第44話 第4節 もうどうでもよいと投げ捨てた日
三橋さんも僕に気が付いて手を上げて声を出した。「おお!悠太!久しぶりだな~」
ノルアドレナリンとエンドルフィンが「ドバッ」と音を出して僕の脳の中を満たした気がした。
完全に自分の行動をコントロールできなくなった。僕は道を渡ってファミレスの前に行った。
「なにこれ?なにこれ?」僕はこう子さんに言った。
「悠太君、こんなところでどうした?」
「これはなに?ねえ。これはなんなの?」更にこう子さんに言った。
三橋さんがこう子さんの前に出てきた。「悠太、違うんだよ。俺は結婚しててさ、ちょっと相談があって……」僕は三橋さんをにらみつけて言った。
「あんたには聞いていない!黙れ!こう子さん、これは何?どういうこと?」僕はこう子さんに詰め寄った。
「だから悠太君、落ち着いて。顔が怖いよ」
「当たり前じゃん。なんだよこれ?なんでこの人と一緒にいるの?」
三橋がまた出てきた。「だから悠太さあ……」僕はまた遮った。
「聞いてないんだよ!あんたには!」すでに身長は逆転している僕は三橋の胸ぐらをつかんだ。
三橋は無抵抗な態度で言った。「だから話を聞いてくれって。今日はさあ、俺が……」僕は三橋を突き飛ばした。振り向いてこう子さんをにらみつけた。
「なんなんだよ!これだけ想っても、これだけ尽くしても、結局これかよ!もういいよ!もういい!」
「悠太君、やだよ、話を聞いてよ」こう子さんは涙声で言った。僕の心には何も届かなかった。自転車に乗ってきた事も忘れて歩き出した。後ろの方からこう子さんの声が聞こえたけれど、振り向かなかった。もういい。さすがにもういい。もう終わりだ。全部終わりだ。
気が付いたら僕は、知らないバーに入っていた。
カウンターにさっきもらった封筒に入っていたお金と、財布に入っていたお札の全部を置いて、これでお酒を飲ませてくれと言った。
僕を見たバーテンダーは、バーボンをロックで僕の前に置いた。僕は一気に飲んでもう一杯と言った。
一体何なんだ!どうせまたどこかでセックスしてるんだ!海外からやっと帰ってきたと思ったら、早速これかよ!あの人はそういう人だ、誰だっていいんだ!僕じゃなくたって誰だっていいんだ!そういう女なんだ!
バーボンを飲み続けると、響子コーチと三橋さんがセックスをしている場面以外の事は考えられなくなった。酔っても一番考えたくない事だけが残った。もっと飲めばきっと響子コーチの事は考えなくなるはずだ。
僕は飲み続けていた。
「荒れてるわね~」僕の隣に女の人が座った。「お姉さんが話し聞いてあげようか?」彼女は僕の太ももの上に手を置いた。
「なんなんだよ?関係ないでしょ?!」僕は突っぱねるように言った。
「怖い声出して~。いい男が台無しよ~。嫌な事があったなら忘れちゃえばいいのよ〜。さあ、もっと飲んで忘れちゃえ~」彼女は僕にもっと飲むように言って、太もも全体をさする様に手を動かしていた。僕の目を見ながら、手を僕の股間までずらして、僕の耳元に口を近づけて言った。
「静かなところで話を聞いてあげるから。ついてきてよ」僕はよく考えられなくなった頭でぼんやりと思い出していた。
そうだ……黒田美咲さんだ……ずっと前の、あの時と同じだ……
響子コーチが三橋さんとホテルに入る画像を見せられて、全部どうでもいいって思ったんだ。
僕は初めてラブホテルに入った……
最後に黒田さんは僕に言ったんだ。あなたに恥じない生き方をするわって。黒田さんの想いに応えられなかった事を後悔し続けろって言われたっけ……
今流されてこの人とセックスするんだったら、あの時黒田さんとしておくべきだったなぁ……
何度も何度も好きだって言ってくれたんだっけ……
僕の今は、黒田さんに恥じない生き方とは言えないなぁ……
僕は胃袋がひっくり返る感じを覚えて、トイレに駆け込んだ。
トイレも自分の洋服も、嘔吐物で汚してしまった。
顔を洗いながら、鏡に映った自分の姿を見た。
情けない、どうしようもない……
トイレから出た僕は、バーテンダーさんに言った。
「ごめんなさい。トイレを汚してしまいました」バーテンダーさんは2回うなずいたけれど、何も言わなかった。
カウンターの方に歩いていくと、さっきの女の人が言った。「あらあら、全部綺麗にしてあげるから。行きましょう」彼女は席を立った。僕は彼女に頭を下げた。
「本当にすみませんでした。声をかけてくれてありがとうございます」
掃除代まで入れて僕が置いたお金では足りないかもしれなかったけれど、僕はドアを開けて外に出た。
フラフラの足元。千鳥足って本当にあるんだな。僕はそんな事を考えて笑っていた。
何度かバランスを崩して転んだ。その都度笑っていた。
最後はどこかのビルの非常口のところに転んで、そのまま眠ってしまった。
頭がガンガンする。割れそうだ。遠くからスマホが鳴る音がする。だんだん近づいてくる。目を開けるとすごく眩しい。朝になっていた。
我に返って、ガンガンする頭にしかめっ面をして電話に出た。
「はい?」
「悠太、今どこ?」こう子さんのお姉さんの声だった。
大切なお時間を割いていただきありがとうございました。わかりにくいところやご意見ご感想などいただければ幸いです。




