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シャロン:7

 ジュメーラ本体とそれが放つ瘴気、加えてジュメーラを置いておけるだけの土地。これらをまとめて浮かせようという計画を実行に移すだけの有能な道士の数。これを算出し、実際にかき集めてくるまでに一ヶ月を有した。


 多少なりと時間がかかったが、計画実行にまで漕ぎ着けられたことは幸いと言える。


 対して不幸と言うべき、もしくは当然と言うべきは、ジュメーラの受け入れに名乗りを上げる国が結局何処にも無かったことだ。


 さもありなん。何を好き好んで国土を瘴気の毒にまみれさせようか。中には密かに軍事利用を画策した者も確かにいたのだが、彼等はジュメーラが御せるものではないと見るや早々に手を引いた。或いは、ジュメーラとの対話ができるシャロンを取り込めたなら瘴気の悪用も企めたかもしれないが、シャロンがそれに応じる筈もない。


 自身を取り巻く状況に対し、彼女の心意はその決断で示された。


「ああ、今日は快晴ね。見晴らしがいいわ」


 そう言ったシャロンの眼下には大地が広がっている。朝日に照らされた山々には僅かに朝霧が残り、遠く見える町並みからは飯炊きの煙らしい白い筋がいくつも揺らめいて見えた。


 シャロンは朝の目覚めの儀式とばかりに四肢を伸ばし広げ、誰に気兼ねすること無く大きく欠伸をする。


 そんな彼女の所作をいちいち見咎める者は、この地にはいない。彼女の傍らにいるのは物言わぬ異形の生き物が一体。それだけだ。


 そう。コニーが提案した瘴気をまるごと霊気で包んで空に押し上げる計画が実行された日、シャロン・フォンコスはジュメーラと共に空に上がることを選んだ。


 瘴気悪用を企む輩に人の醜さを見た。そんな悪党どもの餌食にはさせないと言ってくれたオスカーやコニー達に迷惑をかけたくなかった。はたまた、故郷から次元をも超えて流れ着いた遠い異境の地で孤独に生きることを強いられたジュメーラに同情したのか。


 様々な思いが混然とする中で、彼女を踏み切らせたのは道士コニーの一言だった。


「センセー。魂の形が人の性から外れてますよ」


 そう言ったコニーが一瞬見せたシャロンへの眼差しは、おそらくシャロン達が初めてジュメーラを見た時のそれに似ていただろう。ただの一度、一瞬の事ではあったが、信じられないモノを見てしまったと言いたげなコニーの視線に、シャロンは自分が人ではなくなったのだと、見た目は変わらなくても中身はジュメーラに近いものになったのだと、そう悟った。


 実際、ジュメーラと共に空に上がってからその変化を自覚した。


 歳を取らない。お腹が空かない。どうやらシャロンは異界からの旅人ジュメーラとの接触の影響で、この世の時間の流れから弾き出されたらしい。


 そんな世間のはぐれもの一人と一体を乗せた空飛ぶ瘴気島は、その後数年に一度、計五回に渡って術のかけ直しが行われた。


 瘴気が漏れ出ないように、空から落ちてこないように。コニー率いる伝説級道士の一団が繰り返し行使する術を見ているうちに、この世界の霊気と異世界の瘴気が反発しあう様を間近に見ているうちに、シャロンとジュメーラは自身が纏う瘴気の扱いを覚えていった。


 そして、道士の集い六度目で再開したコニーの前でシャロンとジュメーラは瘴気側を操ることで瘴気の島を浮かせてみせる。


「歴史上、魔術と道術の両方扱う方は何名か記録にありますが、瘴気を操る魔術師なんてセンセーだけですよ」


 シャロンの能力開眼に驚嘆して言うコニー。年期を重ねて落ち着いた雰囲気の婦人に成長し道士協会の会長に就任したコニー・ノースに対して、シャロンは昔と何も変わらない若々しいままの顔で得意満面に笑い返してみせた。


 このシャロン達の瘴気操作習得を機に道士団の派遣は凍結されたが、コニーだけはその後も数年に一度のペースでシャロンの元を訪れ続け、島の下での出来事などを話してくれた。


 瘴気の消えた国境越えの山の開発が進み、直通の大トンネルが完成したこと。オスカーが騎士団を勇退し、教師として騎士の玉子達を育てていること。コニー自身は、道士協会会長を後任に引き継いで悠々自適な旅暮らしなこと。


 そして、この世界の空のどこかに小さな浮き島があり、島には冥界へとつながる門があって魔女が門番をしているという噂が流れていること。


「冥界への門番とは、我ながら随分と大層な役をいただいちゃったものねぇ」


「そもそも発端になった山の瘴気について真相を知る方が少なかったですから。そこから月日が経って噂に尾ひれが付いて、どんどん脚色されて、今や絵物語のひとつですよ」


 どこか他人事のように言うシャロンに対してそう言って返したのは、コニーではなくコニーに似た道士服を纏った妙齢の女性。コニーが将来性を見出だし弟子にとった娘で、名をエニーといった。


 そのエニーの師コニーはと言えば、健勝のまま歳を重ねて今や齢三桁に達している。ただ、健勝と言っても流石にシャロンの元までの旅路は厳しくなり、後任を弟子のエニーに託したのだ。


「ああ、そう言えば旅芸人の一座がその魔女を題材にしたお芝居の興行をしていましたね。お師匠様に連れられて見物に行きましたよ」


「うわ、何それ。滅茶苦茶気になる。スッゴい見たいわね。過去イチ空に上がったことを後悔したわよ」


 肩をすくめ大袈裟に悔やんでみせるシャロンの様に、エニーがクスクスと笑う。


「お師匠様も、あなたがきっとそうおっしゃると笑っておいででした。さてと、私はそろそろお師匠様の所に戻りますね」


 笑いながらエニーが腰を上げる。外套に付いた埃を払い、手近な木に立て掛けていた錫杖を手に取った。


 シャロンの心中に名残惜しいという思いが湧いたが、笑顔でそっと押し殺す。


 ここは人の身が長く居ては毒になる瘴気の島だ。ここで彼女を押し留めてもしもの事があっては、それこそ噂の冥界の魔女と成り果てる。


「コニーちゃんといい、あなたといい。こんな所まで何度も遊びに来てくれてありがとうね。来てくれるのは私的には嬉しいけど、ホント無理しないで頂戴よ」


「お心遣い感謝です。でも、お師匠様も私も好きでこちらにお邪魔していますので、シャロンさんが嫌でなければまた伺いますね」


「大したおもてなしは出来ないけど、それでも良ければいつでも遊びに来て。あ、『すっとこドス恋』の新刊出てたら配達よろしく」


「ええ、もちろんですとも。ドス恋愛読の同志として仲間の楽しみは奪えません。それでは、またいつか。ジュメーラさんもそれまでお元気で」


 エニーの挨拶に、シャロンの背後にそびえていたジュメーラは小枝のような触手を振ってみせる。


 エニーはジュメーラに手を振り返すと、浮き島の端に立った。片手で印を結び小さく呪文を唱え、小川を飛び越えるくらいの軽い調子で島端の断崖から虚空に向かってヒョイと飛ぶ。


 空へと飛び出したエニーの身体は、重力加速の影響を受けることなくゆっくりふわふわと地面に向かって降りていく。並みの道士では到底真似できない高等技術をあっさりとやってのけている辺りは、師匠コニーの見る目が確かだったということか。


「気を付けて帰るんだよ~」


 シャロンの声に、背中越しに手を振り返しながら滑空していくエニー。シャロンは遠退く彼女の様子を見送ると、ジュメーラへと向き直った。


「さて、と。冥界の魔女さんとその使い魔は気まぐれに空を流れるとしますか……ん? 何、ジュメーラ? ああ、使い魔扱いは嫌だって?」


 異形の生き物から伝わる抗議の思念にシャロンはふむと唸り思案する。


 いつか異形の生き物が元の次元に戻るのか。それともある日突然一人と一体の命が潰えるのか。いつ終わるとも知れない、終わるかどうかも知れないが、不思議と不安は感じない。先の見えない長い長い旅路ではあるが、お互いが居れば存外退屈もしない。


 シャロンが改めてジュメーラを見る。


「悠久の時を共に流れる相棒。これでどう?」

今回のサイコロの出目も3で『ジュメーラと一緒に霊気の鉢植えに入る』となりました。

このお話はこれで一応おしまい。なのですが……なんだったんだ、この話?

困りました。所感を書こうにも、何を書こうとしても言い訳がましくなってしまいます。とりあえず「シャロン、なんかゴメンな」と謝っておきましょう。

これに懲りもせずサイコロ二投目を投げようかと考えております。時間と気持ちに余裕がございましたら、またお付き合い下さいませ。

それでは、いずれそのうち賽は投げられる。

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