第53話 第1節 セックスが上手いとは?僕は練習を欠かさないけど
僕がバカ……大バカをしたせいで、台無しにしてしまった新婚旅行。
こう子さんは許してくれて、その後も優しくしてくれたけれど、本当に意識を変えないと絶対失くしたくないものを失くす結果になってしまう。それには気が付いている。
詳細ではないけれど、すごくざっくりと今回の僕の大バカを真理雄に伝えると、一言返信が来た。
「響子コーチを信じろ」
しばらくの間この言葉は僕のお守りだ。おかしくなりかけた時にはこの呪文を唱えよう。中学生の時にも「今だけの彼氏」って呪文を教えてもらったもんなぁ。
そうだよ。僕が今だけの夫にならないために、僕は全力で自分を改善しなきゃ。
そして僕の力不足で改善できない時には、こう子さんを信じてコーチングしてもらおう。そう心に誓った。
こう子さんはアルバイトでも探そうか、それともせっかく留学してスポーツリハビリを学んできたのだから、アスリートが通うようなジムに見学に行こうか悩んでいた。
高給取りではないけれど、家賃がかからないので僕の給料でも貧乏生活は続けられる。
こう子さんのいざという時には、お父さんやお母さんがいるから、生活に心配はしていない。甘ったれてるなぁ。
ある夜、夕飯を食べている時に、こう子さんが食後折り入って相談したい事があると言った。こう子さんはデザートのシュークリームを食べた後、座りなおして両手を机の上に置いた。
「あのね、プロ野球の球団と契約をして、選手が怪我をした時に、リハビリメニューを組んだり、実際にリハビリを提供する団体があるのね。昔の知り合いから連絡があって、籍を置いてみないかって言われたの。あ、その知り合いは女性ね。で、その団体の部長さんと会ってみようかな?って思っているんだけど」
「うん、昔の知り合いは女性って、ごめんね、気を使わせて。こう子さんのキャリアにつながりそうな話だね。でも折り入った相談って話でもないような気がするけれど」
「え~とね、実はその部長さんというのが、古岡さん、覚えてる?」
「もちろん。主任コーチの」
「その古岡さんの学生時代の先輩なんだって。どうやら古岡さんから私の話を聞いて、それで連絡が回ってきたようなんだけど。でね、その部長さんが久しぶりに古岡さんとも話がしたいってなって、スイミングクラブで話をしないか?って事になってるの」
「うん」
「で、ですよ。スイミングクラブには、まだモモさんがね、いるの。だから悠太が嫌だったら別日別場所にしてもらう。変な意味じゃなくってね、古岡さんも元気かな?とか、モモさんも元気かな?って思うし、モモさんにはね、悠太と結婚した事を自分の口で伝えたいのよね」
「僕も変な意味じゃなくって、どうしてモモさんに僕と結婚した事を伝えたいの?」
「え~とね、勇気出すね。モモさんってね、本当に良い人だったのよね。私がバカでダメにしちゃったんだけど。付き合っている時にね、悠太君という高校生の猛アタックを受けていたので、色々アドバイスをもらってたの。三橋は突き放せの一点張りだったんだけど、モモさんはそうではなくって、その高校生の事を第一に考えて、ちゃんと向き合わないとダメだって言ってくれていたのよ。だからね、成就したよって伝えたいってとこかしら」
「成就したのは僕の想いでしょ?響子コーチじゃなくって」
「それがね、モモさんに何回か言われたの。多分響ちゃんも、あ、私の事そう呼んでいたんだけど、私も悠太君の事が気になっているのではないか?そうでなければ悩まないはずだよって。私がコーチで悠太君が高校生の生徒だから、自分の気持ちを無しに矯正しているだけじゃないのかなって。だからね、私の想いの成就でもあるの」
「まずキスしてください」
僕はこう子さんにお願いをした。こう子さんは席を立って、僕の隣に座って、柔らかい、温かいキスを5分してくれた。
「僕が今、心にある事を正直に言うね。百瀬コーチを超える事はできないかもなって気持ち。完敗な気持ち。こう子さんは百瀬コーチといた方が……」こう子さんが遮った。
「そんなんじゃないって。私は悠太と一緒にいるの、とっても幸せよ」
「ごめん、そうじゃなくってちゃんと言わせて。百瀬コーチといた方が、こう子さんは幸せになったかもしれないって気持ちがある。でも、そうじゃない今があるから、百瀬コーチとは違う形でこう子さんを幸せにできるように努力しようって思った。恥ずかしいけれど、こう子さんのその声で、エッチしている時にモモさんって言ったのかなとか、百瀬コーチが響ちゃんって言ったのかなっていう、バカな嫉妬心。三橋さんの下でどんなふうに腰を振っていたのかなっていう、もっとバカな嫉妬心。古岡コーチとは何もなかったんだろうなぁという最高にバカな猜疑心。あとどうして百瀬コーチと別れたのかなっていう、変な好奇心。ぐるっと回って、こう子さんのキャリアを生かせるのだから、話は聞いてみるべきだという気持ち。そこに百瀬コーチがいるとしても、嫌な気持ちは全然しないという気持ち。三橋さんなら多分嫌だって思った気持ち。こんな感じ。それと、こんなバカをこう子さんに話した事で、なんか楽になった気持ちかな」
「うん、ありがとう。このありがとうは、正直な気持ちを話してくれた事に対してね。モモさんとはね、恥ずかしいんだけどセックスが不満だった。義足だからとかじゃなくって、彼は淡白でね、精神的な付き合いを大事にする人だったの。だから付き合ってても月1回か、2回って人だったから、私が浮気したの。それがバレたけれどまったく責めてこなくって。自分がひどく汚い女に思えてきて、それで別れたの。古岡さんとは何もないよ。妻子持ちに手を出したことは無い。自慢げに言う事でもないけれど。答えられたかしら?」
「浮気相手って……」
「ごめん。三橋とライフセーバーの副隊長の押尾さん」
「副隊長カッコ良かったもんなぁ……」
「ごめんなさい」
「いや僕に謝らないでよ……もうひとついい?」
「うんどうぞ」
「三橋さんとは、身体の相性が良かったの?」
「それねぇ。えっと、恥ずかしいなぁ。悠太とセックスをしていると、気が付いているんだろうなって思っているんだけれど、私は気が強くってこういう性格なんですが。え~と、恥ずかしいなぁ。こういう性格だから、私に言い寄ってくる男性はヤサオというか気弱な人が多いのね。でも私、力で押さえつけられるような感じも、その、嫌いじゃないというか……」
「むしろ好きですよね?中学生の僕に言葉でもハッキリ言ってるよ?自分より強い男が好きだって」
「ははは、失礼しました。まあ、そうなのかな。三橋は強いというか利己的で独善的だったから、人生を共にするのは嫌だったんだけど、ホント、ホント時々そうなると言いますか、ヤルだけならと言いますか、まあ都合が良かったというか……。だからそういう意味では相性が良かったとも言えるし、毎日一緒にいたいとは思わなかったので相性が悪かったとも言える。これは逃げかな……。それに対してですね、悠太のすごい所はね、1回のセックスの中で私の気持ちを読み切っているみたいに、私を力で押さえつけたり、私が悠太を力で押さえつけたり、ラブラブにしてみたり、変幻自在の変化球を投げてくるでしょ?ちょっとそれがたまらないというか、なんといいますか……」
「こう子さん。僕は今、最高に幸せであるのと同時に、こんなにもわかりやすい『お世辞』で持ち上げれて、こんなにも有頂天になる大馬鹿野郎だと感じています」
「本当の事だよ?こんなに変幻自在な変化球、見たことが無いから、私も夢中になっちゃうよ」
こう子さんがキスをしてくれて、僕らはそのままシャワーに流れ込んだ。シャワーを出しっぱなしにして、また長時間のキスをしていた。
「押尾さんって……エッチはうまかった?」僕はキスをしながら聞いた。
「あ~。まだ納得してもらえていませんかぁ。え〜と、彼はイケメンの遊び人だったので、上手いとはなんぞや?って話にもなるんですが、まあ、上手いのではないでしょうか?技術的にも?確実に70点取ってくると言いますか、そもそも女扱いが上手い人だよね。使う言葉とか、誘い方とか、態度とか、ね」
「すごく勇気がいるので、もうこれは、ずっと先送りしてきている問題があるのですが……」
「なんでしょう?」
「僕はこう子さんしか知りませんし、まだまだエッチした回数も少ないですし、練習と言えば、こう子さんとお付き合い結婚する前に、自分の腕にキスをしたり、恥ずかしながら、こう、腕を曲げて、この、ひじの内側にできる割れ目を舐めまわしていたくらいです」
僕は肘を曲げて実際にやって見せた。
「わははははは」こう子さんは手を叩いて大爆笑した。
大切なお時間を割いていただきありがとうございました。わかりにくいところやご意見ご感想などいただければ幸いです。




