6 やっぱりダメなお方ですわ!
ピンチから逃げ出したふたりは、ひとけのない場所へ向かう。
ふたりきりにされてしまって、ふたりはどうなるのかっ!?
墓地は小高い丘になっていましたわ。
石畳の小道を上って一番高いところは小さな広場でした。
石のベンチがひとつ置いてありますわ。
「どうしてここに連れてきたんですの?」
「ここまでは追って来ないと思ったし……。
それに見晴らしがいいから。誰か来たらすぐ判るし」
貴顕のかたがたが眠る墓地と違って、立派な廟なんてありません。
人の背丈の半分ほどの墓石が、一面に並んでいるばかりです。
でも、手入れされたものが多いですわね。
静かです。
「こんな場所が、城壁内にあったのですわね」
遮るものがないので遠くまでよく見えますわ。
王都を囲む城壁も、王宮も、貴族達の屋敷も、狭く低い家並みが続く庶民の家々も、みんな見えますわ。
「ここには良く来るんですの?」
「うん……ボクはいつも鈍くて駄目で周りに迷惑ばかりかけてるから。
ここなら独りでいられて、誰にも迷惑をかけないから」
随分と、さびしい理由ですわね。
「殿下。凄い汗ですわ。座って休みましょう」
「あ、うん、ありがとう」
殿下はわたくしから離れて座ろうとなさって。
「あ。ごっっごめん!」
ようやく手を握ったままなのにお気づきになって、慌てて離してしまわれました。
そして今にも落ちそうな隅にお座りになると、小さく体を丸めるように俯いて。
「ボクみたいなのに手を握られて気持ち悪かったよね……
言い訳にもならないけど……君が乱暴されそうだったから無我夢中でつい……。
ボクなんかがしゃしゃり出なくても、君ならうまくさばけたのに……。
結局は、影の人に助けてもらったし……」
不意にベンチから声が聞こえました。
「いつものことです。私は仕事を遂行してるだけ。
気にすることではありませんよ。
貴方は王太子なんですから、どーんと構えていればいいんですって」
あちらの影の方は、随分と爽やかなイケメンボイスですのね。
それに口調からすると、殿下とかなり親しそうですわ。
「でも……いつも迷惑かけてるし……」
「殿下の影の方ですの? 殿下がいつもお世話になっておりますわ。
今日も助けて下さってありがとうございます」
わたくしは丁寧に礼をしました。感謝は大切ですわ。
「影ごときにわざわざ声をかけるとは、貴殿も変わったお嬢様ですな。
貴殿についてる影の淑女達に聞いた通りだ」
「あら。お知り合いですの?」
石畳から声がしましたわ。
「王太子殿下と、王太子妃殿下の影どうしですから。情報交換はしております。
では、我々は声の聞こえないところで見守っていますので、ごゆっくり」
語尾に笑みが混じってたような気がしますわ。
「……君は、影の人たちを友達だと思ってるの?」
「ええ。わたくしはそう思ってますわ。
誰よりも長い時間、一緒にいるんですもの。
殿下にとってはどうなんですの?」
殿下はうつむくと。
「え、あ、どうだろう……そうだったらいいな、と思ってるけど。
ボクがそんなこと思ってたら、向こうはイヤだろうって判ってるけど……
でも、ここに来ると彼らは話しかけてくれるんだ。
ボクの心を守るのも任務の一部だって……でも、ボクは彼らを友達だと思ってるんだ……
少なくとも友達がいるとしたら、彼らだろうって」
あら。
わたくしやマレーネ以外にも、影や奉公人達を、そういう風に思っている方がいらっしゃるなんて。
しかもそれが、殿下だなんて。
「向こうも同じように思ってますわ」
「そうかな……だって、君とちがってボクは、何にも出来ない駄目な人間だし……」
「わたくしだって、あの方々のようなことは出来ませんわ。
気配を自由自在に消すことも、ぜんぜん違う場所から声を出しているように聞こえさせる事も」
わたくしは才能に溢れた人間ですから、影の方々が費やしたのと同じ年数修行にあけくれれば出来るかもしれませんわ。
ですが、そうしていたら今のわたくしが出来ていることは出来ないでしょう。
「でも、確かに。殿下は駄目な方ですわ。
だって、ああいう時、出来る殿方なら威厳を示すだけで無頼漢を退けるところですもの」
逃げる方が殿下らしいですけどね。
わたくしも殿下も、正体を知られては具合が悪い身ですもの。
事を荒立てないのが賢い選択というものですものね。
それなのに、また意地悪を言ってしまいましたわ。
殿下はますます縮こまって、ちいさなお声で。
「……殴り合いになったら絶対に負けると思ったから」
「そういうことは言わなくてもいいんですのよ! 最初から期待なんかしてませんでしたしっ!」
本当は、助けに来て下さることすら期待してなかったんですのよ。
「だよね……こんなボクに期待なんかしないよね……」
「え、ちが、あの、そういうことではありませんわ。いえ、そういうことですけど。
でも、期待してなかったからこそですわ。
情けないお声で助けに入ってくださった時、その……少しですが嬉しかったですわ」
そうだったのですわね。
わたくしはあの瞬間、ちょっと、ちょっとですけど嬉しかったんですわ。
殿下は、自分では勝てないと思った相手から、なんの打算もなく、わたくしを守ってくださろうとした。
勇気を振り絞って情けない雄叫びをあげて、突っかかってくださった。
だからあの時、手を握られても嫌じゃなかったんですわ。
「ほんとっ!?」
「ちょ、ちょっとだけですわ! あくまでちょっと、ほんのちょーっとだけなんですわ!」
いつも殿下が余りにアレだから、ちょっとしたことでカッコよく見えてしまうんですわ!
かかかカッコよくとかありえませんわ! 物の弾みで思い浮かんでしまっただけですわ!
だって、殿下は全然全くこれっぽっちもパッとしたところがないんですから!
「ちょっとでも嬉しいよ! こんな情けないボクでも、君を喜ばせたりできるんだ……嬉しい……ううっ。
生きていてよかった……ボクの我が儘で生きていてよかった……ううっぐすぐす……」
ここで泣くんですの!?
この方の喜びとか幸せってささやか過ぎますわ!
「なっ、泣くほどのことはありませんわ!
これからわたくしと殿下は長いつきあいなんですのよ!
わたくしを喜ばせるくらい何度だって出来ますわよ! 多分ですけど!」
「ボクなんかと長くつきあってくれるの!? 本当!?」
当たり前ですわ。
だって、わたくしと殿下は筆頭侯爵家と王家の間で、政略によって決められた婚約者同士なんですもの。
好むと好まざるとに関わらず、将来結婚して、王妃と王になって、どちらかが死ぬまでつきあうことになりますのよ。
それだけですのよ。
殿下とわたくしはそれだけの間柄でしかないのですのよ。
「あっ当たり前ですわ。だ、だってわたくしと殿下は……」
おかしいですわ。
うまく言えませんわ。
凄く単純で、淡々とした事実に過ぎないのに、なぜかとてつもなく恥ずかしいですわ。
わたくしは、なぜか俯いてしまって。
ほほがとても熱くて。こんな顔、殿下に見られたくなくて。
らしくもないか細い声で、ようやく言いましたの。
「ちっ近い将来……けっ結婚してめっ夫婦になるんですもの……」
な、なんですの。なんですのっ。
こっこれでは、好き合って結婚するふたりみたいですわっ。
「けけけ結婚……ぼ、ボクと君が……こんな駄目なボクと素敵で最高の君が……結婚……」
で、殿下がどこかへ魂を飛ばしてしまいましたわ!
「で、殿下しししっかりなさって!
い、今の言葉に特別な意味はありませんのよっ。
たっ単に婚約者同士だからそのうち結婚するというだけですのよっ。
わわわたくし達、好き合って結婚するわけではないんですからっっ! って殿下!?」
「きゅううううう……ばた」
しかも気絶!?
とてつもなくしあわせそうなお顔で気絶していますわ!
「殿下! 殿下! どうしてここで感極まって気絶するんですの!?
いくら殿下が存在感が全くない方でも、王太子なんですのよ!
もう帰らないと王宮で騒ぎになりますわよ! でんかぁぁぁぁ!」
ああ、もう!
やっぱりこの方は、全然ダメですわ! ダメなお人ですわ!
もう二度と一緒に買い物なんてしませんわ!
というわけで第六話です。
次でラストです。