第52話 第4節 それでも僕は嫉み妬む(そねみねたむ)
家族が帰った日、僕たちは水族館に行く事になった。こう子さんのお父さんから、もう一日延泊するから一緒にゴルフに行こうと誘われたけれど、その時のお母さんとお姉さんからの攻撃は激しかった。
僕は免許を持っていなかったけれど、こう子さんは18歳の時に免許を取っている。だからレンタカーを借りた。
「じゃあ、私、ペーパードライバーだから、しっかりシートベルトを着けてね」こう子さんが言った。
「僕も免許取った方がいいかな?これから何があるかわからないし」僕は助手席からこう子さんを見た。こう子さんの運転する横顔は、まじめでキリッとした顔をして、とてもキレイでキュートだ。
僕は見とれながら言った。「こう子さんの横顔も、本当にキレイで可愛くて大好き」
こう子さんは笑いながら言った。「今日は笑わせないで。超真剣なんだから」
僕はカーナビに目的地を入力するくらいしかできないので、水族館の場所を入力した。横でああだこうだと言われると、運転しにくいと思って、運転には口を出さないようにした。
運動神経の良いこう子さんの運転は、ペーパードライバーとは思えないほどスムーズで安心して助手席に座っていられた。
水族館までもう少しのところまで来た時に、道沿いにある紅芋を使ったお菓子屋さんの前を通り過ぎた。
「あ、あそこの紅芋のお菓子、すごくおいしいから帰りに買おうね」こう子さんは笑顔で言った。
「うん。こう子さんが好きなものは、僕も全部好きだから買おう」僕はこう子さんの横顔を見て言った。
「お土産か何かでもらったの?」僕はこう子さんの横顔を見続けて話を続けた。
「ん?いや、前に買ったことがある」
「僕は沖縄初めてというか、飛行機も初めてだったし、考えてみると修学旅行の京都奈良とか以外、関東地方から出ていないかもしれない」
「これから悠太と私は、長い時間をかけて色んなところに行こうね」
「すっごい楽しみ。こう子さんとたくさん色んな所に行ったり、色んなもの食べたりこう子さんと一緒。こう子さんは沖縄には何回目くらいなの?」
「多分……4回目かな?」
「友達と?」
「え?うん、まあ、そう」ちょっとこう子さんの返答がつまり気味だった。あ!?僕はもしかしたら地雷を踏んだかも。僕は違う話を探した。
「水族館にはジンベイザメがいるらしいけれど、ちょっとワクワクしちゃう」僕は言った。
「うん。すっごい大きいよね。あれでプランクトンとかを食べて生きているのが不思議だよ」
「そんなに大きいの?」
「うん、初めて見た時にびっくりした」僕はまた地雷を踏んでるっぽい。
水族館の駐車場について車を止めた。僕は大きな駐車場から周りを見渡して入口を探した。
「悠太、あっちにチケットが売っているから行こう!」こう子さんが僕の手をつないだ。こう子さんの温かい手は、いつも僕を幸せにしてくれる。幸せに……幸せに……
僕たちはチケットを買って、水族館の中に入った。大きい屋外階段があり、右にも左にも建物がある。僕は入り口でもらったパンフレットを見て言った。
「こう子さん、まず何から見ようか。右に行くと……」こう子さんはつないだ僕の手を引っ張った。
「右側の方がメインな感じだから、まずは右から見てみよう。ジンベイもあっちにいるし」
こう子さんが僕の手を引いたけれど、僕は散歩先で歩くのを嫌がる犬のようにその場にとどまろうとした。
「こう子さん。誰と来たの?」
「え?ここに?」
「それもそうだし、沖縄に」
「え?なんで?」
「三橋さんと?」
「いや、三橋とは来ていないよ」
「じゃあ誰と来たの?どこに泊まったの?」
「ちょっと悠太。顔が怖いよ。どうしたの?私何か嫌なことした?」
「そうじゃなくて、誰と来たのか聞いてるの」
「え~、えぇと、モモさん、百瀬コーチと」
「え?!百瀬コーチと?なんで?」
「今ここで話さなければダメ?」
「聞きたい」
「そうか、私はちょっと嫌だなぁ」
「でも僕は聞きたい」
「私は悠太との新婚旅行の時に、過去のことをあんまり思い出したくもないし、悠太に嫌な思い、させたくないんでけどなぁ」
「このままにされた方が嫌だ」
「……よし、わかったよ。モモさんとは三橋と別れた後で付き合ってた。結構長く付き合ってたよ。だからモモさんと来た。それとライフセーバーだった時に一緒に働いていた押尾さんって副隊長だった人と来て。あとはトライアスロンチームで一緒だった、前に悠太が話に出したマッサージ師の山上さんって人とも来た。あとは家族と来ている。小さいころにね。この4回だよ」
「どこに泊まったの?読谷にも泊まったの?」
「いや、あのホテルには来てないよ。那覇の方とか北谷の方とか。全部バラバラだよ」
「僕もそのホテルに泊まりたい。こう子さんと泊まりたい」
「ちょっと待って、悠太。おかしいよ。今は私たち二人の新婚旅行だよ?なんで私の過去の事をほじくりだそうとしているの?」
「僕と昨日したみたいな、あんなエッチしたの?あんなキスしたの?」
「悠太、悠太君!待って。やめて」
「なんで二人の結婚式を、そんなほかの男の人との思い出がいっぱいある沖縄でやろうって思ったの?」
「だから、それは悠太のお父さんに……」
「僕のお父さんなんかどうでもいい。そんなのどうだっていい」
「悠太!いい加減にして。自己中心的に考えすぎだよ!私のスマホ見る?いま話しに出てきた人たちの連絡先はもう入っていない。向こうから来ても出るつもりはない。今は悠太だけ。私はどうしたら良いの?」
僕はその後こう子さんに諭されて、謝って、二人で水族館を見て回った。だけどこう子さんにつないでもらった手の温かさは、他の人ともこうやって見ていたのかな?とか、他の人にもその笑顔を見せてたんだろうな?とか、この温かい手で相手の身体を触ったのかな?とかそんなグチャグチャした頭の中になってしまって、ジンベイザメも全く覚えていなかった。
帰り道の会話も少なくなってしまい、こう子さんはやめようといったけれど、僕の希望として紅芋のお菓子は買ってホテルに戻った。
こう子さんは一緒にラウンジで紅茶を飲もうと誘ってくれたけれど、僕は今はいらないと断った。
こう子さんはバルコニーに出てしばらく海を見ていた。僕はベッドに寝ころんでいた。
「悠太。ちょっと話しがしたい」こう子さんがバルコニーから部屋に戻った。
「なに?」僕はそのままで答えた。
「ちゃんと話したいから、こっちに来て」こう子さんはソファーに座って言った。僕はこう子さんと一人分の距離を開けてソファーに座った。
「悠太。私たち二人の時間を他の人に邪魔させるのはやめて」こう子さんは少し強い口調で言った。
「僕が邪魔させたんじゃないよ。こう子さんがそうさせたんだよ」
「それは違うわ悠太。私の過去を今に持ってきたのは悠太よ?」
「違うよ。こう子さんだよ」
「じゃあ、私がこれから他の人と行って知っているお店や、知っている場所も、過去に関わる事は一切悠太に言わなければ良いの?」
「そんなこと言ってない」
「じゃあどんな事を言っているの?」
僕は言葉がなかった。僕が間違えているのはわかっている。でも自分をコントロールできない。こう子さんが他の男の人と……
「今悠太が考えている事を、ちゃんと共有させて」こう子さんはキッパリと言い切った。
「昨日も、その前も、その前の前も……こう子さんと僕がした、すごく幸せなエッチを……こう子さんが他の男の人としてたって考えちゃうと……もう苦しくって苦しくって……」
「だから私は悠太が高校時代から、告白されるたびに、それなりの経験をするように言っていたよ?」
「僕の経験とは関係ないよ」
「あるんだってば。私、前にも言ったよ?私と悠太がしているセックスは、他の人としてきたセックスとは違う、本当に特別で経験が無いセックスだって。身体だけじゃなくって、心がくすぐったくなる特別なものだって」
「僕が知っているこう子さんのエッチは、とても情熱的で、すごくエッチで……他のこう子さんのエッチは見たことが無いからわからないよ」
「じゃあ悠太とのセックスも、もっとドライなものに変える?私が今までしてきたようなセックスに変えてあげようか?」
「そんなの、いくらだって嘘つけるじゃん。本当は他の人ともあんなに情熱的にしてきたけれど、演技でいくらでもドライにできるじゃん」
「じゃあ、悠太の前で、三橋やモモさんとセックスすればいい?私が今までしていたようなセックスをして、いつもと違うか?いつもこんな感じだったか?悠太が三橋やモモさんに聞けばいいよ。私は悠太にわかってもらえるならば、いくらでも悠太の前で他の男に抱かれるよ」
「やめてよ~。やめて~。そんなの絶対やめてよぉ~」
僕は泣き出してしまった。
こう子さんは僕とこう子さんの間にあった、ソファーの一人分の距離を、お尻をずらして座り直して埋めてくれた、こう子さんは僕を抱きしめて、頭をなでてくれている。
「ねぇ悠太。私はあなたが好きよ。あなた以外に興味はないわ。でもあなたが望むなら、私は何でもする。あなたがわかってくれるまで、あなたが納得してくれるまで、何でもする。私の過去を細かく聞きたいなら……そうね、話しにくいけれど全部話すわ。どんなセックスをどんな場所でしてきたのか?セックス以外にも覚えている範囲で、食事した場所とか、どんな話をしたとか。正直あまり覚えていないけれど、悠太が望むなら全部思い出せるように頑張る。でもね、もう終わった過去の事を私が思い出すって事は、それは過去じゃなくって今になってしまう。悠太にその覚悟があるならば、私は悠太の希望に全部応える。過去にセックスをした人と今もう一度すれば、それは間違いなく今になる。思い出すってそれと同じことよ?私はあなたが好き。だからあなたの望みには全部応えたい。だからあなたの希望を正直に伝えてほしいの」
ずっと夢見てきた、こう子さんとの新婚旅行で、僕は絶対にやってはいけないバカをやった。もう……どうしようもないバカだ……
僕は今回の事を謝って、なんでも正直に言う事を伝えた。
こう子さんとの新婚旅行は、こう子さんのおかげでこの後は楽しく過ごせた。こう子さんはきっと嫌な気持ちを抱えたままで……
今回は謝って許してもらえたけれど、多分こんな事を続けていたら、僕はレッドカードで退場になってしまう。
僕は何がしたいのだろう?自分が全然わからない。
大切なお時間を割いていただきありがとうございました。わかりにくいところやご意見ご感想などいただければ幸いです。




