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ReTake2222回目の安田悠太という世界線  作者: 平瀬川神木
第11章 宿命への収束
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第56話 第1節 それが宿命

「私が働くこの場所は日本最高峰医療機関です。敬愛する先生方は、給付と医療エビデンスを同じ土俵に上げるはずがないと思っております。日本最高の医療が必要ではない患者には、期間など関係なくベッドを開けてもらうべきですし、日本最高の医療が必要である患者には、期間など関係なくベッドを使わせるべきです。私が属していた応慶やら3流大学付属じゃあるまいし。私の勉強不足からくる認知錯誤とは思いますが、この日本最高の国立大付属で行われているカンファにおいて、給付を起点にしたご提案が起こるなんて、ありえない事であるとの前提を持ちつつ、私の誤認であることの確認をしたく存じます」

 

 20人以上の医師が会議室に集まっている中で、医長から「3か月を超えた段階での転院を」などという発言があったので、1グラムでもそのような心配をあの病室に持ち込ませない為、できうる事をしておく必要があった。


 30歳でやっと独り歩きを始めた程度で外様の、しかも女医が。

 

 彼女は良くも悪くも言葉は少ない。それが彼女の化粧に対する事であったとしても、指導された事に対して反論や文句を言った事はない。無茶苦茶な嫌がらせとしか思えない要求だったとしても、人間ができる事であれば、彼女の能力でできない訳がないと自負している。言われた事は、相手が望む半分の時間で完遂させる。それが理由で要求が増えていく事もあるが、その場合でさえ、彼女は相手の要求の半分の時間で完遂させる。ひと言の文句や反論もせずに。


 だから医長や先輩医師は目を丸くしている。「静かで良い子のお嬢ちゃん」が、突然牙をむいて吠え始めたからだ。

 

 彼女の指導医である上村主任医師が割って入った。「とにかくこの患者は私が指導医として監督している黒田先生が、私と相談しながら日本最高峰大学の学部付属としての医療提供をですね、共にしていこうと。前提としての3か月ではなく、高度医療の必要性に応じた最高学府としての高い意識を忘れる事なきよう、基本中の基本をですね、今後も指導しながら進めていく所存でございます」笑いたくなる意味のない日本語である。

「しっかり指導していきたまえ」的な発言が、あちらこちらから出ていた。


 今回の彼女の発言は、彼女が手に入れたい結果に最も近いかと言われれば、悪手ではないものの、感情も絡んだ手ではないか?と、咎められる毛色はある。でも更にその先の事も踏まえての手であるともいえるので、まあ問題ないだろう。と彼女は自分自身の行動をアセスメントしていた。ただの交通事故患者として、このまま流させる訳にはいかない。

 

 彼女は国東大学救命センターに勤める医師だ。結果的に救命医として現場にいる。救命医になる等とは、考えもしなかったが。


 2か月ほど前、夜間の勤務を終えた美咲は、ナースステーションの片隅にあるパソコンでカルテ作成をしていた。大学院に籍を置く研修医から、専攻医となり、専門医となって間もない。さらに国立大学付属医療機関において、私立大学出身の外様は扱いが甚だ酷い。一般社会に比べれば、男尊女卑の傾向も50年前のレベルだ。

 訳あって選んだ選択だったが、ちょっとした反骨心から選んだ道は正しかったのか?やや自信を失いかけてもいる。

 

 ―― ビビービビー 交通事故 レベル三次救急 JCS300RA 左足開放粉砕 顔面開放粉砕 眼球露出

「うわぁ~……帰れないんじゃないの?……」かなり大きな事故であろう患者の、緊急受け入れ要請の受諾放送を聞いた美咲は思った。

 パソコンでスケジュールを確認すると、今日の勤務メンバーに神波真理雄の名前を見つけた。美咲はパソコンにロックをかけて席を立た。


 三次救命の処置室はベッドが20以上入る大きな部屋だ。このチームが受け持つ患者は、そのすべてが常に医師の継続監視下に置く必要がある状態である。よって通常の入院患者のように、自分の病室を起点にCTやMRIなどの検査室やオペ室に行ったり、医師や看護師が処置をしに来るという概念ではなく、24時間処置が続けられている為、医師の診察処置室内で、複数人の患者が生活している感覚だ。


 美咲は1時間ほど前までいた処置室に戻ると、真理雄を見つけて声をかけた。

「どうする?」

「ああ、なんか嫌な予感するから」真理雄は患者の受け入れ準備をしながら、顔だけこちらに向けて答えた。

「了解」

 少ない言葉で意思疎通を図った美咲は、今日は家に帰れないことを覚悟して、真理雄が進めている準備を逆の手順から追った。真理雄はまだ専攻医だが、能力が高く政治力にも長けており、ストレートでこの国立大学内を進んできたいわばエリート中のエリートだ。救命などで人生を潰してはいかんだろうと美咲は思っている。真理雄が暮らす妻の実家がある海の町と、美咲が生まれ育った海の町が、すぐ隣である事が判明し、お互いの関わりが高校時代にあった事を知って以来、親近感を持っている。


 ――ガシャン


 三次救急の出入り口が派手に押し開かれる音がした。ガラガラとストレッチャーが押される音と、それを押す複数人の声が聞こえる。初めのうちは、毎回「緊迫感」を感じていたが、最近ではこの音にも状況の緊迫度の違いが表れている事を知っている。

 美咲はちらっと真理雄を見て言った。「ヤバいやつね」真理雄はうなずいた。

「神波先生、メインはあなたで。黒田先生バックアップ」と奥から主任医師の声が飛んできた。

「了解」二人は大きな声で返事をした。どんな世界でも、言った言わないを防ぐため、意思伝達と受任表明は重要だ。


 処置室に救急隊がストレッチャーを押して入ってきた。救急隊はすでに状況報告を始めている。美咲は右手に持っていた喉頭鏡という「鎌」のような形の器具を落とした。


「名前は安田悠太、男性、交通事故、患者は自転車に……」それ以降の報告が美咲の耳には入ってこなくなった。顔面が陥没して、あごが脱落し、右眼球が飛び出しているが、この肉体は、まぎれもなく、真理雄の親友であり、美咲の心を長い時間「独占」してきたあの悠太である。

 真理雄の顔が一瞬変わり、すぐに戻った。美咲は表情が変わったまま、呆然と立ち尽くした。

「黒田先生!!」真理雄が怒鳴るように言った。美咲は我に戻った。その場にいた全員は、この患者の生命と人生を本来あるべきレールの近くまで押し戻す作業を開始した。


大切なお時間を割いていただきありがとうございました。わかりにくいところやご意見ご感想などいただければ幸いです。

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