転生ヒロインは世知辛いこの世の未来を模索する
結局貴族フラグは折れなかった。
ある日自分が転生ヒロインであることを自覚した…思い出してから6年。ヒロインフラグと貴族への仲間入りフラグを折るべく邁進した。鋭意努力したつもりだ。
自分的には邁進したつもりだったが、しきれなくて失墜した。くやしい。
結果、私は4年前に侯爵家養女かつ長女にジョブチェンジ。名ばかりだけどね。
しかし名前に伴う責任は果たせと、教育はきびしかった。
知らんかった。カーテシーって筋力要るのね。コルセットもしんどい。慣れたけど。
勉学面は幸い、前世で長いこと教育を受けていたおかげか、苦にならなかった。
侯爵家の面々も驚いていたよ。平民で勉学の「べ」の字も与えられていなかった筈なのに、あら不思議。家庭教師からの評判は上々、普通の貴族子女が受ける教育範囲に2年くらいで追いつけたんだから。
これは良い買い物でしたわね、とは現在の義母である侯爵夫人のお言葉である。買い物て。
マナー関連はなかなか身につかずに泣いたけどさ。
そんなこんなで旅行気分で訪れた侯爵家に初めて訪れた時に閃いたとおり、侯爵家当主代行の婿取り及び、その後の相続放棄までしっかり敷かれたレールの上を、粛々と突き進んでいる。
乙女ゲーム、あるいはマンガの舞台である王立学校には来年入学の予定。
相続放棄するんだから、学校は行かなくて良いじゃん。と思うのだが、義両親は送り出す気まんまんだ。一応実子と同じ扱いをするつもりなのだろう。
貴族名簿に名前が掲載されている子弟は義務だから、といった面もある。
だからヒロインも学校行ってたんだなぁ。貴族子女としてのマナーはもちろん、勉学に関しては及第点以上とのお墨付きをもらっている。
良かった。少なくとも「天真爛漫な平民出身の侯爵令嬢」のフラグは折れていると言っても良いのではなかろうか。
そんなことを考えながら現実逃避を試みてはいるが、見目麗しい青年がにこやかな顔をして私の手を取っているせいでどうしても笑顔が引きつる。
エスコート先は庭園の中にある東屋。所謂見合いというやつだ。
断れない案件だよね、これ。
「それにしてもこのように美しい令嬢がメルシエ家にいらっしゃるとは。終ぞ知りませんでした」
「まぁ、お上手ですこと。懇意になさっているご令嬢全てにそのようなうれしいお言葉を囁かれているのでは?」
「これは手厳しい。私は正直を信条としておりましてね。心にも無い言葉は吐かないようにしているのですよ」
うふふと笑顔を作って内心をごまかす。
えー、うそばっかりー。学校でモテモテで、綺麗どころ侍らせてるって聞いてるよーー。
彼は両親と住んでいた町のご領主であるバリエ伯爵の弟、バリエ男爵エルネスト氏の息子さん。
エルネスト氏は伯爵家から分家して、余っていた男爵位を与えられたらしい。
次男以降は平民とする貴族が多い中、分家とされたからにはそれだけ優秀だったということだろう。
現在は男爵領を経営しつつ兄である伯爵様の側近としてお勤めをしているそうな。
その男爵家長男である彼は、そのまま爵位を継ぐことも可能だが、就職先として侯爵家を選んだ、ということだ。
そう、就職先扱いである。
今の私は侯爵家の娘なので希望すればもっと爵位の高い家の三男や四男を希望することも可能らしい。 しかしながら十数年後には侯爵家当主代行というぱっと見おいしい地位が無くなり平民確定な家は、入り婿先として人気が無い。
次の次の侯爵様である、義父のお孫様はちゃんと誕生している。現在6歳。待望の男子である彼が成長すれば、侯爵家当主代行の地位はあっさり取り上げられる。確実に、だ。
お孫様が成人を迎え、当主を引き継げるまで最低12年。12年が長いか短いかはわからないが、義父はまだまだ元気だし、下手したら中継ぎいらない?な気配が濃厚。
だとしたら、体の良い労働力としてしか見られていないと考えるのが当然だろう。
お孫様とはこの前新年の挨拶で会ったけど可愛かったー。
従兄弟は王都で着々と出世して王太子付きの筆頭となっている。生活の拠点は王都のタウンハウスで年に数回会えば良い方だ。とっても激務らしい。この世界にもブラック企業てあるのかな。いや、ブラック王城?
東屋に辿り着いて、これまた恭しく席までエスコート。
体幹鍛えてるっぽいスマートな動きである。
私が腰を下ろして侍女がドレスの裾を直すのを大人しく待っている間に、彼は東屋の傍らに咲く薔薇を一輪、小さなナイフを使って摘み取ってからぷちぷちと器用にトゲを取り除く。
間を置かず別の侍女がテーブルにお茶とお菓子を用意してくれる。紅茶にも軽く薔薇の香りが添付してあるのか、差し出された薔薇と相まって一層豊かな香りが辺りに広がった。
「この手に咲く美しい薔薇のような貴女。いかがでしょう。私は貴女のお眼鏡にかないましたか?」
「わたくしの眼鏡など。生憎と色眼鏡を着けておりまして。彩な色であれば良いのですが、残念ながら生まれ持った色は些少障りのある色で。義父の曇り無き眼に叶いますれば、それで」
「それはそれは。今後仲良くしていきましょう」
差し出されたそれをそっと受け取る。
流れるように侍女にパスするとタイミング良く用意された一輪挿しに据えられてテーブルの中央に設置。いいね。鮮やかな朱色でテーブルがぱっと明るくなる。
採取しやすい薔薇があり、花瓶も用意万端、お茶さえもそれに合わせてあるとは。仕込み済みと見える。
屋敷内でそれだけ好き放題出来るってことは義母が協力してるってことで、義父的にも彼は合格てことだねー。
訳すると「契約相手としてはどうだい?」「私に聞かずに義父に聞いてください。私が口を挟んだら「平民が選んだ」って馬鹿にされるよ?義父の許可があるなら良し」「侯爵閣下からは既に了承を頂いているから、よろしくね」といった具合か。
ふむと頷き、お茶を手に取りつつにこやかな彼に目を向ける。
笑顔ではあるが、あくまでも儀礼的なもので愛情を持った視線ではない。しかし平民だからと馬鹿にしたような色や、侮る気配は見受けられない。よしよし。
なんと言っても私としてもこの婚約は歓迎出来る物である。
マンガではヒロインに婚約者なんて居なかったから、あの環境に陥る危険性からますます遠のくことが出来たのではなかろうか。
順調じゃないか!!
貴族子女としてガワはかなり盛ることが出来たし、婚約者有りなので立場的に攻略対象へふらふら近づかない理由となり、罷り間違って好意を持たれても「婚約者がおりますので」で逃げ切ることができる。
完璧じゃないか!!!!
目の前の彼及びその父としても、当主代行の間真面目に勤め上げれば、後はそのまま重役として居残ることが可能、ついでに分家して子爵家を貰えるというのは大層魅力的らしい。
「ちまちまと小さい領地を経営しながらご領主に仕えるなら、侯爵家側近の方がお仕事的に美味しい。行く行くは子爵家当主だしね」というのが釣書を送持ってきたエルネスト氏が言い放った言葉である。
なお、私と婿が侯爵当主代行を降りた後に与えられる予定の子爵家は、本来私の父が与えられる予定だったものである。父がその座を蹴って出奔してしまったため、今現在も浮いた爵位となっているそう。
「本当は子爵家までは与えるつもりはなかったのだがな」とは、現在の養父である侯爵の談。
エルネスト氏の口八丁手八丁な交渉といくつかの営利的条件を提示され、確約取られちゃったんだってさ。
内容としてはひとえに隣の領地であるバリエ領との政略としても良い話であったこと、彼が学校で優秀な成績を修めており、政治的な会話にも問題なくついてこれる聡明さを示したことが挙げられる。
ダメ押しで父推薦というアシストもあり、合わせ技で息子の将来をもぎ取ったそうな。
侯爵としても、大事な孫のため、ひいては家のため優秀な人材を末永く囲い込むことができるし、いくつかの業務提携や通行料などの優遇が見込め、ついでに善政とされているバリエ領の経営手法を取り入れることができるという副次的効果も見込めるため悪い話ではなかったようだ。
ちなみにエルネスト氏は、私の父の友人だ。
父がお役所の試験を受けに行った際、父を見つけて激務に引き込んだ人なんだと。つまり父の上司。
美味しいお菓子を手に取って、うふふと笑い合う。
「どうでしょう。近々観劇など」
「あらうれしい。最近流行の演目はどのようなものがあるのでしょう」
「なんでも高貴な男性が、平民女性と『真実の愛』に目覚めるといったものとか。女性達に大層好まれているそうですよ。偶然席が手に入りまして」
「『真実の愛』」
愕然とする。なんだと?やだー。こんなところでその単語出てくるのー?
思わず表情筋がわずかに動く。口元引きつったよ。
それに気づいたか、おや、と意外そうな顔をされてしまった。
「お好みでない?」
「いえ、そのような。……いいえ、そうですわね。よろしいわね、『真実の愛』。誰にも迷惑をかけるようなことが無ければ」
「そうですねぇ。実は原作である物語は、他の国で実際にあった内容だそうですよ。演劇用に多少の脚色は施されているそうですが」
「美談として」目を細め、こそりと囁かれる。口元には皮肉な笑み。
ああ。平民女性の下剋上は実際にあったことなのか。
それを演劇に仕立て「美談」とし、大衆へのプロパガンダと平民女性の下駄として利用してるってことね。
空を仰ぎそうになるところを頑張って堪える。
ハッピーエンド後用の仕込みかよ。
この手法が上手く行っているってことは、乙女ゲームのハッピーエンドでも二番煎じされそう。
やだなぁ。なんて恥さらし。
この世界、なんかこう、現実的なんだよね。
フラグなのか、下地と言うべきなのか。
後々矛盾が出にくいような世の中になっていると言うか。やだなぁ。
乙女ゲームの流れに持って行かれそうな気配はかなりあるが、諦めたくはない。
「お話としては美しいでしょうね『真実の愛』。肖ろうとは思いませんが」
「なぜ、と伺っても?女性はお好きでしょう。情熱的な愛を囁かれると心が踊ると聞きますよ」
「人それぞれではないでしょうか。わたくしは、あまり」
「なるほど」
誰情報だよ。学校で仲良くしてるお嬢様方かな?にやりとしそうになったので手に持った扇で口元をそっと隠す。
遊びだと思いたいけど。私と結婚するまでにはちゃんと手を切っとけよ。入り婿で愛人有りなんて、また別の物語になりそうだ。「お前を愛することは無い」なんてね。
頭良いって聞いてるし、馬鹿ではないと信じたい。そこまで考え、思わず美形と囃し立てられているらしい顔を伺ってしまう。
だ、大丈夫だよね?義父OKが出てるってことはその辺クリーンだよね?
結婚前に愛人なんて、増して子供なんて居てみろ。義父が見逃す筈が無い。消されるぞ??ちゃんと弁えといてね?
自分はともかく、彼の未来や考えは想像するしか無いため希望的観測に縋るしかない。
「それよりもエクトル様の事を教えてくださいな。確か来年ご卒業とか。わたくしが来年入学なので、すれ違いになってしまいますわね。残念に思います」
「そうですね。それでは学校の話など。あちらにも幾つか美しく整えられた庭園があるのですよ。ここまで完璧ではありませんが。東屋は恋人達に人気でね。中でも薔薇庭園の物は花の季節に結婚や愛を囁く男女に最適だ。皆意中の相手を誘うのに躍起になっているよ。女性もね」
「内緒だよ」と言いつつウィンク。うへ。やめろ。その手管は私には不要。
「まぁ。残念だわ。エクトル様に愛を誓っていただく機会はございませんのね」
「もっと良い場所にお誘いしますよ。期待をしておいてください」
「楽しみにしています」
そんな会話ながらうふふーと微笑み合いつつ見合いは終了、「相性良し」とされて婚約は整った。
晴れて乙女ゲームフラグは折れたと考えたい。頑張った。
次は生活改善である。
貰える予定の子爵領、お勤め終了前に手を入れることはできるかな。
エクトル氏からバリエ領の内政を参考とするよう、協力してもらえないかな。
そんでもって、もう一歩進めて平民の環境もニッポンに近づけたい。
私だけ良しとなっても寝覚めが悪い。この先、同じように転生しちゃう人が居ないとも限らないし。
そう言えば、バリエ伯関係者に転生者いるのかな?
これまで大っぴらに調べることはできなかったが、親族の婚約者の立場だったら可能かもしれない。
がんばるぞーー!!