三話 強敵
「……よし。後は、中央の広場にいる敵を処理するだけだ」
中心に向かい渦を描くように進み、道中の全ての敵を処理した私たちは、ついに中央の広場に突撃しようとしていた。
「みんな、傷の処置は終わってる? 準備はできてる?」
私の声に、みんなは力強く頷いた。ランクルの周りに集まっているオールスとミーソンも、心なしか緊張しているように見える。
「……じゃあ、行こうか。みんな、作戦通りにね」
そして私たちは、一斉に駆け出した。
「見えた」
エネリアが言った通り、そこには老人の姿をした魔族がいた。その魔族は一人で、こんな状況にも関わらず、花壇の縁に座ってゆったりと寛いでいる。
「怖いものを操る魔法!」
殺した魔族の血をまとわせたナイフを、四本同時に最速力で飛ばす。
「光の殻を生み出す魔法」
その魔族は、しわがれ声で呟くように唱えた。熟練の防御魔法に、私のナイフは、当たり前のように防がれてしまう。
「空気を操る魔法!」
私とは真逆の方向から、コーストが圧縮した空気の弾を撃ち出す……が、その魔族はすぐさま全面に防御魔法を展開し、コーストの攻撃まで防いでしまった。
「……さて、まずは邪魔なものを消そうか。光の弾を撃ち出す魔法」
その魔族は、第二波の攻撃を仕掛けるために潜伏していたオールスとミーソンを、撃ち抜いて一瞬で殺した。
「戦いというのは、名乗ってから始めるものだろう」
シャトラールとは思えないほどの速度と火力。その魔族は、シャトラールとサザーノルだけでも、私たちを皆殺しにできるほどの力を持っていた。
「私は、ブレオ。生前は、この村の村長をしておった。……どうした? 早く、名乗れ」
従わないと殺される、私はそう直感した。
「私はリカ。十六歳、五級魔法使い。お前を殺しに来た」
「同じく、五級魔法使いのコーストだ」
私たちが自己紹介をすると、ブレオは目を丸くして、声を漏らした。
「……二人とも、五級魔法使いじゃと?」
「そうだが、それがどうした?」
「お前たちは、この村で五級魔法使いのパーティーがいくつ全滅したか、知っているか?」
ブレオの全身から溢れ出ていた殺意が、一気に減衰する。
「……いいや」
「やはりな。……正解は、六つじゃ。魔法省は、五級魔法使いのパーティーが六つも全滅した危険地帯に、更に強い魔法使いを送ることもせず、五級魔法使いのパーティーをまた送ったんじゃ」
私とコーストは顔を見合わせた。人手不足と管理する事柄の多さで、魔法省はたまに状況や過去の結果を鑑みない事務をすることがあると言われていたが、まさか私たちがそれに巻き込まれるなんて。
「……そう。なら私たちが、例外になればいい」
――自信を持ってそう言い放った私は、その時、勝ちを確信していたんだ。
「怖いものを操る魔法」
サザーノルに防がれて落ちたナイフにまとわせていた血を、私はブレオと会話している間に、ブレオの足元の地面に移動させていた。そして、その血を無数の針のようにして、ブレオに突き刺そうとした。
「体を硬化させる魔法」
……のだが、その攻撃は、ブレオにかすり傷をつけることすらできなかった。
「オーイウム、か。確か、『体を硬化させる魔法』だよね」
「博識じゃな。お喋りはこれくらいにして、始めるぞ」
「わかってるよ」
ブレオは一気に距離を詰めてきて、自分に分がある肉弾戦に持ち込もうとした。私はナイフを使って攻撃を防ぎつつ、反撃の機会を窺っていたが、反撃の機会にありつくよりも先に、活力が尽きてしまいそうだった。
コーストの魔法を「体を硬化させる魔法」で受けつつ、ノールックでシャトラールを撃ち、ランクルの古代生物たちを撃ち殺すブレオ。その上に、私をここまで追い詰めているのだから、ブレオの能力は、本当に桁外れだ。ランクルは、安全地帯に隠れて、古代生物で私たちを援護してくれていて、エネリアは「願いを叶える魔法」で、ランクルをサポートしていた。そうやって、全員で協力しても、まるで歯が立たない。
(魔族との戦闘で、血がたくさん溜まっているところまで誘導する)
言葉を届ける魔法で、三人にメッセージを送る。ブレオの拳を食らわないよう、細心の注意を払って誘導を開始する。ブレオはこちらの意図に気づいていないようで、無心で私に攻撃を仕掛けていた。
「……強い。ここまで強い相手と戦うのは、久しぶりじゃ」
「そう、それは光栄」
背後に血だまりが見え始める。そろそろだ。
「――怖いものを操る魔法」
全ての魔力を使い切るくらいの勢いで、私は勝負を決めようとした。大量の血液を使い、鋭い槍を何本も作って、四方八方からブレオに突き刺す。ブレオの「体を硬化させる魔法」でも、流石に防ぎ切れず、その体から初めて少し血が流れた。
「……なるほど、すごい技術だ。だが、威力が少し足りないな」
攻撃に集中していて、ナイフでの防御を少し疎かにしてしまった。それが、私の敗因だった。
――防御に使っていた四本のナイフは割れ、私は顔面にブレオの拳を食らった。
「うっ……」
短いうめき声を漏らして、私は地面に這いつくばった。頭はガンガンと痛み、生温かい鼻血が大量に出ている。残念ながら鏡は持っていないから、自分の目を見つめることができず、「恐怖を操る魔法」でこの恐怖を取り除くこともできない。
「……今までよく耐えた。残念ながらお前は、ここで終わりだ」
ブレオが、私の顔に向けて右手を伸ばす。きっと、殴打ではなく、シャトラールで殺す気なんだろう。……「魔法使いらしい死を」ってことだろうか。本当に、余計なお世話だ。
「光の弾を撃ち出す魔法」
――死を覚悟していた私の耳に聞こえてきた声は、ブレオのものではなく、エネリアのものだった。何かが吹き飛ぶような音がして、私は恐る恐る目を開けた。
するとそこには、頭を吹き飛ばされ、地面に倒れているブレオと、ブレオの首から流れた血で生まれた血だまりに、眠るように座り込んでいるエネリアがいた。
――状況は理解できないが、身の危険は消えたと判断した私は、安心するように意識を失った。
*
「……ねっ、やっぱり私、天才だと思うんだよ」
「悔しいけど、認めるしかないな」
賑やかな声に起こされ、目を開けると、そこは知らない宿屋の一室だった。
「おっ、リカも起きたんだ!」
その長い銀髪を揺らして、私の方に近寄って来るエネリア。私は、やっと状況を思い出した。
「……エネリア、どうやってあいつを倒したの?」
「ランクルにコーフィンを出してもらって、『願いを叶える魔法』で『十秒後に私と位置を交換してください』ってお願いしたの。それから、コーフィンをあいつの真横まで飛ばしてもらって……最大火力の『光の弾を撃ち出す魔法』を、あいつのこめかみに撃ち込んだ」
褒めて褒めてと言わんばかりに、自慢げに言うエネリア。
「あいつを、シャトラールで殺したの?」
「うん。シャトラールは、私の唯一の攻撃手段だからね。人よりは上手に扱えるの」
「私の全魔力を注いだ固有魔法でも、倒せなかった相手を、エネリアは四大基礎魔法のシャトラールで……」
――その時、私の胸の中を満たしていたのは、純粋な憧れと、どうしようもない劣等感だった。