表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/22

ルネアス:7

「面ッ!」


 市川さんの気勢に満ちた声と共に、竹刀の小気味良い打撃音が道場に響き渡る。


「赤、面あり一本! そこまで!」


 竹刀の音の余韻が響き残る中、八雲さんの審判の声がそれを上書きする。


 発声と同時に上げられた八雲さんの右手がこの一戦の勝者を示していた。すなわち勝者は赤、市川さん。敗者は白、朝倉竜也。僕の負けだ。


「ありがとうございました」


 礼をする僕達に西裏釘事務所の面々から拍手が送られる。


「どうしたタツ坊! 五連敗で負け越し確定じゃねぇか!」


「なんだいなんだい竜ヤン! 神社で大立ち回りしたって話は嘘かい!」


 ついでに野次も飛んでくる。


 僕の歓迎会という名目で開催された剣道試合。町内の道場を借りての西裏釘事務所メンバー総当たりというこの試合は、歓迎とは言っても接待忖度一切なしの真剣勝負。みんな遠慮なく真剣に僕と向き合ってくれた結果、現在僕が五連敗でぶっちぎりの最下位独走中。


 いやぁ、最初からみんな只者ではないとは思っていたが、よもやこれほどとは思っていなかった。


「面目無い。お恥ずかしい限りです」


 次の試合となる二岡さんと入れ代わりで試合場から出た僕は、皆の元に戻ると低頭する。


「正直なところ、朝倉君と後藤さんが神社で化け物相手に刀を抜いたって話は眉唾だったんだ。でも、それはそれとして腕っ節は別の話だろうと思っていたんだけどなぁ……」


 困ったような申し訳なさそうな、それでいて残念そうな顔で僕をチラ見しつつ告げる夏目さん。


「御期待に答えられなくて、なんとも心苦しいところです。何分、剣術のイロハも知らないような田舎の野良剣法なもんで……」


「そんなに卑下しないでおくれよ。こっちが勝手に思い込んじゃっていただけなんだから。ゴメンよ」


 ああ、夏目さん。そんな目で見ないで、謝らないで。かえって堪えます。


「ま、こうなりゃあ稽古を付ける丁度いい機会になったと思おうじゃないのさ。安心しな、竜ヤン! 私がメンドウ見ちゃる!」


 そう言う三井先生の所作はキレッキレの面打ちと胴打ち。さすが先生、今日も絶好調です。


「ありがとうございます! 色々と勉強させていただきます!」


 思わず力が入る僕の感謝の言葉に、誰ともなく「色々と、かぁ……」「色々と、なぁ……」という言葉が漏れ聞こえてくるが何か問題かあったのだろうか?


 なにはともあれ、僕の剣道の腕前はこうして皆の知るところとなり、誤解や買い被りが解けたのは何よりな事だ。ただ困ったことに、僕の技量が知れる程に今度はもう一方の話の信憑性を損なっていくのがまた問題。


 言うまでもなく先日の僕と後藤さんの宇宙人との第三種接近遭遇。


「いやいや、本当にどうしちゃったの朝倉君? お腹痛いの?」


 後藤さんのその言葉は連敗野郎に対する煽り文句とかではなく、純粋な心配からきたものだろう。今日の歓迎会第一戦で、開始早々僕を瞬殺した後藤さんの拍子抜けした顔が鮮明に思い出される。


「どうしたもなにも、僕の剣道の腕前は本当にこの程度なんだよ。だいいち、神社の時だって解決してくれたのは後藤さんなわけだし……」


 あの時の僕は結局湯豆腐こと人型猫顔宇宙人達を相手に刀を振り回して時間を稼いだだけで、肝心要の宇宙人撃退もその後に地球からの撤収を決断させたのも後藤さんのお手柄だ。


「生憎、解決したかどうかはもう少し様子を見ないと確証がないのよね。まだ大丈夫と決まったわけじゃないわ」


 自信が無さそうに返す後藤さん。


 遡ること四日。お昼前の明日芽神社で起きた宇宙人襲撃は、奇策とも言える後藤さんのサン○ール攻撃により撃退に至った。その際、猫顔宇宙人達は自身の形を保てずに溶け崩れる仲間を前に恐れをなして降参を宣言し、対する後藤さんは地球人に植え付けた観測機器を回収して早々に地球から退去するよう怯える宇宙人にサン○ール片手に要求した。


 緑色の容器から撒き散らされる謎の液体が余程が恐かったのか、猫顔宇宙人達は二つ返事でこの要求を呑むと這う這うの体で逃げ去っていった。


 そして、徐々に増加傾向にあった薬物ウドの中毒者はその日を境にピタリと出てこなくなっている。神社での一件の効果なのか、それとも単なる偶然なのか。一週間と待たずにサン○ールの脅しが効いたと言い切ってしまうのは少し早計か。


「宇宙人の話で、ビックリというか眉唾に思っちゃう一番の理由が、その対応策なんだよ。そんなSFじみた超科学的な奴らがトイレ用洗剤一つなんぞ怖がるものかねぇ」


「夏目さんの言いたいことはよーくわかりますよ。立場が違えば、きっと私だってそちら側の意見だったでしょうし」


 その疑念はもっともだと頷く後藤さん。


 生憎、僕達が撃退した猫顔宇宙人の湯豆腐の身体は仲間の厚揚げと蒟蒻が逃げる際に回収していった。時代遅れの侍二人の証言だけで、物的証拠は何一つ無い。


 その唯一の証言でさえ、僕の今日の有り様が信憑性を薄めてしまっている。


「でも実際にその場にいて見てしまったからには信じて下さいとしか言えないんですよ。野良猫に化けた宇宙人はいましたし、あの時の朝倉君は本当に強くて異常なまでの体捌きで相手を翻弄していたんですよ」


 その後藤さんの言葉に、三井先生がはてと小首を傾げた。


「そう言えば竜ヤンって、剣はどこで習ったの?」


「地元の道場です。剣道じゃないですけど」


 三井先生に問われ、ここぞとばかりに僕は剣道は習ってないから剣道は不得意なんですアピール。我ながら言い訳がましい主張だが、そんな補足に四谷さんが食いついた。


「剣道じゃない、とな? ってことはつまり剣術かい?」


「ええ、はい。いや、どちらかと言えば剣術なんですけど、剣術とさえ呼んだものか……」


「どういうこと?」


 よくわからないと眉音を寄せて尋ねる夏目さんに向かって、僕は竹刀で自分の足をペシペシと打ってみせた。


「蹴りもありなんです。切るか蹴飛ばすかして、身体の何処かに有効打が入れば一本っていうルールで」


「先日の神社での戦い方を見るに、待てがかかるまでは相手が倒れようとも追い討ちOKなのかしら?」


「凄い、正解です」


 後藤さんの洞察力に感心して返す。一連の会話を聞いていた四谷さんがなるほどと頷きながら、何やら意味深な笑み、もしくは悪巧み的な笑みを浮かべた。そして、試合場内で審判役を務める八雲さんに向き直る。


「八雲ちゃんよぅ! ちょいと提案があるんだがいいかい?」


 道場に響く四谷さんの声。声をかけられた八雲さんよりも早くそれに反応したのが、試合中の武藤君であり二岡さんだった。


「はい、面ッ!」


 四谷さんの声に驚いた武藤君の一瞬の強ばりを見逃さなかった二岡さん。快活な声と共に竹刀の音が響き、八雲さんの手が勝負有りと挙がる。


「白、面あり一本! そこまで! なんだけど……もう、四谷さん。試合中なんですから、急に声かけないで下さいよ」


 八雲さんは試合終了を告げると、四谷さんの方へ振り返り困り顔で注意する。


「ああ、スマンスマン。ついよぅ」


 謝りこそすれ悪びれた様子のない四谷さんに、武藤君も不服だと口を尖らせる。


「ホント勘弁して下さいよ、四谷さん。ビックリして負けちゃったじゃないですか」


「「いや、それは手を止めたヤツが悪い」」


 残念武藤、返り討ち。彼の抗議はその場にいた皆の総意で却下された。こと勝負に関するところは皆揃ってシビアだ。


「それで提案というのは何です、四谷さん?」


「いやぁなに、このままタツ坊が負けっぱなしっていうのもなんだ。どうせならタツ坊の技前が拝めるルールにしちゃあどうかと思ってな」


 八雲所長にそう答えた四谷さんの手が僕の肩を掴む。衰えを感じさせない力強い手に引かれて前に出た僕は、周囲に促されるままに昔通っていた地元の道場のルールを説明した。


「なるほど、割とウチのハウスルールに似ているわね」


 僕の説明を一通り聞いた八雲さんは、そんな事を呟いた。ん? ハウスルール?


「次の対戦は朝倉君とナッちゃんか……」


「せっかくの朝倉君の歓迎会なんだ。僕は彼の言ったルールで構わないよ、八雲さん」


 八雲所長に尋ねられるより早く、夏目さんはそう答えて竹刀を振るう。彼の即答に満足げに頷いた八雲所長が僕の方へと振り返る。


「というわけなのだけれど、朝倉君はそれで良いかしら?」


「ハイ、喜んで!」


 僕は僕で即答。実のところ、連戦連敗で内心かなりささくれ立っていた。思う存分動いていいとなれば願ったり叶ったりだ。


 僕と夏目さんは防具一式を外し、道着姿で竹刀を携え試合場内に入る。審判は変わらず八雲さんだ。


「ルールは竹刀による打突か蹴りの有効打で一本ね。それじゃあ、双方始めても良いかしら?」


 八雲さんに用意を促され、僕は正眼と呼ぶにはだいぶん崩れた形で、竹刀も右手は添えるだけの左片手持ち。対して、対面の開始線に立った夏目さんは竹刀を正眼に構える。構えとしては剣道のそれと変わらない夏目さんの正眼なのだけど、心なしか先程までの試合比べて彼の立ち姿に殺気が感じてとれる。


 夏目さんの気構えが変わったのか、僕が本来の戦闘態勢でやる気スイッチが入って感覚が開いたのか。なんにせよ、先程よりも試合は苛烈になるだろうなと、僕は軽く息を吐いた。


「……始め!」


「キィェエェェェッ!」


 八雲さんの合図を掻き消すように轟く夏目さんの猿叫。同時にその声に勝る勢いで爆発する殺気。普段大人しそうな夏目さんからは想像のつかない殺意の圧力にあてられ、一瞬で全身に鳥肌が立つ。


 鬼気迫る夏目さんに驚きはしたが、ビビって縮こまっている場合じゃない。今まさに殺気の爆心地が竹刀を蜻蛉に構えて突っ込んできている。


 あの一太刀は受けてはいけない。自身の本能に引かれるまま、反射的に僕の身体は逃げの一手を選んで動いていた。


 道場の床を叩き斬らんばかりの豪快な一刀。それを間一髪で避けた僕が夏目さんの左脇を抜けて文字通り転がり込んだ先は、彼の後ろ足のすぐ横。夏目さんが体勢を変えんと摺らせた足に自分の足を絡める。


「え? うわっ!」


 片足を封じられて大きくバランスを崩した夏目さんの襟首を掴む。床を這う僕に襟を引かれた彼はそのまま倒れ、僕は倒れてくる身体を半身を起こして抱き止めた。


「御免」


 そして、僕が夏目さんの首筋に軽く竹刀を当てがうと八雲さんが片手を挙げた。


「白、一本! それまで!」


 八雲さんの声に事務所の面々が沸き立つ。


「おおっ! やるじゃないの、竜ヤン!」


 夏目さんの腕を引き起こす僕に向けて興奮気味に賛辞をくれる三井先生。その横で後藤さんもこれが見たかったと喜んでくれている。


「いや、お恥ずかしい。あまり見てくれの良い剣術ではないもので……」


 恐縮する僕の言葉は謙遜こそ含むが概ね本当の話。習っていた道場の師範自身が「うちの剣は極めれば極める程に手口も服も汚くなる」と評していた代物なのだ。


 そんな僕の返答を四谷さんが笑い飛ばす。


「いやいや、結構なことじゃねぇか! 泥臭くてウチら好みの戦いっぷりだぁ! なぁ、八雲ちゃん。こうなりゃあ、いつそのこと……」


 そう言った四谷さんの手がくるりと回される。


 何かを掴んで回すような、そんな四谷さんの素振りを見た八雲さんは何事か察して笑みを溢した。周りを見回せば僕以外の事務所メンバーは揃って四谷さんの手遊びの意味が通じていると見えて、八雲さんの判断を伺っている。


 なんだろう。何やらろくでもない方向に話が進みそうな予感がする。


「あ、あの……」


 言いかけた僕の言葉を遮るように八雲さんが肩を掴んでくる。


「お見事でした、朝倉君! あなたの本気、見せてもらいました! 確かにその技は剣道という枠には収められない、良くも悪くも奇抜な代物ね!」


「は、はい。ありがとう、ございます……?」


 褒められているのか怪しい八雲所長の評価に僕の返事も濁る。その僕の反応を気にすることなく、八雲さんは話を続けた。


「それでね。その技量を遺憾無く発揮して貰うためにも、私達も相応の対し方をしたほうがいいと思うの。平たく言えば、ここからはウチのハウスルールでお手合わせ願いたいって提案なのだけど……」


「ハウスルール?」


 そういえば、さっきもそんな事を言っていた。僕の道場のルールが似ているとかどうとか。


「面白そうですね。ちなみに、どんなルールなんですか?」


 いくら歓迎と言っても僕にばかり合わせてもらうのも気が引ける。ハウスルールが道場のそれと似ているというのなら、ここは郷に入っては郷に従えだ。この提案、受けてたとう。などと、今思えば夏目さんから一本取って気が大きくなっていたのだろう。


 乗り気を見せながら応じる僕の肩を、三井先生が背後からポンと叩いた。


「心配御無用。ルールはほとんど一緒よ。有効打が入れば一本。竜ヤンの道場と一番違うのは、得物の種別は不問。古今東西なんでもござれってトコね。ってことで……今回から蹴りも追加ってことでいいんだよね、八雲さん?」


 三井先生が尋ねると、八雲さんは当然だと頷いて返す。


「いやぁ、良かった良かった。武藤のヤツ、タツ坊の立ち回りを見た途端、八雲さんとの相談も待たずにテメェの得物取りに走りやがってよぅ。これでハウスルールの提案が通らなかったら、武藤の走り損だ」


 そう言って安堵する四谷さんが手にしているのは……。


「鎖鎌……ですか?」


「ああ、安心してくれ。鎌は刃を潰してあるし分銅も紛い物だから、当たっても痛ぇだけさね」


 実に朗らかな笑みで言ってくれるが、鎖をジャラつかせながら言っても説得力に欠ける。


「さてさてさぁて、他の面々は支度があることだし、ここは私と試合ってみるかい? 連戦で構わないなら、だけど……」


 竹刀片手に準備万端の様子で聞いてくる三井先生。僕は我が意を得たりと力強く頷いた。


「勿論! 願ったり叶ったりですとも、先生。一手御教授お願いします!」


 歓迎会開始早々、三井先生には一度剣道で負かされている。今度は一矢報いたいところだ。


「それじゃ、双方すっかりその気みたいだし次の対戦はミッちゃんと朝倉君ね」


 八雲さんの言葉を合図に僕達は試合場に入り対面すると揃って竹刀を構える。


 僕は先程と変わらず正眼崩れ。三井先生は振りかぶった剣先に手を添え……鳥居構えと言ったかな?


 先生の戦い方は剣術……ではあるが、夏目さんの事もあるし何が出てくるかわかったもんじゃない。先の一戦でこちらの手の内はいくらか見せてしまったし、苦戦を強いられそうだ。


 道場の空気が張り詰めていくなか、八雲さんの手が上がる。


「……始め!」


「ーーって八雲さんが言ったら始まるからね、竜ヤン」


 まさに開始の号令のあとに、念押しするように三井先生が解説してくれる……ん? してくれる?


「……え?」


 僕は理解に苦しみ思わずキョトンとしてしまった。まんまと、である。


「隙有り、胴ッ!」


 三井先生が僕の躊躇を見逃すはずもない。先生の鋭い一太刀が僕の脳天を捉え、今日一番大きな打撃音が響き渡る。


 わかっていても目で追いきれない電光石火の強烈な打ち込み。それもこちらの虚をついた挙げ句に、わざわざ胴を宣言して面打ちする姑息っぷり。僕の剣術も奇抜な方だと思うが、先生の戦法も大概だ。


「はい、赤。ミッちゃんのズル勝ち」


「いやいや、八雲さん。ズルとか言わなくていいでしょ! 堂々と勝ちだから! 寧ろ竜ヤンが素直過ぎだから!」


 呆れ顔で宣言する八雲所長に食ってかかる三井先生。


「うん。まあ、確かに。朝倉君がミッちゃんの口八丁をいとも容易く真に受けて馬鹿面を晒したのは、正直ちょっと引くレベルだったけど……」


「言い方容赦無くないですか、八雲さん?」


 切れ味だけなら先生の一閃にも引けをとらない八雲さんの毒舌に、僕は思わずそう返した。


 でも、周囲に賛同者無し。僕の背後からは「チョロ過ぎじゃないか?」「あれに引っかかるの?」「あの緩さが彼の持ち味だから」と言った声が漏れ聞こえていた。


「正直で素直なのが悪いとは言わないけど、ウチで……というか裏釘町でこれからもやっていこうって思うなら多少は小狡さも身に付けていかないとね、竜ヤン!」


 励ましながら僕の背を叩く三井先生の言葉に、一同その通りだと頷く。返す言葉も見当たらない僕だったが、先生の言った言葉を思い返して八雲所長を見た。


 僕の視線に、八雲さんはバレたかと苦笑いしつつ口を開いた。


「朝倉君って、今は水原様本家からの応援という扱いでしょう? それを正式に我が西裏釘事務所に組み入れてもらえないかって、本家にお伺いを立てているの。本家に色好い返事を貰ってから、朝倉君には聞くつもりだったんだけど……本人としてはどうかしら?」


 八雲所長の言葉に、僕は自分の口元が綻ぶのを感じた。


 八雲さんをはじめ西裏釘事務所の皆は僕を本家から応援に来た者と思ってくれているようだが、本当のところは事務所の内偵役として雇われただけの余所者。刀を捨てられない時代遅れの侍だが、いや、だからこそいつか侍として身を立てようとうだつの上がらない日々を過ごしてきた。そんな自分に豪族の水原に仕えるなどという話が転がり込んできているのだ。嬉しくないわけがない。


 僕の浮かれた表情で心情を察したらしく、落ち着けとばかりに八雲さんが両手で僕を制してきた。


「……言っておいてなんだけど、本家のお許しがあってからだからね。本家がダメって言っても恨まないでね。ね」


 どれほど僕が浮かれて見えたのだろうか。慌てた調子でまくしたてる八雲所長。そんな彼女よりも慌てた調子で、武藤君が道場に駆け込んでくる。


 武藤君の得物は槍か……。いや、それはそれとして。


「や、八雲さん! 事務所のファックスにこれが……」


 そう言って武藤君が手にしたファックス用紙を八雲さんに手渡す。


 急いで破ったのか、切り口が歪な用紙を八雲さんは受け取って流し読む。やがて安堵と喜びの笑みを浮かべて僕を見た。


「朝倉君。今の話だけど、正式に本家に打診していいかしら?」


「ええ、喜んで!」


 僕が願ったりの提案に即答で返し、事務所の皆がそれに湧く。大喜びで囲んできた事務所メンバーにもみくちゃにされながら、やっとのことで三井先生に引っ張り出された。


「改めて歓迎するよ、竜ヤン! そうだ、次の試合相手はあんたが好きに選んじゃってちょうだいな!」


 そう言われて僕が皆を見回すと、各々自身の得物を手に不敵に笑いながらかかってこいとばかりに僕を見返してくる。


 どうやら皆の歓迎という言葉には、好戦的な意味が含まれているらしい……。


 僕はぐるりと皆の顔を見回した後、改めて三井先生を見た。


「先生、リベンジマッチいいですか?」


 三井先生の顔が皆と同じ戦闘色の笑みに変わる。


「さっきの今で懲りないねぇ。いや、負けん気が強いのは大いに結構! いいじゃないか、お相手つかまつりましょうとも!」


 次の対戦カードが決まると、選ばれなかった面々は口々に声援やら野次やら飛ばしながら試合場から出ていく。残るは終始睨み合う僕達と変わらず審判役の八雲さん。


「そろそろ私も一戦交えたいなぁ……。はい、双方構えて」


 ぼやきつつも審判を務める八雲さんに促され、僕と三井先生は開始線で向かい合い先程と同様に構える。


 さっきは我ながら恥ずかしい程に先生に手玉に取られたが、おかげで先生の手口は見えてきた。二度の轍は踏むものか。いっそのこと先手必勝、やられる前にやってやれ。


「……始め!」


 八雲さんの合図から間髪入れず、僕達は二人同時に窓を指差して叫んだ。


「「あ! 外に宇宙人が‼」」


 僕と先生が揃って差した指の先に、猫顔の宇宙人がいたとかいないとか。その辺りはまた後日話すとしよう。

サイコロの出目は一で、宇宙人が地球侵略を諦め撤退しました。これにて今回のルネアス編はおしまいです。ですが……前回のシャロン編以上にてんやわんやでした。反省しきりです。

一番の問題は書き方に設定した一人称過去語りが守れなかったことでしょう。話の途中の後書きで書きましたが、これはもう無理だと諦めました。次からは過去語りは無しにします。

さて、職業を浪人侍とした時点で必殺仕事人、座頭市、七人の侍や椿三十郎等々、色々とオマージュできそうだなぁと思っていたのですが、よりによって相手が宇宙人て……。苦し紛れに出たのが地功拳ならぬ地功剣。この辺は吹っ切れて遊んでしまいました。

これに懲りることなくサイコロ三投目を投げたいところ。いっそルネアス・リベンジが出来ないものか……。

それでは、いずれそのうち賽は投げられる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ