひとつない。オリハルコンとは耐熱に優れているのだろう。
(さあ、どうやって倒すか)
まず、近づくことができない。赤龍のまわりはマグマの湖だし、それでなくても近づいたら生身の体をもつディアは焼け爛れてしまうはずだ。
(黄竜のときのように、口に手を突っ込むわけにもいかないしな。ん? そういえば……)
黄竜の攻撃してきた岩を【収納】してあったはずだ。人の頭部ほどの大きさの岩を取り出し、狙いを定めて全力で投げると赤龍の顔面に当たった。
(投げれば届くが……)
続けて投げてみると、赤龍は口を開けて岩を噛み砕いた。
(全然ダメだな)
手持ちの岩を投げ尽くし、ゴーレムのダンジョンで手に入れた鉄やミスリルのインゴットなども投げてみる。全力で攻撃したつもりだが、全て赤龍は噛み砕いていた。
そして、ディアが最後に投げた壺を噛み砕いたとき、赤龍はうめき声をあげてその巨体を激しくくねらせた。
「マスター! 今のはなんデスカ?」
「〈ロードタランチュラの毒〉だ」
世界樹のダンジョン、四階層のボス〈アラクネ〉を倒したときにドロップしたものだ。
(レベル400の赤龍に少しでも通用すればと思ったが……)
赤龍はそのまま力を失い、マグマの湖に沈んでいった。やがて火口の淵に転移水晶とドロップ品の赤い魔石が現れる。
「死んだみたいだな」
黄竜にしてもこの赤龍にしても、正攻法ではとても倒せない相手だ。多少イカサマじみたやり方だったが、謀略と言えなくもない。おそらくこの〈龍のダンジョン〉は、各階層にとんでもなく高レベルのボスが待ち構えている。
(ここはまともに戦ってはダメだな……)
ダンジョンの外で一晩を過ごし、三階層に行ってみると今度は氷の世界が広がっていた。
「またこれか」
死の森での白銀の世界に比べて、今度はステルスベアの外套があるのでそこまで寒くはない。だが足元は凍っていた。
「ハル」
「ハイ!」
薄紫の豹に変形したハルにまたがる。前回のダンジョンで学んだことだ。
しばらく進むと目の前に凍った湖があった。ピシピシッとその中心部がヒビ割れて、巨大な魔物が顔を出した。白く凍った長いヒゲに、シカのようなツノ。そこに現れたのは白くて長い龍だった。
〈白龍 レベル400〉
ヒョオオオオオ! と、口から白いブレスを吐いてきた。咄嗟にハルが避けたが、おそらく直撃すれば凍ってしまう類の攻撃ではなかろうか。体が長いから背後に移動しても、振り向かれて簡単に射程圏内に入ってしまう。
「今度は正攻法で行くか。ハル、行くぞ」
「がう!」
左手に黄竜の盾を構え、右手で大剣を握る。氷の上をハルに乗って向かっていく。飛んでくる白いブレスを盾でいなすが、ハルの足が滑って推進力が失われた。氷の上ではブレスの勢いに負けてしまうのだ。
(これでは近づけないな……)
どうしたものかとディアが攻めあぐねていると───
ゴオオォォォ!
薄紫の豹が炎のブレスを吐いた。
(これは、赤龍のブレス?)
業火が直撃した白龍の動きが止まり、すかさずディアが白龍の首元に大剣を叩きつけた。
「ハル、ブレスを吐けるようになったのか?」
「ハイ、なんだかできマシタ!」
メイドに戻ったハルが答える。
これは助かる。ここにきて遠距離攻撃の手段ができた。昨日吸った赤龍の魔石が影響しているのだろう。
そして再び豹型となったハルがブレスを繰り返し、動きの弱まった白龍をディアが大剣で殴り続け、ようやく倒すことができた。湖のほとりに転移水晶が出てきて、その傍らには弓が落ちていた。
〈氷結の弓〉
矢が無かったが、引いてみると氷の矢がブンッと現れた。飛ばしてみると壁に突き刺さり、なかなかの威力だ。盾のように、【収納】から取り出したと同時に使うことはできないが、ブレスに続いての遠距離攻撃手段ができた。二人はダンジョンの外に出て、野営の支度を始める。
「ハル、さっきは助かった。すごいブレスだったな」
「ハイ、どうやら豹型のときだけ吐けるようデス。すぐに気づかずに申しわけありまセン」
人型のメイド姿のときにはブレスを吐けないらしいがそれでも充分だ。ディアも弓を手に入れた。さらなる強敵の出現が予感されるので、ディアは二日間を弓の練習にあてた。




