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ReTake2222回目の安田悠太という世界線  作者: 平瀬川神木
第4章 高校時代中編 大人になるということ

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第21話 第5節 生涯抜くつもりのない心のとげ

 次の日いつもより早く家を出て、いつもより早く海の家についた。僕は勇気を出して大きな声で言った。

「昨日は勝手に帰ってすみませんでした」頭を下げた。

 みっちゃんが「おはよう〜。今日は早いね〜」と声をかけてくれた。

 冴子店長もウンウンとうなずいてくれた。

 僕の後ろから、冴子店長のお父さんと真理雄が、発泡スチロールの箱を持って入ってきた。

「あ、おはよう悠太君。良かった。今日は僕一人でウェイターやるのかと心配したよ」笑いながら真理雄が言った。

 冴子店長のお父さんが言った。「今日もしっかり働いてもらうぞ」そう言いながら僕の背中を「バシッ」と強くたたいた。


 いつもの毎日が戻った。響子コーチと顔を合わせづらい気持ちはあったけれど、誰かを好きになる想いは、誰かを不快にさせると決まっているものではない事を、昨日教えてもらった。

 黒田さんが僕に伝えてくれた想いは、今でも僕の心を温め続けているし、僕も響子コーチのことを、そんな風に温められたら良いなと思っている。だから今日も、響子コーチに笑顔で伝えよう。僕は響子コーチが大好きだってことを。


 いつものように、みっちゃんと外に出てお客さんに声をかけていると、見覚えのある女性がこちらに歩いてきた。すごい剣幕で僕に言った。

「ちょっと!あんたどういうつもりなのよ!あんた美咲に何したの!?」僕は突然で驚いたし、彼女は黒田さんがこの店に来た時に、一緒にいた一ノ瀬花楓(いちのせ かえで)さんという名前の人だと思いだした。あまりの剣幕に、みっちゃんがとにかく中に入るように言って、彼女は店のテーブルに座った。冴子店長も出てきて、僕と三人がテーブルに座った。


「あんた美咲に何したのよ!?あの娘、一晩中泣いてたのよ!?幼稚舎から長年友達やってるけれど、涙なんて一度も見たことないんだから!あの娘、中二の時に関東競泳選手権の見学に行った時から、表彰台にも上がれなかった、たただのバカ小6男子に、バカみたいに夢中になって、何百人からの告白を棒に振って――」

 

 冴子店長が言った。「まぁ、落ち着いて話しましょうよ。昨日は色々あった一日だったからね〜」そう言い終わると僕を見た。


「黒田さんに助けてもらいました。僕は昨日好きな人の事で色々あって、全部どうでもよくなってしまって、仕事中にこの店を勝手に出て行ってしまいました。黒田さんと偶然会って、色々な話をしました。僕はもう死んでしまいたいって思っていたんですが、黒田さんに助けてもらったんです。だから、僕は感謝の言葉しかありません」

 

 冴子店長が言った。「黒田さんとの間に何かあったの?そのぉ、具体的に何か……」

「あったと言えばあったし、なかったと言えばなかったです。黒田さんと二人でホテルに入りました」ここまで言うと花楓さんは僕のほっぺたを平手で思い切り叩いた。


「あんた最低ね!」

 冴子店長が止めた。「ちょっと待ってよ。ちゃんと話を聞きましょう。ね?最後まで」

 僕は話を続けた。

「ホテルに入って、彼女は僕に対する想いを言葉で伝えてくれました。たぶんそれは、僕が好きな人を想う強さと同じくらいなんだって感じました。だから僕はこのまま黒田さんと何かをしてしまえば、ずっと黒田さんと僕自身を裏切り続ける事になると思いました。だから、二人は何もしませんでした。ただ言葉で僕に想いを伝えてくれた。僕も言葉で自分の気持ちを伝えた。それだけです」僕は正直に答えた。


「あの娘何も言わないけど……本当はアンタが嫌がるあの娘をホテルに連れ込んで……何かしたんだったら許さないし、何もしなかったなら許さないから!美咲は正直で真直ぐで優しくて大きくて強い娘なの!そんな娘を泣かせるなんて……私は許せない」花楓さんは強い口調で言った。


 冴子店長はやさしい笑顔のままで言った。「でもね、花楓さん。こればっかりは花楓さんにも私にも、そして悠太君にもどうにもできない事なのよ。黒田さんが自分自身で決めて行動する問題だわ。友達であってもね、代わりはできないのよ。だからね、花楓さんは友達として、黒田さんをしっかり支えてあげてほしいわ。これから黒田さんの人生に何が起こるのか、私にはわからないけれど。人生ってね、一生懸命生きているとね、驚くようなことが起こるのよね。私もまだ30年しか人間やっていないけれど、それでも、色々あったのよ。もう終わりかなぁ?って思ったことも何度かあるけれど、驚くようなことが起こるのよ。だからね、そんな時に一緒に喜んであげられる、お友達でいてあげて欲しいわ」

 その後も僕に文句を言い続けた花楓さんは、冴子店長には頭を下げて帰って行った。


 冴子店長は僕を見て笑顔で言った。「昨日は色々あったわね〜。これからも色々あるだろうけれど、悠太君は悠太君らしく、正直に一生懸命な悠太君でいてね」

 僕は冴子店長に言った。「本当に連続で迷惑をかけてすみませんでした。それと、冴子店長は30歳なんですか?」


 冴子店長は笑いながら言った。「なぁに?今日まで何歳だと思っていたのぉ?」そう言いながら厨房に歩いて行った。「どう見ても20代前半でしょう……」と僕はつぶやいた。顔を上げるとみっちゃんと目が合って、みっちゃんが笑顔で言った。「それな~」


 この後もぼくの夏休みは続いた。初めからアルバイトの雇用期間はお盆休みまでだったので、8月17日を最後に僕の初めてのアルバイトは終わった。「また来年も来てね」と冴子店長に言ってもらえて、僕も「お願いします」と言った。みっちゃんからもハグされて、「来年はアルバイト募集しないで待っているからね〜」と言ってもらえた。誰かに自分の存在を必要と認めてもらうのは、こんなにもうれしいことなんだと思った。

 

 苦しさも、温かさも、嬉しさも、腹立ちさも、僕の16回目の夏は一番いろいろあった夏になった。大人の階段を一段登った気がしていた。花火の日の、響子コーチの横顔は絶対に忘れる事が出来ないし、冴子店長の懐の深さも、みっちゃんの正直さも僕がなりたい「大人」のそれだった。

 

 特に黒田さんには、僕の心に深く刻み込まれる言葉をたくさんもらった。彼女は僕に、誰かを好きになることの重さ、言葉や態度で誰かを深く傷つけてしまう怖さ。誰かに想われる温もりや柔らかさ、強さや覚悟とか、いろいろなことを教えてもらった。

 僕にとって黒田さんは生涯、抜く事の出来ない心の棘のように、これからの僕が誰かを傷つけないでいるための痛みを、ずっとあたえてくれるように感じていた。

 少なくとも僕は、誰かに傷つけられるより、誰かを傷つける方がずっと辛い事を知った。


 夏休みも終わりに近づき、学校関係のやらなきゃならないことに追われながら過ごしていた。SNSでの報告によれば、真理雄は今日も海の家や冴子店長の実家の食堂で手伝いをしているらしい。

 バイト代はもらわずにだ。いくら冴子店長の実家が漁師の家であり、新鮮でおいしい魚介類をお土産にもらっているからといって、真理雄はどうしてしまったのだろうと首をかしげる。

 まあ、真理雄の事だから、全てちゃんとやるんだろうから、学校への提出物がなにも終わっていない僕が心配する立場にない事だけは確かである。


 スイミングクラブでの僕は、以前のように誰彼かまわずに、響子コーチのことが好きだと言って回るのはやめた。若さゆえの熱が冷めたと思われるのは心外だったけれど、僕の独りよがりだったことに気が付いたからだ。僕の行動や言動が、響子コーチを追い詰める事もあることを今は知っている。僕はしっかりと、響子コーチに対する想いを確かめて、積み重ねていこうと思っている。


 この気持ちの変化を、響子コーチには伝えたかった。少し距離を感じたままの、響子コーチとのジムトレが終わった後で、響子コーチに言った。

「響子コーチ。一度話がしたいです。時間を作ってくれませんか?」

 ちらっと壁掛け時計を見た響子コーチが言った。「ここで良い?」

 僕は首を振った。「クラブ以外の場所で話がしたいです」

 響子コーチは一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐに切り替えて笑顔で返した。「わかったよ。早い方がいいかな?今日22時からだったら時間作れるけど、さすがに遅いかな?」

「いえ、22時でお願いします。場所は駅前のマックで良いですか?」

 響子コーチは笑顔で言った。「わかったよ。22時にマックね」そういうと響子コーチはコーチ室へと引き上げた。


 僕は着替えて自転車に乗ってマックへと向かった。


 お腹もすいていたから、僕はビッグマックのセットを頼んで、テーブル席で食べていた。スマホで「ねこ動画」を見たり、マンガを読んだりして時間をつぶしていた。約束の15分前に響子コーチもやってきて、僕のテーブルのビッグマックの空箱を見て、自分もダブルチーズバーガーを注文した。

「こんな時間にダブチーはまずいかなぁ……」そう言いながら、もぐもぐと食べ始めた。

「今日は時間ありがとうございます。響子コーチにちゃんと話しておきたいことがあったので、時間を作ってもらえてうれしいです」

「なぁに?そんなに改まって」響子コーチはポテトを食べながら言った。



大切なお時間を割いていただきありがとうございました。わかりにくいところやご意見ご感想などいただければ幸いです。

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