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シャロン:3

 山狩りが始まってから六日目の朝。シャロンは自身が割り振られたテントで身支度を整えていた。


 初日から五日間、シャロンはオスカーが率いる部隊の探索任務に同行し、悪霊憑きの大熊を皮切りに連日何かしらの妖魔に遭遇しては撃退を繰り返した。


 もちろん、戦闘はオスカーの部隊だけに限った話ではない。妖魔との遭遇率は定期的に行われる山狩り時のそれを上回っている。どの部隊でも妖魔との戦闘が頻発して、日が経つにつれ負傷者の報告が増加していた。


 加えて、今回の異常事態には妖魔の急増以上に特徴的かつ深刻な問題があった。


「ホント、気分が悪くなる嫌な空気ね」


 同じテント内にいる誰に聞かせるわけでなく、気付けばシャロンは心境を吐露していた。そんな彼女の独り言に、テントの同居人達が揃って頷く。


 無論、彼女の発言がテント内にいる仲間の騎士達の人間関係や雰囲気を差しているわけではないことは、一堂理解している。むしろ、シャロンの独り言に皆揃って共感できる程には打ち解けている。


 問題があるのは瘴気をはらんだ一帯の空気自体。この瘴気が今回の山狩りの状況を悪化させていた。


 国境超えの山道を有する山を覆う瘴気は山裾に設営されたキャンプ地にも届いており、瘴気にあてられて体調を崩す者も出てきている。


 そして、連日対峙している妖魔達は瘴気に狂わされ、我を忘れて凶暴化している。


 当然ながらオスカー達王都騎士団も早くから瘴気について注目。むしろ山狩りを始める前から、この瘴気こそが今回の山狩り敢行に至る元凶と推察しており、キャンプ地内に設置された山狩り作戦本部を中心に調査が進められていた。


 その作戦本部が、各部隊から集まった情報を元に出した見解は三つ。


 一つ、瘴気は特定の場所から広がっている。二つ、発生源にいく程に瘴気の濃度は濃くなっている。三つ、発生源の絞り込みはある程度できているものの、瘴気への耐性が薄い者は接近する事さえ困難で、これ以上近寄るなら人選が必要である。


 本部は瘴気の発生源への更なる接近調査を進めるべく、人員の選抜を各部隊に通達した。それが昨晩の作戦会議での話となる。


 シャロンはこの話を聞いた時点で、自分を選んでくれるなとあからさまに嫌そうな顔をオスカーに向けていた。向けてみたものの、瘴気の渦中にあってケロッとしているシャロンをオスカーが選抜しない理由があるはずもなく……。


「魔晶石が無けりゃ、逃げてるとこだわ」


 腰に下げていた革の小袋を掴んで軽く振る。手にずしりと重い小袋の中で、魔晶石がじゃらじゃらと音をたてた。


 調査隊選抜の際、参加を渋るシャロンにオスカーがこっそりと提案してきたのが使用する魔晶石補充の水増し申請だった。


 元々、山狩りの準備段階で予め魔晶石は支給されているが、調査が長期化して魔晶石が不足すれば補充申請が認められている。山狩り終了後に余った魔晶石を返却するように御達しこそ出てはいるものの、魔晶石が消耗品である以上使いきってなくなったと言い張れないこともない。


 オスカー隊長が申請した魔晶石の補充量を思い出し、シャロンは感心したような呆れたような心持ちで笑う。自身が想定した以上に吹っ掛けられては、こちらも引くに引けない。


 もちろん、バレれば当然オスカーもシャロンも揃って厳罰なわけだが。


「隊長も危なっかしい橋を渡ってくれたものね」


「今からもっと危ない橋を命懸けで渡るんです。調査協力者のシャロンさんには、これくらいの役得があったっていいでしょ」


 準備を終えてテントを出るシャロン。彼女の独り言が聞こえていたらしく、テント前に立っていたオスカーが当然だと言い放つ。


「あら、隊長。女の園を盗み聞き?」


「雀も寄れば姦しいもの。テントの外まで響いてましたよ」


 毎度の軽口を交わしオスカーと合流する。選抜隊の集合場所、作戦本部近くの広場までは遠くない。二人は互いの調子や仲間の怪我の容態など、たわいのない会話をしつつ連れ立って歩いた。


「見知った顔は、一、二の……あまりいないか。それもそうか、これだけ大所帯の騎士団だし」


「その大所帯で選抜できた猛者は三個小隊のみとは……いや、已む無し。今回は相手が悪いですかね」


 シャロンの横でボソリと溜め息混じりにぼやくオスカー。


 騎士団の名誉の為に弁明すると、対人、もしくは通常の猛獣、魔物相手ならば騎士団員の大多数が選考を通っていたことだろう。


 ただ、それらはあくまで物理的なぶつかり合いを想定した武力と技術の評価でしかない。剣で切れず盾で防げない文字通り掴み所のない瘴気が相手では劣勢はいなめない。連日淀んだ空気にあてられ続け、尚平然と振る舞えるだけの精神力の持ち主はなかなかいない。


 オスカーを含む三人の小隊長は探索の手順を確認し合うと、各々が指揮する小隊に出発の号令を下した。


 前述の通り、純粋な武力衝突には腕に覚えある騎士団の面々。それも瘴気に相応の耐性がある選抜隊ともなれば、瘴気にあてられて凶暴化したと言えども妖魔程度には劣らない。


 探索の出だしは好調だった。少なくとも、出だしは絶好調であった。


「それにしても、山道からかなり外れちゃったわね」


 現在地を確認するべく隊員達と地図を見返すオスカーに、シャロンが声をかける。


 ここまでの道中、山道を外れてからというもの、時折獣道を辿りこそすれ大半は草木を踏み分け道なき道を切り開きながらの進行になった。


 今も尚それは変わらない。見渡せば一帯に木々が生い茂り、気を抜けばどちらから来たかも分からなくなるほど。


 そして、不気味なほどに静かだ。人の手が入っていない野生の山林地帯なのだが、野生由来の音が異常に不足している。時折吹く風が枝葉を揺らす音以外は、鳥の囀ずりも無ければ獣の鳴き声も無い。たまに聞こえる生命の息吹きといえば、妖魔の咆哮とそれに応じる騎士達の勇ましい怒声くらいだ。


「そうですね。山狩りが始まった時から山道沿いの問題ではないと見ていましたが、随分と踏み入ったものです」


 シャロンに頷いて返すオスカーの表情は僅かに険しさが垣間見える。小休止を兼ねて地図を見直してみるものの、こうも木々で視界が悪いと位置の割り出しも一苦労らしい。


「でも、むしろ異常の原因が山道から離れてくれているなら、対処後の山道復旧は早まりそうです」


 ものは考えようだと強がって笑うオスカー。彼は隊員に地図を片付けさせるとシャロンを呼び寄せる。


「正直なところ、瘴気への耐性が強い者を選抜したとは言っても、長期戦になればなるほど皆が不調をきたすのは必至です。できる限り最短で真相に到達したいところです。そこで……」


「私が探すの?」


 オスカーが途切らせた言葉を、自ら補って問いかけるシャロン。オスカーは我が意を得たりと嬉しそうに頷き、対するシャロンは嫌そうな表情を隠さない。


 それもそうだ。前に立って探索するということは、何かを見付けた際に一番に何かに見付かってしまうリスクがあるのだから。


「いやいや、不穏な気配を辿るなら場慣れしてるオスカー隊長様が前に出たほうがいいでしょ」


「そのつもりでしたが、山狩り初日から今までを思い返すと要所要所でシャロンさんの鼻が利いているんですよ。少しでも成功率を上げようと思ったら……ねぇ」


 オスカーは自分と目の前の魔術師の間で何度か指差しを往復させると、最後に魔術師シャロンを指し示す。何事か反論をと思考を巡らせるシャロンだったが、諦めて溜め息を吐く。


「わかった。いいですわよ。わかりましたわよ。私が前を張りましょうとも。でも、隊長が脇を固めてよ。より迅速に確実にって言うなら、その方が賢明でしょ?」


 シャロンが出した条件にオスカーが勿論だと頷く。


 オスカーの提案が仲間の小隊に通達されると各隊はすぐさま動き出し、先行するオスカー小隊の両翼に着いた。


「それじゃあ行きましょうか、シャロンさん。露払いは我々にお任せあれ。ああ、ココリとボッシュは適時地図のチェックを。帰り道に迷子で全滅なんてのは無しだよ」


「そういう事なら遠慮無く。しっかり付いてきてよね」


 出発を促すオスカーにシャロンが応じて歩きだす。


 好きに進めと言われた彼女の足取りは、それまでの探索よりも遥かにペースが上がった。


 何かに誘われるように、後ろを行くオスカー達を振り切らんばかりに。獣を思わせるような身のこなしで山林を突き進む。


 そもそも前日までのような広範囲の探索とは違い、限定的な探索。そこにシャロンの勘の良さも手伝って、部隊はオスカーの想定を超える速さで瘴気の出所へと近付いていった。


 時間にすれば小一時間といったところか。シャロンは立ち止まり軽く息を吐く。


「さすがにこの辺りまでくると、瘴気の濃さが相当キツいわね」


 シャロンが呟き振り返る。彼女の振り返った先には、顔色の優れない騎士達の並び歩く姿があった。


 確信に迫るほどに瘴気の濃度が増す中で、想定より部隊の進行が速まっている事も相まって、濃くなる瘴気に順応出来ない者が増えている。


「確かに私も些か息苦しさを感じます」


 そう言ってオスカーは苦笑いを浮かべた。額に浮いた汗を拭いながら「ただ……」と続ける。


「この環境で下手に休息を取っていては尚更消耗してしまう。皆の頑健さを信じて強行しますよ」


 身体が休息を求めているのは事実だが、オスカーの指摘する通り今の環境下では回復よりも待機中の消耗が勝る。


 幸か不幸か、勇敢か無謀か。この逃げ出したくなるような瘴気の渦中にあって、不安を抱くものはいても撤退を進言する者は騎士達の中には一人もいない。オスカーの号令に部隊は再び進行を開始した。


 或いは、瘴気の濃さに逃げ出したくなったのは騎士達ではなく妖魔達か。探索開始してしばらくは狂気にとらわれた妖魔に遭遇していたが、いつしか妖魔は出現しなくなり、騎士達以外に動くものがいなくなっていた。この淀んだ空気の中で、最早枝葉一つ動く気がしない。


 過ぎた邪念の気は生命は勿論、魔物さえ近寄らせないというのか。


 そんな疑問がシャロンの脳裏をよぎった時、ことは起きた。


 左翼に位置していた別小隊から突如上がった悲鳴と絶叫。オスカー達は咄嗟に各々の得物に手を掛け、シャロンも自身の備えを確認すべく魔晶石の袋に手を添える。


「オスカーさん!」


「ええ、わかってますよシャロンさん。こんな状況下で何かに出くわすとしたら、我々が目指していたもの。ついでに言うと、仲間の反応から察するに我々が目指していたものは、とんでもなく厄介なものってことでしょうね。皆、乱戦になりそうだ。防御を固めて、同士討ちに注意なさい」


 急な騒乱を前に、オスカーは努めて落ち着いた態度で隊員に指示を送る。収まらない喧騒を避けるように、慎重に歩を進めていくオスカー小隊。


 そして、変わらず隊の先頭にいたシャロンはそれを目の当たりにした瞬間、仲間に向かって叫んだ。


「皆伏せて! 見ちゃダメ!」


 全身を襲う悪寒と、息をすることさえ忘れかねない恐怖の中で、咄嗟にそれだけ言えただけでも褒めてあげたい。後にシャロンはそう思ったことだろう。


 瘴気の出所。その中心にいたそれは、今まで見たこともない姿をしていた。


 いや、正しくは周りの木々に遮られ、断片的にしかその容姿を認識出来なかった。


 木立の合間からみた限りでは、四、五メートル程の巨大な何かだったか。巨木のようだったが、動物のように躍動していたようで。周囲に蔦にも似た触手が蠢いていたような。ヌラヌラと光沢のある粘液が表皮を伝って流れていたようでもあり……。


 改めて確かめようとする意思をシャロンの本能が全力で拒絶する。そういう意味では、木々に全貌が隠されていたのは幸いだったのかもしれない。無理を推して見ようとすれば、きっと心が保てず精神を病む。とても冷静ではいられないだろう。例えば、彼女の後ろにいた騎士達のように。


 危険を察知して声をあげたシャロンのおかげで、小隊のいくらかは狂気の根源を目の当たりにしないで済んだ。だが、シャロンの近くにいた者には、この警告は到底間に合わなかった。


 眼前に現れた恐怖の塊に、ある者は目を見開き立ち竦み、またある者は戦慄き悲鳴をあげる。中には恐慌に陥り、わけもわからず暴れようとする者もいる。


「全員、後退! 動けない者は引っ張っていきなさい! キール、グラム! そこでイカれてるカノッサを取り押さえるんだ!」


 シャロン同様、辛うじて恐怖から逃れたオスカーが隊員達に向かって早口で指示を飛ばす。


 小隊の前列が次々と混乱に陥る中で、未だ状況の見えていない後列の騎士達にもそれは伝播しようとしていた。だが、オスカーの咄嗟の指示が不安を抱き動揺する後列の隊員達の意識を辛うじて留める。


「オスカーさん! アレって何か--」


「シャロンさん! ヤツが何なのか--」


 魔術師が尋ねるのと同時に隊長が問う。二人は目を合わせるとお互い同じ疑問を抱き、相手が自分同様答えを持ち合わせていないことを察した。はっきりしている事があるとするならば、とても手に負える相手ではないという事だろう。


 オスカーの小隊は立て直しながら後退している。怪異との遭遇を免れた右翼の小隊は、オスカーの指示につられるように後方へと下がりはじめている。問題は……。


「機能してないな……」


 オスカーが苦い顔で呟く。その視線の先には、未だに混乱の収まらない左の小隊がいた。


「ナックス隊長に何かあったか……。ボッシュ、ナックス隊の状況確認。加勢して収拾を--って、ちょっ! シャロンさん?」


 オスカーが隊員に指示を出す最中、脇にいたシャロンが不意に走り出す。


「あいつ動き出してるよ! なんとか時間稼ぐから撤退急いで!」


 こちらを見る暇もなく外套を翻して走る魔術師の声に、オスカーは自身の失態に舌打ちする。


 オスカーだけではない。混乱する部隊の鎮静と、その混乱を招いた元凶への拭えない嫌悪感から、その場の皆が揃って怪物を視界の外へと逃がしていた。


 奇怪な化物の動きにいち早く気付いたシャロンは、それの向かう先となる左翼小隊の間に飛び込むように割って入る。


 正直なところオスカー達同様、シャロンも眼前の瘴気の権化に関わりたくないし見たくもない。事実、眼前にいながらそれに焦点は合わせていないし、合わせたくもない。その状態でさえ心の内をまさぐられるような不快感は抑えきれず、それを良しとするような被虐的な性格でもない。一瞬でも早くこの不快な存在を視界から消してしまいたい。


 ならば……。


「浄化の陽光!」


 悲鳴にも似たシャロンの叫び声。それに呼応して、彼女が怪物に向けてかざした右手が光を放つ。焼き付くほどの眩い白光が周囲を覆い、見るもおぞましい怪物の姿が白に隠された。


「岩紫の石壁! んで、深緑の蔓縄!」


 煌々と光弾が光るなか、続けざまに魔術師シャロンの声が響く。


 虚空から現れ出た無数の岩石が、彼女の前に音を立てて降り落ちた。そして、岩石が人の背丈ほどの小山を作ると、その岩肌を走るように蔓が伸びて網を成していく。


 光による視覚的な遮断から、魔術で作り上げた物理的な遮断。忌まわしい化物との間にできた壁に、僅かに安堵を覚えたシャロンが息を吐く。


 目の眩む閃光や石壁で怪物を隠したことも一助になったのか、困惑と混乱に呑まれていた騎士達の中には仲間によって落ち着きを取り戻しつつある。


「あまり長くは保証できないわよ。ほら、今のうちに逃げた逃げた」


 シャロンが騎士達を追い立てるように撤退を促す。


 そのシャロンの短い保証期間さえも塗り替えて、彼女の背後で岩壁がきしみだした。

今回のサイコロの出目は、5で謎の生命体X登場となりました。

今回は謎の生命体Xに遭遇したシャロンとオスカーの反応に対してサイコロを振っています。1と2なら強靭な精神力を発揮し、3と4は手を切る等の何らかの自傷行為でなんとか正気を保ち、5と6なら狂気に襲われます。シャロンは2、オスカーが1。……二人ともやりおる。

さてさて、迫り来る謎の生命体X。ここからどうなるかサイコロを振ってみます。

1ならば生命体が触れた瞬間、意識がつながりコンタクトを取ります。こちらは友好的な接触であり、2では逆に好戦的です。3では寄るな触るなとばかりに徹底抗戦。4ならば戦略的撤退が成功。5は同じく撤退ですが、途中で遭難し隣国の騎士団と合流。6では……何にしようか。謎の生命体Xの中から更に謎の生命体αが出てくる。そうしましょう。

六分の一の悪ふざけです。頼むから6は出てくれるなよ。

そして、賽は投げられる。

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