◆第十三話 ギルバレ兵士団
数日前。
「アーク、こやつが斥候のライアンじゃ」
「ライアンでやす。アークさん、よろしくお願いしやす」
アークはライアンという斥候をジッと見た。地味で印象の薄い男。一見、そこら辺にいる中年に見えるが……
「ただの斥候じゃねえな、暗殺者か?」
「ほっほっほ、腕を上げたの、アーク」
「で、この暗殺者がどうしたんだ?」
「このライアンと組んでエンパイアから人を一人さらってきてほしい」
「なんだそれ?」
「ライアンは元暗殺者じゃ。今は情報収集の仕事をしておる。必要があれば殺すがの」
「忍び込むのが得意ってわけか。それでどんなのをさらってくればいいんだ?」
「理不尽に囚われておる魔道具師じゃ。ちょっと変わった天才だが、王に目をつけられて地下牢行きじゃ」
「ひでえ王様だな」
「その魔道具師は必ずギルバレの役に立ってくれるはずじゃ。そやつの名前は───」
*
「───あんたがミドリか」
「はい! ワタシがミドリです! この度は助け出していただきありがとうございました!」
アークはライアンが救出したミドリと馬車の中で顔合わせした。もうすでに王都は脱出している。
「囚われていたわりに元気だな」
「はい! 昨日までは死にそうでしたが、また魔道具研究ができるなんて! しかもこの手紙によると好きなだけ素材も使っていいとは! 天国!」
黒髪に、眼鏡をかけて白衣を着たミドリは目を見開いて答える。その大きな眼にはすでに禍々しい研究欲の瘴気が滲みでていた。
「美人だと思うんだけど、なんか女だって気がしねえな……」
「俺もだ、何故か魅力を感じねえ……」
若い冒険者たちは一歩引いていた。
冒険者ギルドの会議室。ギルバレに戻ったアークは、エンパイア王国での出来事をノーグに報告していた。
「───なんと! じゃあ王女の協力が取りつけられたと言うのか」
「ああ、オレもミドリの名前が出たときは内心ビックリしたぜ」
「王女にどれだけの力があるかわからんが、それなら貴族にケンカを売らなくても良かったかもしれんのう」
「おせーよ。まあまあ煽っちまったぜ。ただ、あのヒューガーってやつはわかんねえな。頭が固そうだったけど、根性はありそうだったな」
ノーグの狙いは、アークが貴族に嫌われるように振る舞い、うまく恥をかかせる。そして貴族がアークに暗殺や襲撃者を派遣して、それを返り討ちにしたのちにエンパイア王国に落とし前を要求する。当初はそんなイメージだった。それで人材を何人か借りられないかと思ったのだ。
「まずは必要な人材をリストアップじゃの」
「そうだな───」
ドバンッ!
突然、会議室のドアが乱暴に開いた。
「ノーグ、ここにいたか。来たぞ」
そこには赤髪に黒い眼帯、上はタンクトップで下は迷彩ズボン。筋肉質で身長など色々と大きな女が立っていた。
「おお……ヤスコ。早かったのう」
ノーグの顔は心なしか青ざめていた。
*
「集まったか、お前ら」
アークは郊外の平原でおよそ二百人の兵士希望者を前にしていた。ほとんどが街のゴロツキで、冒険者崩れが何人か。女も十人くらいいる。
「紹介する! こちらはノーグの元パーティメンバーでヤスコ団長だ!」
───え、女? デカくね?
───あれが団長?
そこには筋肉質で百九十センチはあろうかとおぼしき赤髪の女が立っていた。
「静かに! ヤスコ団長は傭兵ギルドのギルドマスターも務めた凄腕の軍人で、戦いのプロだ。お前たち兵士団のためにわざわざこのギルバレに来てもらった! お前たちを鍛えるためだ!」
───あの女が俺たちを鍛える?
───アークじゃないのか?
「オレは外から人材を連れてくる交渉をしている! 先日、エンパイア王女との協力も取りつけた! 街を立て直すためだ!」
───おお、さすがアークだぜ!
「もし、この街に敵が攻めて来たら守るのはお前たちだ。今一度思い出してほしい! お前たちがこの街を守るんだと誓った日を!」
───おう!
「それではヤスコ、頼む」
ヤスコは二百人を見渡した。
「産まれたての子豚しかいないな」
───なんだと?
「今から私がお前たちを子豚から人間に鍛えてやる。だが、今なら帰ってもいい。家に帰っておっぱいしゃぶってろ」
───ふざけんな!
───やってやるよ!
「誰も出て行かないのか? じゃあ私は今からお前たちの上官だ。今日、お前たち子豚に私が教えてやるのは【返事】だ」
*
十人ずつに分かれた二十個の小隊。それぞれの隊が顔を腫らして血を流しながら広場を走っている。
「次。六班、返事」
───イエス、マム!
団員の腹を蹴り上げるヤスコ。
「ダメだ、もう一周」 十人が走りだす。
「団長……もう走れま……、グアっ」倒れた団員を蹴っ飛ばす。
「誰が喋っていいと言った。お前たちが口にできるのは返事と豚の鳴き声だけだ」
初日の挨拶の後、ヤスコはナメた態度の団員をひたすらに殴った。お前らは豚だ。人の言葉を口にする資格はないと。
「さあ、全員でかかってこい」ヤスコは結局、大半の団員を半殺しにした。
「アークはお前らのことを根性があるって言っていたけど、あいつも見る目がないな。英雄だって言うから期待していたのにな」
「ア、アークを……バカに、する、な」
「じゃあ立て。この根性無しが」
ヤスコは初日でどれくらいいなくなるのかと思ったが、次の日に訓練場に行ってみると兵士団は全員揃っていた。
(へえ、やるじゃないか。アーク)
結局、ヤスコは団員に【返事】を叩き込むのに三日かかった。
「【整列】」
───イエス、マム!
「ダメだ。トシオが遅れた、もう一周」
十人は全て連帯責任だった。一人の返事が遅れたらもう一周。整列が一人ずれたらもう一周。体力のない者は他の九人に申しわけなくて泣きながら走った。そんな日が続いていくが、脱落者はまだいなかった。ある日の朝礼にて、ヤスコが言った。
「今日からお前ら子豚共にご褒美をやろう。同じ班の仲間が倒れたら手助けを許可する」
───おおおおお!
───嗚呼ああ!
その言葉に団員たちは歓喜した。同じ班の体力のない者を助けてもいい、たったそれだけのことに涙が止まらなかった。それは彼らが生まれて初めて経験する【連帯感】というものだった。
「お前たちは一人も脱落することなく【返事】【集合】【整列】を覚えた!」
───イエス、マム!
「今日で基礎訓練は終わりだ! 明日からは戦闘訓練を行う! お前たちはもう豚じゃない!」
───アイ、アイサー!
「これから鋼の肉体と精神を養うべく、訓練を重ねる戦士だ!」
───アイ、アイサー!
「お前たちはやれる! 復唱!」
───俺たちはやれる!
「お前たちは最高だ!」
───俺たちは最高だ!
「お前たちは英雄だ!」
───俺たちは英雄だあああ!
団員は全員号泣していた。
「ヤスコや、あの洗脳みたいな訓練まだやっているのかのう?」
ギルドの応接室でノーグがヤスコに尋ねた。
「ああ、あれが一番効くからな」