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シャロン:1

 彼女、シャロン·フォンコスは作業の手を止め、頭を覆っていたバンダナをほどくと疲労の混じった溜め息を吐く。


 王都の中枢、ローエン城内の一室に設けられた作業机の前にシャロンの姿はあった。


 いや、彼女だけではない。室内には二十人余りが各々作業机をあてがわれて、朝から黙々と彼女同様作業を続けている。


 シャロンはすっかり強張ってしまった四肢をほぐすべく、椅子に座ったまま両腕は天井めがけて、両足は床を滑らせるようにして盛大に伸びをする。


 猫のようにしなやかに伸ばされた四肢の両袖両裾からは、艶も張りもある若々しい褐色の肌が見てとれる。ついでにおへそも見えたり、伸びた拍子に欠伸にも似た声が漏れたりもしたが、それをはしたないと嗜める余裕のある者は生憎この部屋にはいないらしい。


 伸びたついでにと、ウェーブがかったブロンド髪を揺らしながら周囲に視線を巡らせる。


(さすがにみんな疲労の色が見えるわね……)


 シャロンの抱いた感想は同情。


 この部屋の誰しもが無駄口を叩くことなく熱心に作業に打ち込んでいるように見えて、その実誰しもが喋るのも億劫になるほどに疲労しているだけなのだ。少なくとも、同じ部屋の中で同じように作業を続けてきたシャロンはそうだった。


 彼女は室内の仲間達へ視線を巡らせた後、改めて皆を疲労せしめている問題の作業、眼前の刀剣へと視線を戻した。


 いや、刀剣だけではない。盾、鎧に兜。作業机の上だけでなく、部屋のあちこちを埋めているのはシャロン達が装備しても遥かに有り余る量の武器や防具だった。


 シャロンは作業を再開すべくバンダナを絞め直すと、剣に手をかざし神経を集中させる。


 指先が刃先に触れるか否か。ぎりぎりの位置でとどまる彼女の浅黒い指先が青白い光を帯びる。


 この部屋に集められた者は老若男女様々。そんなシャロン達に共通しているのは、魔法の心得がある者であること。それも、物に魔力を込めることであらゆる強化を付与することに特化している者という一点。


 刃ならば切れ味鋭くしなやかに。防具ならば軽く堅牢に。総じて効果は長続きするように。


 そう、シャロン達は朝から延々と城の兵士達の武器防具を強化し続けていた。


 思えば、ここまで根をつめて強化魔術を行使し続けることがあっただろうか? そんな疑問がシャロンの脳裏をよぎるのも無理はない。


 この世界において、魔術とは魔晶石と呼ばれる鉱石から魔力を抽出する技術。及び、抽出した魔力を別の何かに還元する技術をさす。


 別の何か……。本気で説明すると長くなるので簡単に。


 かざした手から炎や氷を出したりとか、機械の動力源に使ったりとか、たった今シャロンがやっているような物質強化だったりとか。何でもありと言えば何でもありな万能な力の源が魔晶石に宿る魔力であり、魔力を別の力に変換するのが魔術。


 そんな便利な魔術があれば生活がとっても潤うのだろうけれど、そうもいかない。


 まず、魔晶石の使い手である魔術師が希少だ。


 魔術の権威に言わせれば、魔晶石から魔力を引き出す能力は人ならば誰しも持ち得るものらしいが、才能があるかないかで一人前の魔術師になるまでの道程は恐ろしいほどに差ができる。早くに魔術師の才能を見出だされて育てられるか、人並みならぬ努力ができる者しか魔術師にはなれないと言っていいだろう。


 そして、その魔術師が使う魔晶石もまた貴重品だ。


 宝石に種類があるように魔晶石もまた色や結晶の形状は様々。先ほど魔力は何でもありの力の源と評したものの、魔晶石の種類によってどういった力に変換しやすいかという変換効率が変わる。多種多様な用途に合わせられるものや、より大きな力を引き出しやすい高純度の魔晶石ともなれば下手な宝石より遥かに高値が付く。


 そんな希少な魔術師達を一室に集め、貴重な魔晶石を大量投入しての装備強化。これがどれだけ稀有な状況かは御理解いただけるだろうか。


 或いは戦争でも起きているならばまだあり得る話だか、シャロンの知る限りでは周辺国との国交は良好な関係にあり、およそ戦火とは縁遠い情勢。それ事態はありがたいことだが、結局なんの事情もわからないまま労働に疲弊していくという現状はやはり気持ちのよいものではない。


 報酬額に目が眩んでホイホイ依頼を請け負ってしまったシャロンは、内心自分の無用心さを反省した。城から呼ばれた時点で、せめて作業を始める前に現状に陥った理由の一つも聞いておくべきだった。


(城勤めの魔術師達なら何か知ってるんだろうけど……)


 シャロンはそう思いながらちらりと周囲を盗み見る。


 部屋の中で作業する者のうち、大半は揃いの作業着に身を包んでおり、シャロンを含めた数名は各々様々な出で立ち。揃いの作業着が王城に勤める魔力強化専門の魔術師達であり、一方シャロン達不揃い衣装組は城下の町で暮らす魔術師達だ。


 とは言え、お揃い作業着組が城内の事情を語るとは思い難いし、そもそも今尋ねる余裕は時間的にも気分的にも無い。


 改めてシャロンが作業を再開してから剣二振り、槍一本を片付けたところで城内に定時を報せる鐘が鳴り響く。


 ローエン城の鐘楼が鳴るのは朝昼夕方の一日三回。本日三度目の鐘の音は、夕刻であると同時にシャロン達の本日の業務終了を報せるものでもあった。


 部屋の中で各々作業に没頭していた魔術師一同、心のどこかでこの三つ目の鐘を待ち望んでいたのだろう。鐘の音が鳴った途端に、張り詰めた緊張の糸がほぐれたらしく部屋のあちこちから息が漏れる。


 シャロンもまたその一人。彼女は魔力強化し終えた品を作業机の脇に寄せると、深い溜め息と共に机に突っ伏した。


 無駄口一つ叩く余裕もなく丸一日魔術を行使し続けてようやく辿り着いた仕事終わりだ。今日の夕餉はさぞ美味しかろう。晩酌するのも悪くない。


 自身の腹の音に急かされて半身を起こすと、シャロンは帰路に着くべくそそくさと身支度を整える。そんな彼女を背後から呼び止める声がした。


「ああ、やはりシャロンさんも応援に来てくれていたんですね」


 穏やかな物腰の男性の声。


 慣れない城内で知人に出会えた安堵か、はたまたただ仕事が終わった気の緩みか。声の持ち主に思い至ったシャロンは、笑顔で男の方へと振り向いた。


「お疲れ、オスカー隊長さん。何? わざわざ様子を見に来てくれたの?」


 シャロンが振り返った先。


 薄緑色の制服を着た壮年の男。この国に暮らす者ならば、その制服がこの国の軍人が着るものとわかるだろうし、少し軍人について知っているなら、制服のデザインが軍の上官。少なくとも中堅以上であることは理解できる。さらに詳しい軍関係者なら襟章や腕章から彼がどこの部隊なのかまで言い当てられる。


 ちなみにシャロンの認識は、どこかの部隊の隊長をやっているオッチャン。ちょっと偉い人だけど、畏まってへりくだるほどおそれ多い相手ではない。そんな分類に入れてある人物。


 そんなシャロンの認識を知ってか知らずか。オスカーは帰り支度を再開したシャロンの元へと歩み寄ると、彼女へ手を差し出した。


「お仕事お疲れ様でした。もうお帰りでしょう? 良ければそこまで鞄を持ちますよ」


「ありがと、隊長。でも大丈夫よ、そんな重いものでもないし」


 シャロンはオスカーの申し出をやんわりと断り席を立つと、この作業場を取り仕切っている魔術師に帰宅する旨を告げる。


「あと、オスカーさんに借りを作ると後々高くつきそうなのよね」


「イヤだなぁ、そんなことあるわけないじゃないですか」


 滑稽なことを言うと笑い飛ばすオスカー。だが、疑いの眼差しを送り続けるシャロンに観念すると、空笑いをやめて申し訳なさそうに彼女に頭を下げた。


「すみません。実はシャロンさんにお願いが……」


「やっぱり。そんなことだろうとは思ったわ」


 そらみたことかと笑い返すシャロン。


 彼女に告げられたオスカーの頼み事とは、彼の武器の強化だった。


 オスカーと彼が指揮する部隊の隊員数名の武器強化は以前からシャロンが行っており、シャロンにしてみればオスカーは常連客だ。


 本来ならば城に遣える兵士の装備は城勤めの魔術師が強化するもので、実際兵士の装備の大多数はそのように行われている。今日のような大規模な武装強化でもない限り、城勤めの魔術師で手は足りているのだ。そこをあえて部外者のシャロンが受け持っているのには相応の理由があった。


 簡単に言えば、オスカーの装備にかかっている魔術のクセがスゴい。そんな変わり種の取り扱いに王都の中で一番長けていたのがシャロンだった。


「でも、いつもより早くない?」


 シャロン自身、オスカーの頼みという時点で十中八九そうだろうと思っていた依頼内容だったが、その反面腑に落ちなかった点が口から漏れて出た。


 前回の強化からさして日が経っていない。常連客の装備だ。どれほどの周期で強化すべきかは把握している。


 或いは、強化魔術をかけ損ねて早いうちに効果が薄れてきたものか。だとすれば、今後の信用に関わる由々しき事態。


 オスカーはシャロンの言葉と表情から心境を察し、そうではないと首を振ってみせる。


「武器の調子は問題ありませんよ。ただ、近いうちに大仕事になりそうでしてね。それで、万全を期すためにも念のため強化し直しておこうかと」


 彼の言葉にシャロンはあぁと納得の声をあげ、今出てきたばかりの作業部屋にチラリと視線を向ける。


「オスカーさんの部隊も、ね。随分と大がかりな作戦みたいね」


「隣国と共同しての国境の山狩りですからねぇ。そりゃあ大がかりですよ」


 あっさりと出てきた情報にシャロンは驚き、それ以上に呆れた。作戦事態は何らやましいものではないにせよ、部外者である私に公表されていない作戦をこうも容易く話してしまってよいものか、と。


「ちょっと、オスカーさん。そりゃあ私も他言する気はないけど。だからって口軽すぎじゃないの?」


「確かにそうなんですが……でもまあいいですよ。どのみちどこかから必ず漏れ出る情報ですから」


 軽い調子で答えるオスカーに、漏らしてるのはあなたじゃないかと思わず言いたくなったがぎりぎり堪える。


 この話題こそがシャロンの気になっていたところだ。オスカーに興味深げな視線を向けて続きを促す。


「最近になって国境の山間で妖魔の目撃情報が増えているのですが、ご存知ですか?」


 そう尋ねられてシャロンは首を横に振った。噂には割と敏感なほうだと思っていたが、耳にした覚えはない。


 そして、シャロンはオスカーの武器強化と同様の違和感を覚えた。


「妖魔の話は聞かないわね。それに、国境の山狩りって少し前にやらなかったかしら?」


 国境の山中は放っておけば妖魔が増えて交易の妨げになる。そのため、国境を挟んだ両国が共同して討伐隊を組織して定期的に山狩りを行うという盟約をむすんでいる。その盟約の歴史は古く、商人達が両国間の交易に山越えの道を利用しているのは、山狩りの効果のほどを示している。


 山狩りを間近に控えた頃合いならば、妖魔の目撃情報も耳にすることはあるが、最近山狩りをしたばかりでは目撃情報を耳にしなくて当然だ。


 首をかしげているシャロンの反応は、まさにオスカーが期待していたものなのだろう。彼女の疑問に満足そうに頷いた。


「ええ、前回の討伐に抜けがあったのか、何か良からぬ者の仕業か。何にしても妖魔が出たとなれば被害が出る前に退治せねば、と。そんなわけでいつもより急ぎで準備に入っているわけです」


 なるほど確かに。いつもの定期討伐なら準備段階から計画的に進められるため、シャロン達にまで魔術強化の応援依頼がくることはない。今回はそれだけ慌てての戦支度であり、そういうことなら妖魔の話がまだ町に広がっていないのも頷ける。


 そう思い納得しかけたシャロン。


「というのが建前で、本当は別の目的で山狩りが行われるんですよ」


 さらりとオスカーの口から出た言葉に、横を歩くシャロンがつんのめる。


「実は最近になってあの山で魔晶石の鉱脈が発見されたという噂がありましてね」


「えぇっ?」


 シャロンの一声には驚愕と猜疑が混ざっていた。


 前述の通り魔晶石は高値で扱われ、その鉱脈を見つけたともなれば文字通り宝の山。金銭的価値を差し置いても魔術師であるシャロンには興味深い話。


 反面、この手の噂話の大半はホラ話であり、いちいち真に受けるほうが馬鹿にされるほど。これなら先程の妖魔が出たという噂のほうがまだ説得力がある。


 彼女の反応がいかにも正しいとオスカーが頷く。


「言いたいことはわかりますよ。とにかく妖魔出現も魔晶石の話もあくまでも噂でしかないんです。何せ上層部が真意を明らかにしないまま。そこから噂と憶測が飛び交って……そんな中で出動準備の命令が下されたもので。おかげで部下達も不満たらたらですよ」


 中間管理職の悲哀を感じる嘆き節。これにはシャロンも苦笑いで返すよりない。


「ただ、今なお内偵は続けられてますし、出動準備はどんどん進んでいます。つまり、そうするだけの何かがあるのは間違いないんです」


「飛び交う噂は曖昧模糊。ことの真相は件の山の中ってわけか。やれやれ、なんだかきな臭い話だわ」


 結局、ローエン城内の廊下を並び歩きながらシャロンがオスカーから得た情報は、城の兵団が出向くだけの何かがあるということだけだ。


「気になります?」


 オスカーの問いにシャロンは素直に頷いた。


「そりゃあ多少なりとは関わったんだし、気にならないと言ったら嘘よ」


「でしたら、山狩りに同行されますか?」


 思わぬ提案にシャロンの歩みが止まる。


「山狩りが我々兵士達の行う作戦とは言っても、民間人の協力が禁止されているというわけではないんですよ。ある程度地位のある人が信用に値すると判断すれば、結構簡単に追加戦力として採用できちゃうんです」


 オスカーが「ワタシ地位あるヨー」と、大袈裟に自身の制服についた襟章を指し示す。


「オスカーさん。最初からそのつもりで私に話を振ったでしょ」


「イヤだなぁ、そんなことあるわけな……すみません。おっしゃる通りです。狙ってました。ここでシャロンさんを見かけた時、有能な戦力補強を見つけたと思いました」


 大人しく謝ったのちシャロンの返答を伺うオスカー。期待と懇願の視線を受けながらシャロンは思案顔で唸った。


 技量を買われていることは正直悪い気はしないし、荒事に対する自衛の心得も無いわけではない。魔晶石の鉱脈というのも興味深い話。


 ただ、これだけの規模の軍備というのは、そのままリスクの大きさを示している。運が悪ければ命に関わる。それに、前述の通り魔晶石の噂は眉唾物だ。


(さて、どうしたものか……)


 シャロンの胸中で好奇心と猜疑心がせめぎあうなか、彼女の腹は我関せずとばかりにクゥと鳴いた。

シャロンの職業は5の魔法使いでした。

さて、ここでシャロンの判断をサイコロで決めましょう。

1、2、3ならオスカーの依頼を受ける。4、5、6なら依頼を断ります。

また、依頼を受けた時にサイコロを振って1なら妖魔が出現。2は魔晶石の鉱脈を発見。3では山狩りは空振りに終わり、4ではいきなり第三国が侵略を始めます。5では山中で暗黒教団を発見し、6だとなぜか恋話に。

依頼を断った場合ですが、1はシャロンの所属する店の経営難から山狩りに強制参加させられ、2では緊急の要件で山越えをする商隊の護衛。1と2は結局嫌々山狩りコースですね。3だと町に出た泥棒の退治を頼まれ、4では魔術強化を使って新製品開発実験。5ではなんとシャロンの前に転生者が出現。6ではシャロンが魔術に失敗して闇落ち。

何やら一部変な目がありますが、果たして物語の続きや如何に。

そして、賽は投げられる。

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