オカズガール 〜 私をオカズにしてください 〜
廊下を歩いていると、同級生の坂田美桜がイケメン先輩に追いすがり、叫ぶように同じ言葉を繰り返しているのを目にした。
「お願いです! 火浦先輩!」
「お願いです! 私をオカズにしてください!」
同じボランティア部員としてほっておけなかった。
「おい……! 坂田!」
俺が声を掛けると、スカートを翻して振り向いた。
「あ。……誰だっけ」
「同じボランティア部の同級生の名前を知らんのか!」
「ごめんなさい。あたし、人の名前と顔を覚えるのが苦手で……」
「まぁ、いい」
本当はよくはなかったが、俺は名前を言うのは諦め、説教を始めた。
「おまえな……。衆目のある中で堂々となんてことを言うんだ。火浦先輩も嫌がってたろうが! ボランティア部の恥をさらすような真似は……」
すると坂田はきょとんとした顔で俺を見る。
何かをわかっていない顔だ。
一体何をわかってないというんだ。
とりあえず何か様子がおかしいので、確認をとってみることにした。
「おまえ……火浦先輩に、自分を使ってその……己を慰める行為をして欲しいと、頼んでたんだよな?」
「何のこと?」
きょとん。
「じゃあ、おまえは何のことを言ってたんだ?」
「大きな声じゃ言えないけど……」
耳元でヒソヒソと教えてくれた。ちょっとドキッとしてしまう。
「あたし、じつは、自分の身体を人に食べてもらうことの出来る『オカズ人間』なの」
意味がわからなかった。
坂田のかわいい顔をまじまじと見つめてしまった。
可哀想に。こんなにかわいらしい顔をしているのに、頭がおかしいのかな。
そう思っていると、坂田が自分の人差し指を、プチッともいで手渡してきた。
「ほら、食べてみて?」
「わあっ!?」
坂田が自分の人差し指を手に持って、差し出して来ている。
その人差し指が、切り取られたトカゲのしっぽみたいに、ウニウニと動いている。
「大丈夫。美味しいよ?」
俺は何も言うことが出来ず、ただ想いを密かに寄せていた女の子の指と顔を交互に見た。
「ほら」と言いながら、坂田が彼女の指を、俺の口に差し込んで来た。
「ぐわあっ!?」
吐き出そうとしたが、出来なかった。
大好きな女の子の人差し指が口の中に入れられたのだ。それを汚いもののように吐き出すなんて、出来なかった。
むしろ舌で味わい、前歯で甘噛みし、遂には奥歯で咀嚼してしまった。
思わず声が出た。
「……白飯が欲しくなるな。確かに」
「でしょ?」
俺に味を褒められて、坂田が嬉しそうに笑う。
「しかも栄養満点で、筋肉モリモリになる効果があるんだよ?」
「いやいやいや!」
俺はふつうに乗せられかけていた自分を吹っ飛ばそうと、激しく首を横に振りまくった。
「おまえ、何なの? 何の能力だ、それ!?」
「説明すると長くなるわ。とにかく、茶道部の火浦先輩が『もっと筋肉があれば、一日中でも茶筅を回していられるのに』って嘆いてらっしゃったから、力になろうと思ってたのよ」
「それだけなのか?」
「え?」
「火浦先輩のことが好きとか、そういうことではなく?」
「当たり前よ。あたしあんなヒョロガリイケメン、タイプじゃないし。ただボランティア部員として、奉仕したかっただけよ」
ホッとした。
「よしわかった。俺が火浦先輩に説明しよう。そしておまえをオカズに白飯を食べたくなってもらおう」
「本当に?」
「ああ。俺だってボランティア精神のかたまりだからな」
「ありがとう!」
坂田が俺に抱きついて来た。
こんな人目の多いところでなんて大胆なことをするんだ……、嬉しい。
「じゃあ、あたしの全部の指と、お尻のお肉を食べてもらおう」
「そ……、そんなに食べさせるのか?」
「うん。それぐらいしないとあのヒョロガリがガチムチにはなれないから……。あ、でも……」
「なんだ?」
「食べさせた相手がもしあたしのことを変な目で見てる人だったら効果は100倍になるんだけど……ま、あの先輩があたしのことをそんな目で見てるわけないか」
それを聞いた瞬間、自分の胸の奥から、熱い血潮のようなものがドバーッ! と勢いよく溢れ出して来るのを感じた。
胸筋が熱い!
上腕二頭筋が熱い!
大腿四頭筋が燃えるようだ!
「ウワアアアアア!!!」
俺は学生服を筋肉で破砕した。
「キャアアアア!?」
坂田が戦慄の声を上げる。
100倍なんてもんじゃなかった。1,000倍ぐらいの効果あったんじゃないか、これ?
変な目で見ていたのだ、俺は、坂田のことを。その人差し指を食べてしまった効果はハンパなかった。
俺は超人ハルくんのように緑色になると、身長も伸び、廊下の天井を頭で破壊した。
これ、坂田がカノジョになってくれたら俺、世界をも破壊できるな。
そう思っていると、彼女が心配するように、
「だっ……、大丈夫!? えーと……キミ!?」
と、俺の名を、呼んでくれなかった。
まずは名前を覚えてもらうところから始めよう。
この力を使って世界征服に乗り出すのはそれからだ。




