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12/22

ルネアス:3

「おおっと残念! いやぁ惜しかったねぇ、兄さん。あの大玉相手にあと少しってトコまで攻めたのはなかなかのもんだ。お? もう一勝負するのかい? ヨシ来た、お手並み拝見だ!」


 明日芽神社へと続く参道には夜店屋台が立ち並び、通りは多くの参拝客で賑わっている。僕は、往来の喧騒の中に響く聞き覚えのあるしゃがれた声につられて声の主の元へと歩み寄った。


 威勢が良い快活とした声でお客さんを煽っているのは四谷さんだ。四谷さんは僕に気付くと人懐っこい笑顔を僕に向けた。


「おう、タツ坊。見廻りご苦労さん」


 タツ坊。西裏釘事務所に迎えられた日から、四谷さんにはそう呼ばれている。


「四谷さんも店番お疲れ様です。だいぶ盛況みたいですね」


 僕は挨拶を交わしながら屋台の見回してみる。


 四谷さんとお客さんの間にあるのは大人一人寝そべられそうな底浅な水槽で、水が張られた水槽にはカラフルな色合いの風船がいくつも浮かんでいる。手のひらサイズに膨らませた風船に少量の水が入っている、いわゆる風船ヨーヨーというヤツだ。見廻りの最中、参拝客の手元で小気味良い音を立てているのを幾度となく見かけたが、出所はここなのだろう。ここ数日の準備期間や設営で見慣れたはずの屋台なのだが、こうして祭りの賑わいの中にある姿を見るとなかなかに風情がある。


「んで、ミッちゃんはどうした? 一緒の見廻りだったろう」


 真剣な眼差しで風船を釣り上げようとしているお客さん達の姿を微笑ましく見ていた僕は、四谷さんの問いかけで我に返る。


「さっきまで一緒だったんですけど、先生は迷子の女の子を連れて詰め所の方へ向かいました」


「なんだ。おまえさんは行かなかったのかい」


 僕の回答に怪訝そうな表情を浮かべる四谷さん。無理もない。打ち合わせの時点で見廻りは二人一組と決めていたのだから。


 奇遇ですね、四谷さん。僕もなぜ三井先生と御一緒出来なかったのか理解しかねます。


「僕も同行するつもりだったんですけどね。すぐに済むから先に屋台へ向かってくれ、と」


「ああ、そうか。次の交代はミッちゃんとタツ坊だったもんな。だからって一人でカタそうとすんだから、ミッちゃんの悪ぃとこ--タハァッ! 惜しい! もうちょいだったね、兄さん!」


 会話の最中、水飛沫を上げて水槽に落ちる水風船の音に、突如営業モードに切り替わる四谷さん。


「さすがにギブアップかい、兄さん。ヨシ、ここまで賑やかしてくれた兄さんにはオマケでこいつをプレゼントだ。え、なに? 大玉だぁ? そりゃあ無理な相談だ。ありぁあ、自力で釣り上げてなんぼってもんだろう」


 風船ヨーヨー釣りに失敗したお客さんに、四谷さんは商品の一つを渡して見送った。


「あげちゃっていいんですか? 売り物なのに」


「さっきあの兄さんに言った通りさ。大玉を相手取って屋台を盛り上げてくれたんだ。駄賃にヨーヨーの一つくらいくれてやったって構うもんかい」


 周りを見回して陽気に笑う四谷さんにつられて視線を巡らせる。なるほど、先程まで大振りの風船ヨーヨーに挑戦していた青年の勇姿にあてられたのか、はたまた四谷さんの小気味良い煽り文句に乗せられたのか、我等が風船ヨーヨー屋台はちょっとした人だかりが出来ていた。


「それに、さっきのお兄ちゃんが祭りの道中これ見よがしに風船ヨーヨーで遊んでくれれば、うちらのいい宣伝になるってものよ」


 僕の背後からヒョイと顔を出した三井先生が、四谷さんの台詞に続けて言う。突然の三井先生登場に僕は驚き慌てて後ずさった。


「うわぁ! 脅かさないで下さいよ、先生」


「そういう竜ヤンは背中が隙だらけだったわよ」


 修行が足らんのぉと先生がカラカラ笑う。油断していたつもりはなかったのだが……やはり先生は侮れない。


「四谷さん、お疲れー」


「おうミッちゃん、見廻りご苦労……と言いたいところだが、詰め所行くならタツ坊も連れて行ってやりなよ。付き添わせてもらえねぇと嘆いとったぞ」


 四谷さんからの抗議に、三井先生はチラリと僕を見るとゴメンと拝み手を作る。


「あのお嬢ちゃん大分心細かったのかなぁ。竜ヤンを見て怯えちゃってたから、一緒に来てもらうのも怖がらせちゃうかもなぁと」


 あぁ、なんとなくあの子には距離を置かれていたような気がしていたけれど。一応愛想良くしていたつもりだったのだけれど。怖がらせるつもりは微塵もなかったのだけれど。けれどけれど。


「なんでぇタツ坊。嬢ちゃんに色目使って嫌われたのか?」


「違います」


「竜ヤンみたいなイケメンが色目使ってくれりゃあ、あのお嬢ちゃんの気が紛れたろうに」


「余計怖がらせちゃいますって」


 二人の言葉にキッパリと言い返す。地味に辛いので、もうこの話は終わりにしてほしい。


「ほら先生、いつまでも話し込んでないで四谷さんと交代しますよ!」


 僕は半ば無理矢理話を打ち切って四谷さんを屋台から追い立てようとした。その時、三井先生が腰に下げている無線機から受信を報せるノイズ音が鳴った。


「三井さん、朝倉君! 今どこ!」


 武藤君の……うん、この一週間程で君呼びするくらいに仲良くなりました。その武藤君の緊迫した声で、僕達の表情が一気に強張る。


「こちら三井よ。私と竜ヤンは、屋台で四谷さんと合流したトコ。武藤ちゃん、何があったの?」


「引ったくりです! 神社から参道へ逃げた!」


「無粋なヤツがいたもんだ」


 武藤君からの連絡に四谷さんがぼやく。武藤君自身も追いかけているのか、荒々しい調子で無線ががなる。


「百七十くらいで、赤いスカジャンにジーンズ! クソッ、待てコラァッ!」


 無線機越しに聞こえてくる声と全く同じ怒鳴り声が屋台の近くから響いてきた。


 僕と三井先生が武藤君の声の聞こえた方向へと振り向いたその瞬間。一人の人影とすれ違う。


 背は百七十くらい、赤基調のスカジャンと薄い青のジーンズ。そして、手にしているのは格好とは不釣り合いのおしゃれバッグ……。


「竜ヤン!」


「追います!」


 先生が僕の名を呼ぶより早く、僕は目標に向かって動き出していた。


 明日芽神社へと続く参道は、参拝客と花より団子の屋台客でごった返している。逃げる引ったくり犯とそれを追う僕や武藤君の距離は、障害となる人混みをどう扱うか……つまり、押し退けるか分け入るかの違いによって差が生じていた。


 辛うじて追跡は続けられているものの、果たしてどこまで追い続けられるものか。いっそ人混みの多い参道を抜けきったからスパートしたほうが追いかけやすいか……。いや、それは逃げる側も同じか。ならばいっそ引ったくり犯に何か投げ付けるなりして……。いやいや、無関係なお客さんに当たる。そもそも投げ付けてどうにかなる物なんて持っていないし。


 縮まらないどころか広がっていく引ったくり犯との距離に、歯噛みしながらも追いすがる。徐々に差を広げられていようとも諦めてなるものか。


 僕の視線の先、引ったくり犯が参拝客の一団の間を抜けた。辛うじて視界に捉えていた引ったくり犯が次の参拝客に消え入ろうとした瞬間、それを邪魔するように影が立つ。


「おおっと、ここは通さないよ。大人しくお縄に――ゴフォッ!」


「市川さん?!」


 思わず叫んだのは僕か武藤君か。颯爽と引ったくり犯の前に立ちはだかった市川さんだったが、止まりきれない犯人に激突されて盛大に撥ね飛ばされた。


 些か格好が付かない形になってしまったが、追走中の僕達にしてみれば市川さんの足止めは値千金のファインプレー。僕と武藤君はここぞとばかりに引ったくり犯との差を詰める。


「逃がさないよ、大人しくお縄に――」


 そう言いかけた僕に向けて、引ったくり犯が盗んだバッグを投げ付ける。苦し紛れに放たれたそれを間一髪で避けた僕の後ろで武藤君の「ぎゃっ!」という悲鳴があがったが、今は目の前の犯人逮捕が優先だ。


「この!」


 僕はバッグを投げた引ったくり犯の腕をかいくぐりタックルを仕掛ける。走っていた勢いそのままに犯人に組み付いた僕は、押し倒した犯人もろとも地面を転がった。転がりながらも逃げようと身をよじる引ったくり犯を抑え込む。


「チキショウ、離せよ!」


「離すわけないだろ! 観念して大人しくしてろ!」


 僕は抑えられて尚も気を吐く引ったくり犯に怒鳴り返し、彼の腕を捻りあげた。声や顔立ちから察するに、この引ったくり犯の男は僕や武藤君と同年代か。


「イテテ。ったく、手こずらせやがんだから……。市川さん、ダイジョブっすか?」


「ああ、身体は至って平気で……って、武藤君こそ大丈夫かい? 鼻血出てるじゃないか!」


「ダイジョブダイジョブ、ポケットティッシュありますし」


 多勢に無勢と悟ったのか、市川さんと武藤君の声が近付いてくるとようやく引ったくり犯の抵抗が止んだ。


「うひゃあ! 引ったくりを捕まえたとはお手柄じゃないか、竜ヤン!」


 感嘆の声を上げて駆け寄ってきたのは三井先生。褒められるのはシンプルに嬉しい。ただ、僕はそれとは別の感想も抱いた。


「お褒めに預かり光栄です。ところで、市川さんといい先生といい抜け道でも使ったんですか?」


 僕と先生がペアで見廻りをしていたように、市川さんも武藤君と組んでいたはずだ。それが犯人を追う僕達よりも先回りしていたのだ。市川さんだけなら先の僕と先生同様に別行動ということも考えられたが、犯人を追って先行した僕よりもさらに先の道から戻ってきた三井先生を見ると、何か種があるように感じる。


 不思議がる僕を前に、市川さんと先生は顔を見合わせると笑いあった。


「そりゃあ、ほら。私と市川さんはスーパー――」


「嘘は良くないよ、ミッちゃん。何て事はない話さ、朝倉君。僕もミッちゃんもここの地元民で、この辺は子供の頃からの遊び場だったからね。近道や抜け道の情報は心得ているのさ」


 ああ、なるほど。いや、近道にしたってなかなかの健脚ではあるけれど。


 一応の納得を得たと知ると、先生は手にしていた紐を僕に向けてヒラヒラと振って見せる。


「竜ヤン、いつまでもそいつを取り抑えてちゃしんどいでしょ。ソイツはお巡りさんが来るまで詰め所に捕まえとくから、その引ったくりをピッとくくって頂戴な」


「ブフォアッ!」


 先生の不意打ちの一言に、僕は思わず吹き出した。


「イテテテ! 腕! 腕、キマッてんだから揺するんじゃねぇよ!」


 僕の下で引ったくり犯が悲鳴と抗議の声をあげる。ゴメンよ、今のは不可抗力だから。


 僕は気持ちを落ち着かせようと深呼吸を……。


「気を付けて、竜ヤン。引ったくりの腕、相当キマッてるから、そーっと抑えないと卒倒しちゃう」


「ブフゥッ!」


 ト、トリプルだと?! 先生の才能は底無しか?!


「イデデデッ! おい! そこの女、わざとやってんだろ!」


「え? もう一回言って欲しいっかい?」


「ゴフッ……! ゲホッゲホッ!」


「イダダダダッ! ごめんなさい! マジで! マジで許してください!」


 三井ラッシュに翻弄されて笑いむせ返る僕と、僕の下で半泣きで許しを乞う引ったくり犯。双方を見かねた市川さんと武藤君が、僕に代わって犯人を縛り上げたのはもう少し後の話になる。

サイコロの目は本文読まれてお察しの通り、四の引ったくり相手の大捕物でした。言って置きますが、ラストの三井ラッシュは三井さんがやったことですからね。私自身には無理な芸当ですからね。

あと、こちらも本文読まれてお察しされたかもしれませんが、昔語りはほぼほぼ諦めております。書き慣れていないこともあるのでしょうが、やはり苦しい。

さて、泣き言言ったところでサイコロを振りましょう。

出目が一なら、詰め所に連れ帰った引ったくり犯と迷子少女が兄妹と判明。二だと引ったくり犯が水原の隠し子と判明。三では引ったくり犯が四谷の知人と判明。四なら引ったくり犯が薬物の中毒症状で大暴れ。五では実は引ったくり犯こそが明日芽神社の御神体という新事実。六は引ったくり犯の中から寄生獣。

サイコロ後半の滅茶苦茶さが、今の私のモチベーションを表しているかもしれませんね。はてさて、ルネアス君の話はどうなってしまうのか。

そして、賽は投げられる。

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