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アマネラ:1

『本日もサササキ・スペースポートを御利用いただき誠にありがとうございます。お客様に申し上げます。惑星ナガナシよりお越しのンジャブモ様。惑星ナガナシよりお越しのンジャブモ様。お連れ様がお待ちです。中央エリア一階メインサービスカウンターまでお越しください。繰り返しお客様に申し上げ……』


 場内アナウンスを聞き流しながら彼女アマネラ・ウィンドルは宇宙港の中を行く。


 重力の少ない中での彼女の歩みは、歩く七割に浮く三割といったところか。


 星間移動の経験の浅い者が他の惑星で最初に難儀するのが重力差であり、この問題が克服出来ずに宇宙へ出ることを諦めてしまう者も少なくない。


 その宇宙デビュー第一関門とも言える重力問題をアマネラは意に介す事なく、文字通り浮く程に軽やかな足取りで通路を進む。


 アマネラ・ウィンドル。年の頃は二十歳を過ぎた辺りか。中背の細身で色褪せたデニムのパンツに上はフライトジャケット。長い黒髪を押さえ込むように目深に被った帽子のつばの下からは、端整な顔が垣間見える。


 缶詰やら何やらが詰め込まれた紙袋を片手で抱え、向かう通用口の上に表示されているのは業務用ゲートの案内板。アマネラは柵に閉ざされたゲート前で足を止めた。


 アマネラが慣れた所作でブレスレット状の通行証を壁際の装置にかざすと、彼女に向けてゲートの四方からレーザー光が照射される。


 赤い光の帯はものの二、三秒でアマネラの全身をくまなく照らし終え、チェック終了と異常無しを伝えるチャイムが鳴り柵が開いた。アマネラは作業を終えた装置を労うように、そのフレームをポンと叩いてゲートを抜ける。


 宇宙港の乗客用通路に比べると業務用の通路は大人二人が並んで歩ける程度と比較的狭い。そんな通路を抜けた先、宇宙船のドックへの出入口でアマネラは一度立ち止まり、眼前に広がる広大なドックとそこに繋がれた自分の宇宙船を見上げた。


 貨物輸送を目的とした小柄な航空機型で、整備士の趣味で塗装されたそのメタルブルーの機体の尾翼には翼の生えたフライパンが描かれている。アマネラの帽子やジャケットにも描かれているこのマークが彼女の所属する会社フライングパンのロゴマークだ。


 アマネラは自社の宇宙船の底に立てられた脚立を見付けると、そちらに向かって再び歩き出す。


『……の時間はデブリ処理区域情報をお伝え致します。ギモーブ、サササキ間で実施された宇宙海賊掃討作戦の終了が宣言され、本日未明より同区域の……』


 脚立の足元に転がるラジオからノイズ混じりのニュースが流れているが、果たして肝心のラジオの持ち主がそのニュースを聞いているのかどうか怪しいものだ。なにせラジオの持ち主は、脚立にまたがって船底の点検口に上半身を突っ込んだまま出てくる気配がない。


 頭上の点検口から漏れ聞こえる工具の音と足元のラジオ放送。アマネラはしばらく上下の音の出所を交互に見比べ、やがて目線の高さ、脚立にまたがるオーバーオールの脛辺りを小突いた。


「痛ッ! おまえか、アマネラッ!」


 怒鳴り声と同時に点検口から出てきた頭は鳥のそれだった。


「オイーッス。ただいま、ガーリオン」


「おう、お帰りなさいだアマネラ、コンチキショウめ! 俺の脛はインターフォンじゃねぇんだぞ! 次からは人の脛を叩く前に声をかけやがれ!」


 何事もなかったかのように帰還を告げるアマネラに怒鳴って返すガーリオン。その顔立ちは鷲か鷹か。頭だけではなく両腕もとい両翼も白い羽を蓄え、怒声に呼応するように逆立っていた。


 公式記録上地球人が十七番目に接近遭遇したとされる宇宙人。ラヒタ人を自称する彼等の姿を簡単に言ってしまえば二足歩行する半人半鳥の鳥人間。ガーリオンの姿はまさにそれであり、実際ガーリオンはラヒタ人である。


「作業に集中していたみたいだし、声をかけると邪魔かなぁって」


 脚立の上から恨めしそうに見下ろすガーリオンに向かって、アマネラは手にした紙袋から飲み物を取り出して投げて寄越す。


「それで脛叩いてりゃ世話ねぇんだよ。こっちはおまえさんからの注文に乗ってるってのによぅ」


 文句を言いつつ受け取った飲料パックの蓋を開けるガーリオン。彼の言葉にアマネラが指を弾いた。


「そう、それ! パドルの遊びのトコ、どうなった?」


 唐突に食いついてきたアマネラの様子にガーリオンは少し驚いて嘴を噤む。まだ文句を言い足りないところではあったが、生来機械いじりが好きな彼としてはアマネラが振った話題の方が好物だ。やれやれと溜め息を吐いて彼女の問いに答えた。


「確かに可動部の動きが安定しねぇな。パーツの摩耗に回線の劣化、エトセトラ。直しきるには相応の部品と設備がいる。まあ、セミオートで制御させりゃあそこそこ吸収してくれる誤差ではあるんだが……」


 ガーリオンがそこで話を止め、チラリとアマネラの反応を窺う。


「イヤよ。自分の手で操ってこその操縦なんだから。そもそもオートじゃこの子のスペックの半分も出せないわよ」


「流石に半分は言い過ぎだがなぁ……」


 あまりにガーリオンの想像通り過ぎたアマネラの反応に、ガーリオンは感心半分呆れ半分で呟いた。


 宇宙船の操縦は航行の安定性や飛行効率、人為的ミスの防止等々の観点から機械による自動制御が長きにわたり長年研究開発されてきた。その成果もあり、操縦士の負担は人類が宇宙に飛び出した時代より格段に軽減されてきている。


 だが、機体と乗員の安全性を第一とする自動制御は時として過度に動作を制限する事があり、操縦士の中にはこれを嫌って自身の制御下に置きたがる者もいた。


 アマネラは特にその毛色が強い。むしろ自動制御に不信感を抱き自動無用論さえ掲げてくる過剰なまでの拘りではあるが、その暴論を通しきるだけの操縦士としての技量を彼女は持っていた。


 そして、ガーリオン自身も毎度技術者魂をくすぐるアマネラの過度な要求を面白がって容認している節があった。もっとも、そうは言っても作業に骨が折れる事に変わりはないのだか。


「だろうと思って可能な限り調整しておいたさ。だが、さっきも言ったが本格的にオーバーホールするにはどうにもこうにも部品が足りん。多少のブレはこっから現物合わせだ。再調整するから試運転付き合え」


「イエ、残念ながら試運転する暇は御座いませんデス」


 そう言ってガーリオンの提案を断ったのはアマネラではない別の声だった。


 声のした先、自身の頭上を見上げたアマネラの目に留まったのは彼女の見慣れた顔。


 玉虫色のつぶらな瞳をした蛸のような軟体動物を思わせる頭部と、そこから伸びてゆらゆらと蠢く無数の触手。アマネラを見下ろしながら手を振るように触手の一本を揺らす彼、もしくは彼女はアマネラやガーリオンの仕事仲間の火星人だった。


「お帰りなサイ、アマネラ。早速デスが飛んでもらいマスよ」


 挨拶しながらヒョイと上げたシルクハットと頭部の下の蝶ネクタイは彼、もしくは彼女なりのお洒落。ちなみに、火星人である彼、もしくは彼女には性別は無い。


「待て待て待て、イボチ! 試運転無しとはどういうこった! 調整不足でこのアイアンブレイブブルーバードにもしもの事があったらどうすんだ!」


 アマネラを遮るように身を乗り出したガーリオンが頭上の火星人イボチに抗議の声をあげる。


「ガーリオンともあろう人が、仮調整と言えどももしもの事がおきるような不手際をするわけが無いでショウ? あと、この機体名は『フライングパン・ゼロワン』デスヨ」


「ったく、褒めりゃあいいと思ってやがんだからよぅ……」


 ぶつぶつと文句を言いながらも引っ込むガーリオン。なんだかんだで褒められて、悪い気はしていないと見える。


「とは言エ、調整不足の分はアマネラの操縦で補ってもらいマス。アナタには簡単な作業ダ」


「もう。褒めればいいと思ってるんだからなぁ……」


 なんだかんだで褒められて悪い気はしないアマネラ。イボチに向けて紙袋を放り投げると、飛び上がるようにタラップを駆け上がった。


「横着デスネェ……」


 紙袋から飛び出た中身を触手群で器用にキャッチしていくイボチを尻目に、アマネラは乗船する。彼女を追うように、工具と脚立を抱えたガーリオンも宇宙船フライングパン・ゼロワンに乗り込んだ。


 後ろを行くガーリオンとイボチに先んじて操縦室に入ったアマネラが、フワリと操縦席のシートを飛び越えて席に滑り込む。彼女は慣れた手付きで眼前に並ぶ計器類を次々と操作していった。


「トコロでイボチ。急ぎで船を出せってのはいいけど、ドコに行くのさ?」


 操作の手を止める事なく尋ねるアマネラ。彼女の後ろの席に着いた火星人イボチの触手が手元のパネルを操り、操縦室の中央モニターに一人の青年を映し出した。


「んー、悪いけど好みの顔じゃないわ。パス」


「別にアマネラのお見合い相手を紹介しテルわけではないデス」


「俺もパスだ。地球人は専門外」


「ましてやガーリオンのお見合い相手でもないデス」


 イボチが二人に言い返しながらパネルを更に操作すると、アマネラ達のお眼鏡にかなわなかった青年の顔写真の周りに追加情報が表示されていく。


「ディエゴ・ヴェスタ。ヴェスタ商会のボス、ダイナ・ヴェスタの御子息デス」


 それを聞いたガーリオンの嘴が薄く開き口笛が鳴る。


「なんとまあ、あのヴェスタさんチのお坊ちゃんかよ」


「あら、ガーリオンは知ってるの?」


「そう言うおまえさんは飛ぶこと以外はからっきしだよなぁ」


 アマネラに問われたガーリオンはそう返しながらモニターの一点を指し示す。


「ヴェスタ商会のボス、ダイナ・ヴェスタは一代で片田舎の卸問屋を商隊名簿に名を連ねるまでに成り上げた野郎だ。コイツ独自のコネクションから新たな取引経路を開拓したのが急成長の理由らしいが、裏で色々とやらかしているって噂も絶えんな」


「それってただの新参相手のやっかみなんじゃないの?」


「そうかも知れんし、そうじゃないかも知れん。火の無い所に煙は立たぬと言うしなぁ」


 二人の会話に呼応するように、モニター上に温厚そうな小太りの中年男性が映し出された。


 画面を操作した当人イボチが二人を急かすように操作パネルの縁をぺちぺちと叩く。


「その辺りの説明も追ってしマスから、アマネラは急ぎ発進準備を」


「ダーイジョブ、そっちの手は止めてないって。それよか、イボチは管制塔にゲート通過の手続き申請を……ん? 目的地はギモーブ?」


 宇宙港を出るにあたって管制塔へ提示する予定航路。イボチから回ってきたその情報を目にしたアマネラが確認するように目的地を問う。


「おいおい、そのルートは昨日までドンパチやってたから機体残骸の鉄屑だらけだぞ。コイツの柔肌に傷付ける気か?」


「ディエゴ青年が向かったのナラ、我々もまた向かわざるをえまセン」


 両翼をバタつかせながらのガーリオンの抗議はイボチに即時棄却された。アマネラが慣れた手際で計器を操作しつつ二人のやり取りに加わる。


「各センサー、グリーン。メインエンジン安定っと……。何? ディー君は家出?」


「イエ、誘拐デス。彼を拐った犯人の船がギモーブ方面へ逃走中」


「それならそうと先に言ってよ、イボチ!」


 アマネラは一度帽子を脱ぎ、ツバを後ろに返して被り直した。


「急ぐヨウには言っていまシタが……」


 そう返すイボチの言葉を聞きながらアマネラの動きが早まり、その所作に比例してエンジンの回転数が上がっていく。


「急ぎの理由はわかった。わかったが無茶してアイアンブレイブブルーバードを壊してくれるなよ、アマネラ!」


「アンタが整備したこの子とアタシの腕を信じなさいって、ガーリオン! 管制からの発進許可確認。さぁ、翔ばすわよワルキューレ!」


「デスからフライングパン・ゼロワンだと言うノニ……」


 ガーリオンの警告とイボチの訂正を背に、アマネラは宇宙に飛び立つべくペダルを踏み込んだ。

アマネラの職業は一の乗り手、宇宙船乗りとなりました。

この直後にもう一度サイコロを振って彼女の立場、どういった背景で宇宙船に乗っているかを決めました。一が旅行会社等の人員運搬。二は何かしらの荷物配達。三は荒事専門。報酬次第で何処にでも飛ぶアウトロー。四は軍の宇宙航空部隊所属。五が四の対極とも言える宇宙海賊。六は選手。星間ラリーみたいな競技を想定していました。

結果は三のアウトロー。なんとかアウトロー感を出したいのですが……どうやって?

そんな今後の展開をサイコロで決めます。一から五までは誘拐犯との追跡劇ですが各々思惑が変わります。一はヴェスタ商会を妬む組織の嫌がらせ。二は商会の悪事を暴く為の工作。三は商会内の不穏分子を洗い出す為の虚構。四は父の不正を正す為のディエゴの芝居。五は実は誘拐ではなく駆け落ち。六は意表を突いて『という物語のシューティングゲーム』をプレイ中。

……まあ、六分の一だし大丈夫だよね。

年々順調にスタートが遅れております、このシリーズ。果たして年内で終わるのか。

そして賽は投げられる。

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