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一話

 昔に白拍子と呼ばれた女性達がいた。


 白拍子は、いわゆる遊女であるが。男装をして扇を持ち、舞を客に披露していた。これは白拍子をしていたある少女の物語である。


 世間からは、祇王妓女と呼ばれた姉妹が持て囃されていた。平家の当主の平清盛卿が気に入り、召し上げられたのだ。

 それを姉様(あねさま)と慕う清野から聞いた朱鷺乃(ときの)は複雑な心境だった。祇王妓女程の美貌も技量もない私には、縁が遠い話だ。朱鷺乃はため息をつく。


「……朱鷺乃、あんたはこれからどうするの?」


「どうすると言われましても。私は、白拍子をこれからも続けられたら構いません」


「もったいないわね、朱鷺乃も舞や今様に関してはかなりの域に達しているのに」


 清野もため息をついた。朱鷺乃は苦笑いをする。


「仕方ないですよ、姉様。もう支度をしますね」


「わかったわ」


「では、失礼します」


 朱鷺乃は立ち上がり、湯浴みをしに行く。清野が心配そうに見つめていたのには気づかなかった。


 湯浴みを済ませて衣装を身に纏い、お化粧を施す。そうした上でお客人の邸に赴く。今夜は桜梅中将の君の邸らしい。朱鷺乃は珍しいなと思う。徒歩で中将の君の従者に案内をしてもらいながら、門をくぐる。


「……緋乃(あかの)御前。こちらですよ」


「わかりました、案内をありがとうございます」


「ええ、中へお行きください」


 緋乃御前もとい、朱鷺乃は一人で邸の中へ入った。階に上がりながら、草履を脱ぐ。段を上がり、簀子縁にまで行くと女房が出てきた。


「まあまあ、緋乃御前じゃない。あなた、今日もいらしたの?」


「え、ええ」


「つい、三日程前にもあなたを見たわよ。随分と気に入られているのね」


 女房はそう言うと、衵扇で口元を隠した。ちらりと横目で冷たく見据える。


「おお、嫌だわ。これだから端女(はしため)は」


「……私はもうそろそろ、行きますので」


「わかりました、せいぜい殿に媚びを売ってきなさいな」


 朱鷺乃は内心でため息をつきながらも、女房にお辞儀をした。女房はつんと横を向いてしまう。さっさとその場を離れたのだった。


 朱鷺乃は廂の間にたどり着く。正座をして、両手をついた。


「おお、緋乃御前。よう来た。早速、舞を見せておくれ」


「……かしこまりました」


 朱鷺乃は、すっと立ち上がる。少し離れた所に眉目秀麗な殿方と中年とおぼしき殿方の二人が座って、酒盃を交わしていた。左側の眉目秀麗な殿方が桜梅中将の君だろうか。右側の殿方はわからない。ぽんっと鼓が鳴り、朱鷺乃は指先や足先に意識を集中させた。


 ゆっくりと腕を動かし、くるりと回る。優雅にそれでいて繊細な動きで舞を舞う。朱鷺乃の白拍子舞に桜梅中将の君も殿方も、一心に見入っていた。


「……ふむ、なかなかですな」


「ええ、このたびは彼女を呼んで正解でした」


「確かに、緋乃御前の舞は優美です」


 桜梅中将の君は、満足そうに盃を飲み干した。朱鷺乃は舞に集中しながらも、横目で盗み見る。今宵は枕席(ちんせき)の方も所望されるだろうか。まあ、それはないだろう。そう思っていたら、楽が終わった。朱鷺乃は再び手をついて深々と頭を下げた。


「緋乃御前、見事な舞であった。また、よろしく頼みますよ」


「……御意に」


「うむ、そなたの評判は私も聞いています。お祖父様も気にしておられましたよ」


 桜梅中将の君は盃にお酒を注ぎながら、にっと笑った。


「相国様がですか」


「ええ、お祖父様も一度はそなたの舞を見てみたいと仰っていました」


 朱鷺乃は無言でいた。何と返したらいいのか、わからなかったからだ。桜梅中将の君はそれ以上は言わない。隣にいる殿方も目配せをしてくる。朱鷺乃はまた、頭を下げるとその場を去った。


 ほうと息をつきながら、朱鷺乃は小屋に戻る。早速、衣装を脱いで化粧を落とした。烏帽子も脱いだりしてから、普段使いの小袖に着替える。帯を締めたら、髪を櫛で梳く。そうしてから、姉様と慕う清野に声をかけた。


「姉様、今日も無事に終わりました」


「あら、朱鷺乃。帰っていたのね」


「ええ、夜の席はありませんでしたけど」


 それだけを言うと、清野は意味がわかったらしい。苦笑いの表情になった。


「そうなの、あんたにとっては良かったわね」


「ですね、枕席に侍るのだけは真っ平です」


「ふふ、そんな事を言うのは朱鷺乃くらいよ」


 清野はそう言って、朱鷺乃に夕餉のお膳を出してくれた。(ひえ)(あわ)入りの雑穀ご飯に山菜が入った汁物、鰯の塩漬けが盛り付けられている。普段よりは豪勢だ。朱鷺乃は、お箸を手に取って食べ始めた。素朴な味わいだが、常はもっと質素な時もある。文句は言わない。そうこうする内に、朱鷺乃は完食する。食器を洗いに井戸へ向かう。釣瓶で桶を井戸の下まで落とし、水を汲み上げた。桶に入れて食器を浸す。あらかじめ、持ってきておいた古布で汚れを落とした。全てを洗い終えたら、お膳ももう一枚の布で軽く水拭きする。一通り終わり、朱鷺乃は小屋に戻った。食器などを元にあった場所に戻してから、囲炉裏端に行く。


「朱鷺乃、もう夜も遅いから寝なさいな」


「そうします」


 朱鷺乃は頷いた。先に(むしろ)を敷いてから、横になる。眠りについたのだった。

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