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ReTake2222回目の安田悠太という世界線  作者: 平瀬川神木
第11章 宿命への収束
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第57話 第2節 黒田美咲という存在

「しばらくの間、主治は神波先生。救命出た後はおそらく整形領域になるのかな?整形、形成、眼科、脳外、口腔外科、精神科でのチームになります。よろしくお願いします」

 2時間後には救命の主任医師を中心にしたカンファレンスが開催された。「眼科優先で形成外科が共同で顔面のオペを実施。その後整形による左脚義足化。ここまで48時間。脳外と精神科は落ち着いてからの検査。口腔外科はまだ先ですが。120時間以内ってところで、いかがですか?」

「整形の五十嵐です。義足化の前に保持オペをさせていただきたい。まだお若いし。自分の脚の方が良いでしょう」

「いやいや、無理でしょ?膝と足が肉片挟んで直結されてますよ?膝下脛部の骨だって現場に転がっているでしょうし」

「救急隊の方が結構回収してくれているんですよ。それでも粉砕状態なのでチタン挟んでどうかワンチャンス」

「どう思われますか?」

「精神科からすればお若いので今後を踏まえれば当然そうしていただきたいですね」

「眼科優先は譲れませんよ?これ手順違えたら全盲ですよ?」

「形成としては眼科さんのサポート、主治の神波先生にはご家族から事故前の写真を何枚か頂いて欲しいです。顔がわからないと作りようがない」

「今流行りの、ほら、あのバンドのボーカルの顔とかで良いんじゃない?少しは事故で良い事ないと」

「ははは、好みってありますからね」


ガタッ ―― 美咲が席を立った。


「どうしました?」

「すみません、緊急の呼び出しです」美咲はスマホを見せて部屋を出た。


 鬼のような形相をした美咲は、喫煙室の中に一つだけ置いてあるコピー用紙の段ボール箱を思いっきり蹴った。一度大きく息を吸い、そして大きく吐いた。顔を天井に向けて、再度大きく深呼吸をした。

 パッと顔を正面に向けると、先程までの形相からいつものクールな美人の美咲に戻っていた。

 美咲が聞いた伝説によると、ある研修医が精神安定のために、コピー用紙が入った段ボールをこの部屋に置いたらしい。ボロボロになると、その遺志を受け継ぐ者がそっと交換しているそうだ。

 その話を思い出し、ちょっと微笑んだ美咲は白衣をめくり、ズボンのポケットから煙草を取り出して一本口にくわえた。ジッポーのオイルライターで火をつけて呟いた。「……自分が蹴る日が来るとはね」


 ――ガチャ

 喫煙室のドアが開いた。美咲が顔を向けるとそこには真理雄がいた。

「美咲ちゃん……」先程まで、平然とした顔でカンファレンスに参加していた真理雄の瞳から、ブワッと涙が溢れだした。

 美咲は煙草の煙を吐きながら呟いた。「まぁ、そうなるわよね」美咲の頬にも、一筋だけ涙が流れた。

 

 生命維持は早い段階でクリアしたが、肉体のダメージは計り知れなく、特に顔面が上中下と三段に分割され、眼球まで飛び出すくらいの衝撃を受けた頭部への影響は大きかった。眼球をあるべき場所に保持させるため、顔中に鋲を打ち、ワイヤーで顔を固定した。そのため口が開けず呼吸もできないので、首喉下に管を通して呼吸をさせ、顔から管を6本出して栄養補給をしたり余った体液を抜いていた。

 家族が持ってきた写真をもとに、見事に再生され腫れが引いた悠太の顔を見た時に、美咲は心底ホっとした。形成の結果に関してだけは、この病院に担ぎ込まれて本当に良かった。形成の落合先生には、適当な理由をこじつけて焼肉でもお寿司でも奢ろうと誓うほどだった。


 その後10回以上のオペの結果として、2か月後には口を開く訓練が始まり、しゃべる事も徐々に出来るようになってきた。が、ここで問題は把握された。

 これまでは限定的な筆談であったが、しゃべる事が可能になり、悠太は自分を悠太だと認識できておらず、自分の記憶を喪失している事が判明した。


 頭部外傷による一時記憶喪失は、非常に一般的であるが、事故から2か月以上経過した段階で、全く覚えていないというのは数少ない。

 それでも多くは、その後1年以内には記憶を取り戻すが、ごく稀に取り戻せない患者もいる。

 職業柄、たくさんのケースに関わっていた美咲と真理雄は、肉体の事よりも、精神、脳神経ダメージの問題に注視していた。外から見えるわかりやすい手脚切断などの問題より、精神や神経といった、外部からわかりにくい問題の方が、患者を取り巻く環境には大きな影響を及ぼす事を知っていたからだ。


 そんな中、医療保険の制度上、同じ病院で3か月を超える入院となった場合に、単価が減額される事に対する対応を求められたため、美咲は医長に牙をむいた。

 

 記憶喪失の問題が解決するまでは、退院をしない方が絶対に良い。しかし初めから精神疾患での入院であれば保険単価の話もまた別だが、交通事故の整形外科的外傷が悠太の主疾患となる状況であるため、近いうちに救命救急の医師から、整形外科の医師へ主治医が変更される。

 一般病棟へ移れば当然単価の問題から、退院についての話が病院から出る。これをどうにかしなければ……一般病棟に移る前に、現在の主治医である真理雄と美咲、家族とのカンファレンスを行う事となった。


 カンファ日であっても、朝から朝まで運び込まれて来る患者の対応をする。カンファ前に売店で買ったサンドイッチを口に詰め込みながら、昨夜からのカルテを作成していた。

「黒田先生」真理雄が声をかけてきた。

「ああ、神波先生。お疲れ様」

「今日の悠太君のカンファ、大丈夫?」

「なに?大丈夫って?」

「いや、美咲ちゃん……黒田先生、この2か月ほとんど帰ってないでしょ?」

「ああ、仕事溜まっていたからね」

「違うでしょ。完全に状況に絡めとられてるよ」

「ヤダ、誰に向かって言ってるの?そんな訳ないでしょ」

「その発言自体だよ。自分の精神状態の状況認識ができていないよ。その状態で家族に会って……問題ない?」

「……ちゃんと医者やるわよ」美咲は目線をパソコンの画面に戻した。


大切なお時間を割いていただきありがとうございました。わかりにくいところやご意見ご感想などいただければ幸いです。

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