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シャロン:2

 馬車に揺られながらうたた寝をしていたシャロンは、不意にごとんと一際大きな揺れに襲われてビクリと目を覚ます。


 口元のよだれを拭きながら何事かと慌てる彼女のさまに、同乗していた兵士達が笑みをこぼし、その中の一人が目的地に着いたのだとシャロンに伝えてくれた。


 各々が馬車を降り始めるなか、シャロンも遅れて下車の支度を始め、それを確認するように見知った男が馬車の幌を覗き込む。


「おはようございます、シャロンさん。道中よく眠れましたか?」


 先に馬車を降りた兵士から聞いたのだろう。オスカーは少しからかうような調子でシャロンに笑いかけてくる。


「おかげさまで。道中快適に過ごささせてもらったわ」


 シャロンはそう笑い返すと荷袋を担ぎ、軽い身のこなしで馬車から飛び降りた。


 快適に過ごしたとは言ったものの、道中馬車の荷台で兵士達と共にすし詰めになりながらの移動だ。身動ぎも出来ずに強張ってしまった身体をほぐすべく、その場で大きく伸びをする。ついでに欠伸もする。


 そして、シャロンは何事かに気付くと欠伸とともに滲んだ涙をそのままに目を細めて目的地を見上げた。


 シャロン達の前にそびえる隣国とを隔てる山嶺。少し傾き始めた日差しが隣国へとつながる山道を照らしている。だが、その両脇に生い茂る山の木々はその日差しを拒み、遠目にも暗い影を作っているのがわかる。


「うわ……キツいなぁ……」


 山のどことは限らず、全体から漂う雰囲気にシャロンが思わず呟く。


「おや。シャロンさんもわかりますか」


 彼女の反応に隣で驚くオスカー。


「まあね。そりゃあ、気配を探るのはその筋の人ほど得意ではないけれど。そういうオスカーさんは流石にわかるのね」


「そりゃあ、一応その筋の人ですから」


 山に漂う気配は肌に刺さるほどに鋭く、息苦しくなるほどに陰湿。殺気とも瘴気ともとれるそれは、むしろ戦場を経験してきた軍人オスカーのほうが察知して当然のものだ。


 オスカーからすれば、この気配に気付いたこともさることながら、この気配に気付きながら動揺を見せないシャロンの剛胆さのほうが驚嘆に値する。


「いやぁ、これは予想以上に物騒だわ。今さらだけど、帰っていい?」


「今さらですねぇ、帰りの馬車は当分出ませんから歩きになりますよ。あと、契約破棄で違約金が……」


「セコい!」


 本気とも冗談ともとれる会話を続けながらどちらからともなく歩みだす二人。


 向かう先は一足早く現地入りしていた部隊が設営したキャンプ……ではなく、そのキャンプの脇に佇む小隊の元。


「……て、え? キャンプに行くんじゃない、の?」


 シャロンがキャンプ地と小隊を見比べつつ問うと、前を行くオスカーが立ち止まり申し訳なさそうに振り返り彼女を見る。


「すみません。これは言ってなかったですね。派遣された兵士達は持ち回りでキャンプ周辺を巡回警備することになっているんですよ。それで、私、今から巡回する番でして……」


 そう説明をしながらオスカーはキャンプ内を見回し、何かしら見付けるとそれを指差してシャロンへと振り返る。


「ほら、あそこ。ケイトが居ますからシャロンさんの荷物は彼女に預けておいて下さい」


 オスカーの指し示した先、何やら話し合っている兵士達数名の中に、シャロンも見知った女性の顔を見付ける。折よくケイトもシャロンとオスカーに気付き、朗らかに笑い手を振ってくる。


 シャロンの記憶では兵士ケイトはオスカー隊長が率いる部隊の一員。役職にこそ付いていないが、部隊の中では古株で、他の隊員達への面倒見の良さもあって隊長、副長に続く実質ナンバースリーという印象の女性だ。


 どうやら前もってオスカーから話されていたのだろう。シャロンがケイトの元へ向かうと、彼女はきさくな態度でシャロンを歓迎し荷袋を預かってくれた。


「同じ隊でも彼女は留守番なのね」


 ケイトへの挨拶もそこそこに巡回担当の小隊に合流するシャロンとオスカー。シャロンの言葉に、オスカーは苦い笑いを浮かべる。


「巡回警備に関しては上の指示で各部隊から数名ずつ選出した混成部隊にするという方針になりましてね。正直なところ自分の部隊を率いたほうが連携もとりやすいんですが……あ、我がオスカー隊からは私とシャロンさんの二人です」


 彼の言葉にシャロンは何か納得したらしくポンと手を打つ。


「ああ、巡回警備中に万が一のことがあっても隊員達は無事に済ませるように、と。優しい隊長だなぁ、場末の魔術師には厳しいけど」


「ご冗談を。シャロンさんの腕を見込んでの起用ですよ。ーーさぁ、巡回に駆り出された者はこれで全員だね。私はこの小隊の隊長を務めるオスカー・パウエルです。みんな気楽に仲良くやろう」


 場末の魔術師シャロンとの会話を打ち切ったオスカー小隊長は集まった兵士達を見回しながら名乗る。


 山を覆うただならぬ気配に当てられたか。のんびりとしたオスカーの挨拶とは対称的に、兵士達の顔からは張り積めた緊張感が見てとれた。


 オスカーに促されて兵士達が各々の名前と所属を名乗っていく。当然のように隊に加わるシャロンもその流れに入るわけで……。


「なんか衣装的に場違いでごめんなさい。オスカー隊長に雇われて参加しましたシャロン・フォンコスです。魔術師やってます。あとは、えーっと……」


 兵士達の緊張にすっかりあてられてしまい、何を話したものやらと挨拶もおぼつかないシャロン。そんな彼女をフォローするように隣のオスカーが口を開く。


「シャロンさんは王都にある魔術工房の魔術師です。強化系の魔術が得意で今回の装備強化にも尽力してくれていますから、たぶんこの中の誰かしらの装備も彼女の仕上げかもしれませんね。あと、強化が得意と言っても他がダメというわけでもありません。技術的には王城の魔術師達と同等かそれ以上かと」


 オスカーの評に兵士達がどよめきシャロンに注目する。対するシャロンは一同の期待の視線を一身に浴びていたたまれなくなり、逃げるようにオスカーの方へ向いた。


「ちょっ、隊長! それは--」


「私が保証しますよ」


 食ってかかろうとした途端、オスカーに笑顔で返されて言葉を詰まらせる。やがてシャロンは諦め顔で溜め息を吐くと兵士達へと向き直る。


「冒険者に雇われて出張することもあるんで、一応荒事にもそれなりに対応できます。足を引っ張らないよう努力しますんで、どうぞよろしく」


 オスカーからの助け船の効果もあったのだろう。シャロンが挨拶をする前とあとで周囲の視線が不審や疑念から信頼と好奇のそれへと変わっている。どちらにしてもシャロンからすれば居心地の悪いものだが。


「これで全員挨拶はすませた。それじゃ、他の隊も動き出したところだし、我々もぼちぼち出るとしようか」


 オスカーの号令は覇気こそないが落ち着き払った口調は頼もしさを感じる。彼の淀みない指示で兵士達は速やかに隊列を組み上げ、周囲を覆う森の中へと歩み出す。


 それからどれくらい進んだろうか。キャンプ設営の喧騒が薄れて消え失せ、時折聞こえていた別部隊の号令も聞こえなくなった。耳に届くのはオスカー隊長率いる兵士達の足音と、邪魔する枝木を打ち払う音ばかりとなって久しい。


「オスカーさん。これ、どこまで見て回るの?」


 シャロンの口からそんな問いが漏れた。


 代わり映えしない森の景色に早くも飽きた。というわけでもないが、周囲を警戒しながら黙々と歩くことにいささか焦れてきたのは間違いない。


 その思いはシャロンだけに限ったものでもなかったらしく、彼女の回りを歩いていた兵士数名がオスカーの反応を伺うようにちらりと目を向ける。


 オスカーは兵士の広げていた地図をひょいと覗き込み、続けて周囲を見回すとシャロンに向き直った。


「今で四割強といったところです。もう少し進んだら進路を右寄りに、そのままぐるっと大回りして帰還します」


「このままのペースで行けば夕飯前には帰り着けそうね」


 そんなシャロンの一言にオスカーが苦い笑みを浮かべる。


「これはジンクスなのですが。そうやって余裕ぶってると、ろくなことにならないんですよ」


「これもジンクスなのだけど。そうやって言っちゃうと、不安が的中しちゃうのよ」


 お互い乾いた笑いを返しあうと、オスカーは剣の柄に手を添え、シャロンは腰に下げた小袋から赤黒い石を一つ摘まみ出す。


「全体停止。総員抜剣し警戒体勢を。前列は盾をしっかり構えておきなさい。デニス、君もだ」


 指示を出しながら鞘から引き抜かれたオスカーの剣は、シャロンの強化魔法によって深紫の淡い光を帯びていた。彼の放つ剣の光に、自身の魔法が問題なく機能していることを確認したシャロン。彼女は握り込んだ魔晶石の感触を確かめながら、気配を感じた方へと改めて目を向ける。


 先ほどのオスカーとの軽口の押収で、いったいどちらがどのタイミングで気付いたものか。ただ、各々の行動からお互い自身が感じた気配に間違いはないと確信した。


『来る』


 シャロンとオスカーの口から同時に発せられたそれに呼応するように、眼前の茂みが大きく揺れ動き、間髪いれず気配の主が飛び出した。


 枝葉を折り散らしながら姿を現したのは一頭の大熊。確かに山間ならば熊が出没しても不思議はない。不思議はないが、その様子は尋常ではなかった。


 毛を逆立て牙を向き、涎を垂らし、唸り声を上げながら今にも飛びかからんとしている。その様は殺気立っていると言えばそれまでだが、シャロンには狂気に飲まれているようにも感じられた。


「御大は荒れておいでだ! 真正面で受けない! 外へ流しなさい!」


 そんなオスカーの指示が功を奏したか、兵士達の日頃の鍛練の賜物か。並び構えられた盾は突進してきた大熊に打ち破られること無く、その軌道を反らして次の攻撃に備えて盾の壁が組まれる。即席の小隊にしては素晴らしい連携で大熊の攻勢を凌いでいく。凌いでいるのだが……。


「こりゃ厳しいわ。衝撃緩和の効果がごりごり削られてる」


 ボソリと呟くシャロン。それを聞き逃すことなくオスカーが彼女をちらりと見る。


「そんな時の為のシャロンさんです。反撃を仕掛けます。その間にあなたは強化魔法の上乗せを……」


「いや、私が仕留めるわ。隊長、熊ちゃんの足止めをお願いできるかしら」


「なんですと?」


 シャロンの提案にオスカーが愕然として問い返す。


「あの熊、何か取り憑いてるわよ。そいつを魔術で吹き飛ばす。十秒、いや五秒でいいから動きを止めて」


「前列展開! 私が時間を稼ぐ。皆で囲い込むよ!」


 シャロンの提案は即座に採用されたらしい。オスカーは小さく頷き剣を構え、盾の防壁を解かせると自ら大熊に飛びかかる。大熊も飛び出してきた男に獲物を切り替え一際大きく吠えた。


 そうして勢いよく大熊の前に立ちはだかったオスカーではあるが、その戦い方は決して豪快苛烈なものではなかった。自ら踏み込むわけでなく、のらりくらりと大熊の攻勢を受け流し、はぐらかす。彼の性格を知る者が見れば、実に彼らしい戦い方。


 そんなオスカーに翻弄されて、前足を大きく空振った大熊が体勢を崩す。


「はい、今! 盾持ち、押し込んで!」


 号令一下。オスカーと大熊を囲むように構えていた兵士達が、一斉に盾で大熊を押さえつけた。


 いや、押さえつけたかに見えたが、ただでさえ筋力で人に勝る大熊が相手。それも、何らかによってタガが外れて凶暴化したそれが相手となれば、押さえ込むのは容易ではない。案の定、大熊を封じた盾の壁は、躍動する巨躯の前に容易く跳ね返される。


 そして、圧倒的な力の差に兵士達が後ろへ二歩三歩とたたらを踏む。それと入れ替わるように、大熊に向かって伸ばされたシャロンの掌が大熊の眉間に触れた。


「浄化の陽光!」


 シャロンがそう叫んだ途端、彼女の掌から目映い白光が広がり大熊を包む。あまりの光に兵士達はシャロンと大熊の姿を見ることは敵わず、オスカーも目を細めてその場に留まることしか出来ないでいる。


 時間にして僅か二三秒。緊迫の中なにも出来ないでいたオスカー達にとってはもっと長く感じたその時間ののち、勝敗は決していた。


 森が元の薄暗さを取り戻した中でオスカー達が目にしたのは、一仕事を終えて息を吐くシャロンと彼女の足元に崩れ落ちた大熊の姿。シャロンはオスカー達に向かって得意気に親指を立ててみせ、そのさまに兵士達が感嘆にどよめく。


「仕止めたのですか?」


 そう尋ねるオスカーにシャロンは首を横に振る。


「ううん、死んでない。憑き物を消し飛ばしたショックで気絶してる。そのうち目を覚ますわ」


「何はともあれ、いやはやよもや一撃で片付けるとは、なんとも恐ろしくも頼もしい」


「お褒めの言葉は光栄だけど、それも詠唱中に皆が時間を稼いでくれたのがあってのことよ。それに、もう少し時間をかけるなら私無しで済んでたでしょ?」


 オスカーに言い返しながらシャロンが指差したのは、彼が携えた剣。


 オスカーの剣には、切った相手に麻痺性の毒を流し込むよう魔術が仕込まれている。対人戦を想定した毒ではあるが、繰り返し切りつけていれば、大熊にも効果が現れていたことだろう。


 少なくとも、シャロンにはその予想が立てられた。何せ、シャロン自身がオスカーに依頼されて組んだオーダーメイドの特殊な強化魔術の術式なのだから。


 オスカーがその方法を選ばずにすんなりシャロンに出番を譲ったのは、彼女の有用性を兵士達に示す狙いもあったのだろう。少なくとも、周囲からの視線に期待の色が強まったシャロンにはそう感じられた。


「さて、大熊の処断ですが……。ふむ。目覚めた時に我々に対して友好的には接してくれないでしょうね。それに、また別の憑き物が憑く可能性もあります、か」


 オスカーが一つ息を吐いて言うと、言葉に含む意図を汲んだ兵士達が大熊に向かって武器を構えた。


 先程まで兵士達を圧倒していた大熊といえど、昏倒したまま複数から急所を狙われては一溜りもない。


「せめてもの弔いよ。美味しくいただきましょう」


 食事前のお祈りよろしく、絶命した大熊に向かって両手を組むシャロン。その横でオスカーが慌てた様子で首を横に振った。


「いやいや、止めて下さい。さっきこの熊切っちゃったんですから、私」


 そう言うオスカーが携えるのは、シャロン印の毒魔法剣。熊鍋でもしようものなら、みんな仲良く麻痺して動けなくなるだろう。


「あぁ、熊鍋が……」


「穢れに憑かれた熊。空腹のシャロンさん。このままではさらに被害が増えていくことでしょう。キャンプに帰ったら、この瘴気の根源を辿る手立てを考えねばなりませんね。さあ皆、巡回を続けるよ」


 大熊を前に落胆するシャロン。そんな彼女を尻目に、オスカーが兵士達へ任務再開を告げた。

サイコロの目ですが、一投目は2でオスカーの依頼を受け、二投目が1で妖魔出現となりました。戦ったのは熊ですが、憑き物憑きということで御容赦下さい。

ちなみに話の途中でも二回サイコロを振りました。オスカーの探索に付いていくか否か(奇数で同行、偶数で別行動)で、3で同行。大熊との戦闘でオスカーが出るかシャロンが出るか(奇数でオスカー、偶数でシャロン)で、2でシャロンとなっています。

ここからは瘴気の原因に対してサイコロを振ってみます。

1ならば瘴気は自然発生。火山帯のガス溜まりのようなもの。2では過去の遺跡が動き出した。3では何者かが魔晶石の鉱脈を隠匿するために瘴気を撒いており、4は謎の呪術師の魔術実験によるもの。5ならば謎の生命体Xから放出されたもので、6では3と同様ながら事故で瘴気の制御が利かなくなったこととします。

前回のラストに比べると遊びが少ないとは思いますが……ひとまず、これでやってみましょう。

そして、賽は投げられる。

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