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ReTake2222回目の安田悠太という世界線  作者: 平瀬川神木
第4章 高校時代中編 大人になるということ

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第19話 第3節 僕には耐えられない現実

 珍しく篤が切り出した。

「健治がさぁ、ちょっとまずいものを見ちゃったって言うんだけど……これを悠太に見せるかどうか相談されてさぁ。俺もどうしたらよいか悩んだんだけど、言わないよりか言ったほうが、俺たちの後悔が少ないってなったんだ。だから来た」

 僕は真理雄をチラッと見ながら言った。「なに?ちょっと怖いよ」真理雄も真剣な顔でうなずいた。すると健治がスマホを出した。


 僕は言った。「また誰かの隠し撮りとかしたの?」僕は向けられたスマホを見た。そこには想像と違う画像が映っていた。どこかのラブホテルに手をつないで入る男女の画像。その二人は明らかに三橋元コーチと響子コーチだ。僕は呼吸が苦しくなった。


 真理雄が言った。「いつの画像なの?昔付き合ってたんでしょ?」

 健治が答えた。「昨日の夜だよ。俺、友達とカラオケに行ってさ。その帰りに響子コーチに似た人を見かけたんだ。お!って思ったら隣を歩いていた男と手をつないで。その男は明らかに三橋コーチでさぁ。え?って思ったらそのままラブホに入っていったんだ。俺よせばいいのに、勢いで写真撮っちゃってさ……」


 僕は目の前が真っ暗になっていた。昨日?ってことは響子コーチが僕の事を三橋元コーチに相談した後だ。僕の事を相談したのをキッカケによりを戻したってことなのか?僕は頭がパンクしそうになっていた。


 正直にまっすぐって思っていたけれど、こんなこと響子コーチに聞けない。笑顔で軽く「ホテルに行ったんですかぁ?」って聞く?「三橋元コーチとより戻したんですかぁ?」って聞く?無理に決まっている。この記憶を消したい気持ちでいっぱいだった。篤も健治も自分たちが後悔しないって、僕の気持ちはどうなるんだよ。知らなければ何の問題もなかったのに。


 今だけは響子コーチに会いたくないなぁ。僕が響子コーチに会いたくないって思うなんて……。


 次の瞬間、僕は何か神様を怒らせるようなことをしたのだろうか?と思った。

 僕が今だけは会いたくないと思っている響子コーチが、書類を持って海の家の入り口に立っていた。


「冴子さ〜ん。隊長がこの書類を届けろというので持ってきました~。ってあら、健治君も久しぶりだね〜」響子コーチの八重歯の笑顔は、相変わらず可愛いけれど、今日の僕には、苦しみのすべてを消し去る効力はなかった。


 健治がさっと席を立って、響子コーチの元まで行った。

「久しぶりです。響子コーチ。昨日の夜、どこ行ってたんですか?」健治は聞いた。

「え?何?藪から棒だなぁ……」響子コーチは困った顔をした。


「響子コーチ。三橋コーチとまだ付き合ってるんですか?」健治はズカズカと聞いた。

「だから一体なんなのよ?!健治君」厨房から冴子店長も出てきていた。

「あら、響子さん。こんにちは。ご苦労様ね」そういうと書類を受け取った。冴子店長はただならぬ雰囲気を察して言った。

「なぁに?なにかあったの?」


 健治が冴子店長の方を見て言った。「自分、昨日響子コーチが、三橋コーチ、ええと、元カレと歩いているのを見ちゃったので、また付き合ってるのか聞いていました」

 冴子店長はちらっと僕を見た。


 健治はもう一度響子コーチの方に向きを変えて聞いた。「また付き合い始めたんですか?」

「いや、確かに前は付き合っていたけれど、もう別れたよ。昨日は偶然街で会ったけど、それだけだよ」響子コーチは答えた。

「じゃあこれは何ですか?」健治は自分のスマホを響子コーチに向けた。

「え〜?ちょっとひどくない?何こんなの撮ってるの?」響子コーチの顔が赤くなった。

「自分見ちゃったんです、写真撮ったのはすみません、消します。でももう付き合ってないんですよね?」

「ちょっと話をした後でね。その、ほら、流れで?」響子コーチはしどろもどろで答えた。


 僕はいたたまれなくなって、店長に何も言わずにそのまま海の家を飛び出した。


 もう無理だ。もう無理だ。ブツブツつぶやきながら、電車に乗るわけでもなく、ただ海沿いの道路を歩いていた。

 早歩きで歩き続けていると、何も考えないで済む。ただただ早歩きで歩いて、僕が働く海水浴場の3つ先の海水浴場まで歩いた。炎天下の中を2時間くらい、何も飲まずに休まずに歩いた。

 僕はエプロンをしたままで、砂浜に体育すわりをした。喉が渇いた。疲れた。もういいや。全部もういいや。


 もう全部終わりにしよう。スイミングも……全部を終わりにしよう。だって、もう意味がない。意味がない……お父さんには悪いけど、もう、生きているのは嫌だ。生きていたくない。もう……

 

「あれ?安田君じゃない?」

 

「顔が真っ赤だよ。汗もすごいし、大丈夫?」声をかけてくれたのは、僕に告白をしてくれた黒田美咲さんだった。

 

 彼女は黒髪のストレートヘアーで、背が高くてスレンダーな僕より2学年上の人だ。デニムのショートパンツと白いTシャツを着ている。

「これ、嫌じゃなかったら飲んで」

 僕にペットボトルを渡してきた。僕はそれを受け取って飲んだ。一気に飲んだ。彼女は僕の隣に、同じ体育すわりで座った。


「私の家はさぁ、この海岸の近くなんだよねぇ。だからこうやって毎日散歩したりしてるんだ。驚いたよ。何かあった?」彼女は僕の膝の上に手を置いた。僕は涙がブワッと溢れてきた。彼女は一瞬驚いた顔をして、僕の膝の上にあった手を、僕の頭の上に乗せて言った。

「私は安田君よりお姉さんだから、辛そうな安田君には甘えさせてあげよう」そう言って僕の頭をグッと自分の胸に引き寄せた。

 僕は彼女の胸で泣いた。

 

 何も言わずにただ僕の頭を抱きしめてくれた。響子コーチの匂いとは違うけれど、僕は安堵感を覚えた。ずいぶん長い時間そのままでいた。その間彼女は何も言わず、ただ僕の頭を自分の胸に抱いて、赤ちゃんを寝かすように僕の頭を手のひらで、トン、トンと、リズムを取っていた。

 

 しばらく時間が経ってから「うん」と彼女は小さい声でつぶやくと、さっと立ち上がって言った。

「安田君。付いてきて」僕は言われるがままに彼女について行った。


大切なお時間を割いていただきありがとうございました。わかりにくいところやご意見ご感想などいただければ幸いです。

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