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ReTake2222回目の安田悠太という世界線  作者: 平瀬川神木
第5章 高校時代後編 僕の背景
29/60

第29話 第7節 同じ世界にある色々な物語

 僕と響子コーチに搭載されている、全部のブレーカーが落ちる0.3秒前だった。


 ―― ドーン、ドドーン

 二人は日付が変わった瞬間に打ちあがり始めた、花火の音で我に返った。


 ―― ごぉ~~ん

 それと同時に除夜の鐘が鳴りだした。響子コーチが唇の唾液を腕でふき取りながら、トロ〜ンとした初めて見る”女の顔”で言った。

「煩悩って……」


 二人は笑い出した。


 経験したことのない、重厚な満足感と、強烈な欲求不満があった。この欲求不満とは今後長い間、付き合っていくことになる。


 我に返ると、周りにはそれなりの人数の人がいて、ちょっと恥ずかしくなったけれど、僕は言葉にできない幸せを感じていた。


 その後ベンチを立ちあがり駅までの道も、ずっと手をつないでくれていた。響子コーチの住んでいる駅で僕たちはさよならした。


 家に帰ってもしばらくボーっとしていた。次の日起きてもボーっとしている。テレビや動画で見ていたキスとは全然別物だった。雑誌やネットで勉強したキスとも全然別物だった。想像していたものと、響子コーチと交わしたキスは、全然違うものだった。


 響子コーチのキスは挨拶じゃなくって、まごうことなき「前戯」だ。「前戯」以外のなにものでもない。そのこと以外は何にも考えられない日々が続いた。


 響子コーチがキスのあと僕に言った。

「……私が悠太君を守ってあげたい……でも、今夜のことは、忘れてね……」


 どうして響子コーチは、あの時あの場所で、あんな本物のキスをしてくれたのか?その意味はわからないけれど、忘れるのはちょっと無理だ。でも響子コーチの言う事は絶対だから、僕から話には出さないでおこうと決めていた。

 

 凄い新年の迎え方だった。響子コーチの煩悩が全部僕に向いてほしい。僕の煩悩は全部響子コーチに向いているから。こうなってくると、煩悩って何だろう?ってなる。それは純愛ではないのかな?定義が曖昧で、判断が難しい事ばかりだと思った。

 

 初詣で僕のファーストキスは、響子コーチに奪われた訳だから、僕が大会で頑張る理由がなくなった。というわけではなかった。

 その後も僕は、古岡コーチがどんどん練習メニューを厳しくしていっても、ちゃんとこなしたし、タイムも伸ばしていた。


 響子コーチとのジムトレ、ストレッチは、なんか更に暖かく柔らかなものに感じられ、僕はあのキスが忘れられないでいた。キスというのは、もっとこう、チュって、唇の先を固めて伸ばして、チュって。唇と唇で突っつき合うものだと思っていた。アダルトビデオのディープキスだって、舌と舌を絡ませて、こう……そう。舌を突き出した相手の口に入れて、レロレロと舌を動かすような。そういう事なんだと思っていた。

 本で読んだし。ネットでも調べた。はじめてのキスHowToとか。


 でもそういうのとは全然違った。ただただ柔らかく、ただただ柔らかい。そして温かく汁っぽい。少なくとも響子コーチのキスはそうだった。


 恥ずかしいけどあの夜の後、自分の腕とキスしまくっている。もっと力を抜くように、もっと柔らかくなるように。次にしてもらえるチャンスがあったら、練習の成果を見せたい。でも響子コーチには、今夜のことは忘れろと言われているので、響子コーチに練習の報告は一切していない。

 

 あ、キスの話に逸れてしまったので話を戻すと、頑張り続けた競泳の結果は、高校3年生の集大成として、自由形の200メートルと400メートルは全国大会初出場となった。他の距離は全国大会には届かなかった。

 

 全国大会では200メートルが1回戦予選落ち。400メートルは決勝を泳いだけれど7位だった。中途半端な順位だった。


 コーチ達、真理雄や篤には「凄い」って言ってもらえたけれど、小学校の時から結構な時間とお父さんのお金をつぎ込んできた。その結果として、1回だけ日本全国の高校生の中で7番目に速かった。僕に才能はないと判断するべきなんだろうなって思った。

 もし泳いでいなければ、響子コーチと出会うことはなかったわけだから、その為の競泳であるのならば全然納得できる。

 

 あれ?とすると、もし響子コーチが三橋コーチと付き合っていなかった場合、僕と響子コーチは出会っていないということになる。だとすると、その為の三橋コーチであると考えれば、いろいろ納得できる。

 

 いや出来ない……響子コーチの顔を10回思い浮かべると、3回三橋さんの顔も浮かべている僕は、もしかして三橋さんも好きなのかな……


 ちがう

 

 野球だと甲子園出場という肩書は、結構役に立つらしい。中学まで一緒にやっていたエースで4番の高橋は、高校3年生の夏、高橋自身は控えの投手として地方大会で数回投げた程度だったが、群馬の高校から甲子園に出た。甲子園では初戦敗退だから、全国25位から50位くらいの間という結果になるが、僕は全国7位だ。高橋はこの結果で大学に行けるらしいが、僕のこの肩書は役に立つとは思えないし、まあ人に言うもんでもないかと思っている。


 そんなわけで全国大会があったので、3年生の夏は冴子さんの海の家で働く事は出来なかった。響子コーチは週末だけライフセーバーに行っていた。真理雄は完全に冴子さんの家の子になっていた。真理雄のお母さんも、盆休みに民宿に泊まったりしていたようだ。真理雄がどこに向かっているのか、ちょっとわからなくなっている。もしかして、民宿屋のおやじに夢を変えたんだろうか?漁師かな?


 とにもかくにも。

 僕の高校生活での競泳の結果としては、僕的には残念な結果だったという感想だ。大学でも続けるかについては、今後色々な状況によってかな。


 そう、僕はなんだかんだ言って、大学に行く事になった。僕の高校では、真理雄が当然我が高校初の、国東理三合格で大騒ぎになっていたのだが、僕は地味に私立大学に一般入試で合格した。


 僕のこれからは、将来響子コーチとの結婚生活に直結することだったので、とりあえずお父さんにも相談した。お父さんの仕事は自分で機械屋と言っているが、病院で使う検査診断機械、いわゆる医療機器を作って販売する仕事だ。


 お父さんは僕が小さい頃から、他の子はお母さんがやってくれる「ぞうきん」を縫ったり、タコウインナーの入ったお弁当を作ったりしてくれていたけれど、この歳になって思い返せば、器用な人だ。職人だ。

 

 僕はどうなんだろうと考えたときに、僕もお父さんと同じような仕事はどうかと思って、真理雄にも相談した。


 真理雄の意見としては、僕の特徴を

 ・同じことの繰り返しを根気よく続けられる。(バカっぽくないか?)

 ・人の意見を否定的ではなく肯定的に受け入れられる。(流されまくりじゃないか?)

 ・どんな状況になっても、投げ出さず打開策を見つけられる。(あきらめが悪いだけじゃないか?)

 

 だから僕は機械を作る側でもいいけれど、機械を使う医療技師の仕事の方が良いのではないか?とアドバイスをくれた。


「お父さん達が作った機械を、僕が使って人の役に立ちたい」とか僕に言われたお父さんは「お金のことは心配するな」と二つ返事で私立の大学を認めてくれた。

 これも真理雄の「アドバイス」という名の入れ知恵だ。

 

 いろいろあった高校生活は、僕にいろいろなことを教えてくれた。


 いろいろあったなんて言葉で片づけて良いのか?といういろいろだったけど、お父さんや響子コーチも、真理雄も篤もこんなにいろいろあるんだろうか?

 そうだとすると、人が生きていくというのは、とてもいろいろあるんだと思う。こんなことを考えている時は、いつも百瀬コーチを思い出す。


 何があったのか知らないけれど、片足が義足の百瀬コーチは、多分僕よりいろいろあったんだと思う。百瀬コーチは義足だから僕にもそれが想像できるけれど、例えば百瀬コーチが学習塾の先生だったら、僕は百瀬コーチが義足であることがわからないから、百瀬コーチはいろいろあったなんて思えないかもしれない。


 全員が主役の物語がたくさんあるんだと思う。僕は僕のいろいろだけで目一杯だけど。


大切なお時間を割いていただきありがとうございました。わかりにくいところやご意見ご感想などいただければ幸いです。

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