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シャロン:6

 道士コニー・ノースが調査隊キャンプに合流した翌日。シャロンが彼女の様子を見にテントを訪れると、コニーは眠そうな顔でシャロンを出迎えた。


「あぁ、これはこれは……おはようございます、センセー」


 コニーは挨拶こそしたが、未だに微睡みの中といった様子でいまいち焦点が合っていない。


「おはよう、コニー。もうすぐ昼だけどね。昨日の会議はそんなに夜遅くまで続いたの?」


「そんなに長引きはしませんでしたよ。何せジュメーラの受け入れ先は決まっていませんし、道士の増援もどれだけ来てくれるかわかりませんし。具体的な話し合いが出来る状態じゃないですから、大まかな方向性のすり合わせ程度です」


 コニーの返答に含まれた聞き慣れない単語にシャロンは小首を傾げた。


「コニーちゃん。ジュメーラって? あの化物のこと?」


 それが何を指しているのかはシャロンにも話の前後から見当は付いたが、それでも問わずにはいられない。コニーはシャロンの問いに欠伸を噛み殺しながら頷いて返す。


「そうですよ。謎の生物とか怪物とか化け物とか、いつまでも呼び方が安定しないものですから呼称を決めたんです。えーっと、確か古典に出てくる旅人の名前だったかな?」


 コニー曰く、呼び方が決まった事が最大の進展らしい。


「それで、会議が終わってから瘴気の対処法を考えてたんですけど、色々と考え込むうちに気付けば夜更かしを……」


 そう言うとコニーは堪えきれなくなったらしく、盛大に欠伸をした。


「その様子だと、その対処法とやらも行き詰まっていそうね」


 シャロンの言葉にコニーは弱々しく笑って「御名答です」と答える。


「少し、いえ、だいぶ色々と試してはみたんですけど、そもそも根本的に相性が悪い事を解消しないと瘴気に細工なんてまず出来ないんですよねぇ」


 相性とは?


 シャロンの脳裏にそんな疑問がよぎったものの、それを口にすることを彼女は躊躇った。


 それを問えば眼前の道士はきっと答えてくれるだろう。ただし、道術素人の魔術師には理解し得ないとても専門的な言葉を並べて、だ。


「私に限らず、道士はみんなこの世界の気脈と同調することで気を操るんです」


 シャロンの懸念を知ってか知らずか。彼女が問うまでもなくコニーが昨晩からの課題について話し始める。


「でも、ジュメーラとジュメーラから出ている瘴気は全くの別世界の異質なもので、この世界の気とは相容れないんです。私達道士がそんな異物を操るべく体内に取り込むというのは、自ら毒薬を飲むくらいの自殺行為なんですよ。この瘴気の主であるジュメーラと意識を繋いで平気でいられるなんて、センセーはホントに特殊で貴重な人なんです。オスカーさんがセンセーを保護して手元に置きたがるのもわかりますよ」


 どうやら褒められたという事はシャロンにもわかった。


「まあ、保護という名の監視のおかげで好きに動けないんだけどね……。って、あれ? コニーちゃんは昨日、私やオスカーさんの中に溜まった瘴気を抜き取ってくれていたじゃないの?」


 毒を食らわば皿までも。どうせコニーの説明が止まらないならと、シャロンは思い付いた疑問を投げる。その問いに対して、コニーは否定を意味するようにひらひらと手を振った。


「昨日もちょっと話しましたけど、あれは瘴気を操ったんじゃないんですよ。あくまでセンセーが本来持たれている霊気を活性化、増幅させることで瘴気を体内から押し出しただけです。センセーの霊気ならこの世界に由来する気ですから、私も直に瘴気に触れることなく……」


 そこまで言ってコニーの手元のひらひらが止まる。何事かとシャロンが尋ねるより早く、道士コニーは眠たげだった目をカッと見開き両手を打ち鳴らした。


「そっか、そうですよ! 気の押し合いです! 相容れないなら、いっそ反発し合えばいいんですよ!」


「え、え?」


 良い思い付きだと喜ぶコニーと、それに圧倒されるシャロン。


「この世界の万物に宿る霊気とジュメーラの瘴気は、謂わば水と油です。油を扱えないなら、ヴェールのように水でくるんでしまえば周囲への害は無くなりますよ。だとしたら、瘴気を通さない高密度の霊気を構成しなきゃだから……いや、山の木々や、それこそ大地からも……そうなると、形状を維持するには……」


 昨晩からコニーを悩ませていた難題に突破口が開き、彼女の思考がその一点へと集中する。


 ブツブツと声を漏らしながら頭をフル回転させるコニー。その横で一人取り残されたシャロンが所在無さげに辺りを見回すと、テントの影から二人の様子を伺うオスカーと目が合った。


「あら。どうしたの、オスカーさん?」


「いや、そろそろジュメーラの……ああ、あの不可思議な生物をそう呼ぶことになったのですがね」


 怪物命名の話を思い出して補足するオスカーにシャロンが頷く。


「ええ、名前を付けたってのは、さっきコニーちゃんから聞いたわ。それで、オスカーさんはジュメーラの様子を見に行こうと私を呼びに来てくれたの?」


 今度はオスカーが頷く番だ。


「ええ、シャロンさんのテントに向かったらこちらだと伺いまして。それでこちらに出向いてみれば、先程のコニーさんの叫びです。これは一体何事かと……」


「ああ、あれ。研究者に有りがちな発作みたいなものかしらね。心配はいらないわよ」


 シャロンの返答に、オスカーはならば良しと頷いて本題に入る。


「先程言ったジュメーラの定期観測ですが、昼過ぎには出発しますのでシャロンさんも準備をお願いし--」


「それ、私もお供させていただいてもよろしいですか!」


 オスカーの話にコニーが割って入る。その気勢に圧倒されながらもオスカーが勿論だと返すと、彼女は礼を言って直ぐに何をどう試してみるか再び思考の渦深くに沈み込んでいった。


「この反応も研究者に有りがちな発作……みたいなもの、ですか?」


「そう、だと思うわ」


 半ば呆れた表情で言葉を交わすオスカーとシャロン。二人の視線の先、二人の様子を全く意に介さず考えを巡らせるコニー。


 そんな彼女の長考は延々と続き、一旦解散した三人が午後の定期観測のため再び集合するまで終わることはなかった。集合地点に現れないコニーを心配してシャロン達がテントを訪れると、彼女は考える女像として相も変わらずその場に佇んでおり、改めて二人を呆れさせた。


「ここまで考え事に没頭できるのは、ある意味凄い才能ですね」


 フムと唸り感心するオスカーの隣で溜め息を吐くシャロン。


「生ける伝説級の道士様は道士協会の言うこと聞きゃしないって昨日コニーちゃんが嘆いていたけど……。さすが伝説級に次ぐ実力者ってところかしらね。コニーちゃん自身もその片鱗を見せている気がするわ」


「周りを見向きもしない一流道士の集中力ですか。考えようによっては頼もしい限りですな」


「できればこの集中力はジュメーラを前にしてこそ発揮して欲しいわ。ほら行くよ、コニーちゃん!」


 シャロンが一際大きく道士の名を呼び、その鼻を摘まむ。シャロンの手によって思考の園から摘まみ出されたコニーが、悲鳴とも奇声ともとれる「ムキャッ!」という声を上げる。


「セ、センセー、何事ですか?」


 思考空間帰りで状況を把握できずに当惑するコニーを促すように、シャロンが彼女の背を軽く叩く。


「ジュメーラの定期観測。もう集合時間どころか出発予定の時間よ。コニーちゃんも一緒に行くんでしょ?」


 そう聞かされたコニーの思考がようやく現実に追い付いた。彼女は急に慌て出し、あたふたとしながら二人を見る。


「す、すみません! 同行するとか言いながら、なんたる体たらくを……」


 謝るコニーを連れて集合場所へと向かうシャロン達。オスカーは待機していた隊員達に合流すると出発の号令を出す。


 キャンプ地を出発した小隊の過半数は初期探索部隊のメンバーで、謎の生命体ジュメーラのいる場所まではこの一ヶ月何度となく通ってきた道。皆慣れた道程であり、定期的な見廻りが功を奏して妖魔の類の出現もない。道中は極めて順調と言えた。


 ただ、今回に限って問題があるとすればコニーの施術によって身体を蝕んでいた瘴気が取り除かれていること。転じて、鈍化していた瘴気に対する感覚が元通りに戻っている。つまり……。


「いやぁ、慣れというのは怖いものだね。我々は毎度こんな瘴気の中を進んでいたとは……」


 オスカーのぼやきに小隊の面々がこぞって頷く。皆、一様に立ち込める瘴気にあてられて早くも顔色が悪い。


「昨日も言いましたけど、慣れていい代物じゃないんですからね」


 そう注意するのはもちろん道士コニー・ノース。魔術師シャロン・フォンコスの横を歩く彼女の表情は、キャンプ地で見たおっとりとしたそれとは明らかに変わっていた。自分自身にも有害となる瘴気を前にして、冷徹とも思えるそれへと変貌している。


「だいぶ、ジュメーラの近くまで来たようですね」


 事前に聞かされていた道程。周囲の隊員達の体調悪化の度合い。何よりコニー自身の道士的感覚が目標の接近を感じさせる。彼女の反応に驚くこともなく、シャロンも当然と頷いて返した。


「そうね、あともう少し。一応警告しておくけど、視覚的にも割とキツイからそのつもりでいてね」


 シャロンの言葉にコニーからの返事はなかった。見ればコニーは両手で印を組み、声にならない言葉を紡いでいる。彼女は二つ三つと印を組み直すと、組んだ両手にそっと息を吹きかけて広げた。


 広げたコニーの両手から何が見えたというわけではない。ではないが、シャロンやオスカーをはじめその場にいた者達は皆、彼女のかざした両手から何か見えない力が放たれたと確信した。


 纏わり付くように漂っていた醜悪な気配が、彼女が手をかざした先から消える。いや、彼女の所作からすれば押し退けられているのか。


 そう、押し退けられている。例えば、コニーの所作に合わせて押しやられるシャロンのように。


「……あの、シャロンさん? それは一体なんの真似ですか?」


「そ、それがですね……なんだか身体が、押されて、ですね」


 遊んでる場合じゃないんだけどなぁと言いたげな表情で尋ねるオスカー隊長に、そんな顔で見ないでよと言いたげな表情で答えるシャロン。


 コニーは彼等のやり取りを気に留める事なく、更に声にならない言葉を紡ぎながら右手を振りかぶった。


「ハッ!」


 気合い一閃。コニーが横に薙いだ腕に合わせて、一陣の風が辺りを駆け抜ける。


「ひゃっ!」


 風を受けたシャロンが思わず悲鳴を上げる。決して耐えられない風圧ではないと思いながらも、不思議と抗えずに突き飛ばされた。彼女は尻餅をつくだけでは飽き足らず、そのまま風に押されて二転三転と地を転がっていく。


 突風はシャロンだけでなく淀んだ瘴気の中で鬱蒼と佇んでいた木々の枝をも大きく振り乱させ、木立の奥に潜んでいた異界のものジュメーラの姿を露にする。


 不幸中の幸いと言うべきか。オスカー隊長率いる小隊の面々は、シャロンの奇行に気を取られてジュメーラの禍々しい姿の直視を免れた。


 転げ回った拍子に舞い上った土煙にむせるシャロンに、一堂の何やってんだこの人はという視線が刺さる。その中でただ一人コニーだけは状況を把握すると、周りの木々と咳き込むシャロンを見比べて困り顔で唸った。


「概ね計算通りと、一部計算違い。もとい、これは計算外でした。そうですか、こうなっちゃいますか……」


「何が『こうなっちゃいますか』よ! どういうことよ、コニーちゃん! お姉さん泥んこになっちゃったわよ!」


 シャロンは半身を起こし、自身を襲った災難の発端が彼女の術に有りとコニーに抗議の声を上げる。


「センセー、私がキャンプで言ったジュメーラの瘴気への対応策を覚えてらっしゃいますか?」


「霊気の押しくら饅頭で押し上げろってヤツでしょ。それがなんで私が押し倒されてん、の……よ?」


 シャロンの抗議に対するコニーの問い掛け。シャロンはそれに答えながら次第に言葉を詰まらせ顔を青ざめていく。


「ちょ、ちょっと、私の中に溜まってた瘴気はコニーちゃんが出してくれたんじゃなかったの?」


「そうしましたよ、確かに。現にオスカーさんや他の隊員さんは無事ですし。ともすれば、私の今の術でもう一度体内の瘴気が吹き払われたくらいで」


「それがシャロンさんごと風に吹き払われたということは、まさか……」


 二人のやり取りを聞いていたオスカーがそこまで言って、なお信じられないと言い淀む。コニーは彼が押し止めた言葉の先に続いたであろう答えに、間違いないと頷いた。


「そのまさかです。瘴気は完全には取り払えていなかった。センセーの中、霊気で押し出せるよりも遥かに根深い魂の根幹にジュメーラ由来の瘴気が入り込んでいると思います。たぶん、おそらく、ジュメーラに直接接触したことが起因しているんじゃないかと」


 各々予想していた事がコニーの言葉によって確定する。シャロンは受け入れ難い事実に空を仰ぎ深く溜め息を吐いた。


「つまり私は、コニーちゃんの立案した霊気で瘴気を押すって作戦が実現可能だと身をもって立証してみせたわけね。それだけでも状況打破に一歩前進と思えば……いや、その一歩に思いっきり踏まれちゃってんじゃないのよ、私」


 シャロンは空を仰いだまま「参った参った」と掌で額を打つ。その姿を横目にオスカーもまた困り顔で唸った。


「このままコニーさんの計画を進めるとすると、術の余波を受けてしまうシャロンさんはこれ以上この場に置いておけないですね」


「そうなりますね」


 オスカーの言葉に頷くコニー。


 彼女が立案した大まかな手順は、まず隣国とを跨ぐこの山の外周に霊気の壁を張って瘴気が漏れ出ないように囲む。それから、ジュメーラを中心に霊気の壁を筒状に縮めていき、筒の地面側を霊気で蓋をして植木鉢のような器を形成する。そして、霊気の器で周囲の瘴気ごとジュメーラを持ち上げることで何処へなりと運べるようにする。


 この手順からすれば、瘴気を宿らせるシャロンは作戦を実行した時点でジュメーラの鉢植えコースまっしぐらだ。


「ここまで来て仕上げの段階に立ち合えないのは、ちょっと拍子抜けではあるけど。これでようやく御約御免の目処は立ったわね」


「まずは、この計画をジュメーラが飲んでくれないことには始まりませんけどね」


 シャロンの言葉にコニーは頷くと「センセー」と彼女の横を差し視線を促す。


 コニーの差した指の先、最早シャロンには見慣れたジュメーラの枝のような触手が所在無さげに蠢いていた。

今回のサイコロの結果は、3の『陸の移動がダメなら飛ばしちゃおう』となりました。

いやはや、前回から時間があいてしまいました。定期更新できるようになるのは、まだ先のようです。

次のサイコロの目に関して。今回の話の終わりで謎の生命体ジュメーラに問い掛けるような形になっていますが、こちらの結論は出ています。ですので、シャロンがどうするかをサイコロで決めます。

まず1は城のお抱え魔術師になります。2では魔術店で元通りの生活に戻り、3はジュメーラと一緒に霊気鉢植えに入ります。4は3同様鉢植えに入りますが何やら闇を抱えたようです。5ではコニーと一緒に旅に出る。6は……思い付かないなぁ。じゃあ、という話を作ってみたよ的な話に。

6はヒドイなぁ、当たらないといいけれど……いや、マジで。

そして、賽は投げられる。

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