第16話 第5節 宿命の捩れ(よじれ)
忙しい時間が過ぎて、ふと思い出したので、さっきもらった手紙を開けてみた。その手紙には、その女の子が高校二年生である事、山下南さんという名前である事と彼女の電話番号が書いてあった。最後に「付き合ってください」と書かれていた。僕は顔がカァーッと熱くなった。生まれて初めて告白されたってことなのか?僕なんかが告白されるなんて、何かの間違えなんじゃないか?頭の中がパニックになった。
「悠太君、どうしたの~?」店の奥で、手紙を両手で持ったまま、顔を赤くして固まっている僕に冴子店長が言った。
「あの、これ、さっき、お客さんが、読んでくれって……」僕はその手紙を冴子店長に見せた。
「あ~それは私が読んじゃダメなやつじゃな~い?」冴子店長は両手を立てて、ストップのようなジェスチャーをして言った。
「なんて書いてあるのか知らないけれど、多分勇気を出して書いた手紙だろうからね、悠太君はその勇気にちゃんと応えなきゃだめだと思うわよ~」
冴子店長は微笑みながらも、まじめな表情で言った。僕は無意識に、自分が響子コーチに気持ちを伝えた時の事を考えていた。勢いとかもあったけれど、僕はそのたび本当に勇気を振り絞って響子コーチに言葉を伝えてきた。僕は響子コーチ以外はあり得ないんだけれど、ちゃんと好きな人がいる事を伝えなくてはダメだと思った。
「冴子店長。ちょっとだけ彼女を探してきて良いですか?」
「うんうん、いいよ~」冴子店長はうなずいた。
僕は店を出て辺りを見渡した。砂浜を少し歩いていると、さっきの3人組を見つけることができた。僕は彼女たちに声をかけた。
「すみません。あの、ちょっといいですか?」2人の女の子は、僕に手紙をくれた女の子に何かを言って、彼女を手で突き出すように僕の方に押した。
彼女はうつむきながら言った。「あの、えと、すみません。迷惑でしたか?」
「迷惑なんてないです。僕は生まれて初めて女の人から、その、告白してもらったので、すごく嬉しいです。でも、ごめんなさい。僕には好きな人がいます。付き合ったりはしていないけれど、その人じゃなきゃダメなので、ごめんなさい」僕は深く頭を下げた。
店に戻ると冴子店長が言った。「見つかったのね~」
「ハイ、ありがとうございました」
「ちゃんと言えたぁ?」
「ハイ。好きな人がいるから付き合えないけれど、初めて告白されたので、うれしかったと言いました」
「そうかそうかぁ。私もねぇ、2回告白されたことあるんだよぉ。告白されるのはうれしいよねぇ」冴子店長はトロ~ンとした笑顔で言った。え?2回ってなんだ?
「2回って、2回って何ですか?」
「だから、私も2回も告白されたことあるんだってばぁ。すごいでしょ」なんか言っていることがよくわからない。身長3メートルの人が、ダンクシュートを2回やったことがあると言っているようだ。
「冴子店長の言っていることはよくわからないですけど、それでも、ありがとうございました」僕は頭を下げて、自分の仕事に戻った。
次の日から、3日連続4人の違う女の人から、連絡先を教えてほしいと言われた。それを見ていたみっちゃんからは、悠太君がナンパされまくりだぁと笑われた。
付き合っている人いますか?とか、遊びに行きましょうとか、いったい僕の人生はどうなってしまったのだろう?僕はあと数日で死ぬから、神様がサービスをしてくれているのだろうか?だとしたら、響子コーチと2人でどこかに行くようなサービスのほうがいいのに。
そんなことを考えていたら響子コーチがランチを食べに来てくれた。僕は本当に死ぬのかな?と心配になりながらもルンルン気分で席に案内した。真理雄の隣のテーブルに座った響子コーチは、料理を待っている間、真理雄と話しをしていた。
僕も座って話しがしたいな……そんなことを厨房の前で考えていた時に、僕より少し年上の、女子が2人お店に入ってきた。
「いらっしゃいませ。店内でご飲食ですか?お持ち帰りですか?」僕はそう聞くと、前に立っていた女子が後ろの女子を指さして僕に言った。
「私の名前は一ノ瀬花楓。この子があなたに話があるのよ」
前に立っていた女子は、後ろの女子の肩をつかんで、ぐっと自分の前に連れ出した。
「えっと、私の名前は、黒田美咲といいます。高校三年生です。私、実は競泳をやっていて。クラブの所在県は違うんですけど、安田君のことは大会で以前から知っていて。その、ギューンっと伸びるあなたのブレストの大ファンです。えっと、すごくファンなので、ずっと前からファンなので、安田くんが小六で出た東京大会の時からファンなので……お友達になってもらえませんか?」彼女はみんなが見ている店の中で僕に言った。僕は驚いたのと同時に、響子コーチを見た。響子コーチは、ニンマリ笑顔でこちらを見ていた。僕はパニックになった。
「何ですか?!困ります!僕は仕事中なので、お客さんじゃないなら出ていってください!」僕は怒鳴るような大声で彼女に言ってしまった。厨房から冴子店長が出てくると、彼女たちの様子を見て僕に言った。
「安田君は中で洗い物してて。さぁ、ちょっとこっちにいいかしら?」そういうと、涙ぐんでいる黒田美咲さんの両肩に手を当てて、テラス席に向かった。
僕は後悔や、なんだかわからない動揺や、いろんな気持ちで頭の中がぐちゃぐちゃになって突っ立っていた。
「安田く〜ん。奥で洗い物しちゃってね〜」みっちゃんが声をかけてくれて我に返り、僕は厨房に入って洗い物をした。
なんであんな言い方をしてしまったのだろう。嬉しくない訳じゃないのに、きっと勇気を出して言いに来てくれたのに、僕はひどい言い方をした。
ずっと前に、クラブの練習後のサウナ室の中で、響子コーチが見ている前で同級生の外岡に話しかけられた時も似たような気持ちになったのを思い出した。
僕がほかの女子と話しているところを、響子コーチに見られたくない。自分のことしか考えられなくなって、勇気を出してくれた相手の気持ちを、考えることができなくなってしまった。僕は最低だ。
僕だって響子コーチに告白した時、あんな口調で迷惑だって言われたら、本当に立ち直れないくらい傷つくのに。最低だ……。
しばらくすると、冴子店長が厨房に戻ってきた。幼稚園の子供がやってはいけないことをやったときのような表情で僕に言った。
「安田君。安田君の心を私はわかってあげられないけれど、それでもあんな言い方をするのはよくないと思うのよ。人にね、好きって伝えるのって、とっても勇気がいる事じゃない?彼女は勇気を振り絞って安田君に、自分の気持ちを伝えてくれただけなのに、それを迷惑だなんて言うのはね、とっても傷つける事よ。言葉ってね、一度自分の口から出たら、決してもう引っ込められないものなのよ。あとで謝っても、何しても、もう戻せないものなの。ナイフで刺されてもね、傷はそのうち見えなくなるけれど、言葉で付いた傷はずっと残るの。何度も何度も思い出して、何度も何度も同じだけ傷つくの。だからね、あんな言い方はダメよ。私がでしゃばる事じゃないかもしれないけれど、彼女には、安田君はにはとても好きな人がいるから、残念だけどわかってあげてねって伝えておいたわ」
冴子店長の言葉を聞きながら、自分の事しか考えられなかった自分は最低だと思った。冴子店長は僕を優しく諭すように言った。
「もう彼女たちは帰ったから。どんな時でも誰かの想いを踏みにじるようなことは、しないでね」
「すみませんでした。ありがとうございました」僕は頭を下げて厨房から出た。みっちゃんが僕の背中を1回軽くたたいた。
響子コーチに僕が響子コーチだけを好きであることを知ってほしい自分。
僕がほかの女の人にも興味があると思われるかもしれないことが起こると、それをなかったことにしてしまいたくなる自分。
僕が子供過ぎるから、僕の経験がなさ過ぎるから、響子コーチがほかの男の人と楽しそうに話していると、僕は響子コーチを取られてしまうと怖くなる。
だから僕は響子コーチの前で、ほかの女の人と話したりするのをとても怖がる。
でも響子コーチは、僕がほかの女の人と話しているのを見て、僕を取られちゃうかもなんて思わないはずだ。
僕は一人で思い込んで、一人であわてて、一人で誰かを傷つける。
僕がどう思われるかは、僕がどう思っているかではなく、僕がどんなことを言ってどんな行動をとるかによって決まる。そう百瀬コーチに言われたことがある。
だとすると響子コーチに映る今の僕は、僕に告白してくれた人に迷惑だと怒鳴りつける嫌な奴でしかない。
僕はどう生きるんだろう。
どうしたら良いのか、僕にはわからない。
しばらくの間僕は、人から話しかけられるのが怖いって感じながら過ごした。
大切なお時間を割いていただきありがとうございました。わかりにくいところやご意見ご感想などいただければ幸いです。




