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アマネラ:5

「じゃーなー、元気でなー! また会ったら酒でも飲もうなー!」


 朗らかな笑顔でわさわさと羽根を揺すりながら手を振るガーリオン。彼が声をかけた先で、同じく手を振りながら別れを惜しんでいるのは宇宙連邦保安局の旗艦ドラウド級に乗っていた整備士達。


 彼等が別れの挨拶を交わしているこの地は、宇宙連邦保安局武装船団の旗艦ドラウド級内の小型機の格納庫である。


 アマネラ達フライングパンと宇宙連邦保安局船団の刺激的な出会いから紆余曲折あり、交渉の末に傷だらけのフライングパン・ゼロワンの応急措置をする場所、物資、人員の提供を保安局から受けるに至ってはや数時間。同じ機体を整備していく中で、互いの整備士達はすっかり意気投合していた。


「もう、ガーリオン! 後がつっかえてんだから、早く乗り込んでよ!」


 フライングパン・ゼロワンのハッチに留まり、なかなか船内に乗り込もうとしないガーリオンの脛をアマネラが足で小突く。


 保安局の整備士達に友好的な態度のガーリオンに対して、アマネラはと言えばご機嫌斜めだった。


 さもあらん、宇宙船の機体性能を余すことなく発揮出来るよう整備したガーリオンが同業の整備士達から称賛されたのに対して、シェイカーもかくやと言わんばかりのともすればクルーを殺しかねないアクロバット飛行の連続を保安局の船員達に見せつけたアマネラは奇人変人と認識された。絶望的なまでの状況を回避しきって見せた操縦技術も相まって、思っていても出来ない出来てもやらない事をやってしまう狂気のパイロットとしてアマネラはこの船に滞在している間、終始周りから畏怖の眼差しで見られることになったのである。


「まったく、この船の世話になるのは二度と御免だわ……」


「ゴ心配無く、アマネラ。この船の艦長カラも二度とコチラに関わってクレルナと頼まれマシタ」


 周囲の視線を遮るように帽子のつばを下げてぼやくアマネラ。その後ろに並ぶイボチは儀礼的にシルクハットと触手を振って挨拶をしながら彼女にそう告げた。


 ちなみに、イボチも船団相手に正面突破の奇策を発案した変わり者として見られていたが、当人は気にも止めていない。


 そんな想定外の相手とはいえ、宇宙連邦保安局の船団が揃いも揃ってただの宇宙船一機を撃ち落とす事も敵わず、あまつさえ旗艦の喉元にまで迫られたという事実は恥ずべき失態になる。それこそ旗艦の中に収容されたフライングパンの面々と船を、こっそり無かったことにしてでも隠したい話。


 イボチはそれを見越してフライングパン・ゼロワンの航行記録を随時ヴェスタ商会のダイナ社長に発信しており、この記録と自身が回収した誘拐犯のいると思われる所在情報をちらつかせて、船団を率いる旗艦ドラウド級の艦長に交渉を持ちかけたのだった。


 ギモーブ、サササキ間空域の宇宙海賊殲滅を掲げて出動している保安局としては、フライングパン相手の失態はさておいても宇宙海賊の残党とおぼしき誘拐犯の情報は欲しい。艦長は苦い顔をしながらもイボチの話に乗ってきた。


「持つべきものは優秀なブレーン様ね。イボチが艦長に掛け合ってくれたおかげで首の皮一枚生き延びられたわ」


「お二人の尽力が無けレバ、交渉の場ニハ立てませんデシタヨ」


「ま、その辺はお互い様ってことで……って、いいかげん中に入んなさい、ガーリオン!」


 アマネラは怒鳴りつつ鳥人を船内に蹴り込み、自らも中に入る。


「オウ、荒っぽいデスネェ」


 イボチは船内に入り際、最後にもう一度見送りの者達に恭しく一礼して中に入った。ハッチが閉まったことを確認したイボチが操縦室に向かう頃には、既に二人は所定の位置について発進の準備に入っている。


「おぉ痛ぇ。何も豪快に蹴り飛ばすこたぁないんじゃねえのか?」


「いつまでも整備士達とおしゃべりしている方が悪いのよ」


「暴力は感心しまセンガ、ガーリオンにも非が有りマス。我々に残さレタ猶予はそれほど多くはないのデス」


 アマネラに蹴られたお尻を撫でつつ抗議したガーリオンだったが、二人に言い返されて不貞腐れながらも「悪かったよぅ」と謝る。


 イボチが返した言葉通り、フライングパンが誘拐されたディエゴを救出に向かう時間……正しくは彼が捕まっているであろう小惑星を捜索する時間は限られていた。


 アマネラ達のディエゴ捜索の成否に関わらず、刻限がこれば宇宙連邦保安局は問題の小惑星に向かって進行する。それが保安局艦長との交渉で交わした約定であり、保安局船団出発までの秒読みは既に始まっているのだ。


「改メテ目標進路を小惑星、登録番号SG5103429に設定シマショウ」


 そう言い切るよりも早く、キーパッドの上を走る火星人の触手がメインモニターに目標までの進路を映し出す。


「アマネラ、初っ端から飛ばし過ぎるんじゃねぇぞ。ざっくりいつも通りに調整しちゃあいるが、部品相性の細かい差分は保証出来ん」


「その辺りも込みでいつも通りって事ね。操作感は発進の調子で掴んでみせるわよ、いつも通りね」


 ガーリオンの忠告に、軽快に計器を操作しながら返すアマネラ。着々と発進準備を進める彼女の手際に間に合わせるように格納庫のゲートが開いていく。


「各センサー、グリーン。エンジン安定……発進準備完了、いいわよ」


 アマネラがサムズアップしてみせると、イボチはドラウド級に無線を繋ぐ。


「フライングパン・ゼロワンより宇宙連邦保安局旗艦へ、当方の発進準備が完了シマシタ」


『了解、発進を許可する。良いフライトを』


「アリガトウ。ああ艦長ニモ感謝を。機体補修と燃料補充の御協力に感謝シマス」


『了解……艦長より伝言です。「二度と来んな、コンチキショウ」だそうです』


 通信員から淡々と伝えられた艦長の言葉にアマネラが肩を竦め、ガーリオンが失笑する。


「了解、前向きに善処スルとお伝え下サイ。……サテ、出発しまショウ、アマネラ」


 通信を切ったイボチがアマネラに発進を促すと、それに応じたアマネラの足が静かにペダルを踏み込んでいく。


 推進機の出力を増したフライングパン・ゼロワンはドラウド級が示す誘導レーザーに沿って滑走し、宇宙空間へと飛び出した。


 これまでの経緯を思えば、虚空に浮かぶデブリに注意が必要とは言え自動迎撃付きの宇宙船や宇宙海賊ぶっ飛ばす船団がいない空域を飛行するのは気楽な航行と言える。少なくとも目的地に辿り着くまでは。


「それにしても……小惑星に向かうのはいいんだけど、ディエゴがまだそこにいるかしら」


 操縦桿を操るアマネラの独り言ともとれる問いにガーリオンが低く唸る。


「なんだかんだでこっちも随分と時間を食っちまったからなぁ。連中が悠長にその場に居座っているかと問われりゃあ、怪しいもんだ。楽観的に考えりゃ犯人共は見つからないと油断しているか、警戒くらいはしているか。迎撃の態勢か、はたまた逃げ支度の最中。或いはもうトンズラした後……」


「ひょっとして、宇宙怪獣に食べられちゃっていたり?」


 ガーリオンの推測を混ぜ返すように一言添えるアマネラ。彼女の案は鳥人の苦笑を誘った。


「SF映画の見すぎだよ、笑えねぇ」


「少なくトモ、こちらで観測してイタ間は小惑星から出てイッタ形跡はありまセンネ。それ以外のタイミングで逃走シタか、我々のように浮遊するデブリの振りでもしてイタラわかりまセンガ」


「とどのつまり行ってみなきゃわかんないってわけか」


 アマネラはそう結論付け、イボチがモニターに表示した推奨進路に沿って宇宙船を進めていく。


 時折虚空に浮かぶデブリを回避こそしているが、宇宙海賊大捕物の主戦場から外れた空域ともなれば障害は少なく船の進行は断然早い。目標とする小惑星までの道行きは、それまでの困難が嘘のようにスムーズに進行していった。


 小惑星SG5103429へとアマネラが順調に船を進めるなか、他の二人も各々の作業を進めていく。


「各装備異常無し……ところでイボチよぅ、ヴェスタ商会から誘拐犯の追加情報は入ってないのか?」


 火器のチェックをしながら尋ねるガーリオン。


 ディエゴ青年誘拐が犯人達の手で公にされて時間が経っている。ことが殺人ではなく誘拐である以上、犯人から何かしらの要求を伝えてくるのが自然な流れではあるのだが、表立っての情報は更新されていない。


「少なくともヴェスタ商会からの連絡はありまセン。犯人の要求はモチロン、他の捜索グループが犯人と遭遇シタ話も上がってナイのデス」


「時機が時機だ。誘拐犯が保安局に潰された海賊どもの残党とかなら、捕縛された仲間の解放なり要求してきたっておかしくはねぇんだが……」


「解放ったって宇宙海賊殲滅を明言しての掃討作戦だったんだし、保安局には海賊を生かして捕まえておくって選択肢がそもそも無いんじゃないの?」


「逃げ延びた残党がいる限り、そいつらの潜伏先を吐かせる為にも何人かは生かしとくだろうさ。五体満足かどうかはさておきな」


「オウ。手口が物騒という点デハ、海賊も保安局も変わりまセンネ」


 アマネラとガーリオンのやり取りを聞きながら、紳士的ではないとイボチが嘆いて頭を振る。


「変わりないって点じゃあ、俺達も人の事は言えねぇだろさ。さぁて目的地接近、先方さんが長距離砲を構えてんなら、もうちょいで射程圏内に入るぞ」


 故に警戒を怠るな。ガーリオンの報せの真意に、アマネラの眼が僅かに険しさを増す。


「先の保安局船団の戦闘記録と押収品からスレバ、確認されてイル宇宙海賊の兵装に長距離武装は無いヨウデス」


「あら詳しいのね、イボチ」


 素直に感心するアマネラの横でガーリオンは何事かを察して眉間に皺を寄せた。


「おまえ、あの旗艦で補給受けてる間にやりやがったな?」


「保安局の皆さんの情報提供手続きの手間を省いてさしあげたマデデス」


 ただでさえ表情の読みにくい火星人が顔色を変えることなくあっさりとガーリオンに言って返す。その心意は善意か悪意か、ガーリオンは彼の心を読む事を諦めて「ま、バレなきゃセーフか」とさっさと流した。


「イボチ、念のために保安局からかっぱらった宇宙海賊どもの兵装データを俺にも……おぅ、こいつか。奴等の得物で最長射程は、と……」


 イボチから共有されたデータがガーリオンのモニター上に写し出される。それと同じくしてフライングパン・ゼロワンの船内に響く警戒のアラーム音。


「相手のレーダーに引っかかっちゃったわね」


 正面モニターやレーダー画像、周辺マップと視線を散らしながら変わらず前進を続けるアマネラが言う。イボチのデータを流し見たガーリオンも同じくレーダーに視線を移しながら相槌を打つ。


「近接主体の武装の割りにゃあ、レーダーの索敵範囲は御立派なこって。いやまぁ、獲物探しには必須か。接近に気付かれた以上は遠慮は無用。だよな、イボチ」


「デスネ。アマネラ、迅速に目的地へ向かいマスヨ」


「ハーイよっと!」


 イボチの指示に応じて宇宙船の速度を更に上げるアマネラ。


 元より障害物の少ない航路にあって目的地へ直進するともなれば、目標は宇宙船フライングパン・ゼロワンの正面モニターど真ん中に映し出されてくる。そんな目標小惑星SG5103429の姿をアマネラが視認した途端、目標の一部が光り瞬いた。


「アマネラ、回避行動ヲ」


「もうやってる!」


 アマネラと同じく光を見たであろうイボチが指示を出すが、彼女は指示に返事を返すよりも早く必要な操縦を済ませていた。その対応が正しかったとばかりに、先程までフライングパン・ゼロワンが飛行していた軌道上を銃器の火線が走り去る。


「おぅおぅ、警告無しの先制パンチとは穏やかじゃねぇなぁ。いや、海賊相手にそれを求めるだけ無駄か」


「相手がドウあれ、こちらは紳士的に応対しマスヨ。誘拐したディエゴさえ解放すレバ危害を加える気は無イ件、宇宙連邦保安局の船団が迫ってイル件、その他諸々警告通信を今送りマシタ」


 紳士の嗜みと言いたげに蝶ネクタイを正して話すイボチ。その話の最中も宇宙船を狙って小惑星が備える銃砲が火を吹いている。


「つまり、警告してやってんのに撃つのを止めないってんだから、こっちがやり返しても恨みっこなしってこった。行くぜ、アマネラ!」


「よしきた、ガーリオン!」


「オウ、乱暴デスネェ。目的はディエゴ救出であるコトヲお忘れナク」


 止まない銃撃にすっかり喧嘩腰になっているアマネラとガーリオン。イボチも一言念を押しこそすれ、彼等の立ち回りを止める気はないらしい。触手で手際良くパネルを操ると二人のモニターへデータを転送する。


「宇宙海賊の兵装データと現状の銃撃の発射地点に小惑星の施設情報。その他諸々から敵戦力の分布予測とディエゴがいると想定される位置を割り出しマシタ」


「前者は叩いて後者は残すってことか。これで敵さんに裏をかかれたら、坊っちゃんが死んじまうかもだが……まぁ、宛てもなくふらふら飛び回って保安局に追い付かれちまうよりマシか。ところで赤いマーカーと青いマーカー。どちらも複数点いてるが、どっちがどっちなんだ?」


 モニターに映る小惑星は今尚銃撃の光が瞬く。それを更に彩るように散らばる赤と青の印が、確かにどちらも十以上小惑星の表面に点在していた。


「赤が敵戦力の集中箇所。青がディエゴ監禁の予測箇所デス」


「あ、そっち?」


 少し気の抜けた声を上げるアマネラの反応に鳥人の嘴から深い溜め息が漏れる。


「確認しといて正解だったな。危うくアンカーのジャイアントスイングをもう一発喰らうとこだ」


「あによ、あの時はああしなかったら皆仲良く死んでたんだからね」


「誰かさんが最初に目標を間違えなけりゃあ、そもそもブン廻されることも無かったんだよ」


 言い合いを始めるアマネラとガーリオン両者のモニターに新たなデータが追加される。


「双方ソレマデ。小惑星SG5103429攻略の推奨軌道と攻撃タイミングを出しました。アマネラ、この軌道に乗せられマスカ?」


「モチのロン。やったりましょう!」


 言うが早いかフライングパン・ゼロワンはイボチが示した軌道線上に機体を合わせて速度を上げていく。


「ガーリオン、推奨火力は計算しまシタガ、さじ加減はアナタにお任せシマスヨ」


「応ともさ。つっても、実のところこの推奨値でいい案配だとは思うぜ。一応その場で加減はする……なぁ、イボチ。この推奨軌道なんだが、やけにアールがキツくないか?」


 モニターに映る推奨軌道を羽でなぞっていたガーリオンは、その羽先を一点で止めて尋ねた。


 フライングパン・ゼロワンの専属整備士であるガーリオンの認識では、イボチが算出した推奨軌道にはこの機体では不可能な旋回角度の軌道計算がされている。


 正しくは設計上不可能な急旋回。ただし、彼の経験上可能な急旋回。


 ガーリオン的には思い出したくない記憶が、嫌な予感となって頭に浮かぶ。そうあって欲しくないと念じながら、その嫌な予感を確信に変える一言が思わず彼の嘴から零れた。


「あと、曲がる直前にアンカー射出の指示があるんだが……?」

今回の出目は三で情報交換して救出までの猶予を確保する。となりました。

前回からかなり更新時間がかかってしまいました。言い訳がましくなりますが、色々とままならないものです。今回のアマネラ編って年内に終わるだろうか……。

ちなみに作中でも一度サイコロを振っています。

宇宙海賊についてガーリオンとアマネラが話す内容そのままで一は無警戒、二が警戒。三は迎撃態勢で四が逃げ支度中。五がトンズラ済みで、六が宇宙怪獣襲撃。結果は三で迎撃態勢となりました。心のどこかで六を期待していた自分がいて驚きです。

さてすっかり戦闘モードな面々ですが、ここからどうなっていくのかサイコロを振りましょう。

一は宇宙海賊フルボッコ。二がそこそこダメージ受けつつ勝利。三では苦戦するも辛勝。四だと苦戦して保安局に助けられる。五が撃墜されたところを保安局に助けられる。六では宇宙海賊ごと保安局に攻撃される。

果たしてディエゴは生還出来るのか。

そして賽は投げられる。

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