第27話 第5節 本人にとってはそれほどでもないんだけれど
二人で歩き出したが、もう結構遅い時間なのに、人がたくさんいる。カップルは3割くらいで、5割はグループ。2割が一人ってところか。日曜日のオフィス街より、ずっと多くの人が街を行く。
僕は隣の響子コーチの顔を見て言った。「もし迷子になったら、どうするか決めておきましょう」
響子コーチは、さっきよりも大きく笑いながら言った。「スマホもあるでしょ。心配?」
「もしかすると僕は、初めてかもしれません。高校3年生にもなって、友達と初詣に行ったことはないかもしれません。だから少し心配になっただけです」
僕がそう言うと、響子コーチは僕の目をいつもより強く見た。「わかったよ。じゃあこうしよう」
そう言うと響子コーチの左手は、僕の右手につながれた。響子コーチは僕を見上げながら言った。「離しちゃダメだぞ」
僕がこの手を離すわけがない。僕がこの手を離すわけがない。心の中で何度も言った。
「こんな季節のこんな時間でも、お面って売れるのかなぁ?お面の屋台も出ているんですね。大人が買うのかなぁ?……」不思議に思って僕は響子コーチに話しかけた。
僕と手をつないだままで、深夜の人込みを歩きながら、響子コーチが答えてくれた。「大人でも買うかもしれないね。ノリや遊びで。子供が欲しがる感じとは全然違うだろうけど。悠太君の小さい頃は、何が流行っていたのかな?どんなキャラクターのお面を買ってもらったか覚えてる?」
僕は少し左上の空を見あげて、思い出してから言った。
「お父さんとの初詣は、すっごい山奥の神社だったので屋台は無かったです。夏のお祭りとかを思い出しても、僕は買ってもらったことはないですね。お父さんと2人だったから、夕飯代わりに食べたり飲んだりばかりでした」僕は笑いながら言った。響子コーチの握る手が、ちょっと強くなった。
「そうか、ごめん」響子コーチが言った。僕は慌てて返した。
「謝らないでくださいよ。お父さんと2人だったのは、本当に悲しくもなんともないんですから」
参道までの道を歩いていると、道の端に、小学低学年くらいの泣いている女の子が見えた。僕は響子コーチの手を離さずに、響子コーチごとそちらに移動した。
響子コーチとの手はつないだままで、膝を曲げてこの女の子と同じくらいの高さになった聞いた。「どうしたの?迷子になった?」
女の子は一瞬、泣くのをやめて僕を見て、1回うなずいて、また泣き始めた。
「お巡りさんかなぁ、やっぱりこういう時は」僕は言葉に出しながら右後ろ上にいる、響子コーチに顔を向けた。
そんな時に、ちょっと離れたところから「あゆみ〜」と人を呼ぶ声が聞こえて、振り返ってその声の方を見ると、僕の前にいた女の子は走り出していた。どうやらご両親が見つけてくれたようだ。
「よかった」僕は立ち上がり、また響子コーチと歩き始めた。
「悠太君は放っておけないタイプなんだね」響子コーチは僕を見て言った。
「困っている人がいて、僕ができることで解消できるのであれば、どうにかしたいと思います。でも僕にできることってのが問題で、迷子くらいしか……迷子くらいでもどうにもできないかなぁ」僕は響子コーチの手の温かみを感じていた。
響子コーチが言った。「悠太君は迷子にならなかった?」僕はこれについては覚えていることがあったので、思い出す必要もなくすぐに答えた。
「迷子になった事はあります。割と多いかな?迷子になった時に大人の人が、お母さんはどうした?って聞いてくれるんですよね。ほぼ確実に。僕は悪意なく、死んじゃったって答えると、怒りだす大人とオロオロする大人がいました。だんだんと、死んじゃったと返すのは、大人と僕にとって良くないと思い、使わなくなりましたけど。面白いなぁとは思っていました」
僕は本当に面白いと思っていた事柄だったので、笑いながら話をして響子コーチを見た。響子コーチは眉毛を下げて、おみくじで大凶を引いたような悲しい顔をした。
なんだか響子コーチは、話の内容が僕の幼い頃につながってしまうと、僕が淋しくなると思っているのか、悲しそうな顔をするので、今とか、未来とか、について歩きながら話した。
勉強のこととか、高校卒業後とか、僕にとって未来の話は、全部響子コーチとかかわりがあることなので、色々話しができてよかった。響子コーチの考えとかも聞きながら、僕がこれからどうしようという画像を頭の中で作っていた。
響子コーチの子供の頃の話になると、僕はとても楽しいし嬉しくなるけれど、響子コーチが僕をチラチラ見て、つないでいる手が強くなったりする。たぶん自分が小さかったころと、僕が小さかったころを重ねて、僕のお母さんが亡くなっていることを気にしちゃうんだろうと思った。響子コーチの割と最近の過去話は、三橋さんの顔が映像としてチラついたりして僕が微妙な気持ちになってしまう。僕の知っている男の人とか、僕が知らない男の人とか、僕は勝手に色々な映像を妄想してしまう。気が付くと僕が響子コーチとつないでいる手を、ぎゅっと強くしてしまう。
参拝者が多くて、本殿に近づくにつれて渋滞のようになったけれど、並ぶのがこれほどまでに嬉しいと感じたことは初めてだった。だって響子コーチといる時間が増える。響子コーチと手をつないでいられる時間が増える。僕にとって最高だ。順番が来て、僕は去年のお礼と、今年もさっそくこんな時間をもらえたので、まだ始まったばかりだけど、先にお礼を言っておいた。僕のお礼を言う時間が長すぎたのか、最後の1礼をして隣を見たら、僕の顔を覗きこんで、響子コーチが笑っていた。
本殿の裏から出て、たくさんのベンチが並べられている広場に入った。見渡すと、甘酒を配っていたので、僕は二人分をもらってきた。二人で紙コップの甘酒で乾杯をして飲み始めると、街にはびこる偽物の甘酒ではなく、本物の甘酒だった。温かい分ちょっとせき込んでしまった。
「悠太君はお酒は飲むの?」響子コーチは本物の甘酒を飲みながら僕に言った。
「飲んだことが無いです。そんな余裕はなかったです。時間的にも気持ち的にも」
響子コーチが笑いながら言った。「そうだよね~そこまで追いつめているコーチ側が、こんな質問したらダメだよね~」
「お父さんはお酒飲むの?」響子コーチが言った。
「……そういえば見たことがないですね。お父さんがお酒飲んでいるのは、見たことがない」僕は意外な事に気が付いた。
「私はさ、嫌いじゃないけど強くはないんだよね」
「気を付けないとあんなですか?」僕が指をさした方には子供が両手を両親につかまれて、FBIに捕まった宇宙人のようにぶら下げられて歩いてる親子がいた。
「あそこまでにはならないよ。まずいでしょ?」響子コーチは意味深な笑顔で僕を見た。
「これからも僕がいない時には、十分気を付けてくださいね」僕は結構真面目に言った。
甘酒も飲み終えて、僕は響子コーチを見ていた。
「悠太君。ちょっと早いけど、あけましておめでとう」と改めて響子コーチが言った。
「おめでとうございます。響子コーチが大好きです」僕は響子コーチの目を見て言った。
大切なお時間を割いていただきありがとうございました。わかりにくいところやご意見ご感想などいただければ幸いです。




