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ギルアバレーク戦記  作者: 推元理生
第一章
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◆第一話 うらぶれた男 1

 大陸中央部の辺境にあるダンジョンの街ギルバレ。荒くれ者の集まるこの街の冒険者ギルドで、今日も男は素材の換金をしていた。

「アークさんお待たせしました。大銅貨五枚です」

「おお、ありがとよ。ミルナ」

 アークと呼ばれた男は、換金のカウンターで受付嬢のミルナから金を受け取る。そのまま併設する酒場へと向かい、いつもの席でエールを注文した。この席はもう指定席みたいなもので、最近では他の冒険者は近寄ってくることもない。

「またあのおっさん昼間っから飲んでるよ」

「ああはなりたくないよな」

 若い冒険者たちは、そんなアークの姿を見て蔑んだ言葉を交わしていた。無精髭にボサボサの髪、そしてやる気のない目。誰が見ても『くすぶっている』とわかる冴えないおっさんである。

(ふ、事実オレみたいになったらおしまいだ)

 本人がそう思っているくらいだからアークはそんな噂話を気にすることもないのだが、この手の陰口を耳にするといつもミルナは表情を曇らせていた。

 ミルナが新人だった十年前、アークはギルド期待の若手だった。彼は師匠でもあり相棒でもあったジローニという冒険者と共に、ダンジョンの深層で次々と記録を更新して金貨を稼ぎまくっていたのだ。

 だが、ある日を境にアークはすっかり落ちぶれてしまった。それから彼はソロで浅い階層をまわり、その日稼いだ金で酒を飲むだけの生活になったのだ。

(オレもつまらない未練で冒険者を続けてはいるが、さすがにそろそろ潮時だろう)

 そんなことを考えながら、ぬるいエールをちびちびと飲んでいたとき。

「冒険者登録を頼む」

 ───カウンターの方からそんな声が聞こえた。

「え、あなたが?」

 ミルナの怪訝そうな声。アークはいつもなら新入りなど気にすることもないが、ふと目をやるとそこには十二才ほどに見える子どもが立っていた。青い髪で、使い古したローブをまとい背中には剣を背負っている。この辺りでは見ない顔なのでよそ者だろうと思われたが、アークはどうにもその子どもの目が気になった。

(なんだよ、あの死んだ目は……)

 アークはエールが半分ほど残っている樽のジョッキをテーブルに置き、立ち上がってカウンターへと歩いていった。

「あのね、冒険者に年齢制限はないけれどダンジョンはとても危険なところよ。あなたでは幼すぎて登録の受付はできないわ」

 ミルナは子どもの冒険者登録を断っていた。職員としては当然のことだろう。普通は早くても十五歳の成人を過ぎてからなるものだし、それでも毎年何人かの新人は死んでしまうのが冒険者だ。

「どうしたミルナ」

「アークさん、実はこの男の子が───」

 どうやら一緒にこの子どもを諌めてほしい。そんな意思をミルナから感じたアークは子どもに目を向ける。見たところマフラーで口元を隠しているが整った顔立ちだ。あまり見たことのない綺麗な青い髪で、背中の剣とは別にナイフを腰に差している。アークと視線を交わすその目は、全く感情が読みとれなかった。

「……坊主。冒険者は無理だけどよ、オレの荷物持ちだったら雇ってやってもいいぜ」

「わかった。それでいい」

 子どもは表情を変えずに答えた。

「アークさん!」

「まあまあ、ミルナ。ガキが稼ぎたくてこんな掃き溜めに来たんだからよ、少しくらいは面倒見てやるさ」

「……わかりました。ではアークさん、この子のことをお願いしますね」

 ミルナは諦めた表情でため息混じりに言った。

「ああ、わかった。坊主、名前は?」

「ディア」

「そうか、オレはアークだ。じゃあディア、明日の朝にまたここへ来るんだ」

「わかった」

 そう言って冒険者志望の子ども、ディアはギルドを出ていった。

「アークさん、どうしてあの子を雇ったんですか? 荷物持ちとはいえ危険ですよ」

「ミルナ、あの坊主が腰に差していたナイフを見たか? かなり使い込まれていたぜ。解体くらいはできるだろ。それに……」

「それに?」

「あの死んだ目だ。何があったか知らねえけど全く感情が感じられねえ。なんだか放っておけなくてよ」

 あの子どもが勝手にどこかで死ぬのは知ったことではないが、それでは多少寝覚めが悪い。その程度の気まぐれだった。


  *


 次の朝、アークが冒険者ギルドに着くとすでにディアは待っていた。

「よう、ちゃんと来たな。じゃあ、行くか」

 アークはディアを連れてダンジョンへと歩いていった。ギルドから十五分ほど歩いていくと草原に出る。そこに小高い丘と洞窟があって、そこがダンジョンの入り口だ。

「ディア、これやるよ」

 歩いていく道中、アークは大きめのリュックをディアに渡す。

「オレが昔使っていたやつだ。それで素材を運んでくれ」

「わかった。ありがとう」

(へえ、ちゃんと礼が言えるんだな)

 ディアは無表情ではあったが、意思疎通ができないわけではなかった。話しかければ返事もするし、こうして礼も言える。アークはなんとなくだが、育ちの良さのようなものを感じていた。

 だが、他人の過去は詮索しないのがギルバレでのルールだ。よそで罪を犯して流れてくる者も多いし、みんなどこかに傷を持っている。そこを根掘り葉掘り聞いてしまえば、追手と勘違いされて殺されても文句は言えない。アークが初めてここに流れ着いた頃に、そうジローニに教わったのだ。

(もしこいつがここでやっていけるようなら……)

 アークがジローニにそうしてもらったように、冒険者の生き方を教えてやってもいいな。と、そんなことが頭を掠めた。

 師匠に教わったことを誰かに残したいという思いが、彼のどこかにあったのかもしれない。アークがそんなことを考えながら草原の一本道を歩いていくと、ダンジョンの検問所が見えてきた。

「あそこがダンジョンの入り口だ。中に入るには職員に冒険者カードを見せるんだよ」

「俺は持っていないがいいのか?」

「荷物持ちは連れていっていい決まりだ」

 ディアに簡単な説明をして、二人は検問所を抜ける。ギルバレダンジョンの入り口は大きな洞窟だ。中に入るとすぐに、台座に乗った水晶玉が置いてある。

「これは転移水晶だ。俺に触れてくれ」

 ディアがアークの腰あたりを触る。アークは水晶玉に手を乗せ、頭の中に各階層のイメージが湧きでてきたところで一階層へ意識を向ける。すると、まわりの景色が変わって二人は草原の中に立っていた。

「これが転移だ。ダンジョンは初めてか?」

「ああ、すごいな」

 ディアはそう言うが、特に驚いたような顔はしていない。普通、初めての転移は狼狽えるものだ。

「まずは簡単に説明するからよ。ダンジョンってのは───」

 アークはディアに説明を始めた。広大な草原には日が差していて、遠くには岩山や森林が見える。つまり、洞窟の外とは別世界になるのだ。ダンジョンの仕組みは誰にもわからない。昔からそういうものなのだから。

 また、一度行った階層には水晶で転移できるようになる。それを『印を付ける』といい、印を付けた者に触れていれば他の者も一緒に転移できる仕組みだ。

 ダンジョンの中に行くと『魔物』がいる。外にいる動物と姿形が似ているのもいるが、下に行くほど強く危険な魔物が増えてくる。そんな魔物を狩るのが冒険者だ。全ての魔物には心臓の中に『魔石』が入っている。それがこの世界の資源であり、灯りや動力を担っているのだ。それと魔物の素材。肉や皮などを持ち帰って金に換える。それらが冒険者の稼ぎになるのだ。

「あとはそうだな、人間がダンジョンの中で死んだら吸収されちまう」

「吸収?」

 そう。ダンジョンは死体を吸収する。仲間がいれば死体を持ち帰ることもあるが、基本的にダンジョンで死んだらそのまま地面に消えてしまうのだ。身につけている装備や金まで一緒に吸収されてしまうので、仲間が死んだら貴重品は外して持ち帰るのが一般的だ。

「それだと他の冒険者に襲われないか?」

「いや、ダンジョンは自分たち以外の冒険者とは会わねえようになっている。たとえ直後に転移しても鉢合わせることがねえんだ」

「そうか。不思議だな」

「そういうもんだから何とも思わねえけどな。ま、この一階層で死ぬことはほとんどねえから心配すんな。さあ、行くぞ」

 ダンジョンについての簡単な説明が終わり、二人は狩場へと足を進めた。

「このあたりはツノウサギが出てくるからよ。オレが投石で仕留めるから素材を回収してくれ。あと解体はやったことあるか?」

「わかった。動物の解体ならできる」

 どうやら見立て通り、解体くらいはできるようだ。

さっそく森に近い狩場まで行くと、一匹のツノウサギが現れた。この魔物は外にいるような普通のウサギと違って中型犬ほどの大きさで動きも速い。近づけばすぐに逃げられるし、一度敵対すれば遠くから鋭いツノで攻撃してくる。見つけたら弓矢か投石で仕留めるのが定石だ。アークは手頃な石を掴んで狙いを定めた───

「うん、当たったな。じゃあ頼むぜ」

「わかった」

 ディアが動かなくなったツノウサギにとどめを刺してナイフで解体していった。

(へえ、慣れてんな……)

 魔物とはいえ、生命を奪うのだ。子どものディアには抵抗があるかと思ったが、どうやら心配ないようだ。

「アーク、魔物には血液がないのか?」

「ああ、言っていなかったな。そうだ、ここの魔物は動物と違って血が流れていねえ」

「それでどうやって生きているんだ?」

「さあ? 虫みたいなもんじゃねえのか」

「そうか」

 素っ気なく返事をしたディアは、解体した素材をリュックにしまった。

(言われてみりゃ考えたこともなかったな)

 血抜きをしなくていいし、そのまま素材を持って帰れるから便利だとしか思っていなかった。


 アークは次の獲物を探した。今日から荷物持ちがいるから、せめてあと二、三匹は仕留めておきたい。そう思っていたが───

「今日は獲物が少ねえな……」

 たまにこういう日がある。二階層に行けばまた違うのだが、今日はたいした装備を持ってきていない。ディアがいるので、最初から安全な一階層で狩るつもりで来ているのだ。

「アーク、あっちの岩山の向こうに獲物の群れがいる」

 ディアがそんなことを言い始めた。

「は? なんでお前わかるんだよ」

「いくつかウサギと同じ気配がする」

 岩山なんて生き物がいるとは思えなかったが、ここにいても仕方がないから半信半疑で向かってみる。すると、そこには巣穴らしき大きめの穴が見つかった。

(こんなところに巣穴? 長年ここにいるオレも知らなかったぜ……)

「あそこにいっぱいいる」

「ほんとにわかるんだな……」

 巣穴の周辺に三匹のツノウサギがいた。アークはさっそく投石で一匹を仕留め、残りの二匹は巣穴の中に逃げていった。

「まだいけるな!」

 アークは巣穴の前に立ち、短剣を構えた。目論見通り、穴からツノウサギが飛びだしてくる。素早い魔物だが、来るとわかっていれば直接仕留めるくらいは簡単だ。今日は大漁だな。そんな浮かれたことを考えていたら───

「グオオオオオ!」

 穴の中から突然の咆哮。出てきたのはクマの成体ほどはあろうか、巨大な黒いツノウサギだった。

「な、なんだよこいつは……」

 普通は額に一本しかないツノが三本も生えている。アークも見たことのないレアモンスターだった。その太い脚を縮めたかと思った次の瞬間───

(やべえ!)

 アークは横に飛んでいた。

(あのでかい図体でなんという素早さだ)

 一瞬で飛んできたのを間一髪で避けたが、アークにはほとんど攻撃が見えなかった。

(武器も心許ねえ……)

「ディア! こいつはやべえ、逃げろ!」

 そう叫んだアークに、脚を縮めた黒ウサギがまたしても跳んでくる。

(くそッ、間に合わねえ!)

 呆気ねえ最期だ。そんな言葉が脳裏に浮かんだアークは、つい目を閉じる───

 しかし、黒ウサギのツノがアークに突き刺さることはなかった。そっと目を開けると、そこに見えたのは黒ウサギのツノを両手で掴んでいるディアの後ろ姿だった。

「え、ディア?」

(さっきまで遠くにいたのに……)

 そしてディアは小さい体で黒ウサギの長いツノを掴んだまま、その巨体を岩山にブン投げた。

「へ?」

 バチンッ! と音をたて、黒ウサギが壁面に叩きつけられる。ズルッと地面に落ちて動かない黒ウサギは、絶命したのが一目でわかった。

「勝手に仕留めたけど良かったか?」

 そう言って振り向いたディアは、無表情のまま青い髪を風に揺らしていた。


  *



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