これだけ愛しているのに、教会の同僚たちに先を越されました。
「『争わなければ愛は遠くなる』。
これは世界各国で行われた
"特別市場調査<統合版>"のリサーチコメントに
記されている一文です。
大勢から愛される商品は、
派閥争いが終わると共に
望んでいたものから遠くなる。
……という"市場心理"の原則を
表した言葉なのです。
主力商品を一本化したり、
派生商品が作られなくなると、
不利益が出たときに
主力商品に不満が向けられるのです。
そして望まぬ改善が実施されてしまう。
しかしデコイとなる商品があれば、
望まぬ改善を回避できるのです。
不満をデコイに向けたり、
会議で責任を分散させることができますからね。
あるいは"自分が気にしない要素"を
デコイに仕立ててしまうのもありでしょう。
普段から商品パッケージで
熱心な派閥争いをしておくことで、
改善を中身に向けさせないという手法です。
これらが商品における
『争わなければ愛は遠くなる』です。
商品は内外に争うデコイがいないと
劣化してしまうのです。
また"完成された商品"であるほど
劣化の確率が高くなるというのも、
この現象の恐ろしいところです。
改善点がなければ、
悪い方向に変更するしかありません。
しかし優しさ故の現象なのです。
ヒトという動物が、
商品よりも"人を大切にしている"という
証でもあります。
商品が悪ければ、不利益を出した担当は傷つきません。
さて本題です……。
"人の愛"においても
この心理現象は確認されています。
ある市町村が調査した結果、
『日常的に他人の短所を指摘できるカップル』ほど、
関係が長続きしやすいという
傾向があったのです。
この傾向は、民には体感的に知られており、
数年前まで"ストレス発散"が
要因であると考えられていました。
しかし違ったのです。
カップル破局の引き金は、
"パートナーの短所の悪目立ち"でした。
他人というデコイがないと、
改善の矛先はパートナーに向くのです。
同調査において、
『わかりやすい欠点を作るカップル』は
関係が長続きするという
傾向もありました。
"関心のない欠点<デコイ>"を指摘させることで、
"本命の欠点"を指摘させなくするのです。
『デコイに対する言い争い』なので、
"他者のことを指摘し合っている"に等しい。
カップルは互いに傷つきません。
争いのデコイを作ることは、
"人を傷つけない優しさ"なのです。
好きな相手のために
『身代わりとなる改善点を指摘』すれば、
その人を『他人の指摘から守れる』のです。
ただし『守るための指摘』を行うには、
守りたい相手をよく理解している
"本当に愛する者"であることが
何よりも大切です。
現象を何も知らない人にとって、
身代わりの指摘は"ただのいちゃもん"に
見えてしまうのです。
そして理解の浅い者ほど、
あなたの好きなものを"破滅"に導く。
『よからぬ改善点』を指摘してしまいます。
あなたが"本当に愛する者"なら、
『身代わりとなる改善点を指摘する力』を
持っているはずです。
"好きでたまらない相手"を守りたければ、
『身代わりとなる改善点』を用意しなさい。
身代わり……デコイを周知すれば、
その人の最も守りたい部分を
改善されずに済むはずです。
あなたが動かなければ、
その好きな人物は"あなたの望まぬもの"に
変貌してしまうでしょう」
「俺の……好きな人物……」
教会の一室にて。
聖女は女神に恋愛相談をしていた。
仲良くしたい想い人がいるが、
趣味が合わないという相談であった。
聖女はその人物の
趣味以外の全てを好いていた。
しかし趣味が合わないことで、
他の女性に後れを取っているのだった。
「聖女よ。あなたはその男の
趣味が気に入らないのでしょう。
ならばその趣味を
"身代わりの改善点"にしてしまいましょう」
「そうか!俺だけじゃなく、
他の奴らが改善を促せばいいんだな!
ありがとう女神様!」
聖女は女神に礼を言うと、
教会の広間に向かう。
頭の中には、想い人の姿が浮かんでいた。
聖女の想い人は、教会の神父であった。
「神父……。てめえの悪趣味を
叩き直してやるぜ」
聖女は広間の扉を開ける。
広間で待ち構えていたのは
教会に務めるシスターたちであった。
「くくく。生意気な聖女め。
女神の知恵を借りるとはな」
「くっ。てめえら!
相変わらず神父の趣味話か?
シスターの趣味が呪術だなんて、
ちっとも笑えねえな」
「聖女の貴様にはわからんさ。
呪術の心地よさはなぁっ!」
神父とシスターたちが持つ
"共通の趣味"とは呪術であった。
人を呪い殺すことが
この教会では常習化していたのだ!
「てめえらの趣味なんざどうでもいい。
聖女の俺には効かねーしな。
好きにすりゃいいさ。
だが、神父を巻き込むなら話は別だ!」
聖女が教会にやってきたとき、
神父はまだ正常であった。
人を呪い殺す教会の中で、
唯一、シスターたちの改心に手を尽くしていた。
しかし逆に"人を呪え"と
改善点を指摘されてしまい、
神父はシスターたちに改心させられてしまった。
今では、呪術趣味のシスターたちとだけ、
神父は交流するようになっていた。
「貴様には何もできやしない。
神父の呪術趣味は本心だ。
私達が呪いで操っているわけではない」
「だから問題なのさ。
神父が呪い殺したいのは、
お前達シスター共なんだぜっ!」
「な、なんだと!?」
聖女の言葉は嘘であった。
これは女神の言っていた
『神父の趣味を改善点にする』を
実現するための嘘なのである!
「神父は以前から
お前達の趣味に嫌気がさしていたんだ!
その気持ちが呪いで増幅され、
お前達に向けられてしまった!」
「そ、そんな……」
「神父が呪術をマスターすれば、
お前達を始末するだろうな!
……だが1つだけ助かる方法がある。
聖女の俺を信じろ!
全員を救ってみせる!」
「……今の神父に
我らの呪いが通じるとは思えない。
わかった協力しよう。
使っている身だからわかるが……、
呪い殺されるほど辛いことはない!
絶対に避けねばならん!」
シスターたちは呪いを恐れて、
聖女への協力を約束する。
こうして聖女は、
神父の呪術が改善点だと思わせることに
成功したのだった。
翌日、シスターたちは神父に
呪術などやめるべきだと改善を促した。
数に押し負けた神父は、
呪術の力を捨て去ったのである。
更に、シスターたちは
仲間内からの呪いを恐れ、
呪術を敵視するようになった。
教会内で解呪が決行され、
呪術趣味のシスターは消え去った。
こうして教会に平穏が訪れたのだ。
聖女は、神父と恋仲になっていた。
女神の言いつけを守り、
"神父は昼寝をするべきだ"という
どうでもいい論争を引き起こしていた。
人々が教会に持つ不満は、
"神父が昼寝をしないせいだ"という感じで
改善点の指摘に置き換えられている。
神父が昼寝の改善をするのも
時間の問題である。
当然、昼寝のことなど
聖女にはどうでもいいことであった。
しかし聖女の大好きな神父を
改善されないためには、
他のデコイとなる改善点が必要なのだ。
聖女は今日も
昼寝をしない神父の愚痴を話している。
その愚痴は、シスターや来客を通じて広まり、
大好きな神父を守る盾となるのだ。