五話
清野が亡くなったと聞かされてから、一晩が経った。
起きた当初は重衡卿と添い寝していたことに動揺していたが。すぐに、清野をあるお寺にて弔うと言われたことを思い出す。朱鷺乃は御帳台から出ようとした。が、重衡卿はなかなかに放してくれない。
「……殿、お時間ですよ!」
「……ちっ、来たか」
女房がやってきて、御帳台から出るように促してきた。舌打ちをしながら、重衡卿は朱鷺乃を離した。朱鷺乃はほっとしながらも彼から離れる。御帳台から出ると女房は四人程来ていた。
「さ、お方様。身支度を致しましょう」
「わかりました」
頷くと、女房の内の一人が衣装を取りに行く。残った二人は朱鷺乃に角盥を差し出す。
「顔を洗ってくださいませ」
「わかった、中将様にもそう言って差し上げてください」
「殿はいいんです、お方様が先ですよ」
女房のあまりの言い様に朱鷺乃は苦笑いする。角盥が床に置かれたので、屈んで水を両手で掬った。何度か顔を洗う。歯も磨いたりしてから、渡された麻布で水気を拭った。鏡の前に行き、香油を塗りこむ。そうしたら、櫛で梳かしていった。延々と梳かれ、終わると。次は衣装の着付けだ。着ていた寝巻を脱がされ、衵と呼ばれる下着を身に纏う。帯を締めたら、上に小袖を着る。さらに切袴を履いたら、袿を三枚程重ねて着込んだ。
再び、帯で締めて裾の長さを調節する。髪も等間隔で結わえ、円を描くような形で袿の中に入れてしまう。最後に軽くお化粧をして、身支度は終わった。
「では、殿。身支度をなさいませ」
「何で、私は後回しなんだ」
「あら、お方様に無体な事をなさいましたよね。私どもは知っていますよ?」
重衡卿はぐうの音も出ないらしい。それでも渋々、身支度を始めたのだった。
一刻が経ち、重衡卿も身支度ができたらしい。朱鷺乃は牛車でなく、直接徒歩で行くと言ったが。それは周囲から強く反対された。
「お方様、それは危のうございます。せめて馬で行かれませよ」
「仕方ないですね、わかりました」
頷くと、重衡卿は厩舎に行くと告げた。女房達や従者達も頷き、慌ただしく準備が始まる。朱鷺乃も頭から被衣をして肩の辺りに留め具を付けてもらう。市女笠の代わりだ。衵扇の代わりに蝙蝠を持たせられた。顔を隠せという事らしい。しょうがないと受け取る。しばらく経ってから、重衡卿や四人程の従者が馬を引き連れて庭に出てきた。
「では、行きましょうか。朱鷺乃」
「はい、中将様」
「……足元に気をつけて」
頷いてから、馬に乗せてもらう。重衡卿に助けてもらいながら、何とか背に跨がった。なかなかに高さがあって怖くはある。重衡卿も後から乗り、両脇腹を軽く鐙で蹴った。手綱を持つと馬は緩々と歩き出した。従者達も各々乗ると後を追いかけるのだった。
日が高く昇る頃に深草と呼ばれる地に着いた。こちらの尼寺に、清野の亡骸が安置してあると重衡卿は言う。馬から降りて、朱鷺乃は寺の敷地内に入った。簀子縁辺りに庵主と思しき、尼君が立っている。
「もしや、清野殿の縁者の方か?」
「はあ、そうですけど」
「なら、話は早い。中へ」
尼君に促されて階に行き、草履を脱ぐ。上がり、簀子縁にまで行った。
「よう来られた、清野殿の舞はそれは見事じゃったからの。わらわもよう覚えておる」
「あの?」
「ああ、名も名乗らずにすまぬ。わらわは今は章貞尼と言うての、清野殿とはいとこの間柄じゃ。こちらの尼寺の庵主をしておる」
清野のいとこに当たるらしい庵主の章貞尼は、にこにこと笑いながら朱鷺乃を招き入れた。有難く、入らせてもらう。中の少し奥まった所に清野の亡骸が寝かされていた。朱鷺乃は目が潤んでくるのがわかる。
「……清野殿もほんに気の毒にのう、わらわが知っておったらと思うと。真にやりきれぬ」
「そうですね」
「あなたも名を教えてくれぬかや?」
「朱鷺乃と申します」
「朱鷺乃殿か、良い名じゃ」
章貞尼の言葉に頷き返しながらも清野の亡骸に近づく。一度、手を合わせて祈りを追悼の意を表した。顔には布が掛けられていたが。それをそっと、どけた。清野は思いの外、穏やかで安らかな顔で瞼を閉じている。見た所、外傷はない。火傷の痕もないがどうしてか。朱鷺乃は清野に声をかけた。
「……姉様、遅くなってごめんなさい」
そう呟くも答えはない。朱鷺乃は袖で涙を拭いながら、布を掛け直した。章貞尼がそっと近づいて朱鷺乃の背中を撫でる。しばらくは涙に暮れた。
しばらくして、亡骸を荼毘に付す事になった。従者達が丁寧に亡骸を運んでいく。それを見送りながら、朱鷺乃は重衡卿と寄り添っていた。
「朱鷺乃、これを」
「はあ」
重衡卿は不意に何かを手渡してくる。受け取ると、小さな布包みだ。開けてみたら中には玻璃の念珠が入っている。驚いていたら、重衡卿は痛ましげにしながらも言った。
「それを使ってください、清野殿を送るには良いと思いましたから」
「重衡様」
「行きましょう」
朱鷺乃は黙って頷いた。手を引っ張られながら、清野が荼毘に付される場所へと向かうのだった。